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第2章

第18話ーー全力逃走からの新天地へーー

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「ひにゃあああああっ?!?!」
「……るせぇな」

 翌朝。
日が昇り始める頃に突然の悲鳴で目が覚めた。

 こちとら低血圧で朝弱いんだぞ、コラ?的な視線を送りながら悲鳴の現況であるミリナを見るとカタカタと震えながら周囲を見回していた。

「なんだ?怖い夢でも見たのか?」
「ち、違いますよ!シロさんここどこだが分かってます?!」

 小声で怒鳴るとか器用な真似をし出すので、一旦周囲を見回すが、昨夜と同じく壊れかけの遺跡が並んでいるだけの場所でしかない。
 そして久しぶりの地上であるが故に、というより元々何処にいたのかすら分からなかった身としては答えは一つ。

「知らん。で?」
「……そうでした、記憶ないんでしたね。じゃあとりあえず何も聞かずに洞窟へ戻りましょう」
「それは断る。せっかく地上に出たんだ。いい加減洞穴暮らしは真っ平なんだよ」
「…………」

 黙ってしまうミリナちゃん。
とりあえず、事情を説明すれば納得してくれるだろうと思ったらしく現在地についての説明を始めた。

 曰く、ここはこの世界に四つあると言われる四大魔境の一つ。『暗闇の樹海』であるといこと。
 アグニスタで暮らす人々にとっては最も危険な場所で決して足を踏み入れてはならない禁足地として指定されている場所だという。

 曰く、そこにいるのは魔獣や魔物のみならず、植物までもが魔物化しており、足を踏み入れた者を決して逃がさない。

 曰く、間違えて洞窟から出たら即時引き返さなければ死ぬしかない。自殺志願者も裸足で逃げ出す盛りであること。

 以上の三つの説明を受けてシロさんこと弓弦が出した答えは一つ。

「面白そうだな。ちょっくら散歩するか」
「バカですか?!いえ、バカなんですね!私の話聞いてくれてました?!」
「あ?誰がバカだよ。植物まで魔物化するとか最高じゃねぇか。肉ばっかで野菜も食いてえんだよ」
「普通に町へ向かいましょうよ!食事なら私が用意しますから!ねっ?ねっ?」

 欲望に忠実というか、最早ただの食道楽化とかした思えない発言にミリナちゃん。更に涙目で懇願するように縋り付く。

「お前なぁ……このアグニスタってのは人間種以外が暮らす土地なんだろ?そんなとこに俺なんかが行ったら袋だたきか殺し合いのどっちかしかねぇだろ」
「うっ……それは、そうかもですけど……」
「第一人間は亜人を奴隷か家畜扱いしてんだ。ならその逆だってあり得るし、そんなもん見たかねぇ。
 そもそもお前は何で俺なんかに懐いてくれてるんだ?
割とセクハラばっかしてる自覚はあんだが」
「あったんですか?!そこにビックリですよ!」

 まさかの常識人のような発言に耳と尻尾をピーンッと尖らせて驚きを体現する。

「そりゃあるわ。出会ってすぐに耳触らせろとか変態でしかねぇだろ」
「確かに!」
「んでもって素直にそれ許しちゃうお前ってどうなの?チョロインなの?」
「あれ?なんか私の方が責められてる?散々触ってきた本人が言います?あと、チョロインってなんですか!違いますよ!」
「まぁ冗談はさておき、実際どうなんだ?山猫族的には割と普通だったりするのか?」
「うっ……」

 オロオロ困惑している中で素の質問をされて思わず押し黙ってしまうミリナ。
 だが、それを許さじとマジマジと見つめる弓弦達の間に微妙な空気が漂ってしまう。

 ちなみに何でこんな質問をしているかというと、弓弦は生粋の動物好きだからだ。
 公園でたむろしている野良猫を見かけたら動物保護団体に預けるし、近所の犬が散歩していたら必ず撫でて遊んでしまうくらい好きだ。

 なので仮にこのまま獣人が暮らす村に行くと自制心が効かずそこら中でもふり祭りを開催する勢いなのでそうなる前に『獣人的にそれどうなの?』と聞きたいのだ。

「その……同性の間ではよくあります」
「つまり異性だとまずないと?」
「い、いじわるですかっ!そうですよ!殆ど滅多にありません!いけませっひんっ?!」

 ムキになってミリナが言い返すと突然デコピン!
思わず顔が仰け反ってしまう!

