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第2章

第23話ーー暗闇の樹海ーー

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ーードゴォッーーガラガラーー

ーードガァッーーガラゴローー

 薄暗い洞窟の奥から仕切りにダイナマイト爆破を繰り返し行なっているかのような轟音が鳴り響いていた。

「シロさ~ん、そろそろ休憩しませんか~?」
 
 その爆音が鳴り響く事二時間。
いい加減ただ待ってるだけだったのが退屈になったミリナは暇潰しとばかりにお茶を淹れていた。

 どこまでも続くような蛇の洞穴を彷彿させるその洞窟の中でシロこと弓弦がやっていたのは。

「オラァッ!」

 堅い岩盤・岩壁をスキル剛力・剛脚を使ってひたすら崩し、崩落させることだった。
 それも一度や二度の崩落ではない。この作業を開始してから二時間これまで片時も休むことなく続けていたお陰か、崩落させた長さは百メートルを超えようとしていた。

 どうしてこんなことをしているのかというと、それは先にも話していた通り、魔獣の数が減り、比較的安全となってしまったダイラス迷宮を通って人間達が亜人の住む領域アグニスタに来て奴隷狩りを行わせない為に、その通り道となる場所を徹底的に潰していたからだ。

 まぁだからといって普通はここまで豪快な妨害工作はこの世界の誰もしない……というか出来ないのだが。
 弓弦やミリナは知らない事ではあるが、ダイラス迷宮の岩盤は非常に堅い事で一部の学会では有名な話だ。
 
表面の方はピッケルなどで崩す事が出来るが、直ぐ下には頑丈さで有名な黒曜鉄で出来たピッケルを使っても崩すどころかヒビを入れる事すら困難なくらい堅い岩盤が眠っている。

 これは超高圧縮された粘土のようなもので、衝撃を吸収してしまう性質があり、鉄の精錬に長けたドワーフにはこの土を使う職人も少なからずはいるが、なにぶん堅すぎるので少量を採取するだけでも多大な時間が必要となってしまう。

 それなのにそれをいとも容易く一撃爆砕させてしまえるのは恐らく世界広しと言えど弓弦くらいなものだ。
 ちなみに剛力・剛脚スキルは非常に燃費が悪い上に身体を強制的に超人かさせる事で再生スキルも大忙しだが、岩盤を一つ壊すごとに地中にいた芋虫のようなミミズのような五メートルほどある魔物が四、五匹は出て来るのでそれを食って魔力などを補充していた。

「ふぅ~……腹減ったぁ」
「お疲れ様です、随分長い距離崩落させましたね」
「ん、サンキュー。まぁしばらくはこれで来れねぇだ」

 淹れたてのお茶、コボル茶を貰いながらミリナの隣に座る。

「それではそろそろ?」
「あぁ、樹海に向かうとしよう。道は分かるか?」
「はい。先ほど散歩ついでに途中まで確認しに行きましたが、何となく分かります。二~三日中には付ける筈です」
「上出来だ。ならのんびりと行くとするか」
「了解です」

 お茶を飲み終わると俺たちは早々に本命である暗闇の樹海へと向かっていった。
 
 ダイラス迷宮にはいくつもの分岐点があり、それによって近道や遠回りといった道もとうぜんあるが、景色や構造自体は洞窟というだけあって全てが似たような光景しかない。
 それでも長い間この洞窟を根城にしていただけあってミリナには何となくだが、現在地と向かいたい場所の方角が分かるのだという。

 最早それ才能じゃないのかと思ったが、本人曰く気がついたら取得していた地図スキルなるものが原因ではないかとの事だった。

 この世界の技能やスキルはあれば確かに便利な上に強力なのは確かなのだが、ゲームのように取得した時に謎の音声案内がされるわけではない為自分でステータスプレートの更新をしなければならない。
 そしてそのスキルに関しても名称から推測する以外に確かめる方法としては自分で調べるか検証するしかないという。 

 唯一お手軽に調べる方法があるとしたら鑑定スキルというのを使うしかないそうだが、鑑定スキルは先天性のもので生まれ持った人しか得られない希少なスキルなのだとか。
 ただそんな希少なスキルであっても使い道としては物を調べたりするくらいで、特にこれといって役に立つスキルでもないので、あったら便利くらいにしか考えられていない。

 俺的にはそれって凄えアドバンテージな気がするが、まぁそんな奴に出くわしても俺のステータスは偽装と隠蔽で改竄済みなので偽情報を掴ませるのには打って付けだったりするが。

