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第3章
第36話ーー惨殺日和ーー
しおりを挟む失敗した。いや、失敗というより周囲への警戒を怠ってしまった自分の間抜けが導いた結果だ。
「あ、ぅ……そ、その……ま、薪を拾いに……」
辿々しい言葉遣いで自分がここにいる理由を告げようとするが、見ていた光景が余りにもショッキングな出来事で言葉が詰まってしまっている。
そりゃそうだ、口の周りをベッタリと血で汚して死体の肉を貪り食っていた男と遭遇したのだ。
彼女の心境を言葉で表すなら完全にバ◯オの某警察官だろう。
とりあえず弁明でもしようかと俺は口元を乱暴に拭って彼女に向き直るのだが……。
「ひぃっ!ご、ごめんなさいっごめんなさいっ!だ、だれ、誰にも……いいませ、んからっ」
半狂乱アンド混乱の極みといった様子で普段の彼女の口数の少なさからは想像出来ないほどに弁明の言葉が並べられてくる。
……あぁ、うん。まぁそうなるわな。
いくら憎い相手とはいえ、死体となった人間を食ってる奴がいたらそりゃそういう反応になるわな。
客観的にみてもかなり危ないというか完全にイッちゃってる奴だならな。今の俺。
「はぁ……落ち着け。別にとって食いやしねぇし、口封じもするつもりはない。ただ……そうだな。とりあえず黙っててくれたら助かる」
自分でも何がどう助かるかはイマイチ分かっていないが、ウルスラの反応を見るに周囲に知られるのは不味い。
未だ正常じゃない精神の持ち主がどうにか纏まってくれてるのに、人喰いの話が出てきたんじゃどうなるかは火を見るより明らかなのは確実だからな。
「わ、わかった……誰にも、言わない」
半泣き状態で紡がれた言葉には明らかに怯えが混じっていた。
まぁこの状況で落ち着いてくれるだけありがたい事なので良しとしよう。
「……少し歩くか」
「…………」
落ち着かせようと思い提案してみたが、ウルスラはビクリッと身体を震わせると渋々といった様子でコクリと頷いた。
しばらく適当に歩きながら黙ってついてくるウルスラに声をかける。
「昼間、移住先にいた骸骨王の話を聞いてたと思うが、覚えてるか?」
チラリと視線を向けると黙ってはいたものの首を縦に振って肯定を表す。
「なら話が早い……俺たちは人間でも獣人でもない。魔人っていうステータスプレートにも表示されない種族なんだよ」
「表示……されない?」
「たぶん元からなかったんだろうな。誰がどういう基準で種族を決めて表示してんのか知らねぇけど、俺の種族名には『?』しかねぇ。もちろんミリナもな」
「……魔人っていうのは?」
「骸骨王が勝手に命名したもんだ。人間でも獣人でも亜人でも、ましてや魔族ですらない俺たちは、強いて言うなら『人の形をした魔なるモノ』だから魔人って呼んでる」
言っていて自分でも奇妙なものだと思いながら、それでも胸の内にストンッと落ちてくるものを感じとる。
たぶん無意識の内に否定しようとしていた感情を言葉にして話したことでようやく自覚する事が出来たのだろう。
俺は完璧なんかじゃない。寧ろ穴だらけで完璧とは程遠い存在だと思ってる。
完璧な奴だったら無意識に逸らしていた意識や感情にも目を向けていた筈だ。だからこれを機に色々と話してみるのも悪くないかもしれない……。
「……じゃあ、本当に、人間じゃ、ない?」
疑う、というよりも戸惑った様子でウルスラが再度確認してきた。俺はそれに苦笑いを浮かべながら肯定してやった。
「人間を喰らうような奴が人間だと思うか?」
「…………」
ウルスラは答えない。その顔を背けて先ほどの光景を思い出してしまったのだろう、表情からは「人間とは思えない」としっかり出ていた。
普段は口数が少なく表情もどこか後ろ暗いものばかりだったが、何を言いたいのかが割と顔に出やすいタイプのようで言葉を並べられるより、よっぽど分かりやすい。
「これでもな、今までは自重してきたんだよ。元々が人間ベースだったせいか、切迫した状況でもないのに死体を喰うのにはどうしても抵抗があったんだ」
そう抵抗があった。何だかんだ言い訳をしていても、元を正せば単純に人間を喰うことに躊躇いがあったのだ。
自分と同じ形をして、言語が通じる相手を殺す。その
事に躊躇いはなくとも喰らうことにはどうしても抵抗感があった。
倫理観だとか価値観だとか、そういうのを引っくるめても一人の人間としてどうしても気が引けたのだ。
もう自分は人間ですらないと自覚していても、人間としての心まで捨てて化物に成り果てる事ができなかった。中途半端な存在だ。
「……なら、どうして?」
ウルスラからの問いかけに主語はない。だが、考えていた事にちょうど当てはまった問いかけだった。
即ち『どうして死体を食べたのか』と。俺はしばらく考えようとするが……すぐにやめた。
また思考の渦に囚われてドツボにハマりそうだったからだ。