「落ち着け、俺は別に意地悪で聴いてるわけじゃねぇ。知らねぇから聞いてるだけだ。そこんとこ間違えるな」 
「うぅ……理不尽です」
「まぁ色々聞きたいことは山積みだが……でも何で最初に撫でるの許してくれたんだ?」
「……ちょっとだけ嫌でしたよ、でもビックリしてるのもあって抵抗するにしても、その……撫でるのがあんまりにも上手だったから気持ちよくなっちゃって……」

 撫でプロマスター、ここに現る。
確かに近所の飼い猫なんかがやたら甘えてくる事はあったが、獣人からのお墨付きまでもらったのだから自信と友に気分も良くなる。
 なのでその返礼というわけではないが、ムツゴロウさん並みに撫でまくってやった。

「あ、ちょっそこは……ふみゅぅ、ゴロゴロ~♪」

 しばらくそのまま撫で続けていると、不意にピクンッとミリナの耳が逆立ち、先ほどまで緩みきっていた表情から一変して焦燥感に塗れた顔になる。

 何事かと思い俺も周囲を見回しながら望遠と熱源感知を併用して見まわすが……何だこれ?
 熱源がそこら中にあり、森全体が真っ赤になっていたのだ。

 目がおかしくなったのかと思い一旦視界を通常に戻すが、そこで見えるのはごく普通の森林でしかない。
不思議に思い今度は望遠だけを使って熱源が濃かった場所を見る事にした。

(……何だあれ?ウツボカズラか?いや、違う。魔物か!)

 一見すると食虫植物のように見えたものをよくよく観察してみると、すぐ近くの木に擬態していたカエルのような魔物がチョウチンアンコウのように植物を吊り下げていたのだ。

 しかも他にも数多くの熱源があることからこの遺跡から出たところには魔物しかいないのがハッキリと分かる。
 思わず冷や汗が吹き出した。
 
 匂いや音にはそれなりに敏感だと自負していたが、漂ってくる空気からは植物や森林特有のものしか感じられず、獣のような匂いなど一切しないのだ。

 もしもミリナが止めずに軽い気持ちで森に踏み込んでいたらと思うとゾッとする。

「し、シロさん。逃げましょうっ早く洞窟に戻りましょう!」

 そんな事を考えていると顔を真っ青にしたミリナが腕を掴んで必死に訴えてきた。
 同時に森の奥の方からバキバキと巨木を倒しながらまっすぐ進んでくるものが見えた。

「ーーーッマジかよ、何だあれっ」
「トレントの上位種、ジャック・トレントです!早く逃げましょう!」

 そこに見えたのは体長軽く十メートルはあろう巨大な木の巨人だった。
 それが極太の幹をしならせるとまだまだ距離があるというのに何かを放り投げてきた。

ーーゾクッーー

「ッ?!掴まれ!」
「ひにゃっ?!」

 俺は片手でミリナを抱えると洞窟の中へと一目散に走り出した。
 何が飛んできているのかは分からないが、本能的にアレはマズイと悟ったからだ。

ーードドドドドォンッ!

 「うっおおおおおおぉぉおおおっ!?なんっだあれ?!ヤベェッ!これマジでシャレにならん!!」

 走り出してから数瞬遅れて先ほどまでいた場所に空から榴弾の雨が降ってきた。
 おまけに視界を熱源感知に切り替えてみると、着弾した瞬間に何か小さな粒まで飛んできているのが見え、それに触れるのもマズイと感じてからは脚の筋肉が全て断裂する勢いで駆け抜けていった。

 洞窟内に入ってからも危機が去ったとは実感できず、背筋を凍らせるような寒気が引く事がなかったのもあって二十分ほど爆走し続けたのだが。

ーーバツンッ!

