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1章 二学期中間テスト
鬼の阿部権次郎
しおりを挟む教室で朝のホームルームが終わった後、担任の玉山に呼ばれて廊下で少し話をした。
ああ、いつもなら玉ちゃんに呼び出されると憂鬱で仕方ないのに、今はとても癒されるぜ。
「秋山、教頭先生の特別授業はどうだった?」
「なぁ!顔が同じ教頭が二人いたりするのか!?それか二重人格ってやつか!?」
「何を言ってるんだ?その様子だと教頭先生に扱かれたみたいだな」
ケケケと笑う玉山。どうやら玉山は教頭の本性を知ってるらしいな。
「鬼の阿部権次郎。教頭先生の昔のあだ名だ。今ではあんなに丸くなられたが、昔は学年主任の鈴木先生よりも怖かったんだぞ」
「嘘だ!教頭だけは俺の味方だと思ってたのにぃ!」
「お前失礼な事言ってないだろうな?俺の顔に泥を塗るのだけはやめてくれよ」
「玉ちゃん!どうしよう!俺自己紹介が出来ねぇって怒られたんだ!来週もっかいやってもらうって!」
「お前らしいな。自己紹介か~。それならお前の為に明日の朝のホームルームにでもクラスの奴らにやってもらうか?俺もみんながどんな事を言うのか気になるしな」
「それいい!絶対やって!」
「みんなのを聞いて参考にするんだぞ?特に戸塚とかのを参考にするといいだろう」
「鉄仮面な!分かった!」
「はは、何はともあれお前がやる気を出してくれているから俺は嬉しいぞ~」
「そう言えば玉ちゃんに説教以外で呼ばれるのなんて初じゃね?友達になった感じ?」
「アホ。俺とお前は教師と生徒だ。こういう場だから許してるけど、ちゃんとした所では俺の事はちゃんと先生を付けて呼ぶんだぞ。それと、敬語な」
「ほーい!んじゃあ明日楽しみにしてるからな~♪」
「ほーいって……まぁいい。授業頑張れよ」
玉ちゃんって本当話やすくなったよなー。
前は玉山に呼び出される度に説教されるから嫌だったけど、今は普通ってか好き。
伊織とか桃山も玉ちゃんってあだ名で呼ぶぐらいだから元々良い先生だったんだろうな。
でも教頭は逆だ。初めは優しい先生なんだと思ってた。他の教師と違うって思ってた。
でも今日厳しい先生なんだって知った。
はぁぁ、来週の月曜が気ぃ重いぜ。
俺が教室に入り、席に戻ると早速直登にいじられた。
「久しぶりの呼び出しおつ~♪今度は何したのー?」
「何もしてねぇよ。お前ら明日自己紹介させられるぞ。良い事言えよな」
「はぁ!?何それ!今更自己紹介とか何!?」
「貴哉、どういう事?」
立ち上がって俺に抗議してくる直登をシカトしたら、隣にいた数馬が聞いて来た。あ、数馬にはキツいかもな。
「俺の為にみんなが自己紹介の手本するんだよ♪もちろんみんなの前でな!なんなら前に立たせてもいいぜ!せいぜい頑張るんだな!」
「貴哉の為って、だから何でよ!?てかいつの間に担任と仲良くなってんのー?もぉ、訳分からない」
「お、俺、どうしようっ……みんなの前でなんて……出来ないっ」
「コラー!数馬くんを泣かせるなぁ!」
「あ?数馬お前男だろ!いちいちメソメソすんなよ。これも試練だと思って、一緒に大人になろうぜ?」
落ち込む数馬に原因である俺を怒る直登。
数馬には悪ぃが、仲間が増えたみてぇで少し嬉しかった。
ほらな、俺の他にもいるんじゃん。自己紹介出来ねぇ奴。あー、こりゃ他にもいるな!絶対。明日が楽しみだぜ♪
ここで藤野が入って来た。
藤野とは球技大会が終わった後もちょいちょい話す仲になったんだ。
タレ目を細めて微笑んで優しい口調で俺に話し掛ける。
「秋山~、少し話いいー?」
「おうどうした?」
「早川の事なんだけど」
「空の事?」
空の名前が出て来てピクッと反応しちまった。
空とは保健室で傷の手当てをしてもらってから一度も話してねぇ。教室では顔を合わせるけど、あいつはほとんど机に突っ伏してる。
なんとなく直登達に聞かれたくなくて、藤野を連れて俺は再び廊下に出た。
「で、空がどうしたんだ?」
「実はさ、また見掛けたんだよね。ハッテン場で。彼を」
「えっ!」
「今回は向こうも俺に気付いたんじゃないかな?目が合った気がしたから。お互い話してないけどね」
「どこなんだそこ!」
「今回はサウナだよ。そこのサウナは昼間は一般の人達も使うけど、夜間とかは客の9割はそういう目的の人達が使うんだ。俺は夕方に行ったんだけど、年上の人といる早川を見たんだ」
「サウナだと!?それ、本当に空だったのか?」
「距離も近かったから間違いないと思う。確認なんだけど、早川はゲイじゃないよな?」
「俺の知ってる空は女好きだ」
少なくとも男と付き合った事があるとは聞いてねぇ。俺以外無理とか言ってたしな。
にしてもあいつ何してんだよっ。またシミズみてぇなおっさんが現れたらどうすんだよ!
「なぁ、そのサウナってどこにあるんだ?」
「前言ってた公園の近くだけど、まさか行く気?」
「本当に空か確かめる」
「いや、危ないって!秋山可愛いからすぐに連れてかれちゃうよ!それに、また早川がそのサウナに現れるとは限らないし、絶対に行っちゃダメだよ」
「可愛いって言うな!藤野は行っても平気なんだろ?なら俺も平気だろ」
「いや、俺はそういう目的で使ってるから、平気とかそういう問題じゃないと思う……でも本当に一人では行っちゃダメだよ。行くなら桐原さんとにしなよ」
「あ?無理言うな。空を見つけるのに伊織なんか連れてったら修羅場になるだろ。なら藤野お前が一緒に来てくれよ。慣れてそうだし、何かあったら藤野が守ってくれよ」
「それはそれで桐原さんにバレたら俺が殺されるじゃん!もし、早川の事が心配なら本人に直接聞いた方がいいって」
「聞くったって、今空とは気まずいんだよなー」
「……二人って、喧嘩でもしたの?球技大会の後から変だなーとは思ってたけど」
「してねぇよ。何か話さなくなったんだ。お互いな」
「そう。あ、とにかくハッテン場には行っちゃダメだからね!」
藤野は俺にしつこくそう言った。
そして俺越しに何かを見て「あ」と声を漏らしていた。俺はその何かを見る為に振り向くと、今正に話題にしていた空がスマホを片手に立っていた。
「空……」
「大分良くなったな」
俺をチラッと見て自分の頬を指差しながらそう言った。そしてそのまま俺の向こう側にいる藤野に声を掛けた。
「ココ、ちょっと話あるんだけど?」
「え、俺?」
「そ♪そう言う訳だからココ借りるな?」
藤野の事をみんなが呼ぶように「ココ」と呼んで戸惑う藤野の肩を掴んでどこかへ連れて行こうとしていた。
「て、もうすぐ授業始まるじゃん!予鈴鳴ったぞ!」
「すぐ終わるから~」
「あ、秋山また話そう」
俺の言う事なんか聞こうともせずに二人は背中を向けて歩いて行った。
空の奴、いきなり何なんだ?まさかさっきの会話を聞かれた?
まぁ藤野に後で何を言われたのか聞けばいい。
俺は一人、教室に戻った。
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