こういう時はそのままを答えた方がいい。
「分からん。死体を喰わないようにしてたのは本当だが、あの死体を見たとき“あの倉庫”にいた奴だって分かったら“まぁこいつならいっか”って思えてよ……そんで、気がついたら食ってた」
「……それ、だけ……?」
「あぁ。隠すつもりがねぇから言うが、正直自分でもどうかしてるって思ってるよ。ただ…….あれが、骸骨王の言ってた“選り好み”ってんなら正しくその通りだ」
昼間に骸骨王から話された内容を思い出しながら口にすると、なんとなく喉の奥でつっかえていたものが取れた気がした。同時に、骸骨王が言っていた言葉の意味もなんとなく理解出来た気がした。
『例え同族を喰らおうとも己を見失わず揺るがぬ信念があるのならば気高さを失う事もなく獣に堕ちる事もない』
正直俺に信念があるかと問われれば威張って言えるようなものはない。気高さも同じだ。けれど誇りならある。
“仲間への想い”それだけは何があろうと揺らがず朽ちる事などありはしない。
確かにアイツらが知ったらドン引き間違いなしだろうが、きっとそれだけだ。人間を食った、それだけで俺が仲間へ向ける想いが変わる事も向けられる想いも変わる事などあり得ないのだから。
その事に思い至ると、何となく先ほどまでの葛藤やら苛立ちやらが急にバカらしくなって、同時に人間を喰う事への躊躇いもなくなった気がした。
「お陰で良心も痛まず、美味いもんが食えた程度にしか今は思ってねぇ。あ、勘違いすんなよ。だからってお前らを非常食代わりに置いときたいなんて微塵も思ってねぇからよ」
「…………」
「俺が喰いたいのは、他人の痛みも解らず、自分の欲望しか満たして来なかった、そんなクソ野郎だけだ」
「……なんで?」
その問いはたぶん純粋な疑問からだろう、俺もどうして自分でそんな線引きのようなことを口にしたのか解らないが、それでも確かに思っている事だったので、素直に話す事にした。
「きっと、普通の人間よりもずっと美味いからだ。
己が欲望を満たす為だけに至福を肥やしてきた奴が死ぬ瞬間はそれだけで爽快な筈だが、喰らったらそれまで溜め込んでいたもんが熟れた果実みたいになってんじゃねぇかなって……そう考えるだけで美味そうだろ?」
共感は得られないだろうと思っての問いかけだったが、ウルスラは少し考えるように逡巡した後にそれまでは怯えていた表情から薄く笑みを浮かべる表情になって答えた。
「美味しい……か、どうかは解らない。けど、人間が滅んだくれたら……」
ーーきっと、気持ちいい世界になるーー
☆
翌日の昼下がり、引っ越し作業は順調に進んでいった。
砦中から集めて回った食料や衣類、家具などを一箇所に集めて回っていたお陰であらかたの作業は終わっていたが、他にも使えそうなものは全て持って行こうと言うことになり、今は動けるものが砦内のあちこちから物資を掻き集めていた。
ミリナは大忙しで転移先の骸骨王の元と砦をと何度も行ったり来たりしている。
いくらほぼ無制限に転移が出来るからといって大丈夫かと聞いたら本人曰く「も~まんたい♪」と言ってせっせと荷物を運んでくれていた。
そんな言葉いつ教えたのか忘れていたが、使い方としては間違っていないので訂正しないでおいたが、語尾が上がっているせいで若干中国語っぽく聞こえてしまう。
俺も午前中は物資をかき集めるのに奔走していたが、ある程度目処がたったので、ミリナと他の連中に断って今は別行動中だ。
「……しかし、こんな早く来るとはなぁ」
グローゲン砦を出て数時間。
俺は勇者一行の一人が拐われてしまったという森に向かっていた。
目的はその拐われた一人の奪還と『悪魔の子』の保護だ。
ぶっちゃけ拐われた方はどうでもいいが、知っているのに放置するのは後味が悪い。だから優先順位としては悪魔の子の保護が最優先で拐われたアホは余裕があったらということにした。
念の為顔には身バレ防止用の認識阻害の魔法が付与された仮面をつけているので、拐われたアホを保護しても問題ないだろう。
その道中。もうすぐ目的の森が見えてくるなと思った時、俺のきた方。つまりグローゲン砦へと向かってくる一団が見えた。
視界を望遠モードに切り替えてその一団を見ると、全員が同じ騎士っぽい格好をした集団で、馬に跨り見覚えのある旗を掲げて進軍していた。
庄吾からの受け売りだが、だいたい百五十人くらいはいるから中隊規模といったところだろう。
ただ問題はそこじゃない。
問題なのは掲げている旗の方だ。
金色の鷲に二本の槍が交差している旗印。何処かで見たことあると思い記憶を探ってすぐに思い出した。
スルグベルト公国、その王城の訓練場に掲げられていた旗がまさにそれだった。
ここは確かにスルグベルトの領土内だが、その端っこと言っていい場所だ。そんなところに騎士団の連中がいるのはどう考えてもおかしい。
更に今は噂が本当なら魔王軍が進軍しているはずで、公国の軍隊……でいいんだよな?
