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1章
放課後デート
しおりを挟む放課後、今日は和久井と放課後デートをする予定だ。昼間、あんな事があったから緊張するな。好きな人とする初めてのデートだからな。
俺の隣にいる和久井は一日中ご機嫌だった。
「夏樹、行こうか」
「おう」
そう言えば行きたい所があるとか言ってたな。どこだろう?そんな些細な事でも和久井の事を考えると楽しくなれる。そうか、これが恋なのか。
和久井と学校を出てそのまま街を歩いて行く。俺は好きな人とデートとか初めてだから何をするとか分からないけど、和久井は慣れてそうだから任せてれば間違いないだろう。
「とりあえず軽く何か食べようか」
「そうだな」
学校帰りに何か食べると言えばファーストフード。かと思ったら、和久井は少し落ち着いた細い道を通り、こんな所にあるのかという場所に昔ながらの喫茶店があった。どうやら和久井はここを目指していたみたいで、高校の制服姿の俺たちじゃ大分不釣り合いな店だけど、一体ここで何を食べるんだ?
「いらっしゃい。ってりっくんじゃん!」
「こんにちは。遊びに来たよ」
どうやら和久井と店の人は知り合いらしく、挨拶していた。私服にエプロン姿の女の人は俺の母親と同じぐらいか少し歳上かって感じ。長い髪の毛を前髪ごと後ろに縛り、気の強そうな感じ。俺はどうしたらいいか分からずにいると、和久井に紹介された。
「俺の叔母さんだよ。父さんのお姉さんのマキさん。マスターの旦那さんと二人で経営してるんだ」
「そうだったんだ。あ、こんにちは和久井と同じクラスの間宮夏樹です」
俺が挨拶をすると、マキさんと言う女の人はニッコリ笑ってこう言った。
「えらいべっぴんさんだね!りっくんと並ぶとお似合いだわ」
お似合い。普通に嬉しかった。そして、和久井はそれに対して俺を自分の前に出して更に付け加えた。
「そうなの。凄く綺麗でしょ?それと夏樹は俺の大事な人なの。これからも一緒に来ると思うからよろしくね」
「ふふ。それは良かったね。じゃあ二人にとびっきり美味しいパンケーキ出してあげるから。奥の席座って」
マキさんに言った和久井の言葉に固まってしまった。俺の大事な人って言ったよな?そんな風に言って良かったのか?でもマキさんも普通にしてるし、え、和久井達にとって男が男にそう言う事言うのって普通なのか?
いや、ちょっと待て。もしかしたら和久井の言う大事な人ってのは、友達としてかもしれないよな。それに、まだ和久井からちゃんと好きって言われてないし……
キスはしたけど、その後の関係とか話してないから急に不安になった。
少しモヤモヤしながら言われた奥の席に座る。
「夏樹は何飲む?コーヒー飲める?」
「アイスティーがいい」
「オーケー。俺はアイスコーヒー。パンケーキくれるって言ってたけど、他に食べる?ナポリタンとオムライスがおススメだよ」
「いや、大丈夫」
「夏樹?どうしたの?」
ずっと機嫌良さそうに笑っていた和久井が俺の反応を見て聞いて来た。このモヤモヤを話すべきか隠すべきか。いや、話そうかな。
「もしかして他の店が良かった?」
「ううん。何かモヤモヤしてる」
「それは何で?」
「和久井が俺の事をどう思ってるのか分からないから」
「えー、好きだよ!」
「その好きってさ、どういう好き?友達か?」
ここで水を持ってマキさんが入って来た。タイミング的に気まずかった。
「二人共何飲む?」
「アイスコーヒーとアイスティーお願い」
和久井の声のトーンと俺の表情を見て察したのか、了解とだけ言って店のカウンターの方は消えて行った。
「さっきの質問の答えだけど、俺は友達とキスをしたりしないよ。夏樹もそうでしょ?」
「だけど、ちゃんと言われてないし……俺達がどうなったのかもあやふやだし」
「そっか!そうだったね。ごめんね夏樹」