 ともかく、ミリナの持つ地図スキルのお陰で大体の位置と道のりは掴めているので俺たちは順調に進んで行くことが出来た。


 そして予定通りに俺たちは再び四大魔境の一つ『暗闇の樹海』へと辿り着く事が出来た。
 以前と同じように出入り口の遺跡に来ると、俺は視覚を熱源探知に切り替えて周囲を深く観察する。

 ジャック・トレントはいないが、それ以外の魔物はうじゃうじゃといるようで森中が真っ赤に燃えているように反応がある。

 草木に擬態した体長三メートルほどある蟷螂型の魔物や、馬鹿でかい食虫植物、赤い木の実をいくつも実らせたトレントその他色々……まさに魔物の大巣窟だった。

 パッと見た感じ獣型の魔物はいそうにないが、奥に進めば何がいても不思議じゃない。
 ただやっぱり気になる事といえば俺たちがいるこの遺跡跡地には魔物が近寄ってこないという点だろう。

 何か特殊な結界が張られているのか、魔物が嫌うものが遺跡の材料として使われているのかは定かではないが、どちらにしても早めに移動した方がいいだろう。

 この遺跡跡地に魔物は入っては来ないが、ジャック・トレントのように遠距離からの攻撃はしてくるのであんな物を食らったら一溜まりもない。

 俺は熱源探知を駆使して深く周囲を警戒していると、予想通りというか何というか。
 数ヶ所だけ熱源に全く反応がない場所を見つけた。

 まるでここを通れとばかりに、ぽっかりと空間が開いていた。
 視覚を更に強化して望遠しながら見ると、四ヶ所あった空間の内三つは奥に別の熱源が確認出来た事から恐らく……というか間違いなくダミーの類いだろう。

「行くぞ、こっちだ」
「は、はいっ」

 俺は残った一つ。
熱源の反応が一切い道へと歩みを進めることにした。

 柔らかい土を踏みならし、黙々と森の中へと歩みを進めていく。
 ジメジメとした蒸し暑さに耐えながら、時折不意打ちを噛まそうとしてくる魔物化した植物を仕留めたりして歩くこと数時間後。

 流石にそろそろ休憩を挟もうかと考え始めた頃、森の中に一軒の建屋を見つけた。
 外壁はボロボロで蔦が好き放題に伸びており、扉があったと思われる場所には木が腐食したように木片が散らばっている。
 見た目は完全に廃墟だったが、使われてる素材は遺跡跡地でも見たような石材だった事からここもその一つである事は容易に想像がついた。

「下手に野宿するよりは良さそうだな」
「はい。でも中を確認してみないことには何とも言えませんね」
「あぁ、警戒は怠るな。剣は抜いておけ」

 指示を出すとミリナは軽く頷いて腰の片手剣を抜いて構える。
そのまま建物の中へと入っていくが、そこには何もなかった。
 ごく普通の一般家庭のような間取りではあるが、机もタンスもベッドすら何もない。
 長い年月の間に風化したのか入ってきた魔物がどっかに持ち去ったのかは分からないが、建物だけの空間がそこにはあった。

 一応隅々まで調べたところ、二階建ての一軒家で地下室のよう場所があること以外は何の変哲も無い廃墟だった。
 ただ調べたところ、この地下室。奥へと続く空間が広がっており、何処かに繋がっているらしく僅かに風が流れてきていた。

 とりあえず、しばらくの間は此処を探索拠点として活動することに決めたので出入り口や窓を木々を切り倒して固め、夜は交代で休む事となった。
 ついでに建物の周囲には鳴子を設置して警戒網の拡張も測ったので一先ずは安心といえるだろう。

 その夜、室内で焚き火をするという何とも違和感のある事をしながら夜食を食べ終えると最近の日課になりつつあるミリナの毛繕いをしながら話をしていた。

「それにしても、こんな場所があるとはな」
「全くです。ひょっとしたら原人の住処だったかもしれませんね」
「なんだそりゃ?」
「昔からあるお伽話ですよ。遥か昔、この世界は一つで高度な文明を誇っていたという話です」
「ふーん……暇潰しがてら聞かせてくれ」
「いいですよ」

  膝の上で丸くなりながら気持ちよさそうに寝そべるミリナは得意げな顔でお伽話の続きをしてくれた。

 その昔、今のような種族間での争いもない時代に人々は互いに手を取り合い高度な文明と技術を誇って発展していった。

 獣人が狩りを行い、エルフと妖精が森に実りをもたらし、人間とドワーフは様々な道具を作り出した。
 それぞれが手を取り合って街を作り、文明を築き、技術を発展させ平和な時を過ごしていた。