「がぁっ?!」
「ひにゃあっ?!」

 脚の筋肉の方が持たずに張り裂ける痛みと共にバランスを崩して転倒してしまう。
 転ぶ瞬間に何とかミリナを庇うことは出来たが、直ぐに叩きつけられた衝撃で手放してしまった。

 内心で舌打ちをしながらそのまま数メートルほど地面を転がってようやく止まってくれた。

「ぐっ……おい、生きてっか?」

 血こそ流れ出ていないが、右脚から感じる激しい痛みを噛み殺してミリナの無事を確かめようと身体を上半身だけ動かすと、既にミリナは起き上がってこちらに駆けてきていた。

「シロさん!」
「お、生きてたな」
「シロさんのお陰です、それよりこれを早く飲んで下さい!」

 そう言って取り出したのは小さな小瓶だった。
中身は恐らく回復薬か何かだろうが、俺はそれを受け取らずに首を横に振った。

「必要ねぇ、それよりも肉が食いてぇ」
「何いってるんですか!転ぶ時に凄い音がしてたじゃないですか!早く手当てしないとっ!」
「落ち着けっての……まぁ見てろ」

 俺は上半身をミリナに起こしてもらいながら太腿と脹脛の筋肉が断裂した場所に視線を落とすとそこに力を込めた。
 するとその箇所から僅かながらに煙が上がっていき、少しずつ痛みが遠のいて行くのが分かる。

 そんな光景をみてミリナは「えっ?嘘……」と声に出して信じられないといった様子で呟いた。
 
 数分後にはもう殆ど完治しており、立ち上がって軽くジャンプと屈伸運動をして感触を確かめてみるが、特に問題はなかった。
 寧ろ断裂する前よりも軽く感じてしまうくらいだ。

「よし、これでもう大丈夫だ」
「な、な、何をしたんですか?」
「説明が難しいが……まぁアレだ。治した」

 実際は説明するだけなら然程難しくはないが、一般常識と見比べてみると理解できるとは到底思えない事なので省かせてもらった。

 これは洞窟を彷徨いだしてから直ぐに発見した事で、傷を負った時にそこに力を込めるだけで治ってくれたのだ。
 色々と考えてみた結果、それまで食い続けていた魔獣が関係しているのではという考えに至った。

 それは明らかに自分の体積以上に仕留めた獲物を食い続けていても体型が全くといって良いほど変わらなかったからだ。
 なので、自分の知らない。いつの間に入手していたスキルか称号の効果によって食った分のエネルギーをストックしていて怪我を負った際にそのエネルギーを消費して修復しているのではと考えていたのだ。

 ただそんな事を当然知らないミリナは目を白黒させて困惑している。
この際だから全部打ち明けてしまおうかと思ったが、まだ背筋から来る寒気が収まらない事もあって一旦思考を止めて視界を熱源感知に切り替える。

 「うぉっ?!何だこれっ?!ミリナ!」
「は、はいっ?!」
「服脱げ!全部だ!」
「はいっ……はいっ?!」

 素直に返事をして身につけている装備を脱ごうとしたが、一瞬遅れてバッ!と服を戻して聞き返してきた。

「ちょっ、いきなり何を言っているんですか?!」
「説明は後だ!いいから早くしろ!」
「あーもーっ!ちゃんと説明して下さいね!あとこっち見ないで下さい!」

 そう言って割り切ってくれたのか、直ぐに装備を外していった。
俺も無事な腰布だけ残して全て脱ぎ捨てる。

(寒気が収まらなかった原因はこれか……熱源感知が出来なきゃヤバかったかもしれん)

 熱源感知を使用して見たもの、それは小さな種子だった。
名前までは覚えていないが、冬くらいから緑が枯れてタンポポのように球状になって衣服にくっつくアレと酷似した種子が服や装備の隙間の至る所にくっついていたのだ。

