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第2章
第26話ーー骸骨王ーー
しおりを挟む『答えよ、愚かにも我らが同胞の一人となった元人間。
ーー貴様は何者だ?』
その問いかけに、いや。言葉の一つひとつを発する毎に室内の空気が重く澱んだものへと変わっていく。
まるで物理的に押し潰してくるような重圧に額から冷や汗が流れ落ちてくる。
(我らの同胞?懐かしい匂い?何だ、コイツは何を言ってやがる?いや、それよりもどうする)
最早死体どころか骸骨が動いて喋るなんて非常識にも程があるなどと言う野暮ったいツッコミは無しだ。
そんな事よりも、問題なのはコイツはガチでヤバい。
これまで出会してきた魔物なんかとか比じゃないくらいに危険な雰囲気がバリバリ感じる。
対峙しているだけで生存本能がひっきりなしに“逃げろ”と警鐘を鳴らしてくる。だが、それと同時に“逃げられない”というのも分かる。
例えここで全力の剛脚スキルを発動して逃走しても二秒後には俺の首が漫画みてぇにスパンッと断ち切られるヴィジョンが浮かんできやがる。
(チッ……屈するみてぇで癪だが、アイツら残して俺だけ楽になるわけにはいかねぇよな)
唇を噛み締め、感じている恐怖を振り払うように腹の底からプライドを捨てる屈辱と憤怒を抑えこんで骸骨王からの問いかけに答える事にした。
「俺は、異世界人だ。この世界の連中に無理矢理転移させられてきた」
『ほぉ……それは面白い。ふむ、楽にせよ』
その言葉と同時にそれまで感じていた重圧が霧散するように軽くなって元の冷んやりとした空気が流れるだけとなった。
嘘のように感じていたプレッシャーは鳴りを潜めてくれたので、幾分かはマシになったが背中を流れる冷や汗は未だ止まらない。
恐らくさっきまで感じていた重圧はスキルか何かによるものだとは思うが、それだけでも“俺はコイツには勝てない”と理解させられた。
それでもただ屈する訳にはいかない。
本能で勝てないと分かっていても、殺されるだけだと理解していても何もしない、出来ない内からへり下るのだけは死んでもゴメンだったからだ。
俺はせめてもの抵抗とばかりに剣呑な視線を向けるが、骸骨王は柳な風とばかりに何の反応も示さず、最初のように肘当てに頬杖をついて再び問いかけてきた。
『それで、その異世界人とやらが何故愚かにも我らが同胞となった。貴様が異世界人であるならば勇者として召喚されたのであろう?』
その問いに俺はすぐに答えず、少し間を空けて考えた。
喋り方と言い纏う雰囲気からして目の前の骸骨は生前は本物の王だったのだろう。だから勇者召喚の事を知っていても不思議ではない。
けれど、だからこそ分からん。
そんな偉い奴がどうして骸骨……ゲームでいうアンデットなんかになってんだ。
勝手なイメージでしかないが、王ってのは死んだら死んだで国中から手厚く葬儀されるような、国民から持て囃されてるようなそんな漠然としたイメージがある。
対してアンデットは恨みや憎悪などの負の感情から生まれたイメージがある。
王が誰かから恨まれるのは分かる。だが、王が誰かを恨んで逝くというのは、いまいちピンと来ないのだ。
それにさっきから言ってる“同胞”ってのは……まぁまず間違いねぇだろうが、聞いておくか。
「その前に確認だ。お前……アンタが言ってる同胞ってのは一体なんなんだ?」
『ふん。惚けた事を……貴様も喰らったのであろう?あの忌まわしき魔のモノを』
「……あぁ」
やっぱりか、と内心呟いた。
けれど、いや。だとすると余計に分からなくなった。
国の王が魔物の肉だなんて危険極まりない劇物を自ら食ったということなのだから ……とりあえず落ち着こう。
聞きたいことが山ほどあるが、会話が成立してるのなら幾らでも聞きだす機会はあるはずだ。
『それで?』
「……確かにアンタの言う通り勇者召喚だとかいう儀式だかなんだかによってこの世界に来たが、あくまで俺たちはその召喚に巻き込まれたオマケだ」
『俺たち?つまり複数人が勇者と同時にやってきたのか。何人だ』
「二十三人だ。公には二十人ってなってるがな」
『何だと?!』
ガタリと音を立てて骸骨王は先程まで見せていた余裕とは打って変わって声を荒げて立ち上がった。
突然の変わりように驚いて思わず身構えてしまうが、骸骨王はすぐにハッとなったように息をついて、再び椅子に腰を下ろした。……一体何なんだ?
『はぁ……間違い、ないのだな?』
「あ、あぁ。間違いねぇ。勇者を含めた総勢二十三名がこの世界の召喚に巻き込まれたのは紛れも無い事実だ」
『……召喚したのは人間で間違い無いな?』
「あぁ。スルグベルト公国の聖王教会って連中が復活した魔王討伐の為に行ったって言ってたな」
『聖王……魔王復活、か……ふっ、ふははは、ふはははははははははははっ!!そうかっ!そうかっ!!』
俺の話を聞くと笑いの三段活用……なんて馬鹿な事を言いたくなるくらい骸骨王は本気の高笑いをし出した。
しかも感情が高ぶっているからか、先程まで鳴りを潜めていたプレッシャーが濃密な殺意を含めて部屋全体を覆い尽くした。
さっきから突然のこと過ぎて俺自身もその気にアテられそうになったが、舌を噛み千切る一歩手前まで噛んで痛みで正気を無理矢理保った。
しばらくすると、ようやく感情が落ち着いたのか骸骨王は今度は心底疲れ切ったようにどかりと玉座に腰掛けて額に手を置いた。
『そうか……連中は、またやりおったのか。これでは……ばれぬ……』
その声はか細くて所々聞こえない程だったが、何故か酷く弱々しく見えた。
纏う雰囲気や垂れ流される殺気からは如何にもラスボス然としているにも関わらず、まるで何かに追い詰められた一人の子供のようにも見え思わず「おいっ」と声をかけてしまった。
『……色々と聞きたいことがあるだろうが、まずは貴様の話を聞かせよ。その方が良い』
「……分かった」
落ち着きを取り戻したのか、その後は割と静かに俺の話を聞いていた。
途中何度か感情の起伏があったが、最初ほど憤りは無く理性で押し殺しているようだった。
全てを話し終えると、骸骨王は疲れたように深く玉座に背中を押し付けて項垂れる。
『人の世は……本当に何処までも愚かなものだな』
「……アンタが何を知ってるのか知らないが、人間が愚かなのは今に始まったことじゃ無いだろ」
骸骨王の愚痴に俺が同意するように言葉をかけると、骸骨王は一瞬呆気に取られたように見てきたが、すぐに「ふっ」と鼻で笑ってきた。
『人間の、それも貴様のような餓鬼に言われるとは。何処までも落ちた存在よ』
「ハッ!だからこそだよ。餓鬼だからこそ見えてる世界があんだ。勘違いすんな」
『ふははっ。それもそうかも知れぬな……さて、それでは我らの知る全てを語るとしよう……いや、その前に貴様にはツレの娘がいたな』
「ミリナの事か?アイツなら今は……」
『解っておる。貴様の血肉を分けた事で魔物となっておるのであろう?按ずるな、グランド・ワームを仕留めて捕食しているのなら我らとは相性が良い筈だ』
言ってる意味が分からず、どう言う事か聞き返そうとしたが骸骨王は玉座から立ち上がると俺が入ってきた扉の方へと向かっていった。
よく分からないが、ミリナに何かをするつもりらしい。
俺も骸骨王の後を追って外へと出ていった。
屈まなければ通れなかった道も骸骨王が土壁に触れるとサラサラと砂へと変えてしまい、あっさり外に出て行くと未だにワームを食い続けていたミリナがギュルンッと何かに反応するように俺たちの方へと顔を向けてきた。
その雰囲気は新たに見つけた獲物を捕捉したように口から滴る血を綺麗に舐めとって見定めているようだった。
骸骨王はそれを看取ると、虚空に手を入れて、引き出したかと思えば赤い宝石を嵌めた長めの杖を取り出した。
赤いと言ってもルビーのような鮮やかな彩りでは無い。どちらかと言えば血のように濃く深みのある鮮血のような朱色をしている。
鑑定スキルを持ち合わせてなくても、何となくその杖を見た瞬間にアレはヤバイものだと分かった。
「おいっアイツに手ぇ出すってんなら……」
『按ずるなと言ったであろう。心配せずとも貴様の思うような事はせぬ……まぁ多少は痛い思いをすると思うがな。我らに“痛み”など、今更であろう?』
そう言って骸骨王は杖に魔力を込めると呪詛のような詠唱を始めた。
『捉えよ茨。四肢に絡めて肉に刺せ。流れる鮮血を持って渇きを癒し、ただ一輪の花を咲かせよ。
朱き紅き赤子のような、柔和な笑みで彼の敵を捉えて絞ろうーー赤輪ノ茨ーー』
骸骨王が詠唱を終えた瞬間、今にも飛びかからんと獰猛な雰囲気を漂わせていたミリナの背後から突如として棘だらけの触手が襲いかかった。
「ギュアッ?!」
「何?!」
一体どこから飛び出たのかと思い目を凝らすと、それはさっきまでミリナが捕食していたワームの食いかけ部分を触媒に、まるで筋繊維が一本一本解れて意思を持ったかのよう蠢いていた。
いくらファンタジーだろうが、魔法だろうが、食いかけの肉壁部分だけでも相当なのにグロ耐性がない人間が見れば瞬く間に卒倒するか恐慌状態からのトラウマになる事請け合いなしの光景だ。
ちなみに俺視点からすると、グロ耐性とかそういう価値観はとっくの昔に壊れてしまってるせいか、寧ろ美味そうだなと思ってしまい、自分で自分の頬を全力で殴ってその考えを何処かへやろうとしたのは……まぁちょっとした秘密だ。
それはそうと、肉の茨に捕らえられたミリナは必死にそこから抜け出そうとジタバタと踠き、自身が傷つく事も厭わず無理矢理茨に食いついたりして暴れている。
『さて、これでしばらくは良いだろう』
「……次は何するつもりだ?」
『貴様は魔獣を喰らってから長い間一人で他の魔を喰らい成長したと言ったな』
「あぁ。夢現で不確かだが、覚えてる限りはそうだな』
『我らが行うのはその成長を早めるだけだ。とはいえ、それなりに時間はかかるがな。その代償として……』
骸骨王はそこで言葉を区切ると杖を持っていない方の腕で俺に骨の指をさしたかと思うとそのまま縦に振り下ろした。
一瞬何をしたのか分からず「?」と首を傾げようとした時。
ーーボトッ
「あ?」
何かが足元に落ちたかと思うと右腕辺りが軽くなった気がして視線を向けるとそこには。
「ぐあぁあああっ!!て、テンメェッ!俺の腕をっ!」
ようやく再生されたばかり右腕。今度はその付け根から切断されたのだ。
焼けるような痛みに声を上げて肩口を抑えて骸骨王を睨み付けるが、骸骨王からは逆に呆れたような視線が逆に帰ってきた。
『たかだか腕を落とされたくらいで騒ぐな。煩わしい。我らの一部だけでは少々強すぎるのでな、これで中和させる』
そう言って骸骨王は落とした俺の腕を拾い上げるとまじまじとその腕を見つめて唸り声を上げてきた。
『ほぉ……これ程上質なものは我らの中にはいなかった。やはり貴様のような天然物と我らは違うようだな……精神は未だ幼い所があるが、それは時間の問題か。
どちらにせよ、これ程上質ならば少し多めでも問題あるまい』
何を言ってるのかさっぱりだが、色々と食い溜めてきたお陰で流れ出る血は徐々に止まり、腕の再生が始まってきた。
俺は荒くなる呼吸を整えながら骸骨王のやることから目を離さないように意識を更に集中さていった。
すると骸骨王は切り落とした俺の右腕と自身の右腕を充てがうとブツブツと何かを詠唱しだすが、何を言ってるのか分からない。
『************』
「はぁ、はぁ、なに、してる?」
詠唱が終わり、魔法が発動するとズズズッとゆっくり骸骨王の右腕。肘より先が俺の右腕の中へと入り込いく。
切り落とされたとはいえ、いや。切り落とされたものだからか。自分の腕の中に他者の骨が入り込んでいく様を見るのはハッキリ言って気持ち悪い以外何物でもない。
数分後。骸骨王の骨が俺の腕の中へと入り込み、逆に俺の骨が骸骨王の右腕へと完全に入れ替わった。
骸骨王は感触を確かめるように自分の右腕となった骨を翳したり握ったりして満足がいったのか『うむ。悪くない』と言葉を告げた。
「俺は最低な気分だがな」
『だからまだ幼いのだ』
「チッ。それがいきなり腕を切り落とした奴の言う事かよ」
『痛みなど所詮はただの感覚だ。いずれ慣れる』
狂人の戯言としか言いようのない問答だったが、そもそもここにマトモな感性を持ち合わせた者がいないので自分たちがどんだけぶっ飛んだ会話をしているのかツッコんでくれる人がいないのが居た堪れる。
『貴様は待っておれ。場合によっては一度引かねばならぬからな』
「今更なにを」
『見てれば分かる』
そう言って骸骨王の骨が入り込んだ俺の腕をぷらぷらと振りながら拘束したミリナへと近づいていくと、首の拘束を若干緩めてポーイッとまるで餌やりでもするように腕をミリナへと放り投げる。
それに対してミリナはジャーキーを見つけた犬のように投げられた腕を空中キャッチするとバリボリと腕をよく噛んで瞬く間にごくんっと飲み込んでしまった。
ーーその数秒後。
「グォォオオオオオッ!?!?!?」
最初とはまた違う叫び声で悲鳴をあげたかと思うと、拘束していた茨に肉がどんどん食い込むどころか、埋もれていくほど加速度的にミリナの身体が膨張していった。
『ふむ。成功のようだ。が、逃げるぞ』
「はぁ?!あ、おいっちょっと待てやっ!」
スィーッと魔法で浮遊しているのか音もなく玉座のあった部屋へと骸骨王と一緒に走って戻っていくが、その間もミリナの身体はビックリするぐらいに膨張していき、やがてあの空間そのものを埋め尽くくらいに広がるのではと思うほど膨れ上がっていっていた。
その光景を尻目に、俺はしばしの別れを告げるように「あとでな」と言い残して走っていった。
★
玉座の間に戻ってくると骸骨王は虚空に杖を再び仕舞うとついでとばかりにガラスで出来た小瓶を投げてよこしてきた。
小瓶に入っているのは血のように赤いドロリとした液体で匂いを嗅いで確信した。
(血のようなじゃねぇ。血じゃん、コレ)
間違えようのない錆びた鉄の匂いが鼻腔を擽り、口内に唾液が溢れ思わず喉を鳴らしてしまう。
……ん?唾液?
一瞬遅れて思考がヤバイ方向に向かっていた事に気付いた。
すぐに小瓶を口元から離すとバッと小瓶を寄越してきた骸骨王を見据える。
『飲まぬのか?存外美味いものだぞ』
そう言って骸骨王はリポ○タンでも飲むようにごくごくと飲んでいるが、これはツッコミ待ちなのだろうか?と逡巡してしまう。
骨だけなのに何故味が?とか、何処に収まってるんだ?とか色々と言いたい衝動に駆られたが……あまり深く考えないようにしよう。
「その前に何だこれは?」
『んぐ、んぐ……回復薬だ。ただの人間が飲めば死ぬが、我らが飲めば魔力などを回復する』
「……そうか」
原材料を聞いたら投げ捨てたくなること請け合いなし、というのだけは深く理解した。
とりあえず切り落とされた腕の傷は塞がり、腕の再生が始まってきてはいるが、回復薬だというのなら飲んだ方がいいだろう。
……味は普通に血の味がした。ただ無性に美味いと感じてしまったことに何故か落ち込みたくなったのはいうまでもない。
「それで、そろそろ説明というか色々と話し聞かせてくれるんだろうな?」
腕の再生が終わると、俺は改めて骸骨王に視線を向けた。
『うむ。まずは先の説明をしようと思うが……その前に我らの話をした方が良いか』
「まぁ……さっきのは何となく見てたから大体の察しはついてる。だからアンタの話……というか、俺たちはそもそも何になったんだ?」
この際なのでこれまで疑問に思っていた事の根幹から聞くことにした。
自分がもうただの“人間”ではない事は百も承知だ。化物であっても別に構わない。
ただそれでも自分が何なのかくらいは知っておきたかった。
菜倉や庄吾に再び会う事が出来た時にせめて種族名くらいは伝えようと思っていたからだ。
『随分と漠然とした質問ではあるが、まぁ良い。
我らは唯一魔物を喰らっても死ぬ事がなく、知性が変わらずあることから自らを“魔人”と呼んでいる』
「魔人……ね。会った事はねぇが、魔族とやらとは違うんだよな?」
『当たり前だ。彼らは膨大な魔力と魔物を使役する能力に長けているが、流石にいくら人間と比べれば頑丈とはいえ魔のモノを喰らえば死ぬしかないからな』
「つまりは普通の生き物ってわけか……なら尚更わかんねぇ。俺たちはどうして生きていられるんだ」
俺の問いかけに骸骨王は顎に手を当てて何かを考える素振りをすると、再び口を開いた。
『正確には我らも、貴様も、あの娘さえも。もう生きてはおらぬよ』
「…………」
『我らは一様に魔のモノを喰らったあの時からもう既に死んでおるのだ。今の我らがいるのは生前の記憶を全て引き継ぎ、肉体は記憶を再現しているだけに過ぎん』
「そうか……まぁそうだとは思ってたよ」
何となく感じていたというか、これまでも何度か魔物化から意識を取り戻してからの考察はして来た。けれど結局は憶測止まりで確信に至るまではならなかったのだ。
それが骸骨王の言葉でようやく喉に引っかかっていた小骨が取れたようにすっきりした。
「分かってたとはいえ、はぁ。やっぱ地味にショックだな」
『ふん。だから貴様はまだ幼いと言ったのだ』
「ほっとけ。それで……いや、その前にいい加減ツッコミたいんだが、何で自分の事を複数形で呼んでんだ?」
『む?何だ、気づいていた訳ではないのか』
「?」
ちょっとした衝撃話から一旦クールダウンをしようと、これまでずっと敢えてスルーして来た『我』ではなく『我ら』という一人称について言及しようと話題を振ると何か勘違いしていたらしく「今更?」とでも言うように逆に落胆された事に若干イラッとくる。
『ふむ……少し昔話をしてやろう。ここに人が、それも同胞がやってくるというのは随分と久しぶりであるからな』
そういうと、骸骨王の足元から何やら黒い煙のようなものが現れ、瞬く間に室内を黒煙で満たしていく。
いきなりまた変な事を、と思ったが腕を切り落とされるよりはまだマシだろう。その上、元からあった負のオーラ的なものが視認出来るようになったと思えば違和感すらなくなる。
それでも昔話と言いながらも煙を出すという謎の行動に「何してんだ?」と問わずにはいられなかった。
『何、ちょっとした余興だ。ただ話すだけではつまらぬのでな』
そう言って骸骨王は虚空から占い師とかが使うような水晶を取り出すと、どうやってるのかそれを空中に浮遊させた。
俺の頭上より少し高いくらいまで上昇すると、パァっと発光してそれまで漂っていた黒煙がスクリーンとなって映像が映し出された。
「これは……」
そこに映し出された映像に思わず感嘆の声が出てくる。
生い茂る緑溢れる森の中に築かれた数々の建造物は世界遺産に認定されてもおかしくない程壮大で、何より美しいと感じるくらい文明的な外観をしている。
街の中では人間だけじゃなく亜人や獣人、恐らく魔族までもが行き交い雑談に花を咲かせたり、商いを行い、酒を飲み交わす光景が映し出されていた。
『我らもう随分と長い時を生きてきた。それが千年だったか、万年だったかも覚えておらん。だが、この地が繁栄していた時のことは今も昨日のことのように覚えておる。
今映し出されてあるのは当時の最も繁栄していた時のものだ』
懐かしむように骸骨王は語っていく。
『人間は力こそないものの他種族よりも抜きん出た発想力があり、亜人には卓越した技術が、獣人には驚異的な身体能力がとそれぞれの長所を生かし、短所を補いと合いながら良好な関係を我らは築いてきたのだ』
映像には語りに合わせて図面を引く人間や鍛治を行うドワーフ、狩猟をする獣人などの光景が映し出されていく。
その映像の全てにはどの種族も笑い合い、真剣な眼差しをして取り組む姿もあった。
『だが、永遠ではなかった』
骸骨王の声のトーンが下がり、映像もどこか仄暗い雰囲気へとなっていく。
晴れていた晴天だった空が突如として陰りを見せ、人々が空を見上げるとそこには、数えるのも億劫になるほどの燃える巨石ーー隕石が降ってきたのだ。
そこからは悪夢なような光景が続いた。
降り注ぐ隕石が建物を壊し、着弾したところから弾け飛んできた石が散弾のように人々を貫き、燃え盛る家屋の中で閉じ込められた獣人の子供が焼け死に、逃げ惑う人に踏みつけられて死んでいく親子など……数えたらキリがない程の阿鼻叫喚の地獄絵図がそこには広がっていた。
『この“星降り”により我らの大半が死に絶えることとなり、それまで何百年とかけて築き上げてきた文明も消え去った……それでも生き残った者たちでまた手を取り合いこの困難を乗り越えようとした。が、それも虚しく夢物語となってしまった』
「……飢饉か」
『そうだ。育てていた作物も、森の恵みも全て星降りによってその全てが無くなってしまったのだ。
残った食料も僅かとなり、到底生き残った者たちで分け合うことが出来なくなった。
路頭に迷った我らは話し合いの結果、共に歩む事を止めて種族毎に新たな新天地を探すこととなった』
「種族毎に?何でわざわざ……」
『その方が良かったのだよ。種族によってそれぞれの特徴が異なる。それ故に、余裕が無くなった者たちの行動は何をするか分からぬからな……だが、それも些か遅すぎた』
「遅すぎた?」
『話し合いをしていた最中に人間族が殆どの食料を持って先に逃げ出していたのだ』
トーンこそ低いままだが、その言葉からは明らかな怒気が含まれていた。
それはそうだ。もう遥か昔の事とはいえ、当時のことを思い出せば怒りが込み上げてくるのは当然だろう。
『それからはーーまぁ言うまでもないが、残った食料の奪い合いだ。互いが疑心暗鬼となり、散り散りとなった。
亜人も獣人も魔族も何処かへ行ってしまい、最後まで残ってしまった我ら……いや、我はこの地に一人だけとなった』
「……ん?待て、どう言うことだ。それじゃアンタ一人だけが生き残ったみたいじゃねぇか」
話を聞いていてよく分からない矛盾めいた事を言い出す骸骨王。
他の種族が散り散りになったのは良いとしても、口ぶりからはその死に絶えた地に留まり、尚も生き続けたようにしか聞こえなかったからだ。
『事実その通りだよ……我は星降りによって死体となった人間・亜人・獣人・魔族。その全てを喰らい、生き続けたのだ』
「なっ……」
予想外の言葉に思わず言葉が詰まる。
『最低な気分だったよ。腐った肉をまるで獣のように同族であろうと女子供であっても押し寄せる餓えに抗うことが出来ず喰らっていくのは……。
そうして喰らい続けてる内に我の身体に変化が訪れた。
肉体が突如として膨れ上がり、内側から弾け飛ぶような激痛と苦しみに苛まれたのだ』
「何……?」
『星降りはただ災いを撒き散らしただけではなかったのだ。
膨大な魔力がいつの間にかこの土地……いや、この世界全てを侵していたのだ。
その影響が死体にも受けていたせいで結果、魔のモノを食らうのと同じ現象になったのだろう』
「なるほど。それでめでたく魔人へとなったのか」
『そうだ。ただ我は貴様のように完全な魔のモノを喰らったわけではないのでな。
意識が戻るのも人の形となるのにも随分と時間がかかった。恐らく百年は魔のモノとなっておったであろうな』
その声音はどこか懐かしそうに語っているが、自分も同じ体験をしたから分かる。ただひたすらに魔物を喰らい続けるあの光景を延々と見続けるというのは精神的に来るものがあったからだ。
それを百年……まともな精神じゃいられなかっただろうに。
「けど、それだけじゃなかったんだろ?」
『鋭いな……そうだ。意識が戻り、人の形となってから我の中には多くの“声”が聞こえるようになった。
それは我が喰らい続けた者たちの怨嗟と言っていい。対話など通じず、己が不幸を嘆く声が繰り返されるのだ。
故に我は“我”という個人ではなく“我ら”という形で人格が形成されておるのだ』
それは一体どんな気持ちなのか、俺には到底理解出来ないものだった。
百年という長い時の中で魔物を喰らう夢を見続け、夢から覚めたと思えば数多の怨嗟が聞こえ続けるなど……俺には理解出来ようがない。
きっとそこには辛いだとか苦しいだとか、そんな生易しい言葉では表現できないような思いがあった筈だ。
だからこそ、コイツ……いや、彼は繰り返される怨嗟の声も“自分のもの”であると認め受け入れる事で平静を保つようにしたのだろう。
そこに同情だなんて出来る筈がない。出来ようがない。
だから俺が今言えるのは納得して話の続きを促すしかない……。
「……アンタがどうして自分の事を複数形で呼んでいるのかは分かった。それで、その後はどうなったんだ?
勇者召喚についてアンタは知った口ぶりだったが、今の話には魔人となった経緯しかなかった」
言外にどこで勇者召喚について知ったのかを聞くと、骸骨王は不敵な笑み(実際には骨だけの無表情だが)を浮かべて答えた。
『ふっ。面白い小僧だ……そうだな、それも話してやらねばな。だが、一先ず休憩としよう。少々喋り過ぎたからな』
そう言って骸骨王は立ち上がると『付いて来い』と言って、この部屋に入ってきた方とは逆の扉へと向かっていった。
付いていくと、一本の通路と壁側に三つの扉が並んでおり、その内の一番奥の扉を骸骨王が開いて中へと入っていった。
「ここは、浴場か?」
中へ入ると、温泉旅館とまではいかなくともそこそこ広い石材作りの浴室が広がっていた。
ただ随分と長い間使われていなかったせいで、埃塗れでとても直ぐに使えるとは思えなかったが。
『そうだ。骨の身であるこの身体では使う必要がなかったが、久しぶりに使おうと思ってな』
そう言いながら骸骨王が先ほど使っていた杖を取り出すと何やら詠唱を始め、魔法を発動させた。
『ーー清掃(クリーン)』
その名の通り、室内に微風が吹くと埃がみるみる一箇所に集められ。中空に水の玉が出現すると泡立たせながら壁や床を洗浄していく。
………何だこのどこぞのデ○ズニーに出てくる魔法使いみたいな魔法。いや、スゲェけども。
しかもいつの間にか、ブラシとか出てきて一人でに掃除しだしてるし……これ色んな意味で大丈夫か?
数分後。ビフォーアフターが凄まじく感じる程に綺麗になった浴室に、仕上げとばかりにほかほかと湯気が立ち込める浴槽が完成した。
『うむ。まぁこんなものか』
「…………魔法ってもう何でも有りなんだな」
『勘違いするな。こんな魔法が使えるのは恐らく我らだけだ』
「そうなのか?」
『恐らくだ。今の世がどのようになっておるか知らぬから分からぬが、こんなふざけた魔法を普通は考えん』
「自分で言うのか」
思わずツッコンでしまった。
便利であるのは間違いないが、やはりブラシが一人でに掃除をしていくような魔法は普通はないらしい。普通は。
「ってか魔法って自分で作れるんだな」
『当たり前だ。でなければ魔法など存在せんであろう』
「そりゃ……いや、そうだよな」
これまで余りちゃんとした魔法を使ってる人を見たことがなかったが、それでもまったくなかったわけじゃない。
ただ何となくジョブという概念があるせいで魔法師はレベルが上がれば自然と魔法を習得できるものだと思ってたが、考えてみれば大元となる設計図的なのが存在して然るべきだ。
例えば初級魔法として名高い『火球(ファイアボール)』
魔法師ジョブが最初に習得出来る攻撃魔法らしいが、魔法師ジョブとなったからって何もすぐに習得出来る出来るわけじゃない。
俺の使う拳闘士ジョブの『浸透』も何度か掌底で倒して手に入れたスキルだし、それ相応の練習というか、イメージ的なのが必要なはずだ。
つまりジョブレベルと習熟レベルによっては新たな魔法の開発も可能ということになる……のか?まぁその辺はよく知らんし、最初の魔力量が異常に少なかったせいで魔法が使えなかった身として今更魔法を覚えようなど今更感が半端無い。
「というか、自分でふざけたっていうなら何で作ろうと思ったんだ?」
『暇潰しだ』
「あ、さいですか」
この骸骨王。喋り方とか口調は随分と偉そうなのに意外というか割と親しみやすい人物なようだ。
最初に出くわしたときのあのプレッシャーというか逆らったら俺の人生終了宣言がなんとなく虚しいものに感じてきた……。
『さて、無駄話は風呂に浸かってからで良いであろう』
「ん?アンタも……は?」
入るのか、と言いかけて言葉が止まった。
何せ骸骨王の骨の表面が蠢いたかと思ったら次の瞬間、赤々とした筋肉が浮かび上がり、次の瞬間には全身に皮膚が、頭には少し長めの金髪が伸びてきたのだから、驚き過ぎて言葉も出ないとは正にこのことだ。
しかも瞳まで髪と同じ金色をしており、全体的に見ても体格のいいイケメンとしか言いようがないのだから尚のことだ。
「ふむ。この身体になるのも随分と久しぶりだな……む?どうした、阿呆のように口など開けて」
「いや……いやいやいやいやっ!は?!え?!何その当たり前みたいな態度?!」
「何、と言われてもな。これが我らの生前だった頃の姿だが……あぁ、そうか」
骸骨王改め突如現れた金髪金眼イケメンは納得したような面持ちで説明しだした。
「さっき言ったであろう。貴様も含めた我らの姿は肉体が生前の記憶を再現したものだと。ならばそれを変える事も出来るということだ。
まぁこれが出来るようになるにはそれなりに時間があるかかるがな。貴様もやろうと思えば出来るということだ」
え、何そのスライムみたいな理論。
いや、まぁ言ってる事は分かるんだがな?分かるんだが……なんかもう何でもいいや。
「はぁ……じゃあ何でわざわざ骸骨なんかに?」
「その方が都合が良かっただけだ。肉体があればそれなりに便利ではあるが、その分発汗もすれば排泄などもせねばならぬからな。骨の身体ならば、食事も排泄も必要ない。
あぁ、今戻ったのはどうせ風呂を堪能するならば肉体があった方が心地よいからな。それだけだ」
何というフリーダムな王だ。
……だんだん最初に気圧された自分が情けなくなってきたんだが。
ちなみに久しぶりに堪能した風呂はスゲェ心地よかった。
やっぱ風呂は最高だな。日本人にとっては必須アイテムと言っていいだろう。
☆
ちょっと中途半端になってしまいましたが、今回はここでキリにさせて頂きます。
次回も骸骨王の語り部となりますが、近いうちに番外編を送りたいと思います。
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ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。
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*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
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