騎士団を軍隊といいのかわからんが、防衛戦力と考えれば同じでいい筈だ……たぶん。まぁそんな戦力が魔族が向かってきてる筈の北ではなくこんな最西端にいるのははっきり言って異常だ。
そもそも戦争とかの形態について防衛側がどういう動きをするのかなど俺にはさっぱりなので、本当に異常かどうかなど分かるはずもないのだが、それでも攻めてきてる軍勢に対抗するために向かい合う形になるのが自然な筈だ。
それがどうしてこんな所に……?
「まぁ、考えたって仕方ねぇか。とりあえずあのクソ王国、じゃなくて公国か。そこのもんだってだけでも殺すには十分な理由だな」
俺はそう結論付けると、隠れる事も茂みによる事もせず堂々と正面から出向いていった。
今回は奇襲も強襲もしない。真正面から挑んで連中の臓物を全て引き摺り出してやろうと思ったからだ。
(はてさて、完全武装の騎士団相手にどこまでやれるか……)
ーー十分後
「止まれっ!そこの仮面の男っ!」
道を譲るように端による事も、止まる事もしていなかったせいか先頭を走っていた騎士団の一人が槍の穂先を向けて俺に制止を促してきた。
止まってやる理由など勿論ないのだが後続の騎士団連中からも妙に殺気立った雰囲気を感じとり、一応足を止めて未だ槍を向けてくる騎士に顔を向ける。
「なんだ?俺に何か用か?」
「貴様っ!口を慎めっ!我らを誰かと知っての言動であろうな?!」
「知るかよ。コスプレ会場なら他所でやってくれ」
「なっ……この無礼者がっ!『螺旋槍』」
鉄兜のせいで騎士の表情は見えないが声音だけで真っ赤になってブチギレてるのが分かる。
その証拠にスキルを発動させる声を張り上げると、ほぼ制止状態からの馬による助走もないのにヒュゴッ!と鋭い風切り音を立てて槍の一撃が繰り出された。
普通なら目にも止まらず身体を貫かれたのだろうが、俺の視界からすれば正直遅すぎる。
予めすぐに攻撃してくるだろうという予想があったにしても、騎士の一撃は不思議と危険だと感じるものではなかった。
まぁだからといって素直に受ける筈もないんだがね。
「『浸透』」
俺は久しぶりに使う拳闘士ジョブの浸透スキルを使って迫る来る槍を同じ回転速度に合わせて穂先のやや下辺りを掴む。
「ぎゃあああっ?!?!」
その瞬間、浸透スキルが上乗せされた影響か槍は騎士が掴んでいた腕ごと螺旋状に捻じ曲げられ、騎士は馬上より落下してしまった。
捻れた腕からは骨が肉を突き破っているのか、手甲の隙間からもボタボタと血が滴り落ちている。
見ていて中々にグロッキーだが、漂ってきた鉄臭い血の匂いを嗅いで若干食欲が刺激されてしまう。
(うーん……食ったら美味そうだなぁ。美味いんだろうなぁ)
「いきなり何すんだよ。礼儀がなってねぇなぁ」
完全にお前が言うなである。しかしその事に誰もツッコまない。
それよりも先に後続の騎士連中が先ほどまでよりも濃密な殺気を含んで詰め寄ってきていたからだ。むしろ挑発されてると思っていても不思議ではない。
事実挑発しているのだから、これで乗ってこない方がどうかしている。
そう思っていたが、雰囲気だけでも凄んでくる騎士連中が突如左右に別れ、その間から明らかに他の騎士たちとは見た目もグレードも異なる二名の騎士がやってきた。
一人は背中に身の丈程ある大剣を携え、装備している銀色の甲冑には胸元に階級を表すバッジのようなものを付けている。
もう一人はこれまた身の丈程ありそうな大楯と装飾が施された片手剣を持った細身の男だった。
周りの雰囲気からして大剣持ちがこの騎士達の隊長で、大楯持ちが副隊長といったところか。
そんな二人を前に俺は大仰な態度を崩さず戯けたように言葉を発した。
「お?少しは話が出来そうな奴がきたな?あ、先に行っとくが、そこに転がってんのは俺のせいじゃねぇぜ?あくまでも正当防衛だ」
ヒラヒラと両手を上げて話しかけると、騎士達からの殺気が更に膨れ上がるのを感じる。しかし、それとは対照的に目の前の二人は殺気こそ向けてきているが、冷たい眼差しでこちらを見据えているだけだった。
「……正当防衛だろうと、貴様のその態度は看過できんな。我々がスルグベルト公国の聖騎士団と知っての言動であろうな?」
隊長らしき男が静かに、だがはっきりと聞こえる声量でそう告げてきたが、俺の返答は当然ノーだ。
「へぇ~、そうなんっすか。聖騎士さんねぇ~……ハハッいきなり殺しにかかってくるもんだからてっきり魔族との戦争に怖気付いた臆病者の集まりかと思っちまったよ。悪いわるい」
その言葉に流石の隊長格もビキリッと額に青筋を浮かべ出した。
騎士とかそういうのはよく知らないが、こういう高慢な態度の奴ほど、くだらないプライドが矢鱈と高いことはよく知ってる。
特に自分は強者であり守るべきものがあると自覚している奴ほど自分の掲げている、或いは誇りに思っているものを傷つけられるのは我慢ならないものだ。
「どうやら貴様は余程死にたいらしいな……殺す前に聞こう。貴様、グローゲン砦からやってきたな?」
「あぁ?グロー……?あぁ!あのオンボロ砦か!ハハッおたくら彼処に行くつもりだったのか?やめとけ、やめとけ。
あそこにゃ死人しかいやしねぇよ。行くだけ無駄むだ。それとも友達でも探しに行くのか?