 恐らくトレントが投げてきた何かが着弾して飛び散っていたものだろう。
 熱源感知によって見えていたから可能な限り避けていたが、取りこぼしがあったようだ。

「これが何かわかるか?」

 俺はミリナにくっついていた種子を全て取り除いたローブと種子を見せながら聞いてみた。
 ケモノとはいえ性別は女だ。見られて気持ちのいいものじゃないだろう。

「これはっ枯れ枝の種です!わっわっ!すみません、シロさん!私の体にも付いてないか見てください!」
「は?おぉう?!」

 種子を見せるとやはり相当不味かったものらしく、体毛にも付いていないか羽織っていたローブをバサっと脱ぎ捨てると全身を見せてきた。

 ただいきなりのこと過ぎてそれには俺の方が驚いた。
一応マジマジとみるのも気がひけるので、すぐに視界を熱源感知に切り替えると尻尾や腕周りなどに種子が付着しているのがわかった。

「それで、コイツは一体なんなんだ?」

 種子を取りながら無言でいるのも変だったのでついでとばかりに種子につい聞いてみる。

「んっ、これは枯れ枝の種子と言われるもので、付着した者の全ての水分を強制的に吸収して成長します」
「強制的に?つまり人体に直接根付くのか」
「は、はぃ……成長すると赤い花を咲かせる事から吸血花とも呼ばれます」

 思っていたよりも危険なものだったらしい。
道理で寒気が引かないわけだ。

 余談だが、ミリナの毛皮はサラサラしていて触り心地がかなり良い。
艶のある滑らかさで、トリートメントでもしてるのかと思うくらいだ。
 毛並みも全体的に黒っぽい灰色をしているのかと思ったが、腹部の中心から喉元にかけては黒っぽさが薄れて白い線のように見える。
 それが近所に住んでいた猫と似ていて何となく懐かしさと共に愛らしさが込み上げてきた。
 
 ちなみにスタイルに関しては悪くないと思う。
他の獣人は知らないのでなんともいえないが、胸はデカイ訳でも小さい訳でもない、実に好ましい人を安心させてくれる大きさだ。

 腰の辺りも薄っすらと腹筋が割れていて、綺麗なくびれが出来ている上に毛並みの色合いもあってか何処と無く色気を放っている。

 しかし何よりも評価すべき点があるとしたらそれはこの尻尾だろう。
 何だ。さっきから腕に絡ませてきたり擦り寄って来たりと。誘ってんのかと言いたいが、そこはグッと堪えた。

(はぁ……街に着いたら娼館に行こう。あ、でもその前に金がねぇや)

 基本的に抱くのは自分が惚れた女かプロしか抱かないスタイルなので、ここでミリナを押し倒すのは俺のポリシーに反する行為だ。だからそれをする訳にはいかない。

 しかし娼館に行くにせよ持っている金は死体を漁った時に手に入れた僅かばかりの金だけで、せいぜい安宿に一泊するくらいしかない。
 魔境に行くのは諦めるにしても、街を目指すならある程度の金策は用意しておいた方がいいだろう。
 
 人間以外が暮らす街……中々どうして興味が惹かれる物があるが、金がある事に越した事はないしな。
 金策の事をあれこれ考えている内にようやく種子を全て取る事が出来た。

「よし、全部取れたぞ」
「ハァハァ……あ、ありがとう、ございます」

 若干熱のこもった声で礼を言ってくれるが、正直ちょっと勘弁してくれと思ったのは言うまでもない。
 どうも種子を取りながら、取った部分の毛が逆立ってしまったので手櫛で直していたのが余程気持ち良かったようだ。

 後で知った事だが、獣人にとって体毛を優しく撫でられるのは人間でいう愛撫でに等しい行為らしく、そこそこ反応してしまうらしい。

 それからまたしばらく、時間をかけて衣服や身体に着いていた種子を取り払った俺たちは改めて獣人側の出口となる方へと移動し始めた。

 本来ならこのダイラス迷宮に入る際にはマッパーと呼ばれる案内人に従って行動するのが常識らしいが、ミリナはほぼ毎日のようにこの迷宮に足を踏み入れていた為、マッパーを雇う必要もないくらい迷宮内の事は詳しかった。

