龍の呪いの殺し方

中島とととき

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第一章

第十六話 冒険者の秘訣

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 生きた心地のしない道中であった。

 魔物という生き物は往々にして陽の光に弱いとされている。陽光が魔物の因子たる魔力を分散、分解させると言われているためだ。
 これはどんな冒険者でも知っている常識であり、壁外で活動する際は誰もがなるべく陽の当たる道を選んで進むのが定石である。当然リリエリもそうする。特別な事情がない限り、誰だってそうする。……と、思っていたのだが。

 ヨシュアの行動は論外であった。
 樹々によって日光の遮られた道に平気で分け入り、魔物の巣のど真ん中を突っ切り、時には片手で吹っ飛ばしながらただひたすらに上へ上へと進んでいく。先人によって拓かれたルートなど端から無視である。明らかに想定された道ではない。人の痕跡が欠片もないのだ。

 それでも山というのは優れた場所で、とりあえず上を目指していれば目的地には近づいていく。ほとんど悲鳴に近いリリエリの誘導もあり、二人は大きく道を逸れながらも目的地であるナナイ山岳五合目の山小屋に到着することができた。

 太陽は南東。想定よりずっと早い到着だ。

「ついた」
「つ、つきました、ね」

 ヨシュアに運ばれていたリリエリはほとんど体力を消耗していないはずだが、不思議と息も絶え絶えであった。気力というか心労というか、精神に関与するパラメーターがごっそりと持っていかれた気分だ。ヨシュアに降ろされ自身の足でナナイ山岳の地面を踏みしめた時には、ここ最近感じたことのないほどの安堵感を覚えていた。

 目的地の山小屋は丁度森の拓けた先、見晴らしの良い草原に立地している。よく陽の当たる場所であり、魔物除けの紋章も十全。古い建物であるが、この小屋であれば魔物の心配なく滞在することが可能だろう。ここはナナイ山岳で活動する冒険者にとって、まごうことなきセーフゾーンであった。

「本当はこの小屋で昼食を取る算段だったんですが、ヨシュアさんのおかげでお昼にはまだ時間がありますね。お腹空いてますか?」
「いや、空いてない」
「であれば、先に進みましょう。暗中の行動は避けたいですし、早いに越したことはないですから」

 そうだなと頷いたヨシュアは、再びひょいとリリエリを抱え上げる。……物申したいこともないではないが、これが一番早いというのはリリエリにもわかる。だからリリエリは何も言わず、ただ諾々と荷物に徹することにした。荷物扱いは慣れっこだし。いや趣が異なりすぎるとは自分でも気づいているけれど。

「目的の……草?」
「レッサーレッドですね」
「それはどのあたりに生えているんだ」
「六から七合目、ここからもう少し上に行ったところです。より高い位置のレッサーレッドの方が質がいいので、可能な限り上に行ければと思います」
「わかった。とにかく上に進むから、道案内は頼む」

 承知しましたという言葉とヨシュアの一投足とは、果たしてどちらが早かっただろうか。
 とにもかくにも、二人は前へと進みだす。冒険者パーティとしてはなんとも歪な関係な気がしなくもないが、……深く考えるのは帰還後でいいだろう。


□ ■ □


 放っておくとヨシュアはどんどんヤバい方に足を踏み入れていく、というのは先ほどの道中でよくよくわかったことだった。方向音痴なのか単に何も考えていないのかは不明だが、わかっていれば対処のしようもあるものだ。

「逸れてます! ヨシュアさん、ルート、西!」
「西。……右?」
「左です、ちょっと明るい方です!」

 ……対処といえば聞こえはいいが、要はちょっとでも道を逸れそうになったら大声で指示を出すことにしただけである。
 
 当然ながら大声を出す行為は様々な生き物に自分たちの居場所を知らせる行為である。リリエリの認識では愚行も愚行であったが、この際道に迷うよりましだと思うことにした。この辺りの魔物など、文字通りヨシュアの足元にも及ばないのだ。
 だいたいの魔物は姿を見せる前に振り切られるか、あるいはヨシュアの投擲によって沈んでいく。先ほど勇気ある魔物が一体、おそらくシルバーボアであったが、進行を遮る形で目の前に現れたそれはヨシュアの渾身の踵落としによってあっという間に地面のシミとなった。打撲音ではなく水音がした。踵落としのモーションから出てもいい音ではない。

 エルナト森林において、彼は自身の血だらけの姿を返り血だと主張していたが、確かにこういう倒し方をしていれば血塗れにもなるだろうな、とリリエリは思った。ヨシュアが好んで蹴りに用いている左足の先は、既に元の色がわからないほどに赤く染まっていた。
 人一人を抱えながら走るスピードといい、シルバーボアを一撃で落としたことといい、ヨシュアの力は明らかに人間の持てる範疇を超えている。
 
 魔力を魔法として出力せず、身体強化に用いる技術は近距離戦闘を主とした冒険者にとっては基本的なものだ。リリエリだって動かない右足の補助のために魔力を使用している。もっとも、魔力の多くないリリエリは紋章魔術のサポートが必要不可欠ではあるが。
 ヨシュアもきっとそのような技術を用いているのだろう。自分に対する回復魔法はできると言っていたし。出力は苦手でも体内の魔力を操ることは得意だ、というケースはよく聞く話だ。

 にしても彼は強すぎやしないか。
 例えば、そう、禁忌とされている"人体への紋章魔術の直接刻印"を使用している、みたいな。

「このまま真っすぐでいいのか。……リリエリ?」
「! すみません、真っすぐ進んでください」

 邪推だ。良くない思考だ。強い身体能力を持つヨシュアへの嫉妬、羨望、憧憬。
 そういったものは全部全部捨ててきた。そうすることで、リリエリは冒険者としての自分自身を保っている。今この瞬間だって変わらない。
 できないことを考えていても仕方がないのだ。リリエリはパチリと思い切り自分の両頬を叩いた。
  
 周辺の植生は緩やかに変化しつつある。目的たるレッサーレッドはすぐそこだろう。
 自分にできることをただ、ただ、ただひたすらに。盲目的な愚直さこそが、リリエリを冒険者たらしめる秘訣である。

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