 しかし、そんな平和な時代は突如として終わりを告げた。
 空から数多の星が地上へと流れ落ちてきたのだ。
 それらは森を焼き、山を崩し、街を壊し大勢の命を奪っていった。残されたのは僅かな命と深い絶望。

 人々は嘆き悲しみ、苦しんだ。
たった一晩のうちに多くの同胞の命が失われ、長い年月をかけて築き上げたものが瞬く間に消え失せてしまったからだ。

 それでも生き残った者たちは再び手を取り合い、また一からやり直そうと話し合った。けれど、それは受け入れられなかった。

 星降りにより大地が根こそぎ荒れ果て、良くないものが土地を汚染し尽くしてしまったからだ。
 人々の間では酷い大飢饉に見舞われ、纏まっていた結束力は弱まり、僅かな食糧を奪い合うようになった。

 いつしか土地を汚染した力の名は魔の力ーー魔力と呼ばれるようになり、その力が強すぎるが為に、荒れ果てた大地に緑は戻ったが、強すぎる力の影響に人々の身体は腐敗していった。

 耐えきれなくなった人々は蜘蛛の子を散らすように散り散りなってしまった。
 ある者は無謀な山越えを試み、ある者は別の土地を探し求め、ある者は兎に角離れようと北へ向かって消えていってしまった。
 
「その子孫が今の私たちであると言い伝えられています」

 そう締めくくったミリナは小さく欠伸をして焚き火に手をかざし出す。
 
 話自体はよくある伝記物のように感じたが、伝承やお伽話なんてのはどれも似たり寄ったりだから差して気にはならなかった。
 ただその話の中で唯一興味が惹かれたものがあった。

「妖精なんて種族がいるのか……」
「興味あるんですか?」
「まぁなぁ。掌に乗るくらい小さい奴らなんだろ?」
「はい。私も見たことは有りませんが、そう聞いていますね」

 ピコピコと尖り耳を動かしながらそれがどうしたの、と言うように見上げてくる。

「いや、小動物みたいで可愛いのかなぁ~っと」
「ガブッ!」

 思った事をそのまま伝えただけなのだが、何故かミリナに回していた腕を噛まれた。
 ステータスの差か、はたまたスキルなのかは分からないが、遠慮なくガジガジと噛まれているのは分かる。
 たぶん常人なら涙目になるくらいに痛いはずだ。

「……痛い。なんだよ」
「ガジガジッ」
「はーなーせーっ!」

 強引に腕を引っ張ると若干皮膚が裂けたのか血が滲みでてくる。
 最近痛覚の鈍化に更に磨きがかかってきたからか、殆ど痛みは感じない。おまけに傷も即効で治癒する為肉が食い千切られない限りは大体1~2秒で治ってしまうので、よっぽどの事がなければ怒らないでいるが、気分的には余りよろしくないのも事実だ。

 無理矢理引き剥がされたミリナはフゥーッフゥーッと完全に威嚇状態のまま猫のようになっているが、やがて「ふんっ」と鼻をならすとふて寝するように直ぐに丸くなって寝入ってしまった。

「何がしたかったんだよ、お前……」

 若干呆れた声を漏らしてしまうが、よくよく考えれば動物を愛でる感じで言ったつもりでも、好意を寄せてくれてる相手が直ぐそばにいるのに全く知らない赤の他人の事を気がかりにしていると思えばミリナが怒った理由が少しでも理解出来たはずだが……残念ながら弓弦がその事に気づくことはなかった。

 

 ★



 そのまま何事もなく夜が明けた翌日。
俺たちは家の周囲を散策することにした。
 活動拠点は得られたが、手持ちの食料だけじゃ不安だった事とこの森に生息する魔物の調査と何よりレベリングがしたかったからだ。

 家を出てから二十分ほどは特に何もなかったが、熱源探知と視力の強化を駆使して周囲を見渡すとぶっちゃけ家の周りにも魔物と化した植物だらけだった。

 ただこの植物。襲ってくる事は殆どなく、ウツボカズラのような完全な待ち伏せ型の魔物で切り取って見ても特に何もない。

 ただ中身に入っている液体は非常に強力な酸と毒素のようで試しに適当な樹木にかけたところ、恐ろしい速度で融解させていった。
 その際に綿菓子のような濃密な甘い香りが漂うと周囲の茂みからバカでかいカエル型の魔物が飛び出してきた。

 大きさは子供くらいあり、目玉が左右合わせて六個は付いている。
 皮膚はイチゴのような赤色をして黒い斑点がいくつもついている。
 いつかテレビで見たイチゴドクガエルとか言うやつにそっくりだったが、それが同時に四匹も出てきたから流石に気持ち悪かった。

 ミリナなんかは露骨に嫌そうな顔をしていたが、距離を取りながら警戒して当たっていた。
 見た目から分かる通り、明らかに触れるだけでもヤバそうな毒を持っていたからだ。

 俺の場合、問答無用で殴りかかってひたすら潰していただけだが、それは毒耐性を高いレベルで獲得していたからだ。

 ミリナから聞いた話では毒耐性とは中々獲得出来る技能ではないらしい。
 何故なら単純に自分から好き好んで毒を服用する者がいないからだ。
 あれば確かに有用な技能だが、獲得するまでに地獄のような苦しみを味合わなければいけないし、いざ獲得しても技能のレベルが低ければ低い大した意味はない。
 せいぜい胃腸がちょっと強くなるくらいだ。

 本格的に有用になるのは最低でもレベル3は必要で、そこまでいけば市場で出回っているものから魔物から受ける毒の効果を弱める事が出来る。

 故に暗殺などの心配をする王侯貴族なんかは幼少期から効果の弱い毒を服用し続けて獲得するらしいが、レベル1を獲得するまでに二年は服用し続ける必要があるようだ。

 最も手っ取り早いのはこうして毒持ちの魔物との戦闘を繰り返し行うのがセオリーとなってるが、人間の冒険者が生涯をかけて挑み続けても毒耐性レベル7が限界値らしい。

 ちなみに俺の毒耐性レベルは9ある。
あと1レベルでめでたくカンストというわけだが……果たして俺は何をやってここまで上がったのか。
 余り見に覚えがないので、考えるのはやめにしよう。

 そうこうしている間に、ミリナとイチゴカエルの戦闘は終盤に差し迫っていた。

「グゲェッ!」
「ーーシッ」

 イチゴカエルが体表から謎の分泌物を全身に纏わりつかせると、その強靭な後ろ足で地面を蹴りつけて捨て身の体当たりを繰り出す。
 先程まで数メートルはある舌で攻撃していたが、それもちょん切られたことで最終手段として行った攻撃なのだろう。
 だが、その攻撃もミリナの俊敏さを持ってすればあっさりと避けられてしまい空中で地面に縫い付けるように背中から剣を一刺しして絶命させた。

「おー。よくやったな」
「ありがとうございます」
「んじゃ、そこの二匹も最後留め刺しといてくれ」
「え?シロさんがやらないんですか?」

 俺が請け負った三匹の内二匹は実はまだ生きている。
ビクビクと痙攣して潰れたカエルと化しているが、最初の一匹を倒した時に大した経験値になりそうになかったので、生かしておいたのだ

「いらんいらん。それよりコイツら捌く方が忙しいからな」
「え……やっぱり食べるんですか?」
「当たり前だろ。カエルってのは鶏肉っぽい淡白な味らしいが、中々美味そうだしな」
 
 出来ればタレにくくらせて、白米の上に乗っけてから食いたいが我慢しよう。これはこれでいけるかもしれないしな。

 魔物や魔獣は大体が焼くと不味くて仕方がなかったが、全部が全部そうとは限らないので、初見の一匹は焼いたり茹でたりして食べることにしている。
 食道楽というなら笑うがいいさ、現地調達出来る俺と違ってミリナの食糧を限界まで持ってきたからな。仕方がない。

 とはいえ、わざわざこの一匹の為に戻るのもどうかと思ったので適当に捌いて早速食べる事にした。
 その様子を「うわぁ……」と言いながら出来るだけ見ないようにしていたミリナがいたというのはいうまでもない。

 感想としてはまぁまぁ悪くなかった。
不味いには不味いが、肉質の違いからか割とツルンっと入ってくるので悪くなかった。
 それにピリピリとした辛味(間違いなく毒)がいいアクセントになっているので、樹海での初飯にしては良い方だった。

 結局足を一本だけ残してそれ以外は全て平らげ、再び周囲の散策を開始した。

 その後は一時間ほど歩いた先に小川を見つけたが、流れている水を飲むと何となく嫌な感じがしたのでミリナには一度沸騰させた方が良いと伝えて小休止を挟むことになった。
 しかし沸騰させても嫌な感じが拭えなかったので、手持ちの水で我慢してもらったところで今度は猿っぽい魔物が森の中から現れた。