 おかげで安全なルートで移動する事が出来、その間も色々な話を聞けたので話のネタに困る事はなかった。

 意外だったのはミリナの実力が既にある銀クラスであった事だ。
よくよく考えてみたら冒険者は通常三~六人のパーティを組む事が多いのにこれまでソロで迷宮に挑み続けていたのだ。
 そのくらいの実力があってもなんら不思議ではないのだが、出会った時からのコミカルな対応に、撫でたらすぐにタレてしまう光景を見ていたらとても銀クラスとは思えなかったからだ。

 人は見かけによらないとは、本当によく言ったものだ。
他にも金策についてはこの迷宮で出会す魔物や魔獣から時折手に入る魔石をギルドに卸せば金になるという。

 ただ卸せるのは最低でも小指の先くらいの大きさのものからで、それ以下は精々錬金術師に直接買い取ってもらうしかないようだ。

 どんなものかと聞いてみると、赤黒い結晶体との事だが……たぶん肉と一緒にいつまガリガリ食ってる奴だ。
 そっかー、あれ魔石だったのかー。てっきり軟骨みたいなもんだと思ってたわ。
 これからは大きめのやつがあったらとっておこう。小さいのは食うけど。




 ☆



 それから二日ほどかけて俺たちはようやくダイラス迷宮の外へ出る事が出来た。

「おーっこりゃ中々の景色だな」

 そこで見えたのは魔境とは違い山の中腹に位置する場所のようで眼下に広がる自然が視界に飛び込んでくる。
 途中からやけに上り坂が多かったのにも納得だ。

「あそこに見えるのが、ここから最も近い街『エリセン』です」

 ミリナが指をさして教えてくれた方をみると森の中に城壁で囲まれた場所が見えた。
 試しに望遠で拡大してみると、そこにいるのは殆どが獣人のようでエルフやドワーフはチラホラ見えるくらいだった。

「それでシロさんはとりあえず、このお面をつけていて下さい」

 そう言って取り出されたのは出会った時にミリナが被っていたお面だった。
 単純に目や鼻あたりに穴が空いてるだけの何の造形もないお面だが、顔を隠すには十分なものだった。

 ミリナがこのお面を被っていたのにはちょっとした理由がある。
 それはダイラス迷宮が人間側の住む土地にも通じている巨大洞窟で、滅多にない事だが俺のように人間が迷い込む事があるらしい。
 その際に魔物と勘違い。あるいは奴隷として捕縛されないために顔を隠して人間っぽく立ち振る舞っていたようだ。

 この世界じゃ冒険を続けている内に顔に傷を作る者は多い。
そしてそれを嫌って隠したがる人間はわんさかいるので、マスクやお面を使って顔を隠している冒険者は少なくないという。

 俺はミリナからお面を受け取ると顔につけて紐で後ろを縛る。サイズはやや小さい気がするが、問題ないだろう。

「それにしても顔は面で隠せるが、匂いで人間だとバレたりはしないか?」
「それは大丈夫です。シロさん凄く良い匂いですし」

 ……微妙に聞いてる事と違うのだが。まぁミリナが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。

 若干の不安を残しながら俺達はエリセンへと向かっていった。

 一時間ほど歩いてエリセンにたどり着くと、遠くで見ていたよりも立派な石造りの城壁が見えてきた。
 人の往来もそれなりにあり、時々不審そうにこちらを見てくる獣人はいたが、余り気にされていないようだ。

「ん?ミリナじゃないか!」
「こんにちは、オルドさん」

 城門に来ると守衛の獣人。たぶん狼かな?黒い毛がモサモサしている。人に止められた。
 二人はどうやら知り良いのようで、いつもより帰るのが遅かったのが、気がかりだったようだ。