和久井の顔が見れなくて下を向いていると、気付いたように和久井が謝ってきた。チラッと顔を上げて見てみると、困ったように笑っている和久井がいた。
「勝手に両想いだと思い込んで突っ走ってたみたい。夏樹の気持ちを無視してごめんね。改めて言ってもいいかな?」
「……うん」
今度は優しく笑った。俺も真っ直ぐ和久井を見て頷いた。
「初めて会った時から夏樹の事が好きです。友達としてじゃなく、恋愛対象として。良かったら俺と付き合って下さい」
「和久井……うん。俺も好きです。よろしくお願いします」
改めて言われるととても恥ずかしくて、上手く言葉に出来なかった。ありきたりな返事しか出来なかったけど、和久井はホッとしたように笑っていた。
「あー緊張した。これで俺たち恋人だね」
「ヤバい。恥ずかしすぎる」
「可愛いなぁ夏樹は。ねぇ、夏樹はいつから好きになってくれたの?」
「ハッキリとは分からないけど、昨日の電話のあと、ずっと和久井の事が頭から離れなくてもしかしたらそうなのかなって」
「そっか。夏樹が俺の事を好きになってくれて本当に良かった」
「和久井は?初めて会った時ってのは嘘だろ?」
「ほんとだよ。初日の校庭で会った時から好きだよ」
「あの一瞬で?」
「一目惚れって言うのかな。凄く綺麗で、凄くドキドキしたのを覚えてる。隣に高城くんがいたよね。夏樹の彼氏かなって悩んでたんだよ」
「はは、意外過ぎて面白いな」
「お、仲直り出来たみたいだね」
俺の心のモヤモヤも晴れたところでマキさんがアイスコーヒーとアイスティーを持って来た。その後ろには体育会系の大きな男の人が生クリームたっぷりのパンケーキを持って立っていた。
「うん!仲良しだよー」
「それは良かった。あ、こっちは私の旦那!この店のマスターだよ。で、こちらはさっき話した夏樹くん」
「いらっしゃい夏樹くん。律くんがお世話になってます」
大きな体の割に物腰の柔らかい話方をするからちょっと驚いた。すぐに挨拶を返した。
「あ、こちらこそ和久井にはお世話になってます」
「晴人さん、ちょー良い人なんだよ。料理も凄く上手いんだ」
「そうそう、特別に作ったスペシャルパンケーキだよ。残したら許さないからね」
テーブルに置かれたパンケーキは三段重ねで、生クリームの上にチョコレートシロップがかけられていて、生クリームの横には刻まれたフルーツとアイスが乗っていた。これ二人で全部食べきるかって量だった。
「ありがとー!夏樹食べよう」
「お、おう」
マキさんと晴人さんが居なくなった後、用意された取り分けるようの皿に一切れ乗せる。これで十分だけど、パンケーキはまだまだ残っていた。
「和久井って少食だったよな?これ食べ切るかな」
「あ、甘い物は好きだから大丈夫だよ。夏樹は甘い物苦手?」
「好きだけど、これれは多すぎるだろ」
「きっと、マキさん嬉しいんだと思う。俺が夏樹を連れて来たから」
「そうなのか?」
「俺の家の事、ちょっと話したでしょ?実際父親は俺に興味がないみたいで、マキさんは責任を感じてるのか本当の息子みたいに接してくれるんだ。だからこの店に近い高校を選んだし、高校の入試の時とか準備を手伝ってくれたのもマキさんなんだよ」
「……そっか。マキさんには感謝だな」
「俺の父親は稼ぎはいいから金銭面は惜しみなくなんとかしてくれるけど、それ以外の事は全く無関心だからね。一緒に出掛けたのも記憶に無いぐらいだよ」
「和久井、話してくれてありがとう。俺に出来る事なら協力するから、何かあったら言ってな」
あまりにも自分の家庭環境とは違う和久井の話に上手い言葉が出てこなかった。こう言う時、和久井や弘樹なら相手を安心させる様な事や的確な事を言うだろう。そんな俺に、和久井は嬉しそうに笑った。
「ありがとう!夏樹が居てくれたら俺、何もいらないや」
「ずっと一緒にいてやるよ」
ずっと和久井の笑顔を見ていたい。本当に俺に出来る事はやろうと思えた。
