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春
それぞれの再会
しおりを挟む洋介が鈴橋未果と出会ったのは、10年以上昔…二人がまだ幼稚園の頃にまで遡る。
彼が年少クラスから年中クラスに上がった年、入園してきたのが未果だった。出会ってすぐに洋介と未果は打ち解け、あっという間に仲良くなった。最初はただの友達だったが、気付けば洋介は未果へ淡い恋心を抱くようになった。洋介の初恋だった。
そんな彼女と別れることになったのは、小学校3年生の冬。彼女の家の仕事の都合で、鈴橋一家は洋介の住む町を離れた。互いに辛い別れだった。必ず連絡をすると約束していたのに…それが途切れて13年越しの再会。
会いたいと何度思ったことか。でも、途切れた連絡先をどれ程辿っても、彼女に繋がることはなかった。忘れられてしまったんだろう。会いたいのは自分だけなのかもしれない。そう思っていたのに。
彼女は分かってくれた。高木洋介のことを、忘れていたわけではなかった。
「みーちゃん…マジでみーちゃんだ…!」
「……えーと…。」
再会の興奮が冷めない洋介は肩を掴んだまま、目の前の未果を頭の天辺から爪先までじっくりと眺めた。未果は居心地悪そうに顔を背ける。左耳にピアスがキラリと光る。春の穏やかな日差しに銀色の髪が輝き、より綺麗に見えた。
「同じ大学に通ってるなんて、すげー偶然じゃん!本当に小学校以来だし!」
「……ま、まぁね…。あたしもこんな所で会うとは思わなかったけど…。」
未果の態度は、先ほどまでの飄々とした様子とはうって変わり、返答も端切れが悪い。だが洋介はそれどころではなかった。
「俺、今年から医学部なんだ!みーちゃんは?」
「んー…と…まぁ、そこは想像に任せるけど…。」
未果がソロリと視線をこちらへ向けた。そして、肩を掴んだままの洋介の手をやんわりと外させる。
「…よーちゃん、あのさ。」
「ん?」
「あたしが呼び止めておいて、こんな事言うのは本当悪いんだけど…。」
未果は自分の腕時計をチラと見てから、洋介を真っ直ぐ見つめてきた。その顔は思い出の彼女とは別人のようにも見える。それでも、あの頃の淡い恋心を呼び起こすには充分だ。洋介のそんな気持ち等知らぬ彼女は告げる。
「時間、いいの?オリエンテーション始まるんじゃない?」
「え?」
言うなり未果は自分の腕時計をずいっと差し出してきた。表示された時刻は、8時54分。長針が更に進んで55分になった。オリエンテーション開始は9時。5分前の予鈴がキャンパスに響く。
「うわっ!やべ!」
「急がないと遅刻するんじゃないの?」
「初日なのに!あー、ちょ、ちょっと待って!」
尻ポケットからスマートフォンを慌てて取り出して、未果へ差し出す。
「れ、連絡先聞いていい!?」
焦りから上擦った声が出てしまう。未果は僅かに顔を歪ませてから、申し訳なさそうにへらっと笑った。
「ごめん。今スマホ持ってないや。」
「マジか!?あー、あー…じゃ、じゃあ!」
今度は背中に背負っていたリュックを前へ回し、ルーズリーフを一枚引っ張り出す。ペンケースから適当に掴んだ油性ペンで、雑に自分の番号を書いて、そのまま未果に押し付けた。
「これ!俺の番号!連絡して!久しぶりに話したいから!」
「え、ちょっ…!」
「じゃ!またね!」
洋介は未果の返答も聞かずに元来た道を引き返した。このまま大回りしていては完全に遅刻が確定してしまう。サークル勧誘に熱心な先輩方も、遅刻寸前の新入生には構うこともないだろう。
桜並木を走る洋介の足取りは、先ほどとは比べ物にならない程に軽やかだった。未果に再会できた。これからの大学生活が少し明るくなったように思える。ここに来れば、また未果に会えるのだから。
洋介は息をあげながら、高揚する気持ちに急かされるように教室棟へ駆けていった。
◇ ◇ ◇
残された未果は、走り去る洋介の背中を見送っていた。右手には先ほど押し付けられたままのルーズリーフ。洋介が道を曲がってその姿が見えなくなっても、ぼんやりと桜並木を眺めていた。
春の柔らかな風が吹き、未果の短い銀色の髪を擽る。彼女の視線は漸くルーズリーフに向けられた。紙面いっぱいに走り書きされた高木洋介の名前と、11桁の番号。
未果はそれを無感情の瞳で見つめて、両手に持つ。ルーズリーフはビリリと悲鳴をあげて、その身を裂かれた。それは、やがてただの紙切れになっていき、吹き付けた強い風に浚われて、桜の花弁と共に空へ舞い上がる。胸にさげたままの一眼レフを構え、紙切れと花弁の旅立ちを写真におさめる。
花弁と紙切れの判別はつかなかった。
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