「そうか、君がミリナを助けてくれたのか。礼を言おう」
「気にするな。むしろ道が分からなかったから助けられたのはこっちの方だ」
「ははっ。そうかもしれんな、通行税として銀貨一枚もらう事になるが、大丈夫か?見たところ手荷物は殆どなさそうだが……」
「あ、それなら私が払います。このあと冒険者登録もしますので」
「そうか、最初のうちは色々大変だろうがミリナのバックアップがあるなら気負うことはないから安心するといい」

  そう言って守衛獣人は快活に笑いながら見送ってくれた。

「人気者なんだな」
「そういうのじゃないですけど、仲良くはさせてもらってますね」
「ふ~ん、まぁそれよりもありがとな」
「え?」
「通行税だよ。すっかり忘れてたわ、その事」
「あぁ、別に気にしないでください。迷宮じゃ色々と助けてもらいましたから、せめてもの御礼です」
「別に助けたつもりはないんだがなぁ」

 出会した魔物なんかは腹が減ってたからってのと魔石をぶんどる為に狩りまくってただけだし、ミリナ自身も中々眼を見張る動きをしていたから正直最初に出会った時にみたレッサー・リザードを三体相手にしていても問題なかった気がする。

「そんな事ありませんよ!シロさん、凄く強いですし安心して目の前の事に集中出来ましたから大助かりです」
「そういうもんかね」
「そういうものです。着きましたよ」

 立ち止まると城門から割と近い場所に冒険者ギルドがあった。
店構えは石造りな上に体格がデカイ奴らが通れるように三メートル近い扉は木に鉄を打ち込んだ頑丈なものが使われている。

 王都でみたギルドだと誰でもウェルカムみたいな雰囲気だったが、ここは随分と殺伐としてる。
 ちょうど人が少ない時間帯だったようで、別に殺気立ってる雰囲気ではないが、随分と馴染みのある空気が漂っていて個人的にかなり安心できる。

 なるほど、獣人故に荒くれ者も多いようだ。実に素晴らしい。

「こっちですよ、付いてきて下さい」

 中の様子を伺っていた俺の手をミリナが引っ張り、カウンターまで連れて行かれた。

「あら?ミリナじゃない。珍しいわね、貴女が男を引っ掛けるなんて」

 カウンターにいたのはミリナと同じ猫族の受付嬢だった。
白と黒のトラ模様をした彼女からは何となく妹を可愛がる姉のような雰囲気が伝わってくる。

「そんなんじゃありませんよ!もぅ、シロさん。こちらはクゥーウェンさんです」
「シロだ。よろしく頼む」
「えぇ、よろしく。それで、今日はどのようなご用件で?」
「冒険者登録と魔石の買取を頼みたい」
「はーい、それじゃこっちの用紙に記入してね。初登録には銀貨一枚が必要よ」
「買取の方から引いて貰えると助かるが」
「大丈夫よ、物を見せて貰える?」

 俺は腰に吊り下げていた小袋からピンポン球サイズの魔石を五つ取り出してカウンターに並べた。
 本当なら出したものよりもうひと回り小さいのがいくつかあったのが、道中でスナック感覚で摘んでしまった為になくなってしまった。

「あら、中々大きいわね。ちょっと待っててね」

 クゥーウェンはトレイに魔石を載せるとカウンター奥にある扉へと姿を消していった。
 その間に俺は登録用紙に適当にありもしない村の出身だったりなんだりとてきとうな事を書いておく。

 ギルドの登録は割と雑に出来てる。
事細かく調べればデッチ上げだとバレるが、そこまで調べることはまずない。
 よっぽどの悪行か高い功績を挙げていたら話は別だが、そこまでなるつもりは毛頭ないからな。

「お待たせ。魔石は一つ銀貨一枚と銅貨五枚。そこから登録料を引いて、銀貨六枚と銅貨五枚ね」
「分かった」
「登録に関しては……うん、問題ないわ。はい、じゃあこれが貴方のステータスプレートね。血を数滴垂らせば自分のステータスが分かるから無くさないように気をつけてね。
あと、ステータスを更新する時はまた血を垂らすか嫌だったらギルドに来てくれたら無料で出来るからね」
「あぁ、あ。そういえばダイラス迷宮でコイツを見つけたんだが」
「あら。見せてもらえるかしら」

