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2章 文化祭までのいろいろ
え?え?あ、俺ブラックキングなんだ?
しおりを挟む上半身は伊織に、下半身は空にしっかり押さえ込まれて、逃げるに逃げられない俺は、すぐそこにいる三人を叫んで起こすかどうか迷っていた。もしかしたらまだ寝てないんじゃないか!?いやでも起きてたとしたら俺らのやり取り聞こえてるよな?そしたら気付かない振りしてる?
ええい!何でも良い!とにかく起こして助けてもらおう!
「誰でもいい!俺を助けろー!!」
「残念だったな。那智は二秒で寝る事が出来るんだよ。さっき一回起こしちまったから殴りでもしなきゃ起きねぇよ♪」
「戸塚が起きてたとしてもあいつは来ないだろうね~?面倒な事には首突っ込むタイプじゃないしぃ?」
伊織と空は俺を絶望させるような事言った。
くそう!俺の味方は誰もいないのかよぉ!!
マジで目尻に涙がジワァと出始めた時、三人の内の一つの掛け布団がバサァッと宙を舞った。
俺と伊織と空は揃って捲れ上がる布団の方を見て、そいつを見る。そいつはそこに仁王立ちし、左手腰を手に当てて、右手でビシッと人差し指を指して俺達を真っ直ぐ見ていた。
そして堂々と誰もが子供の頃に聞いた事のあるセリフを言った。
「そこの赤髪男にチャラ男!それ以上弱い者いじめをするのはやめないか!悪さをする奴はこの私、正義の味方ジャスティスマンが許さない!」
「紘夢!!」
「い、一条ぉ?」
「赤髪男にチャラ男って……」
ジャスティスマン!
ガキの頃に二人でやってたジャスティスマンごっこで、いつも俺は悪役のブラックキングをやりたがったから、紘夢がジャスティスマンをやっていたんだ。
決めポーズまでバッチリやった紘夢はヘヘッと照れ臭そうに笑って俺達に近付いて来てスッと手を伸ばして来た。
「さあ手を取りたまえブラックキング!たとえ君が悪の心を持っていたとしても、私は困っている者を見捨てたりはしない!君を助け、そして必ず正の道へ導いてみせる!」
「え?え?あ、俺ブラックキングなんだ?」
「ふむ!赤髪男とチャラ男が邪魔でこちらへ来れないんだな!?ならばこれでもくらえ!ジャスティスデコピン!!」
紘夢が勝手に繰り出すジャスティスマンごっこに、敵役にされた伊織と空はピンッとデコピンをされて「痛っ」と声を出してビックリしていた。
あはは、紘夢ってばすっかりなりきってるし!まるでガキの頃遊んでたあの時みたいに楽しそうにしてやがる。
俺は隙を見て二人から逃れて布団から出てジャスティス紘夢の横に並ぶ。
「おおー!助かったぞジャスティスマン!だがしかし俺様を助けたがお前の最後!今日こそお前を倒してやるぞ!」
「かかってこいブラックキング!何度でも君に正義とは何かを教えてやる!」
俺もガキみたいに楽しむ紘夢につられて懐かしいブラックキングになりきっていた。
そんな俺達を見てる伊織と空はいきなり始まったジャスティスごっこを唖然と見ていた。
「あのー、どうします?赤髪男さん」
「ふんっ!そんなの決まってんだろ?」
俺と紘夢がそんなやり取りをしてると、伊織がのそりと立ち上がり、ゆっくり近付いて来た。
あ、怒ってる?逃げた俺に?それともデコピンした紘夢に?復活した悪役にジャスティスマンもブラックキングもオドオドしていた。
「俺をデコピンなんかで倒せると思ったかジャスティス野郎!テメェのその優しさ後悔させてやるわ!」
「ハッ!来たな!ハイスペック赤髪男!お前の魅力に取り憑かれ、近寄り泣かされた男女は数知れず!その悪の心、正義の心で裁いてくれる!」
あれぇ!?伊織もなりきってるー!?
ニヤリと悪役らしい笑みを浮かべて堂々と喋ってるし!
しかも紘夢のアドリブが上手すぎて笑える!
やべぇ!面白くなって来たぞ!
こうなりゃ空も入れなきゃだろ!
「ほらお前も再び立ち上がるのだ!そして俺様の盾となり戦うのだ!」
「あ、ごめん。俺はいいやー」
苦笑いの空は乗り気じゃなさそうで、一人布団にくるまっていた。
「おいおいノリが悪いぞ?チャラ男~?」
「何!?お洒落チャラ男もジャスティスデコピンが効かなかっただと!?さすがは、ブラックキングの一番弟子!だが貴様の悪行は許せないぞ!世の女性達にその気もないのに近付き、飽きたら捨てるという身勝手極まり無い行い!私が正義の裁きを下す!とう!」
紘夢はどこで知ったのか空の過去をサラッと暴露して布団に包まる空に飛び掛かっていた。
「うわっ!やめて下さいっ!てかもうそんな事してせんし、チャラ男でもありません!」
「その良い子ぶりっ子の化けの皮も剥がしてくれる!」
紘夢の奴すげぇ楽しそうにしてんなー。
巻き込まれてる空は可哀想だけど、俺はそのままにしておいた。
俺の隣にいた伊織もただ無邪気に遊んでいる子供を見るように穏やかな顔で笑っていた。
「一条があんなにはしゃいでるの初めて見たわ」
「昔は毎日やってたぜ♪」
「へー、あいつも普通の子供だったんだな」
「ああ。でも親にそれを取り上げられて来たんだ。普通の子供がしてる事をお前は跡継ぎだからやるなって。だから紘夢は今、俺達が普通にしてる事を一緒に出来て嬉しいんだよ」
「……そっか。みんないろいろ抱えてんだな」
伊織がボソッと言って、俺は布団の上で戯れ合う紘夢と空を見る。
そうだ。紘夢も空もみんな何かしらを抱えてるんだ。聞いた事ねぇけど、伊織も何かあったりして?
「なぁ、お前は?お前も特殊な家庭環境だけど、悩んでたりすんの?」
「んー、別に悩んでねぇよ?一人はもう慣れたしな」
「そっか。何かあるなら話ぐらいは聞くからよ♪」
「貴哉がいてくれれば俺はそれでいい」
伊織はいつものように優しく笑っていた。
きっと伊織にも人には言えない悩みがあるんだと思う。でも俺は無理に聞こうとはせずになるべくいつも通りにした。
伊織は弱音を吐く事をしない。だから俺や周りには辛くても言わないんだ。
伊織の場合、空よりは情緒が安定してるから今は大丈夫だろう。
その後暴れ続ける紘夢から空を助けてあげて、俺達はやっと眠りについた。
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