だったら早めに行ってやんな、まぁ肉片だらけで誰がどれかもわかんねぇだろーけどな。アッハハ」
惚けたふりからの嘲笑と挑発。
騎士連中はもう我慢ならんとばかりに武器に手をかけていく。
「そうか……情報感謝しよう。だが数々の暴言に加えその態度は目に余る。礼は貴様の命を貰おうっ」
そういうや否や、隊長と思しき男は背中の大剣に手をかけると目にも留まらぬ速さで間合いを詰め寄り、抜刀と同時に頭上から大剣を振り下ろしてきた。
「『兜割』!」
スキルを併用しての加速を加えたその一撃は確実に俺の頭上を捉えていた。だが、その一撃を避けるでもなく迎え撃つように迫る剣に対してアッパーカットを決めていく!
普通ならいくら頑丈な小手を嵌めているとはいえ、そんな事をすれば小手は壊れ拳が縦に切り裂かれてしまうのだが……。
「ぐおっ?!」
バギィンッと音を立てて声を上げたのは隊長の方だった。
見れば大剣は真ん中から折れて、反動で剣を握っていた両手を上に向けてしまっている。
そこに追撃とばかりに、がら空きとなったボディへアッパーをしたのとは反対の手で正拳突きを叩き込むと。
「あ?」
「ごぼっ……き、きさま……」
加減を間違えたせいか、俺の拳は男の重厚な鎧を貫通して風穴を穿ってしまった。
温かい体温が液状となって貫通してる腕にその温もりを伝えてくる。男からは信じられんものでも見るような驚愕な眼差しと恐れを抱いた色合いが見て取れたが、すぐに白目を向いて力なく倒れた。
「チッ男と抱き合う趣味はねぇんだよ。きったねぇなぁ」
ズボッと腕を引き抜くと、そこからはとめどなく血の泉が広がっていくが、もう見る気も失せて視線を他の騎士団へと向ける。
「さて、それじゃ第二ラウンドといくか?それともママの元に帰るか?」
嘲るように問いかけると現実に引き戻された騎士団員達が一瞬だけたじろいだように見えたが、それも一瞬のことでそのあとすぐにもう一人の隊長格。副隊長っぽい男の号令で立ち直った。
「対人戦闘方陣展開ッ!奴を囲めぇっ!推定クラスはB級と推定!容赦するなっ隊長の仇をとるんだ!」
「「「オォオォォォッ!!」」」
号令と共に騎馬に跨る騎士たちが俺を取り囲み続けるようにぐるぐると回り出した。
「へぇ~、てっきり正面から来るバカかと思ったが、包囲陣なんてあるのか」
関心の声を漏らしながら俺は連中の準備が整うまで待ちながらその様子を見て回る。
弓弦は知らないが通常たった一人の人間を相手に多数対多数を得意とする騎馬隊が包囲陣を組んで戦闘に当たる戦術は存在しない。
何故なら騎馬隊の強みである機動力や踏破性を活かす事が出来ないからだ。ましてや、多数の歩兵を取り囲みそれを殲滅する戦術はあってもたった一人を騎馬で取り囲みながら行われる戦闘などあるはずがない。
しかしこの世界ではレベルやステータスといった地球にはあり得ない概念が存在する為、軍隊を相手にたった一人の人間が勝利を収める事が時折起こってしまう。
普通数の暴力である軍隊を相手に一人の人間が行えるのはたかが知れているが、それを覆す事が出来てしまうこの世界ではたった一人を相手に戦闘を行う多数対一体の戦術が編み出されている。
その内の一つが、現在進行形で弓弦を取り囲む包囲陣が例に挙げられる。
見える範囲全てを騎馬の機動力を活かして高速で回転しながら取り囲みその外側から魔法の行使を行う騎士が攻撃を行っていくのだ。
魔法士は通常標的を視認しながら攻撃魔法を行使するものだが、この包囲陣で取り囲んでいる間はただ円陣の中心目掛けて攻撃魔法を放てば良い。
狙いを付ける必要などなく、味方に当たらないようにさえ気をつければ円陣内にいる標的は外側へ逃げようと奔走するが、それを許さないのが取り囲む騎馬隊である。
近づけば鋭利な槍衾が待ち受け、それを掻い潜ったとしても技能『撫で斬り』による剣の一撃が待ち受けている。
正に即席の死のリングが完成するわけだ。
けれど現在その包囲陣の中心では。
「アッハハハッ!いいねぇっ悪くねぇ手だ!」
この世界に来てから初のちゃんとした戦闘に心を踊らせ楽しむ弓弦の姿があった。
四方八方から飛来してくる火炎の球や高速で飛来する石飛礫をまるでダンスでもするように回避し、あるいはその拳で撃ち落としたりしている。
しかも時折飛来する石飛礫。切っ先が石器武器のように尖った土魔法『アースバレット』を掴むと空中で取り囲む騎馬隊に投擲して絶命させていってる。
「目標は火を恐れてる!アースバレットは使うな!ファイヤーボールで燃やしてやれぇ!」
走りながら倒れていく騎士達に動揺が走っていたがすぐに副隊長からの号令で気を取り直したようで、火球だけが飛来してくるようになった。
