男心と冬の空

せーら

文字の大きさ
上 下
2 / 8

それぞれの再会

しおりを挟む

 洋介が鈴橋未果と出会ったのは、10年以上昔…二人がまだ幼稚園の頃にまで遡る。
 彼が年少クラスから年中クラスに上がった年、入園してきたのが未果だった。出会ってすぐに洋介と未果は打ち解け、あっという間に仲良くなった。最初はただの友達だったが、気付けば洋介は未果へ淡い恋心を抱くようになった。洋介の初恋だった。

 そんな彼女と別れることになったのは、小学校3年生の冬。彼女の家の仕事の都合で、鈴橋一家は洋介の住む町を離れた。互いに辛い別れだった。必ず連絡をすると約束していたのに…それが途切れて13年越しの再会。

 会いたいと何度思ったことか。でも、途切れた連絡先をどれ程辿っても、彼女に繋がることはなかった。忘れられてしまったんだろう。会いたいのは自分だけなのかもしれない。そう思っていたのに。

 彼女は分かってくれた。高木洋介のことを、忘れていたわけではなかった。


「みーちゃん…マジでみーちゃんだ…!」
「……えーと…。」

 再会の興奮が冷めない洋介は肩を掴んだまま、目の前の未果を頭の天辺から爪先までじっくりと眺めた。未果は居心地悪そうに顔を背ける。左耳にピアスがキラリと光る。春の穏やかな日差しに銀色の髪が輝き、より綺麗に見えた。

「同じ大学に通ってるなんて、すげー偶然じゃん!本当に小学校以来だし!」
「……ま、まぁね…。あたしもこんな所で会うとは思わなかったけど…。」

 未果の態度は、先ほどまでの飄々とした様子とはうって変わり、返答も端切れが悪い。だが洋介はそれどころではなかった。

「俺、今年から医学部なんだ!みーちゃんは?」
「んー…と…まぁ、そこは想像に任せるけど…。」

 未果がソロリと視線をこちらへ向けた。そして、肩を掴んだままの洋介の手をやんわりと外させる。

「…よーちゃん、あのさ。」
「ん?」
「あたしが呼び止めておいて、こんな事言うのは本当悪いんだけど…。」

 未果は自分の腕時計をチラと見てから、洋介を真っ直ぐ見つめてきた。その顔は思い出の彼女とは別人のようにも見える。それでも、あの頃の淡い恋心を呼び起こすには充分だ。洋介のそんな気持ち等知らぬ彼女は告げる。

「時間、いいの?オリエンテーション始まるんじゃない?」
「え?」

 言うなり未果は自分の腕時計をずいっと差し出してきた。表示された時刻は、8時54分。長針が更に進んで55分になった。オリエンテーション開始は9時。5分前の予鈴がキャンパスに響く。

「うわっ!やべ!」
「急がないと遅刻するんじゃないの?」
「初日なのに!あー、ちょ、ちょっと待って!」

 尻ポケットからスマートフォンを慌てて取り出して、未果へ差し出す。

「れ、連絡先聞いていい!?」

 焦りから上擦った声が出てしまう。未果は僅かに顔を歪ませてから、申し訳なさそうにへらっと笑った。

「ごめん。今スマホ持ってないや。」
「マジか!?あー、あー…じゃ、じゃあ!」

 今度は背中に背負っていたリュックを前へ回し、ルーズリーフを一枚引っ張り出す。ペンケースから適当に掴んだ油性ペンで、雑に自分の番号を書いて、そのまま未果に押し付けた。

「これ!俺の番号!連絡して!久しぶりに話したいから!」
「え、ちょっ…!」
「じゃ!またね!」

 洋介は未果の返答も聞かずに元来た道を引き返した。このまま大回りしていては完全に遅刻が確定してしまう。サークル勧誘に熱心な先輩方も、遅刻寸前の新入生には構うこともないだろう。
 桜並木を走る洋介の足取りは、先ほどとは比べ物にならない程に軽やかだった。未果に再会できた。これからの大学生活が少し明るくなったように思える。ここに来れば、また未果に会えるのだから。

 洋介は息をあげながら、高揚する気持ちに急かされるように教室棟へ駆けていった。

 ◇ ◇ ◇

 残された未果は、走り去る洋介の背中を見送っていた。右手には先ほど押し付けられたままのルーズリーフ。洋介が道を曲がってその姿が見えなくなっても、ぼんやりと桜並木を眺めていた。

 春の柔らかな風が吹き、未果の短い銀色の髪を擽る。彼女の視線は漸くルーズリーフに向けられた。紙面いっぱいに走り書きされた高木洋介の名前と、11桁の番号。
 未果はそれを無感情の瞳で見つめて、両手に持つ。ルーズリーフはビリリと悲鳴をあげて、その身を裂かれた。それは、やがてただの紙切れになっていき、吹き付けた強い風に浚われて、桜の花弁と共に空へ舞い上がる。胸にさげたままの一眼レフを構え、紙切れと花弁の旅立ちを写真におさめる。

 花弁と紙切れの判別はつかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?

すず。
恋愛
体調を崩してしまった私 社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね) 診察室にいた医師は2つ年上の 幼馴染だった!? 診察室に居た医師(鈴音と幼馴染) 内科医 28歳 桐生慶太(けいた) ※お話に出てくるものは全て空想です 現実世界とは何も関係ないです ※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

溺愛されたのは私の親友

hana
恋愛
結婚二年。 私と夫の仲は冷え切っていた。 頻発に外出する夫の後をつけてみると、そこには親友の姿があった。

彼はもう終わりです。

豆狸
恋愛
悪夢は、終わらせなくてはいけません。

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

JC💋フェラ

山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

今、夫と私の浮気相手の二人に侵されている

ヘロディア
恋愛
浮気がバレた主人公。 夫の提案で、主人公、夫、浮気相手の三人で面会することとなる。 そこで主人公は男同士の自分の取り合いを目の当たりにし、最後に男たちが選んだのは、先に主人公を絶頂に導いたものの勝ち、という道だった。 主人公は絶望的な状況で喘ぎ始め…

処理中です...