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第一章
第十七話 抑止力不在
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レッサーレッドはその名前の通り、くすんだ赤色をした植物である。
主な用途は紋章魔術や衣服の染料。魔力伝導率が低く色合いも地味なことから、赤系の染料の中では下から数えたほうが早い程度に価値の低い染料である。
しかし使用される頻度はかなり高い。レッサーレッドの何よりの魅力は、廉価であること。そして大量に入手できる点にあった。
「赤いな」
「とにかくたくさん生えてくるのがレッサーレッドの取り柄ですから」
リリエリの指示の元、暗い森を抜けた二人の目に飛び込んできたのは、視界一面に広がった赤色であった。
ナナイ山岳七合目。火事か土砂崩れかでごっそりと木々が失われた大地を、雲の切れ目から差し込んだ陽光が燦燦と照らし上げている。まるで道中の林床に注がれなかった分を補うかのように。
登頂方面のルートとは少し逸れた山の端。先ほどまで辺りを覆い尽くしていた木々の姿はもはやなく、目の前にはただただ褪せた赤草だけが広がっていた。
「ご覧のとおり、レッサーレッドは赤い色をした草です。草全体が赤いので、花や実だけが赤い植物と比べて非常に多くの染料を得ることができます。生育にはある程度の高度と光量が必要で、何らかの要因で木々が失われた地面に我先にと生えてくる逞しいやつです」
「初めて見た、と思う」
「西の方では生えないのかもしれませんね」
よく陽の当たる空間であることから、魔物の脅威はここまでの道中と比べてぐっと低くなるだろう。
リリエリはヨシュアの腕から降り、レッサーレッドの草原に足を踏み入れた。
久しぶりの来訪であった。少し前まで居候していたアイザックのパーティと共にここを訪れたことがある。その時は魔物狩りの補助がメインで、採集はほとんどさせてもらえなかった。一面に広がるくすんだ赤に一切手出しができないことの悔しさと言ったらない。
だが、今日は違うのだ。
ここからはリリエリの最も得意な戦場である。
「まず簡易の魔物除けを張ります。予め紋章魔術が彫り込まれている杭を持ってきているので、これを適当に打ち込めばオーケーです」
「便利だな。どこに打てばいい?」
「一本はここに。もう一本はあの……白い岩の見えている辺りにお願いします」
リリエリはヨシュアに黒い金属でできた杭を手渡した。ヨシュアの掌程度の長さを持つ細い杭だ。
次いで杭打ち用の小さなハンマーを手渡すつもりであったが、一瞬バックパックに目を落とし、再びヨシュアの方に目を向けた時には既に杭は地面の中にあった。いつどうやって打ち込んだのだろうか。S級冒険者であればちょっと落とし物を拾うくらいの動作で杭を深々と地面に突き刺すことができるのか。
……この辺りの土壌、決して柔らかくはないんだけどな。と、リリエリはしみじみと規格外の冒険者の力を嚙み締めた。成り行きとはいえ、ヨシュアとパーティを組めたのは本当に行幸である。……不安な面もぼちぼち現れ始めてはいるが。
「じゃあ私も打ってきますね」
魔物除けの杭は本来では四本で使う品である。貧乏冒険者筆頭であるリリエリはケチって三本でやりくりしている。
一本はもう打った。もう一本はヨシュアが打つ。そして最後の一本をリリエリが打ち込めば魔物除けの結界は完成だ。
リリエリはレッサーレッドの草原の真ん中を目指して歩いた。
標高が高いため頬に当たる風が冷たい。先ほどまでありったけの魔物の気配に囲まれていたので、開けた空間は非常に開放的だ。
リリエリは歩いた。
よく陽の当たる空間とはいえ、魔物の脅威が全くないわけではない。夜になればこの辺りも非常に危険な場所と化すだろう。それまでには五合目の山小屋まで引き返さなくてはいけない。それを踏まえて結界を張る範囲を決定しなければ。
リリエリは歩いた。
いいやちょっと待て。今回は普段のソロ冒険ではない、ヨシュアが一緒なのだ。道中の振る舞いは記憶に新しい。まるで暴力の化身であった。彼がいれば多少の無茶も許されるかもしれない。
リリエリは歩いた。
……要するに、採り放題ということか。
「まだ進むのか?」
気がつくと、杭を打ち込んできたらしいヨシュアがすぐ真後ろに立っていた。
いつの間にやらかなり遠くまで歩いていたらしい。最初に打ち込んだ杭、ヨシュアに打ち込んでもらった杭、そして今リリエリが立っている場所。この三点で出来たトライアングルはちょっとしたスポーツができそうなくらいには広々としている。
そろそろ結界の有効範囲の限界が近い。リリエリはあと一歩、いや十歩ほど進みたい誘惑を振り払いながら歩みを止めた。
「この辺りにしておきましょうか」
この魔物除けの結界はリリエリが採取作業を行っている間に安全を確保するために設置したものである。
リリエリの認識では、この結界の広さはそれすなわち作業範囲の広さと同義であった。
当然のことだが、この場所にはヨシュアとリリエリの二人しかいない。繰り返すが、未だ推測の域は出ないが様々な常識が致命的なまでに欠如していそうなヨシュアと、リリエリの二人だ。