 大きさとか見た目はマントヒヒっぽかったが、毛皮は擬態のつもりなのか深い緑色をしていて某RPGに出てきた雑魚モンスターを彷彿させる面構えをしていた。

 ちょうどよかったので、仲間を呼び寄せる前に全力で急接近して喉を潰すと手足も砕いて川に放り込んでやった。
 バシャバシャともがいて十分に川の水を飲んだのを確認すると優しいことにちゃんと引き上げてやる。

「よっこらしょっと」
「……魔物に同情する日が来るとは思いもしませんでしたよ」
「まぁそういうなって。見てみろ」
「?」

 川から引き揚げた猿を覗き込むと何もしていないにも関わらず、ジタバタと身悶えして口からは泡を噴き出している。
 五分以上苦しんだ後、猿は力尽きたようにピクピクと痙攣して死んでいった。

「あー、やっぱこの川。毒だな」
「みたいですね……それも極めて強力なものだと思います。何でシロさん平気なんですか?」
「さぁ?体質じゃね?」
「いい加減無理がありますって」
「そんな気になるか?」
「非常に。ツッコミ入れるのもそろそろ大変なんで色々と教えて貰った方が助かります。主に私の精神が」
「諦めたらそこで試合終了だぞ」
「ならもう棄権します」
「ははは。なら夜にでも話してやるよ」

  再び適当にマントヒヒ擬きの猿を解体すると、おやつ代わりに食っていった。
 感想は激マズの一言。今まで食ってきた中で最高に不味かったがちゃんと残さず食べきった自分を褒めてやりたい。 

 そんなこんなで夕方までに五~六回程似たような戦闘を繰り広げて俺たちは拠点の家へと戻ることにした。
 辿り着いてから思い出した事だったが、この家には地下室があった。
 それもやたら奥まで続いており、後回しにしていたが実は魔物の寝ぐらでしたとかだと嫌なので見にいってみる事にした。

 二人とも夜目が利くので明かりもなしでも問題ない。
ただこの地下室、思ったよりも深かった。
既に十メートルほど進んでおり、本当に魔物が住み着いているのではと疑い始めた頃。
 壁に突き当たり、そこには井戸らしきものと少し離れた位置に楕円形の穴が掘られたものがあった。

 穴の方は水が貯められるようにしっかりと石垣が組まれており、よく見ると井戸っぽいものから水が伝えるように溝もあった。

 一応井戸の方から何が飛び出してきてもいいように慎重に覗き込んで見るが、特に何もない。

「……何だと思う?」
「……井戸、とお風呂……ですかね?」
「……だよなぁ。ちょっと水汲んでみるか」

 そういって一旦上に戻ると荷物の中から既に空っぽになってしまった竹筒のような水筒と長めのロープを持って戻ってくる。

 井戸の深さは大体7~8メートルくらいで水を汲み取ると毒耐性の高い俺が最初に飲んでみる。

「おぉっ」

 透き通るような軽い喉越しと、ひんやりとした冷たさが口内を潤し、胃袋まで通っていくのが分かる。
 久しぶりに水なのに美味いと思えた。

「ミリナも飲んでみろ。たぶん大丈夫だ」
「えっと、じゃあ頂きます……んくっ!コクコク……ぷはぁっ」

 差し出された水を最初は恐る恐るだったが、一口飲むと耳と尻尾をピンッと立てて一気に飲み干してしまった。
 余程喉が渇いていたのだろう。

 気の休まらない樹海の中で常に周囲に気を配る上に気温も高いからその分発汗量も増してしまう。
 そこに繰り返し行われる戦闘で、持ち合わせていた飲み水は想定よりも早く消費していたのでここで冷たい飲み水に巡り合ったのは幸運と言っていい。

「せっかくだし水浴びもしていきたいところだが……流石に竹筒(これ)じゃあいつになるか分からんからな。今日は必要な分だけ持ってくか」
「そうですね。明日は桶とかを作りましょう」

 冷えた飲み物が嬉しかったのか、先ほどまでより幾分か元気を取り戻したように提案してきたミリナに「そうだな」と一言告げてその場を後にした。

 夕食も終えて、昨晩と同じように焚き火で暖を取りながら昼間の約束を果たすために俺は偽装抜きのステータスプレートをミリナに見せていた。

 本当は仲間になってからと思っていたが、互いの能力を知らずにいてはこの樹海で生き残るのは不可能だと思ったからだ。
 
 今のところ遭遇した魔物はそれ程強くはないが、殆どは毒持ちの上奇襲や待ち伏せに長けた魔物ばかりだ。
 ついでに獣型の魔獣は数体の群れをなしているので厄介さには更に磨きがかかってる。

 “俺には何が出来て、何が出来ないのか” “彼女には何が出来て、何が出来ないのか”それは把握しておく必要があった。
 当然、プレートを見せると言うことはそこに記された情報全てが相手に伝わるという事なので名前も知られる事になるが……まぁ別にかまやしない。

 言いふらされたら困るが、ここは外界とは隔絶された空間だし、ミリナなら大丈夫だろう。それくらいの信用はしている。
 まぁそろそろ記憶喪失なんていう小っ恥ずかしい設定もこの際取り除きたいという理由も含まれてるが。

 プレートを見たミリナの反応はというと、驚愕を通り越して呆れにも似たような反応だった。

「凄いステータスですね。何をしたらこんなになるんですか?」
「……意外と冷静だな」
「自分でもびっくりです。でも、今までのシロさん……じゃなくて、えーっと……ハヤマさんの行動を見てたら納得です」

 苗字呼びされて思わず苦笑してしまったが、海外と同じようにミリナは苗字である葉山を名前と勘違いしたようだ。

「弓弦でいい。俺の世界じゃ性が最初に来て名が後なんだよ」
「俺の世界?」
「俺は転移者だ。例の勇者一行と同じな」
「え?!」

 プレートを見せられた時よりも驚いたらしくカバッとそれまで預けていた背中を飛び起こして顔を覗き込んでくる。
 その反応が面白くてもう少し見ていたい気にもなったが、話が進まないので落ち着かせるように頭を撫でて先ほどと同じ姿勢に戻してやる。

 当のミリナは困惑した面持ちでそわそわとしていたが、撫でられた事で落ち着いたのか、はたまた別の理由か。されるがままに再び背中を預ける事にした。

「改めて自己紹介すっと、俺はスルグベルトの奴らがいう使徒って奴だ。ただそれに付け加えるとしたら『消えた使徒』って奴かな」
「消えた……?どういうことです?」
「あの国の連中が発表したのは勇者を含めた二十人の使徒って事になってるが、実際この世界に召喚されたのは全部で二十三人。
 俺はその消えた三人の内の一人って事になる。まぁ後の二人も何となく予想できるがな」

 間違いなく菜倉と庄吾の二人だろうが、言っても素直に聞く奴らじゃないしな。その内のまた会えるだろう。

「えっと、何で抜け出してきたんですか?ステータスもこんなに高いのに……ひょっとして他の使徒様もシロ……ユヅルさんみたいに高いんですか?」
「言い辛いならシロでもいいんだが……まぁいいや、質問に答えるとしたら逆だ逆。
 俺は最もステータスが低い最弱キャラだったんだよ。この世界の子供にも負けるくらいにな」
「……はい?」
「この世界に来た時のステータスは殆どが15以下で魔力なんて5しかなかった。
 それに対して他の奴らは殆どが初期値なのに60~70は行ってた。まぁ今のステータスを見せられたら信じられないかもだがな、ハハッ」

 自分で言ってて笑えてくる。
当時のステータスを思い出すと酷いなんてもんじゃなかったからな。
 元々の運動量は地球にいた時と変わらなかったが、他の奴らと比較すると明らかに下回っていた気がするし、ギルド長のおっさんと手合わせした時も一撃を受け止めるのに全身の力を使ってたくらいだからな。
 本人はそれ程力は込めてなさそうだったのが、余計に泣けてくる。

「俺たちを召喚すんのには多大な犠牲が必要だった。その中には自分の息子を生贄にした奴らもいた。
 そんな膨大な被害を被って召喚した中に俺みたいな子供にも負けるような雑魚が出てきたと知ったら、怒りが滾るのも仕方ない話だ」

 俺はアプリゲームでいう課金ガチャのハズレ品でしかない。
 取っておいても在庫を抱えて圧迫するだけなので、いずれ処分される存在だ。

「そんなっ」
「勝手だと思うだろう?俺もそう思う。
 勝手に召喚した癖に出てきた奴が雑魚だった。どうしてくれるんだって言われても知ったこっちゃねぇよな。
 だから逃げてきたんだよ。殺されるのが解ってて留まる理由もないし、義理もないからな」

 話していてつい苛立ってしまうが、どこの世界でもそういう身勝手な理由を突きつけてくるのが『人間』なんだろうなと理解してしまう。

 救いがあるとすれば菜倉然り、庄吾然りミリナも悲痛そうな面持ちで理解してくれる奴らがいるって事だ。
悪い言い方をすれば同情になるだろうが、理解者がいるだけで言葉では形容し難いが、自分を肯定してくれているように感じる。それだけで何となく救われた気持ちになるのだからーー自分で言うのも何だが、ちょろいもんだよな、人間ってのは。

「まぁそのお陰でこうしてして縛られる事なく、お前とも出会う事が出来たんだからそう悪い事ばかりじゃないって気もするがな」
「……なんかズルくないですか、その言い方」

 そう言ってグリグリと胸に擦り付けくる。
これも最近学んだ事だが、ミリナが照れ隠しをしてくる時は大抵こうやって擦り付けてくる。
 それがまた猫っぽくて可愛らしくも愛らしいと感じてしまう辺り、俺もどうかしてる。

「それで、どうしてその最弱だったステータスがこんなにも高くなったんですか?」
「それが俺にもよく分かんねぇんだわ」
「どういう事です?」
「いくらか省略すっと魔獣の森で四つ腕の大熊と対峙してな、そいつと一緒に深い谷底に落ちたんだ。
 奇跡的に助かったは良いが、その熊もまだ瀕死の重傷ながらも生きてたんだ。だから留めを刺した。
 その瞬間どうしようもねぇくらいの飢餓感に苛まれてな、思わずその熊の肉を喰っちまったんだよ」
「四つ腕の熊……飢餓感……ひょっとしてレベル酔いですか?」

 話を聞いていて思案顔だったミリナから答えが返ってきた。

「なんだそりゃ」
「急激にレベルが上がると起こる症状の事です。主に倦怠感や吐き気などの風邪と似た症状で収るんですけど、稀に急激過ぎるレベリングが起こると飢えに似た飢餓感に苛まれるそうです」

 話を聞いていて、そういえばと思い当たる節がいくつかあった。
 なるほど、アレがレベル酔いなのか……酔いと表すには中々キツかったが、確かに怠さや吐き気があったな。

「それで、魔獣を食べてからどうなったんですか?」
「あ、あぁ。体中が膨れ上がったのは覚えてるんだが……その後がどうにも記憶が曖昧でな。
 夢の中で色んな魔獣やら魔物を食い荒らし続けてたんだわ。
 んで、目が醒めると卵っぽい何かから出る事が出来たんだよ」
「卵っぽい何か?」
「たぶん魔物化した俺の体だろうな。ありゃ完全に化物んだわ、自分で言うのもなんだが」
「……ひょっとしてですけど、今回人間がアグニスタに来れた理由って」
「十中八九俺のせいだろうな!」
「……はあぁ~~」

 それを聞いてミリナは深い、それは深く重い溜息をついて頭を抱え込んだ。
 そりゃらそうだ。まさか魔物の減少した理由が自分の相方などと一体誰が想像できようか。
 何せそれをやってしまった本人でさえ自覚がなかったのだから仕方のない事だろう。

「一体どれだけ食べたんですか……ダイラス迷宮はその全てが魔物の巣窟といってもいい場所なんですよ?」
「知らん。俺も夢みたいな中で食い続けてたとしか言えねぇし、さっさと出ようにもどっかの……あれ?」

 そういや、ずっと忘れてたがあん時何かの声がしたような……何だっけ?
 女みたいな声がしたのは覚えてるが、何を言ってたんだ?
……まぁいいや、忘れた。そのうち思い出すだろ。たぶん無理だが。

 曖昧な記憶ほど人は忘れるものだ。
ましてやこれまで忘れていた事を思い出そうとしても中々思い出せるものではない。
 夢であったかもしれないし、そうでないかもしれないあやふやな物こそ人は忘れやすく忘却の彼方へといってしまう。

「ま、兎に角それからの事はお前の知ってる通りだよ。
数日ほど彷徨ってたが、そん時は特に何もなかったしな」
「私は貴方と出会ってから驚きの連続ですけどね」
「そりゃお互い様だ」
「ふふっ。そうかもですね。あ、私のステータスも見ますか?ユヅルさんに比べたら遥かに劣りますけど」
「あぁ、何にせよ互いの能力を知っておいて損はなぇからな」

 そういってミリナからプレートを受け取り、改めて確認する事になった。



 名前:ミリナ
 種族:山猫族
 職業:レンジャー

 レベル・28
 体力:250
 筋力:155
 敏捷:400
 耐性:150
 魔力:100
 魔耐:100

 技能:剣術Lv1・短刀術Lv4・瞬発Lv4・採掘Lv3・苦痛耐性Lv1
 スキル:連撃Lv3・急所突きLv2・投擲Lv3・連投擲Lv2・隠密Lv3・罠感知Lv2
 固有スキル:夜目Lv5

 称号
・孤独の探索者



「ミリナって確か銀クラスなんだよな?」
「はい、そうですよ。といっても、銀クラスになってからはまだ日が浅いですが」
「そうなのか?」
「はい。数ヶ月前になったばかりです」
「そうか……他の銀クラスもだいたいこんな感じか?」
「何とも言えませんね。ギルドで大まかに決められてる銀クラスになれるステータスのトータル数値は役3000ですが、それまでの功績や知識などによって私のように3000に満たなくても銀クラスにはなれますから」
「功績は分かるが、知識ってのはなんだ?」
「冒険者には様々な魔物や魔獣に対応出来るように色々な知識が必要なんですよ。
 例えば炎が有効だったり、剣などの斬撃が有効だったりと対峙する相手によって攻め方を変えなければいけません。
 それ以外にも換金できる部位を知っておかなければいけませんし、採取系の依頼をこなすにも知識は必要になって来ます。
 あと、私のような銀クラスの下っ端ではまだ必要ありませんが、権力者などの直接依頼を受ける際にはそれなりの礼儀作法を身につけておかなければいけませんから」
「なるほど……」

 ギルドの受付嬢並みに淡々と述べられる説明を聞いて感嘆の声を漏らしてしまう。
 確かに知識は生きていくには重要なものだと理解していたが、冒険者の場合それはダイレクトに生死に関わる問題だと実感できる。

 ちなみに銅クラスはステータスの合計値はピンからキリまであるが、目星としては星一つで大体500前後。二つで1000から1500。三つで2000位になるらしい。

 そこから先は自分の努力次第で向上していくが、星三つになれば普通に生活する分には大体事足りるようになるのでこの辺りで止まる人も少なくないようだ。

 金クラスに関してはトータル6000オーバーとなるが、そこまで上り詰めるには並々ならぬ努力と才能が必要とされる。

 現在でも金クラス冒険者は存在するが、その数は全冒険者を集めても圧倒的に少ない。
 転移者がどれだけ頑張っているかは不明だが、全員が全員そこまでの強さを得られるかは不明である。
 今のところほぼ確定しているのは勇者一行と一部の元クラスメイトくらいだらうか。

 何にせよ僅か約一年の間で金クラス間近な人間が複数存在するだけで召喚に支払った代償としては上々だろう。
 弓弦本人としては全く関係ないし、さっさと潰してやりたいとすら思っている事だが。

「そういえば、気になった事があるんですが聞いても良いですか?」
「何だ?」
「その、ユヅルさんのプレートに称号がいくつかあったと思うんですが、何て書いてあるんですか?」
「…………ん?」

 唐突な質問に思わず疑問符で答えてしまった。
何せ質問の意図がイマイチ分からなかったからだ。

 ミリナに見せる前に俺はこの際だからと、普段隠している隠蔽と偽装のスキルを外していた。
 一応見せる前に確認したが、しっかりと両方とも外れていたので問題ないと思ったのだが……。

「その、何か書いてあるというのは分かったんですが文字がよく読めなくて……」
「知らない言語って事か?」
「はい……少なくともアグニスタやスルグベルトで使われてる言語ではないと思います」
「は?どういう事だ?」

 そう言って首にかけ直しておいたプレートを見ると称号には『異世界からの転移者』『魔に魅入られし者』『混沌の種族』としっかり刻まれていた。

 どういう事だ?ひょっとして称号だけ違う言語で書かれてるのか?

「なぁ、名前の方はなんて書いてあるか声に出して読んでみてくれ」
「あ、はい。ハヤマ・ユヅルです」
「んじゃ称号の方に書かれてる文字を書いてくれるか?」
「分かりました」

 焚き火から出来た木炭を渡して何度もプレートを見ながら地面に模写して書いてもらうと、そこに出来上がった字を見て驚いた。

「何だ、これ?」

 そこに書かれてたのは見たこともない文字の羅列。
唯一読めるのは何故か日本語で書かれた『異世界からの転移者』だけ。
 後の二つは見たこともない文字、というより落書きに近いものだった。

 それは一見するとハングル文字に見えなくもないが、同時にアラビア文字のように繋がっているようにも見える。
 
 まるで複数の文字を重なり合わせて作られた絵のように書かれたそれを俺は何処かで見た事があるような気がした。

 いつ、どこで見たのかはわからない。でもそれは割と最近だったような気もすれば随分と前から知っているような気さえする不思議な感じに俺はしばしば困惑する事となった。





 

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