42 / 131
第二章
第一話 宮廷魔術師
しおりを挟むその日の小都市エルナトは活気に満ちていた。
都市中央に位置する広場には溢れんばかりの人が集まっている。人々の顔は興味、好奇心、歓喜などなど、総じてプラスの感情が見て取れた。
広場に隣接している時計台は、エルナトの顔とも言える非常に大きなものだ。その時計台を背にするように、特設のステージが組まれている。
ステージではエルナトギルドを始めとした国家公務員に相当する職員が忙しそうに動き回っては着々と準備を進めていた。
……そんな様子が、眼下に見えている。
リリエリは時計台の最上階、文字盤の真裏から人々を眺めていた。
「リデルさん、確かにここは見物にはもってこいかもしれませんけど。ここにいて良いんですか、私」
「駄目かも。だからこれは内緒な」
リリエリと共に据え付けられた小窓から外を眺めていた女性、リデルが悪戯っ子のように笑う。二人は時計台の整備のために作られた小部屋の中にいた。
周囲より一際高い建物である時計台を遮るものは何もなく、集まった人々の最後列すらも見通せる。残念なことに、肝心の特設ステージだけは背面から眺める形となってしまうが、眼下の混雑を思えば十分すぎるほどの特等席であった。
正確無比に動き続ける大小様々な歯車が剥き出しになっているこの部屋は、当然リリエリのような一介の冒険者が入れるような場所ではないのだが。
「この時計台のメンテナンスにはアタシも一役買ってるからな。役得ってやつだ」
リデルは言いながら、木製の鍵をカラカラと振ってみせた。この整備室に入るための鍵であった。
ただの冒険者たるリリエリにはこの部屋に入る資格はない。が、整備担当らしいリデルが良しといえば良しなのだろう。リリエリは深く考えず、とりあえずそういうことだと納得し、至極気軽に友人の誘いに乗ってここに来た次第である。
リデルはエルナトでも指折りの職人だ。当人は頑なに彫刻師を名乗っているものの、ものづくりに関することならおよそ節操なく何でもやっている。
武器や防具はもちろんのこと、杖、家具、はたまた生地まで様々なものを作ってきたリデルだが、まさか時計台の整備までも請け負っていたとは。
リデルと友人と言える関係になって数年が経つが、リリエリは未だにリデルの全容を測れずにいる。
「しっかしすげー人出だな。そんなに盛り上がれるもんなんかね、宮廷魔術師のお披露目ってのは」
「エルナトは王都ウルノールから遠く離れてますからね、宮廷魔術師が来てるとなれば、一目会いたいと思うもんですよ。……ところで、なんでエルナトに宮廷魔術師の方がいらしてるんですか?」
「なんも知らずについてきたのかよ。しゃーなし、リデル姉さんが詳細を教えてあげよう」
リリエリの問いかけに、気分良さそうに広場を眺めていたリデルの顔がさらに楽しげな笑顔に変わった。
リデルは噂話が好きだ。あるいは、流行り廃りに疎いリリエリに物を教えるのが好きなのかもしれないが。
「今日はレダっつー名前の宮廷魔術師が来てるんだ。ついこの間までS級冒険者としてブイブイやってた、超腕利きの魔法使いさ。最近宮廷魔術師に就任したってことで、各地で魔法の腕前を披露して回ってるんだと。で、今日は我らがエルナトの番ってわけ」
「つまり、今から最高峰レベルの魔法が見られるってことですか!?」
リリエリはつい大きな声を上げてしまい、慌てて自分の手で口を塞いだ。周囲に誰かいる訳でもないが、一応こっそり時計台に侵入している身分である。
その様子を見たリデルは、皆それ目当てで集まってんだってと呆れたように笑った。
魔法。
大気を始めとしたあらゆる所に存在する魔力を元に、自然現象を再現する技術。
虚空から火や水を生み出したり、強い光で周囲を照らしたり。魔物の跋扈する壁外を渡り歩く冒険者にとって、優れた魔法使いの存在は生存率を著しく左右する。
魔法使いが重要視され、重用される一方で、魔法使いとしての適性がある者は少ない。
外界から魔力を吸収する能力。
吸収した魔力をその身に貯蔵する能力。
貯蔵した魔力を魔法という形で出力する能力。
これらの素質に加えて、生じさせたい現象の確固たるイメージを自分の中に構築する必要がある。
魔法を行使するために必要な四要素――吸収、貯蔵、出力、それからイメージ。これら全てが十全にこなせる者のみが、魔法使いを名乗れるのだ。
「そんなすごい人の魔法が見られるんなら、この人だかりも納得ですね」
リリエリは集まった人々に視線を向けた。前列は心なしか子供の姿が多いような気がする。未来ある若者にとって、宮廷魔術師の魔法を間近で見られる機会は得難いものになるに違いない。
四要素のうち、吸収、貯蔵、出力の三つは生まれ持った才能に依るところが大きいが、イメージであれば後天的な経験やトレーニングで十分に伸ばすことが可能だ。
宮廷魔術師のような優れた魔法使いによる魔法の実演は、イメージの想起に強く役立つことだろう。
彼らの魔法は、ただそこにあるだけで人々を導くことができるのだ。
「そろそろ時間だな」
リデルはパチリと音を立てて手元の懐中時計を閉じた。と同時、遠くに聞こえていた人々のざわめきが急に静まり返る。
リリエリは人々に向けていた視線をステージに戻した。ちょうど一人の男が歩み寄る場面であった。
鮮やかに染められた布を惜しげもなく使用したローブを纏い、明らかに歩行用ではない豪奢に飾り立てられた杖を持った美丈夫が、優雅な動作で演壇に登る。
彼こそが宮廷魔術師レダ。
この世界において、疑いようもなく最高峰に位置する魔法使いである。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました
オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、
【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。
互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、
戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。
そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。
暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、
不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。
凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
調香師・フェオドーラの事件簿 ~香りのパレット~
鶯埜 餡
ファンタジー
この世界における調香師とは、『香り』を扱うことができる資格を持つ人のこと。医師や法曹三資格以上に難関だとされるこの資格を持つ人は少ない。
エルスオング大公国の調香師、フェオドーラ・ラススヴェーテは四年前に引き継いだ調香店『ステルラ』で今日も客人を迎え、様々な悩みを解決する。
同時に彼女は初代店主であり、失踪した伯母エリザベータが彼女に遺した『香り』を探していた。
彼女と幼馴染であるミール(ミロン)はエリザベータの遺した『香り』を見つけることができるのか。そして、共同生活を送っている彼らの関係に起こる――――
※作中に出てくる用語については一部、フィクションですが、アロマの効果・効能、アロマクラフトの作成方法・使用方法、エッセンシャルオイルの効果・使用法などについてはほぼノンフィクションです。
ただし、全8章中、6~8章に出てくる使用方法は絶対にマネしないでください。
また、ノンフィクション部分(特に後書きのレシピや補足説明など)については、主婦の友社『アロマテラピー図鑑』などを参考文献として使用しております(詳しくは後書きにまとめます)。
※同名タイトルで小説家になろう、ノベルアップ+、LINEノベル、にも掲載しております。
※表紙イラストはJUNE様に描いていただきました。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。


元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる