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第4章

第57話ーー動き出す転移者達①ーー

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 時は少し遡り、スルグベルト公国の王城内にある会議室では重苦しい空気が流れていた。

 集まっているのはこの国を支える重鎮たち。そしてこの国の代表である国王グラドール・アバン・デル・スルグベルトですらも頭の痛い問題とばかりに肘掛けに腕を乗せて頭を支えている。


「『聖女』の失踪に捜索に派遣された騎士団の壊滅、そしてグローゲン砦の異変か……どれも頭の痛い問題だな。誰ぞ、何か情報を持ち合わせてある者はおるまいか」

 国王からのその問いかけに答えられる者は誰もいなかった。
 この報告を上げた宰相ですら首を横へと振っている。

「誰もおらぬか……いや、それも仕方ない事か。騎士団に関しては生存者どころか死体すらも殆どが無くなっていたというのだからな」

 落胆ともいうべき溜息を吐く国王に対してそれを諌めるものは誰一人いなかった。
 それだけ今回の事態は頭の痛い問題と言えたからだ。

 正式なジョブとして発現したわけではないが、それでもその膨大な魔力量と広範囲における治癒魔法を行使して勇者パーティを支えていた間宮結奈はこの場の誰もが認める『聖女』に相応しいだけの力量を秘めていた。
 それが『悪魔の子』と称される異業種を討伐する為に踏み入った森の中で魔物のスタンピードに巻き込まれて失踪してしまうというのは素直に驚かされる話だったが、同時に彼らの中でも如何に自分たちとは隔絶した力を秘めている者たちでも自分たちとは同じ人間だったのだと安心感を与えていた。

 しかしだからと言ってそのままでいるわけにもいかず、このまま聖女を失うわけにはいかないので捜索隊に騎士団一個中隊を派遣したのだが、それが何者かの手によって壊滅したという知らせが届いたのだ。
 王城内は当然騒然となった。何せ派遣されたのは通常の戦力である兵士ではなく騎士なのだ。
 騎士はたった一人で十人の兵士を無傷で無力化出来るほどの強者揃いで、能力も一般のそれとは比べ物にならないくらいに高い。
 具体的にいえば冒険者ギルドの等級に合わせると、銀クラスにも匹敵するのだ。
 それが中隊規模……凡そ百五十名もの人員が派遣されていたのだ。単純な戦力だけでいえばドラゴンでも討伐しに行くような戦力であるが、それが壊滅。
 しかも死体すら残されていないというのだから騒然となるのも必然と言えた。

 ……ただこれだけのことなら確かに頭の痛い問題ではあるが、国王であるグラドールがここまで頭を悩ませることはなかった。
 非常に稀な事ではあるが、突然空からドラゴンがやって来る事や高レベルの犯罪者に取り囲まれるなど非常に珍しいケースではあるがないこともないからだ。

 せいぜい一時的に国の戦力が落ちるというだけの話で、それも国全体からみればその減少も微々たるものでしかない。
 『聖女』に関しても失点は大きいが目を瞑らないこともない。何せこの国にはまだ二十名近い召喚者達がいるのだ。
 その中には聖女程ではないが、それでもこの世界の者からしたら隔絶した力を持つ癒し手がいるからだ。

 だが、グローゲン砦。あそこだけは違う。
 確かに境界山脈の向こう側にある亜人・獣人の国家アグニスタを警戒するのには必要不可欠な存在であるが、それは表向きの施設に過ぎない。
 あそこには国で行えないような非道な人体実験に加えて魔法研究もされている謂わば国のブラックボックスそのものであるのに加えて、勇者召喚を行うのに必要な最大重要施設でもあるのだ。

 それが原因不明のまま突然陥落したと聞かされては国王としても看過できない問題だった。しかも今は魔王軍がいつ北の境界山脈を越えてやってきてもおかしくない状況で、そことは反対に位置するグローゲンへ纏まった戦力を送ることも出来ない状況となっているのだから最早お手上げ状態と言っていい状況だった。

 そんなどうしようもない状況の中、声をあげる者がいた。

「王よ。発言してもよろしいでしょうか?」
「バランか……何だ、申してみよ」
「ハッ」

 そう言って席から立ち上がると円卓中央にあった地図を広げて騎士団長オルグド・バランが語り出した。

「現在勇者一行は対魔族用訓練の一環として近隣の賊討伐をしております」
「ふむ。報告は聞いておる、訓練過程は順調に進んでいるそうだな?」
「はい。なので近日中に大規模な賊討伐を完了してから北のダイラス迷宮へ向かうことを予定していたのですが、その場所がここになります」

 そう言って地図を指し示した場所はグローゲン砦からほど近い場所にある山の中であった。

「……ふむ。して、ここには何が?」
「はい。ここには我が国の廃城が眠っていたのですが、今は賊共の根城となっているようで、そこでの討伐を終えた後にグローゲン砦を調査するというのが良いと具申致します」
「調査に勇者を使う……か」

 オルグドの提案にしばし国王は熟考するように瞼を閉じると、やがて考えが纏まったのか口を開いた。

「悪くない手だ。宰相、お前はどう思う?」
「……そうですな。調査というには万が一も考え多少のリスクはあると思いますが、そこは我らが上手く立ち回れば問題はないと思います」
「うむ。ではオルグドよ、貴殿の提案を受け入れよう」
「ありがとうございます」

 国王の言葉にオルグドは深々と頭を下げ礼を述べると国王はついでとばかりに言葉を続けた。

「そうだ。それで勇者殿の様子はその後どうなった?」
「……あまり良いとは思えません。今は魔王軍の侵攻の知らせを受け、他の者をまとめる動きをしておりますが、内心ではユナ・マミヤの動向をいたく気にしております」
「で、あるか……となると。ハハッそうか、貴様ついでに聖女殿の捜索もしようとしていたな?」
「申し訳ございません」
「かまわぬ。だが、日程はどうする?余り長くは許さぬぞ」
「そこは問題ありません。一行の中には索敵に長けた者もおりますので一日もあればあの近辺の森一体はすぐに捜索可能なので。それに、逸れた場所と針路方向は良くも悪くもグローゲン砦に続く道となっておりますので」
「うむ。で、あるならば問題ない……他の者も良いな?」

 国王の言葉にその場の誰もが認めるように頷いてみせた。
 それもそのはずである、実は既にオルグド・バランの手により事前に根回しは済んでおり、事実上勇者達を使う以外現実的な手段がなかったからである。

「では以上を持って会議を終了とする」

 そういってこの場における会談は終わりとなった。





「そんじゃ結奈さんの捜索が出来るってことか?!」
「マジかよ!いつだ?!いつ出れるんだ?!」

 ガヤガヤと人が集まる食堂の一角。
 そこには召喚者あるいは転移者と呼ばれ、今では勇者やその使徒と崇められている集団が集まっていた。
 その中でも声を上げて間宮結奈の捜索に大手を振って喜んだのはかつては同じパーティメンバーであった中野康太と安田衛の二人と声こそ上げなかったが、同じように喜びを感じさせる笑みを漏らす和田達也の姿もあった。

 彼ら三人も間宮結奈が失踪してからのことが気がかりでパーティ内が一時期拗れる程に彼女の事を心配していた。
 と、いうより間宮結奈の失踪はパーティ内だけに留まらず他のクラスメイト達にも少なくない影響を及ぼし、不安と焦燥感に駆られる日々を過ごしていた。

 これは当然と言えば当然の事で間宮結奈はクラスメイトの中ではアキラや飛鳥に次いで高いカリスマ性と社交性を有していた所謂マドンナ的立ち位置の女子だった。
 もしクラスカーストなどという区分があるとしたらトップ層に躍り出ていてもなんら不思議ではないほどの人気生徒だったのは間違いないし、事実その通りだった。
 更にいえば天職こそ授かりはしなかったが、彼女は余りある魔力量により攻撃から支援・回復に至るまで幅広い魔法特化型の癒し手であることで彼女に寄せられる信頼は並大抵のものではなかった。

 仮にそうじゃなかったとしても仲の良いクラスメイトがこの世界にきて行方不明となってしまったのだ。
 騒ぎにならないはずが無い。

 ちなみに弓弦を筆頭に菜倉と庄吾が失踪した件については多少騒がれたとはいえ、他のクラスメイト達はそれ程騒ぎにはならなかった。
 強いて言えば親交のあった一部の女子生徒が菜倉の心配をしていたが、間宮結奈ほどの騒ぎにはならなかった。

 理由は単純明快。彼ら彼女らクラスメイトにとって弓弦達三人グループは友人でもなければ仲間でもなかったからだ。
 せいぜい同じクラスに配属されただけの人間で、協調性のカケラもないただの厄介者集団でしかなかったからだ。