 クゥーウェンから新たにステータスプレートを受け取りながらレッサー・リザードに食われていた男のプレートを渡すと、クゥーウェンは名前を確認してちょっとビックリした顔つきになった。

「ありがとう。コイツは最近までこの辺りで悪さをしていた小悪党なの。残念ながら賞金は出せないけど、ちょうど今回は登録をしてくれたからそれでチャラにしておくわ」
「いいのか?」
「えぇ。一応冒険者として動いていた奴なんだけど、チームの輪を乱すわ、斥候と偽って依頼品をくすねたりと犯罪と迄はならなかったけど、ズル賢い嫌な奴だったのよ」

 なるほどね、それで他の冒険者から追い立てられてレッサー・リザードの餌となったと。因果応報とはよく言ったもんだ。

「それじゃクラスチェンジも済ませましょうか。迷宮から出てきたのならポイントも十分でしょうし」
「あぁ、頼む」

 クゥーウェンからチャラにしてもらった銀貨を受け取ると早速クラスチェンジを提案された。
 そういえばあったな、そんなの。 
斧も壊れてダイラス迷宮に落ちてからは殆ど石ころか素手で倒してたからジョブの事はすっかり忘れてたわ。

「なら私はその間に依頼品を納品してきます。終わったら戻ってきますので、ここで待っていて下さい」
「分かった」

 軽く手を振って見送ると俺はクゥーウェンの案内でクラスチェンジを行う部屋へと案内された。

「……なぁクラスチェンジをする部屋ってのは何処も決まりがあるのか?」
「? いえ、特にそういうのはないと思うけど。どこかで入ったことがあるの?」

 案内された場所はいつぞや見た事のある占いの館的な場所だった。
 確かあの時はギルド長だかの趣味だかなんだかと聞いた気がするが、国を隔ててもこのデザインってどうなのよ?

「いや。ただの既視感(デジャヴ)だ……」
「そう?それじゃ早速始めましょう。水晶に触れてもらえるかしら。そしたらジョブを変更する事が出来るから、解らない事があったら聞いてね」
「分かった」

 ☆

 転職可能ジョブ一覧

『拳闘士』格闘術を用いたジョブ。

『投擲士』投擲物を用いたジョブ。

『狂戦士』剣・斧・棍棒を用いたジョブ。



 あ、なんか増えた。
拳闘士はそのままで良いとして、投擲士はやたら石とか槍とか投げてたからだろう。
 気になるのはやっぱ狂戦士(バーサーカー)か。

 まぁ何となく分かるが、なるほどこういう時に受付嬢がいるのか。
ジョブ一覧で分かるのはあくまで扱う武器や戦闘スタイルだけだからその説明役として受付嬢が同行してくれるわけか。
 なら早速使わせてもらうとするか。

「なぁ、狂戦士ってのは何だ?」
「狂戦士は身体能力が上昇する代わりに魔法が一切使えなくなるジョブね。よっぽどの事がない限り私達ギルド職員もオススメはしないわ」
「ん?そりゃまたどうして」
「狂戦士は魔法が一切使えないだけじゃなくて、どうやら副作用として冷静な判断がつかなくなるようなの。
 すぐに感情的になったり、熱くなって突っ込んでいったりね。
その代わり、力が爆発的に上がっていくようだけど、獣人には元々高い身体能力が備わってるから好き好んで選ぶ人はそうはいないわ」

 あー、確かにそうだな。
イメージ的に虎とか熊の獣人がいたら元からパワーが強そうだし、猫や狼なんかはスピードが速そうだ。
 実際ミリナは速かったしな。

「んじゃ拳闘士ってのは?」
「その名の通りのジョブね。主には護身用のジョブとして取得する人が多いけど、その上位ジョブの魔闘士まで行くと実践でも使えて、魔物や魔獣に対抗出来るだけの力があるわ」

 ほぉ~、それはそれで面白そうだな。
以前のステータスだと色々と厳しい面があっただろうが、石ころ投げただけで色々と倒せるようになった今なら使い道がありそうだ。うん、これにしよう。

 俺は拳闘士になる事を決めてクラスチェンジを終えた。
ちなみに投擲士についてだが、これは単純に物を投げた時に与えられるダメージが上がったり、精密性が高くなったりするだけのジョブのようで、主に斥候職が偵察や強襲をするのに取得する事が多いようだ。

 一般的に習得出来るジョブ自体は一つだけだが、スキルの取得やスキルレベルを向上させる為にクラスチェンジは割と頻繁に行われる事が多いそうだが、俺はそこまでオールラウンダーでやるつもりもないし幅を利かせたいとも思ってないから当分は拳闘士一つで十分だろう。

 クラスチェンジを終えて元いた場所に戻るとそこには既にミリナが待っていた。
 凄く自然体で待っていてくれたようだが、目がやたら良くなった俺から観ると微妙に肩で息をしているのがすぐにわかった。
 そんな急がんくても良かったのに。

「悪い、待たせたな」
「いえっ私もちょうど戻ってきたところですから気にしないでください」

 何となくチラッとクゥーウェンに視線を向けると苦笑していた。どうやら普通ならこの短時間で行き来出来る距離ではなかったようだ。

 微妙に悪い気になったので飯くらいは奢ってやろう。
色々と世話になってるしな。

「それじゃ明るいうちに宿取りたいから良いところがあったら案内してくれるか?」
「それなら私が使ってる宿屋がオススメなのでそこへ行きましょう」
「あぁ。それで頼む。久しぶりに美味い飯が食いたいしな」
「え?」

 何故か驚いたように目を見開かれた。
いや。まぁ言わんとする事は分かるが俺だって普通の飯を食いてえんだよ。
 他に食うもんがねぇから魔獣とか食ってたけど、飯があるならそっちを食うわ。

 そんな事を思いながらも口には出さず、俺たちはギルドを後にした。

 紹介された宿屋は街の中心部からやや離れた場所にあるこじんまりとした宿屋だった。
 いつぞやの村にあった宿屋を彷彿されるところだけあって部屋の雰囲気や出された食事の味も何処と無く似ていてかなり癒された。

「さてと、それじゃステータスの確認でもするかね」

 飯も食い終わって部屋に戻るとお待ちかねのイベント。
ステータスの確認だ。ギルドでしなかったのも宿屋に着いてすぐにしなかったのも落ち着ける環境が欲しかったからだ。

 流石に石ころ一つで魔物を一掃出来る自分のステータスが正常とは思っていない。
 自分でも自分の身に何が起きたのかさっぱりなのだから平常心を保っていられる自信がなかったからだ。

 今はこの部屋に俺一人だけだし、ミリナも自室で寛ぐとか言ってたから問題ないだろうということでステータスを確認することにしたのだ。

 ナイフ類はないので仕方なく指先を噛んで血を流すとまだ真っさらのプレートに血を垂らした。
  最初に見たときのように血がプレートに吸収されていくと文字が浮かび上がった。

「…………マジ?」




 名前:葉山 弓弦・18歳
 種族:???
 職業:拳闘士

 レベル:???
 体力:12000
 筋力:10500
 敏捷:10000
 耐性:10060
 魔力:500
 魔耐:9900

 技能:苦痛耐性Lv8・精神耐性Lv7・毒耐性Lv9・胃酸強化Lv10

 スキル:偽装Lv2・隠蔽Lv2・投擲Lv5・剛力Lv3・剛脚Lv4・再生Lv6・過食Lv5

 固有スキル:悪食Lv5・魔吸収Lv3多彩視界Lv4

 称号
・異世界からの転移者
・魔に魅入られし者
・混沌の種族




 







 
 
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