「ハハッあっちぃなクソッタレめ!」
罵声を浴びせながらも弓弦の表情からは以前笑みが消えることはなく寧ろ更に深くなっていく。
弓弦自身、どうしてここまで笑みが溢れてくるのか分からなかった。だが、この悪癖だけは地球にいた頃からずっと続いていたもので、戦いや戦闘が激化していくほどに、自分が不利になるに連れて楽しくて仕方がないのだ。
自分じゃどうしようもない昂ぶりに気分が高揚していくのを感じながらも遂に弓弦が動き出した。
「すぐに死ぬんじゃねぇぞ?」
そう言って駆け出した先は馬を駆り立てる騎馬隊の一角だった。
騎士達はヤケになったのだろうと思ったらしく慌てる事なく槍を構え、またあるものはスキルや技能の発動準備に取り掛かる。
「『剛腕』『剛脚』『破砕震脚』」
突撃しながら使い慣れた二つのスキルと、ついさっき思いついた技を敢行すべく槍を構える騎馬隊の眼前まで迫っていく。
「殺せぇ!『瞬槍』!」
「隊長の仇だ!クソ野郎!」
「死ねぇっ『撫で斬り』!」
罵詈雑言といった様子で騎士達が弓弦に向けて剣や長剣を振り下ろしていく。それに対して弓弦の返答はというと。
「頭が高ぇんだよっテメェら!!」
そう言って真っ先に迫ってきたのはスキル『瞬槍』によって高速の一撃が放たれていた槍の穂先だった。
弓弦はそれを見とると、避けるでも受け止めるでもなく剛脚によって強化された右足で蹴り上げ、槍を半ばからへし折ってしまう。
強制的に槍の進路方向を変えさせられた騎士はよろめいて落馬しそうになるが、その前に他の騎士達が繰り出した槍や長剣が弓弦へと突き刺さりそうになる。
その光景を見ていた他の騎士達も、攻撃を仕掛けた騎士達も「獲った!」と確信めいたものを感じた。
が、実際に起こったのは予想外の出来事だった。
ーードゴオオオオオォォンッ!!!!
まるで巨大な爆弾でも投下されたかのような爆音と衝撃……いや、最早地震といって過言ではない揺れがその場を支配し、平地だった草原が湖に波紋を行き渡らせるように大地が隆起して盛り上がり鍛え抜かれた軍馬達が次々と嘶き、慌てふためいては搭乗している騎士達を落としていっている。
落馬しただけの騎士達はまだ運が良かったが、密集状態で取り囲むように馬を走らせていたせいで殆どの騎士達が自分達の愛馬に踏み潰されては絶命したり、手足を踏まれては折れ砕けてまともに武器を手にできない状況に追い込まれていく。
弓弦が何をしたのか、それは至極単純な事だった。
スキル『剛腕』『剛脚』で己の身体能力を限界以上に引き上げ、拳闘士ジョブのスキル『破砕』と技能の『震脚』を用いて大地を揺るがしただけだ。
スキル『破砕』は攻撃した瞬間に振動を行き渡らせて、普通に殴る・蹴るなどの攻撃をするよりも若干ダメージを多く与える程度のスキルだ。
使い手にもなれば岩石などを粉々にする事もできるが、拳闘士ジョブにとっては『浸透』に次いで割と早い段階で習得出来るスキルでもある。
技能『震脚』に関しては『破砕』よりも早い段階で習得出来る。
何故ならただ大地を踏みしめるだけで良い技術だからだ。
ステータスが高いほど揺れを大きくさせて、一対一の戦いの中で相手の隙を作りたいときになどもってこいの技能ではあるが、殆どの拳闘士はこの技能をあまり使わない。
何故ならスキルが熟練度のスキルレベルが上がるに連れて技が洗練されていくのに対して技能はステータス面の向上具合や経験則などによってレベルが上がっていくからだ。
スキルは使いまくればステータスが低くともスキルレベルは上がってくれるが、技能はステータスとステータスに見えない経験則によって技能のレベルが上がる為、殆どの者は低レベルで止まってしまう。
その為『震脚』は技能の中でも習得したところで価値はないというレッテルを貼られてしまっている。
その見誤った見当違いな常識の代償が現在の惨状である。
まるでその周囲だけ震度九の災害にでもあったように広範囲に渡って地割れが起き、死屍累々の阿鼻叫喚。
最早騎馬に跨り、踏ん反り返るものなど誰一人いない。
それでも生きている者からは呻き声やら鳴き声などが聞こえてくる。
「あーれま。だから死ぬなよっていったのに……お?あ、いたいた。悪運強ぇな~、よっと」
「ぷぎぃっ!」
そこにキョロキョロと辺りを見回して生存者を見渡していた弓弦が目的の人物を発見したとばかりに軽い足取りで、まだ生きている騎士達の頭を踏み潰しながら歩み寄っていく。
……どうやら生存者の頭だけを踏み潰しながら進まないといけないゲームでもしているようだ。
