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第二章
第九話 憧れの只中
しおりを挟む「というわけで、まず真っ直ぐにシジエノ廃村に向かいます。なるべく状態の良い家屋を見つけて、そこを仮の拠点にしましょう」
「わかった」
戻ってきたヨシュアと共に朝食を摂りながら、リリエリは今日からの予定を共有した。ヨシュアは淡々と承諾しながらリリエリの作った料理を食べている。
朝食のメニューはエルナトから持ち込んだ堅パンにチーズの欠片。それから先程採取したばかりの実を丸ごと煮込んだヤツである。
「その紫色の実はエハの実といいます。噛まずに丸呑みしてください。煮汁も飲むものではないです」
「噛むと不味いのか」
「不味いですねぇ」
そうか、と言いながらヨシュアはエハの実を口に運んだ。……口が動いている。咀嚼している。
聞いておいてしっかり噛むのかよ、とリリエリは半ば呆れ気味にその様子を見ていた。なので、ちょっとだけヨシュアの眉間に皺が寄る瞬間を目撃することができた。
もしやと懸念していたものの、しっかり味覚はあるようだ。リリエリはつい笑ってしまった。
「錆びた雨水で固めた丁子のような味がしませんか」
「その例えはわからないが、……不味いな」
「でしょうね」
口の中を洗い流すように水煮の汁を啜るヨシュアを見ながら、リリエリはそっと紫色の実を噛んだ。
……最低な味だ。けれど、きっとこの味を感じる度にリリエリは今日の日を思い出すのだろう。
もう一度この実を噛み締めようと思う日が来るのかはさておいて。
■ □ ■
シジエノまでの道中は楽ではなかった。
廃村になってから長い時間が経っている。おまけにシジエノ周辺には取り立てて有用な資源があるわけでもなく、この辺りは人の立ち入りがなかったのだろう。伸び放題になった枝やら葉やら蔦やらが幾重にも重なっており、移動は困難を極めていた。
二人は小川に沿って緩やかな斜面を進み続けていたが、その歩みは遅々として進まず。暗くなる前には開けた場所に辿り着きたいところだが、このままのペースでは些か不安だ。
ヨシュアに背負われているリリエリは、前方を確認しようと首を伸ばした。瞬間、伸びた枝が額にガンと当たる。ゆっくり進んでいるとはいえ、割と痛い。
「大丈夫か」
「ええ、なんとか。この辺り、本当に歩きにくいですね」
場所に対する不満を漏らしつつ、そのくせリリエリの声はどこか明るさを含んでいた。
リリエリは普段未開の地に足を踏み入れることはない。有用な資源があるとわかっている場所に、適切な準備を整えた上で赴く。機動力のないリリエリが無事に任務をこなすには、先人のもたらす情報が必要不可欠であった。
だがやはり冒険者としては誰も知らない大地を開拓したいものだ。人の手の届かない湖畔を、明かりの差したことのない洞窟を、何が行き着くとも知れない谷底を、父が旅した未踏の世界を!
それがロマン。危険と引き換えの、何よりも得難い憧憬。
「……嬉しそうだな」
「そう思いますか?」
「なんとなく、そんな気がする」
リリエリは自分が冒険者の末席にしがみついている理由を思い出した。足の悪い自分が得られるものではないと、心の奥に追いやってそのまま見失っていたものだ。
だが今の自分は、憧れの只中。
「嬉しいですよ。だってこれは冒険そのものじゃないですか」
こんな時に抱く感情ではないのかもしれないが。ほんの十数年空白だっただけの場所を、未踏と称するのは間違っているのかもしれないが。
踊る心を止めることはできないし、止めようとも思わない。
「ヨシュアさんとパーティが組めて、本当に良かった」
「そうか」
パキパキと足元で小枝の弾ける音がする。ガサガサと頭上で木の葉が囁く。ゆっくりと枝葉を払いながら進む道中の、その背中の上で、リリエリはヨシュアの声をけして取り落としはしなかった。
「俺も、そう思っている」
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