これはつまり、結界の範囲――作業範囲があまりにも広すぎるのではないかという疑問を抱くものは、この場には誰一人として存在しないということである。
主な用途は紋章魔術や衣服の染料。魔力伝導率が低く色合いも地味なことから、赤系の染料の中では下から数えたほうが早い程度に価値の低い染料である。
しかし使用される頻度はかなり高い。レッサーレッドの何よりの魅力は、廉価であること。そして大量に入手できる点にあった。
「赤いな」
「とにかくたくさん生えてくるのがレッサーレッドの取り柄ですから」
リリエリの指示の元、暗い森を抜けた二人の目に飛び込んできたのは、視界一面に広がった赤色であった。
ナナイ山岳七合目。火事か土砂崩れかでごっそりと木々が失われた大地を、雲の切れ目から差し込んだ陽光が燦燦と照らし上げている。まるで道中の林床に注がれなかった分を補うかのように。
登頂方面のルートとは少し逸れた山の端。先ほどまで辺りを覆い尽くしていた木々の姿はもはやなく、目の前にはただただ褪せた赤草だけが広がっていた。
「ご覧のとおり、レッサーレッドは赤い色をした草です。草全体が赤いので、花や実だけが赤い植物と比べて非常に多くの染料を得ることができます。生育にはある程度の高度と光量が必要で、何らかの要因で木々が失われた地面に我先にと生えてくる逞しいやつです」
「初めて見た、と思う」
「西の方では生えないのかもしれませんね」
よく陽の当たる空間であることから、魔物の脅威はここまでの道中と比べてぐっと低くなるだろう。
リリエリはヨシュアの腕から降り、レッサーレッドの草原に足を踏み入れた。
久しぶりの来訪であった。少し前まで居候していたアイザックのパーティと共にここを訪れたことがある。その時は魔物狩りの補助がメインで、採集はほとんどさせてもらえなかった。一面に広がるくすんだ赤に一切手出しができないことの悔しさと言ったらない。
だが、今日は違うのだ。
ここからはリリエリの最も得意な戦場である。
「まず簡易の魔物除けを張ります。予め紋章魔術が彫り込まれている杭を持ってきているので、これを適当に打ち込めばオーケーです」
「便利だな。どこに打てばいい?」
「一本はここに。もう一本はあの……白い岩の見えている辺りにお願いします」
リリエリはヨシュアに黒い金属でできた杭を手渡した。ヨシュアの掌程度の長さを持つ細い杭だ。
次いで杭打ち用の小さなハンマーを手渡すつもりであったが、一瞬バックパックに目を落とし、再びヨシュアの方に目を向けた時には既に杭は地面の中にあった。いつどうやって打ち込んだのだろうか。S級冒険者であればちょっと落とし物を拾うくらいの動作で杭を深々と地面に突き刺すことができるのか。
……この辺りの土壌、決して柔らかくはないんだけどな。と、リリエリはしみじみと規格外の冒険者の力を嚙み締めた。成り行きとはいえ、ヨシュアとパーティを組めたのは本当に行幸である。……不安な面もぼちぼち現れ始めてはいるが。
「じゃあ私も打ってきますね」
魔物除けの杭は本来では四本で使う品である。貧乏冒険者筆頭であるリリエリはケチって三本でやりくりしている。
一本はもう打った。もう一本はヨシュアが打つ。そして最後の一本をリリエリが打ち込めば魔物除けの結界は完成だ。
リリエリはレッサーレッドの草原の真ん中を目指して歩いた。
標高が高いため頬に当たる風が冷たい。先ほどまでありったけの魔物の気配に囲まれていたので、開けた空間は非常に開放的だ。
リリエリは歩いた。
よく陽の当たる空間とはいえ、魔物の脅威が全くないわけではない。夜になればこの辺りも非常に危険な場所と化すだろう。それまでには五合目の山小屋まで引き返さなくてはいけない。それを踏まえて結界を張る範囲を決定しなければ。
リリエリは歩いた。
いいやちょっと待て。今回は普段のソロ冒険ではない、ヨシュアが一緒なのだ。道中の振る舞いは記憶に新しい。まるで暴力の化身であった。彼がいれば多少の無茶も許されるかもしれない。
リリエリは歩いた。
……要するに、採り放題ということか。
「まだ進むのか?」
気がつくと、杭を打ち込んできたらしいヨシュアがすぐ真後ろに立っていた。
いつの間にやらかなり遠くまで歩いていたらしい。最初に打ち込んだ杭、ヨシュアに打ち込んでもらった杭、そして今リリエリが立っている場所。この三点で出来たトライアングルはちょっとしたスポーツができそうなくらいには広々としている。
そろそろ結界の有効範囲の限界が近い。リリエリはあと一歩、いや十歩ほど進みたい誘惑を振り払いながら歩みを止めた。
「この辺りにしておきましょうか」
この魔物除けの結界はリリエリが採取作業を行っている間に安全を確保するために設置したものである。
リリエリの認識では、この結界の広さはそれすなわち作業範囲の広さと同義であった。
当然のことだが、この場所にはヨシュアとリリエリの二人しかいない。繰り返すが、未だ推測の域は出ないが様々な常識が致命的なまでに欠如していそうなヨシュアと、リリエリの二人だ。
これはつまり、結界の範囲――作業範囲があまりにも広すぎるのではないかという疑問を抱くものは、この場には誰一人として存在しないということである。
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