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら着地の度に「ひぎゅいっ」「や、やべぇっ」「あ、あーっ!」などと叫び声が聞こえてくる。
それを鼻歌混じりに潰して回りながらようやく目的の人物までたどり着くと、その人物の目の前で気絶していた騎士の頭を盛大に踏み潰し、脳髄を撒き散らせてそれまで付けていた仮面を外しながらしゃがんで男の顔を見やる。
「よぉ、生きてて良かったな副隊長さん?」
「あ、あ、あああぁああぁあっ!!!きさ、きささまっ!!なにをっ!!」
部下の騎士の脳髄を顔中に浴びた事で朦朧としていた意識が覚醒したのか、それとも半狂乱しているだけなのか、叫びながら涙を流して睨んでくる。
「おいおい、親の仇を見るような目でみんなよ。手を出してきたのはアンタらだぜ?俺は被害者だ♪」
「黙れえぇぇっ!な、何が被害者だ?!ふざ、ふざけるな!!ぎざまっぎざまが殺したんじゃないかっ!!」
「せーとーぼーえーに決まってんじゃん。怖ぇな~、そんな事より聞きてぇことがあんだけどよ」
「だれがっ!誰がきさまなどとっ!殺すっ!絶対に殺してやる!」
「いいぜ♪」
睨み殺さんとばかりに呪詛を叫びながら副隊長が叫ぶが、当の本人はそれに対して満面の笑みを浮かべて了承した。
すると、弓弦は先ほどまでの『頭だけ踏み潰すゲーム』をやめてステステとそこら中に倒れていた騎士達を一人ひとり丁寧に副隊長の前に運んでくる。
その間も意識のある騎士達は弓弦に向けて罵詈雑言を浴びせるが、そんなことは柳に風へと受け流していく。
だいぶ数が減ったとはいえ、四十人弱の人間がその場に積み重ねられている。
「んー。まだまだいっけど、とりあえずこんくらいでいっか」
「な、なにを……」
震える声で副隊長へと問いかける。が、それに対して弓弦はこれまたいい笑顔のまま。
「あがっ?!あっあぁアアああっ?!?!」
突然集めて回った騎士の一人を引っ張り上げると、その騎士の兜を取っ払って口内に両手を入れて強制的にな開かせる。
「い、いひゃっいひゃいっ!やへえっやへ、ああああっ!!」
ーーゴキンッブチブチッ!
顎が外れ、頬の肉が裂け、騎士の顔の半分が無くなった。
それをゴミでも捨てるかのようにそこら辺に放り投げると、次の騎士へと手を伸ばす。
何をされるのか理解した騎士達は顔を青くして助けを求めるように命乞いや、逃げるように手足が折れているにも関わらずジタバタともがく者が続出していく。そんな中で。
「ま、待てっ!やめろっ!やめてくれっ!!」
副隊長が懇願するように制止を呼びかけた。
その声にピタリと、伸ばしていた手を止めて笑顔のまま振り返る。
「やめて……なんだって?」
「ッ!」
再び騎士に手を伸ばそうと動く。
「まっ!やめてくださいっ!お、お願いしますっ!」
地面に額を全力で当てながら副隊長が再び懇願する。
それに満足したかのように弓弦は手を引っ込めると、死体となった顔が半分の騎士の背に腰を下ろして口を開く。
「そうそう。最初っからそうすりゃ良かったんだよ」
「ぐっ……申し訳……ありま、せん」
「分かればよし♪ それで、聞きたいってのが、アンタら何しにこんな辺鄙なとこまで来たわけ?」
「そ、それは……」
「あー。嘘とか吐くなよ?すぐにわかっから。もし嘘を付いたら、もう手はとめねぇからな?」
「は、はい……わ、我々がここに来た理由はし、使徒様の捜索と悪魔の討伐で、す……ぐ、グローゲン砦には情報収集と餌の確保をしに……ついでに砦の調査をする予定でした」
「餌?」
大方予想通りの話だったが、悪魔の子を呼び寄せる餌があるなら是非とも聞きたい。
現在地から森まではそれなりに距離があるが、見える限りでもこの森、中々広い。
何の痕跡もない状態で捜索するよりも誘き出せるならそれに越した事はないと思ったからだ。
「じゅ、獣人族のメスを何匹か……最近は流通に困らなくなったとかで確保も容易だろうと思い、ついでに死体も撒き餌として活用する予定だったん、です」
前言撤回。やっぱクソだコイツら。
表情にこそ出さないが、僅かに殺気が込み上げてくる。
それを何とか理性で押し殺して次の問いを投げかける。
「魔王軍が攻めてきてるってのに、騎士団……それも全員に騎馬に乗れるようなエリート様が抜擢されたのは?」
「精鋭、だからこそだ。使徒様の救出こそが第一と考え我々が派兵されたのだ!」
その返答に弓弦は立ち上がると山積みとなった騎士の一人を掴み取ると。
ーーグシャッ。
「ひぃぃっ?!」
「な、なぜだ?!なぜ殺した!?」
口が利ける騎士達が次々と悲鳴じみた声を漏らす。