 そして何だかんだ彼ら三人がいなくなってから一年以上経つのだ。今更彼らをどうこういう者や探そうとする者はこの場には一人を除いていなかった。

 そう、その一人とは結奈の親友である枢木飛鳥だった。

 彼女は次の任務について嬉々として語るアキラを置いて遠巻きにクラスメイト達を眺めていたが、やがて何かを諦めたかのようにその場を後にして出て行った。

 コツコツと淀みない足取りで歩んでいく先は城の中でも三番目に高い塔で見晴らしが良く他に誰もいないことから一人になりたい時などに度々ここを訪れていた、のだが。

「お待ちしておりました、黒姫様。紅茶の準備は出来ておりますよ」
「……ここに来るって貴女に伝えたかしら?」
「出来るメイドというのは常に主人の事を考えて動くものです」

 本来なら誰もいないはずのその場所にニッコリスマイルで紅茶と茶菓子を用意して待っていたのは飛鳥の専属侍女として雇われているアイリスであった。

 彼女は見惚れるような所作でほのかに湯気が昇る紅茶をティーカップに注ぐと慣れた動作で飛鳥を席につかせてしまう。
 そんな彼女の一挙手一投足を飛鳥は胡散臭げな眼差しで見つめながらされるがままに座ってしまうのだが、やがて諦めたかのように溜息を溢すと淹れたての紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着かせる事にした。

「……どうして私がここに来るって分かったの?」
「全力でかまってくださいオーラを出しながらそれでも後ろめたい事でもあるのか自分はそっちにはいけないっ!……なんて雰囲気をバリバリ出していましたから多分ここに来るだろうなと推測しただけでございます」
「なっ?!出してないわよそんな空気!!」
「……え?その反応、まさか本当に出していらっしゃったんですか?あらま」
「だから出してないって言ったんでしょ?!」

 全力で否定する飛鳥だったが、それに対してアイリスは「適当に言ったことが当っちゃいました……どうしましょ?」とでもいうかのように口元を手で押さえて気まずげな表情を作るが、飛鳥としてはそれが更に苛立たせる所作でしかないのが明白であった。ので。

ーーヒュンッ!

ーーパシッ。

「お行儀が悪いですよ、黒姫様」
「…………」

 茶菓子と一緒に置かれていたフォークを無拍子でアイリスへと投擲するが、それを瞬時にアイリスは掴み取るとピッコピッコと掴んだフォークを揺らしながら嗜めるアイリス。
 そしてすぐさま新品のフォークをそっと置いて後ろに控える。なんとも嫌味な仕草か。

「はぁ~……世の中に煙草を吸う人間がどうして減らないのかわかった気がするわ」
「左様でございますか。ですが、差し出がましいようですが黒姫様がそのようなものを嗜んだところで子供が背伸びしているようにしか見えませんよ?」
「……普通に止めるよう説得されるより腹立つわね、それ」
「恐縮です」
「今更だけど嫌味って知ってる?」
「三倍にして叩き返すことですよね?生憎とそこまで腹黒にはなれませんので……私はせいぜい二倍止まりですが」
「もういいわ………」

 何だが別の意味でぐったりと疲れ切った飛鳥だったが、その後ろでクスクスと楽しそうに笑うメイドには気づいていない……いや、気づいてはいるがツッコむのも面倒になったので放置していた。

 やがて気を取り直したのか、飛鳥は独り言のように彼女に問いかけた。

「ねぇ。貴女個人として今回の遠征に何か意味があると思う?」
「と、いいますと?」
「惚けないで。対魔族用訓練として始まった訓練だけど、その最後の締めくくりとして賊の討伐って……なんかおかしくない?」
「……私はあくまでも一介のメイド。それも元を正せばただの傭兵に過ぎませんので政には一切の関心がありませんが、一人の戦士としていわせて頂くのであれば正直何がしたいのかさっぱりです」
「だよね……いくら大規模な盗賊団を相手だからってわざわざ遠征してまでする価値があるのかしら」
「……ふむ、私的な意見であればありますよ」
「聞かせてもらえる?」

 珍しく本当に悩んでいるのだと分かったアイリスは「あくまでも予想ですが」と前置きして言葉を続けた。

「まず第一に皆様に人殺しの経験をさせることが目的でしょう。魔族とはいえ知性ある人類と同等かそれ以上の存在と戦争をするんです。
 いくら力をつけたからと言って、戦場を知らない新兵が初めての戦争で初めての殺しをするにはリスクが高過ぎます」
「……続けて」
「第二に訓練相手である屠殺対象が中々見つけられないからではないでしょうか。
 死刑囚を殺す事も遅い来る人間を殺すのも大差はありませんが、やはり初めてとなると殺すことへの抵抗感とそこから得られる質がことなります。
 そして第三ですが、まぁこれは国民へのアピールなどではないでしょうか?私たちは頑張ってますとアピールしておけば人は自然と褒め称えてしまいますからね」
「そう……やっぱりそうなるよね」