潰されたトマトのように頭が無くなった騎士をその場に捨てると悲鳴を上げた騎士の襟首を掴んで喉に手をやる。
ーーグッブチッ。
「カッ……ひゅー……ひゅー……」
喉仏を引き千切り、またゴミのように捨てる。
「待てっ!何故だ?!質問には答え出る筈だ!」
副隊長が悲痛の叫びをあげるが、まるで聴こえていないかのように次の騎士を手に取る。
「ひぃっ?!や、やめっ……ぎゃあああああっ!!」
騎士の両目を抉りとった。
「もうやめてくれっ!頼むっ!いやっお願いします!もうやめて下さいっ!これ以上部下をっ部下を殺すのをやめて下さい!!」
両目を潰された騎士をその場に捨てると、そこでようやく弓弦はゆっくりとした動作で振り返った。
「……二人死んだぞ。何でか分かるか?」
「ッ!」
「そう、お前が嘘をついたからだ。最初に言った筈だぞ。嘘を吐くなと」
その顔からは先ほどまでの笑みは無く、ただただ冷たい。
何の感情も表さなない無表情のまま弓弦は言葉を続けた。
「俺はお前を殺さない。大切な情報源だからな……その代わり、お前が一つ嘘を吐くたびに誰かが死ぬぞ。それでも構わないというのなら嘘を吐き続けろ」
一言一句。はっきりとそう告げながらゆっくりとした動作で副隊長の元まで戻るとその瞳を深く覗き込んで最終通告を伝える。
「俺に嘘を吐きたけりゃ心臓の音を止めてから吐く事だ。分かったな?」
そう、副隊長の嘘を見破れたのは彼の心臓が僅かに不規則な跳ね上がる音がしたからだ。
強化された弓弦の聴覚には現在どんな小さな音でも聞き逃すことがない。
今も死にかけてる騎士の呼吸音も、騎士達が漏らす罵声も何もかもが聞こえている。
目の前の男の心臓の鼓動を聞き取るなど今の弓弦には造作もないことだった。
副隊長はその事をようやく理解したらしくコクコクと何度も首を縦に振った。
「それで?」
「……我々が使徒様の救出を第一にここまでやってきたのは本当だ。だが、救出した後は勇者様の元まで護衛する事ではなくそのまま城までお連れする事だった」
「どういう事だ?」
「分からない……だが命令は城。正確には王都の南東に位置する修道院へお連れしろとのことだった」
「……修道院ってのは?」
「なぜ……」
「いいから答えろ」
「……修道院では聖王教会の新たな修道女を育て、布教活動を行う謂わば修道女の育成機関だ。主に二十歳未満の没落した貴族の娘や家督を継げない三女などが入っていく」
そこまで聞いて弓弦は首を捻った。
救出した対象を勇者達の元へ届けることもせず、王都に連れ帰って療養させるでもなく修道院へと預けさせる……そんな事をして一体何になるというのか。
現段階ではまだ分からないが、弓弦の中では既に『よく分からないが、邪魔してやりたい』という思いがこみ上げてきていた。
スルグベルト公国引いては聖王教会は自分達を勝手な理由と欲望で召喚してきた迷惑な連中……という認識ではなく完全に抹殺対象としてしか見ていない。それ故に連中の企みが何であれそれらを全て潰してジワジワと嬲り殺してやりたいとすら思っている。
(予定とは違うが、連中が逸れてしまった可哀想な使徒様を欲してるってんなら、先に掻っ攫うのも悪かねぇよな)
事情は知らない。けれど少しの手間で邪魔が出来るのならやってしまおう精神で、弓弦はそれまではもののついで程度だった使徒様の救出を最優先にする事を決めたのだった。
「あぁ、そうだ。あんたらがこんなとこにいる理由は分かったが、魔王軍の現在の進行状況はどうなってんだ?あと攻め込んで来てる大義名分はなんだ?」
とりあえず聞きたい事は粗方聞いたが、骸骨王への土産話に魔王軍の進捗状況を問いただす。
「上層部の話では連中は北の隣国であるブラガドル王国より更に北の境界山脈で軍備を整えてると聞く。大義名分までは……」
「ブラガドル?」
「ブラガドルは小国だが、四方を境界山脈に囲まれた国だ。年中雪で囲まれた土地らしく国力は我が国ほど高くない。故に魔王軍が進行した場合半年とかからず攻め落とされるだろうと上層部は睨んでいるらしい……何故そんな事を?」
「お前が知る必要はない」
そこで言葉を区切ると立ち上がって副隊長のすぐ目の前まで歩み寄った。
怯えた様子のまま震える声で副隊長は「な、なにを?」と問いかけるが、弓弦はその言葉には何の反応も見せずそのまま首を掴んで持ち上げた。
「かはっ……な、なにを……?」
「安心しろ。殺しはしない、が。少し眠っててもらうぞ。お前にはまだまだ聞きたい事があるからな」
うっかり首の骨をへし折らないように注意しながら副隊長の首の頸動脈を絞めあげ、数秒後。
意識を手放した副隊長はダラリと力なく手足をぶらつかせて失神してしまった。
よく漫画やドラマでも首や腹に衝撃を与えて失神させるシーンがあるが、実際にやると余程運が良いかやり慣れていない限り失神などしないし、下手をすれば死ぬ可能性が高い。
おまけに今の弓弦がやったしまえば間違いなく加減を間違えて首を跳ね飛ばすか、胴体に風穴をあける結果になってしまうので、最も確実に。かつ迅速に相手を気絶させようとすると血の流れを止めて酸欠状態にさせる他ないのだ。
意識を失った副隊長を馬の手綱から取った紐で手足とついでに口を塞ぐとその様を呆然とした様子で見ていた騎士団へと向き直る。
「さて、それじゃ心優しい副隊長様がお前たちには手を出すなとかいってたが……やっぱ死ね」
「なっ!?」
突然の死刑宣告に驚愕を露わに騎士団員達が次々と声を上げる。
「何故だ?!副隊長は正直に話していたではないか!」
「た、頼む助けてくれ!」
「俺には妻と子がいるんだ!こ、こんなところで死にたくない!」
それまで容赦もなく惨殺されていた同僚を見ていたせいか、泣き叫ぶように命乞いをしてくる。
そんな子供のように喚く騎士団を見て、弓弦は煩わしそうに片耳を塞ぎながら騎士団を殺気を込めて睨み付けると、それに気圧されたようで一斉に黙らされた。
周囲が静寂に包まれてようやく弓弦は口を開いた。
「……なぁ、あんたら全員揃いも揃って俺を殺しにきたよな?なら、当然殺される覚悟もあった筈だ……それがなんだ?殺される覚悟もなく、死ぬ覚悟もなく立場が逆転しただけで泣き叫びやがって……おい、お前」
「ひぐっ」
声をかけられたのは先程『妻と子がいる』と叫んでいた騎士だった。
「女だガキだ騒いでたがよ、テメェらが今まで殺してきた連中も同じように家族がいたんじゃねぇのか?それなのにテメェらは自分たちの番になった瞬間嫌だ嫌だじゃ……筋が通らねぇだろ」
「っ!……や、奴らは皆異端者だっ!我々は盗賊や異端者だけしか手にかけていないっ!」
「異端者……ねぇ。ハッ!ははははっ!」
静寂の中で響き渡る笑い声。
場所が違えばその軽快な笑い声には誰もが気になり振り返立た事だろう。だが、今その笑い声を聞いている者たちの多くは背筋が凍りつくような思いであった。
笑い声の中にある狂気染みた声音が目に見えて分かってしまったからだ。
三日月のように口が裂けているのではと思えるほどに上がった口角。
爛々と輝かせている瞳の奥には言葉では形容し難い程に淀んだドス黒い“何か”が見えてしまう。
一頻り笑ったあと「ふぅー……」と溜息を吐くように。あるいは落ち着きを取り戻すように空気を吐き出した次の瞬間。
「ぐぁっ!」
ガシッと話していた騎士の頭を、まるでボールでも掴み上げるように持ち上げて鉄兜など無いも同然のようにミシミシと音を立てて握り潰していく。
「異端者ってぇのはテメェらが勝手に作ったクソ以下の教義を守らなかった奴らのことだよな?
んで、事情も何も聞かずにぶっ殺してきたわけだ……やっぱ生かす理由はねぇな」
「ああああっ!!や、やべでっやべでぐれっ!あ、あたみゃーーグシャッーーぴっ………」
「…………」
ぼたぼたとへしゃげた鉄兜から真っ赤な液体と一緒に肉片が零れ落ち、手についたそれを弓弦は何気なしに舐めとって一言。
「んー、やっぱクズな奴ほど美味いな……」
ポツリと呟かれたその一言に、その場にいた全員が顔を青ざめさせて、次の瞬間には悲鳴を上げて少しでも逃げのびようと折れ曲がった手足の痛みなど関係なくゴロゴロと転げ回っていく。
「嫌だっ!いやだいやだいやだっ!」
「死にたくないっ死にたくないっ!」
「あ、あああっ!く、くるなっくるなぁああっ!」
「や、やめてくれ……お、俺なんかく、食ってもっ……」
そんな騎士達の様子を実に愉快そうに弓弦は頭を潰した騎士の死体を喰らいながら軽い足取りで散歩でもするように向かっていく。
「ガキみてぇにギャーギャー騒ぐな、よっと」
「ぐぎゃあっ!」
「男の子だろ?っと」
「へぶぅっ」
「散々殺してきたんだ。なら殺されても仕方ねぇよなっと」
「があぁっ!」
歩みを進める度、言葉を区切る毎に必死に這いずり回って逃げ惑う騎士たちの頭を踏み潰して進む光景は一重に蹂躙とも虐殺ともとれる光景であったが、どちらかと言えば作業のようにも見えた。
もし、仮に何も知らない一般人がこの場にいたらその作業を見て何を思うことだろう。
哀れむのか、恐怖するのか、はたまた自分じゃなくて良かったと安堵するのか……。
弓弦の惨殺行為は熱源感知に反応が無くなるまで続いていった。
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