 それは飛鳥も考えていたことだった。
 自分たちには圧倒的に『殺し』に対する経験が少なすぎる。
 確かに地球にいた頃に比べれば暴力にも慣れ、魔物や魔獣を相手にするのも問題ないくらいに立ち振る舞えてきた。
 けれど、同じ人間を相手にするのとではやはり感覚が違う。
 
 ダンジョンと呼ばれる魔物の巣窟には確かに同じ人型であるゴブリンやオークといった比較的人間と同じ体格をしたモンスターと対峙することは少なくなかった。
 それらと対峙するたびに込み上げてくる不快感は言いようもないものがあったが、それでも人間とは違う別種の生き物ということで心のどこかで折り合いをつけて殺すことにも躊躇いがなくなってきてはいた。

 だが、それが同じ人間となった場合はどうか。
 恐らくなんだかんだこれまで萎縮しながらも戦えてきた人たちも殺すことは出来なくなる。

 それだけ自分たちにとって『殺人』とは重いもので可能なら一生縁のないものでいたかったのだが、ことここに至ってはそうも言っていられない。

「つまり、今回の遠征の目的は私たちのそんな甘えを捨てさせる為の通過儀礼ってわけね」
「少々過保護が過ぎるとも思いますけど……まぁそれは言っても詮ない事でしょう。それより」
「大丈夫よ。以前貴女からしっかり怒られたからそう心配しないで」
「なら良いでしょう、それで黒姫様は一体何に悩んでいらしたのですか?」
「………まぁ、それとは別件よ」
「といいますと、あぁ。聖女様の捜索でしたか」

 思い出したようにポンと手を打って応えるアイリスに若干「分かっていたくせに」と胡乱げな眼差しを送るがアイリスはそんな事などどこふく風とばかりにニコニコ笑顔のまま「それで、それで?」と無言で催促してくる。実にいい根性である。

「えぇ。ようやく降りた捜索許可だけど、正直なところ私はそれで彼女が見つかるとは思えない……いえ、見つかって欲しいとは思うのだけどね」
「? 黒姫様と聖女様は親友だと聞き及んでおりましたが、違うのですか?」
「親友よ。だからこそ彼女を見つけられるとは思えないの。それに気がかりなのはそれだけじゃないわ」
「……あぁ、あのクソ砦もありましたね」
「クソ砦?」

 珍しく彼女からはっきりと感じた怒気と嫌悪に飛鳥は興味が惹かれて彼女へと向き直る。

「えぇ、クソです。と……失礼しました。お茶の時間にすることでもありませんね」
「いいから聞かせて?どんな場所で何があったの?」
「……はぁ。後悔してもしりませんよ?」

 その後、飛鳥はアイリスからグローゲン砦の詳細な情報を知ることが出来た。
 奴隷売買については飛鳥もまた知るところではあったが、それを国が主導となって行なっていたことや売られている奴隷の大半が亜人や獣人といった他種族のみの構成となっているらしい。
 アイリスの仲間には少ないが元奴隷の獣人もいるらしく彼女らはそんな彼らのこれまでの出征や経緯などを聞かされていたようだった。

 それらの話を静かに聞いていた飛鳥は同じ女として不快に思いながらも冷静に当時の状況を分析しながら砦についての情報を断片的に得ようとしていた。

 日本人としての感性から言わせてもらえばハッキリ言って狂ってるとしか言いようがない方針だが、まず奴隷を国営とするのは時代背景も考えれば飲み込めないがおかしくはない。
 だが、肝心の奴隷というのが一般奴隷や犯罪奴隷などではなく完全に違法奴隷のそれだ。
 それを国が主導となって率先して行なっているというのだから異常としかいえない。

 日本で言えば違法奴隷とは近所の子供を勝手に拉致して重労働を強いれ続けた挙句殺してボロ雑巾のように扱っているのに種族あるいは人種が違うからと許されているようなものだ。

 そんなことが本当に許されていいのか、いや。そもそも誰に許されなくちゃいけないのか。

 この瞬間、飛鳥の心の中にまだ小さいがハッキリと暗いモヤのような感情が芽生えたのだった。



 
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