マキさんと晴人さんの気持ちを受け取る意味も込めてパンケーキを平らげて、俺と和久井は店を出た。
「お腹いっぱい。夏樹もいっぱい食べてくれてありがとうね」
「ううん。てか本当にお金払わなくていいのか?」
「大丈夫だよ。父親がマキさんにもお金渡してるから」
「和久井の父さんってどんなけ金持ちなの?」
「さぁ、良く知らないけど、高校に出す書類には代表取締役社長って書いてあったよ」
「まじ?社長?すげーな!」
「努力してなったみたいだから凄いとは思うけど、俺には関係ないからどうでもいいかな」
そっか。父親と仲が良い訳じゃないからこういう話はあまりしない方がいいよな。聞く限り跡を継ぐとかでもなさそうだし、和久井が金に困ってないならいっか。
そんな事を話しながら次の目的地へ向かう。マキさんの店から歩いて少しの公園だった。
「へー、こんな所に公園なんかあったんだな」
「小さいけど、カップルとかが良く使ってるんだ。夏樹と来たいなと思ってたんだ」
「確かにカップル多いな」
遊具は少なくベンチや池があって、他には遊歩道だけのシンプルな公園だった。時間的にも子供よりも大人が多くて当たり前なんだけど、それにしてもカップルがちらほら居た。
「この公園にはカップル石っていうのがあってそれを二人で触るとずっと一緒に居られるっていうジンクスがあるんだって」
「はは、女子が好きそうなやつだな」
「マキさんに教えてもらったんだけど、確か池のすぐ近くに……」
「あ、あれか?」
既に一組のカップルがそれらしき物の前に居た。しゃがんで寄り添ってるから邪魔しないように離れて見ていた。どうやら石というか岩があり、それのてっぺんが割れていてハート型に見えた。なるほどな、こりゃカップルが好きそうだ。
「あれだね。夏樹、俺と一緒に触ってくれる?」
「もちろん!でも触ったら俺から離れられないぜ?いいのか?」
「触らなくても離れないから大丈夫。触るけどね」
「なっ、本当にお前はそう言う事をサラッと……」
「あ、居なくなったから次俺たちが行こー」
男女のカップルの後に男同士の俺達が行くのって周りから変に思われてそうだけど、和久井は全く気にする素振りもなく俺の手を引いて岩に駆け寄った。俺はジンクスとかそういうの信じない派だけど、和久井が好きみたいだから嫌じゃなかった。
「へー、こうして見ると普通の石だね」
「ああ、普通のデカい石だな」
ハートに見えなくない岩をペシペシと叩いて物色してる和久井が可愛くて笑えた。今からお祈りする岩にそんな事していいのかよ。
「ほら夏樹も触って。ずっと一緒にいられますようにってね」
「……おう」
少し照れるけど、左手は和久井と繋いだまま、右手を岩に添えた。ひやりとした岩は大勢の人が触ってるのが分かるぐらい丸みを帯びていた。そして心の中で和久井と一緒にいられますようにと思ってみる。
「よし、これで夏樹とはずっと一緒だ」
「てか恥ずかしいからここから離れようぜ」
男二人がこの岩を触るのはやっぱり目立つ。ただでさえ和久井が目立つのにこれは拷問だ。和久井は全然何とも思ってないみたいだけど、俺にはまだハードルが高いみたいだ。
「そろそろ帰ろうか。夏樹、明日の準備しなきゃでしょ?バス停まで送るね」
「そうだな。あ、そうだ、俺電車乗れないんだ。悪いんだけど、迎えに来てくれないか?」
「電車に乗れないって、どう言う事?」
「一人だと良く乗り過ごしたり、違う路線の電車乗ったりしちゃうんだよ」
「なにそれ、可愛いすぎるよ夏樹!分かった。最寄り駅まで迎えに行くよ」
よし、これで無事に和久井んちに行けるだろう。放課後という短い時間だったが、和久井の事を少し知ることが出来て、距離がより近くに感じられたそんな日だった。
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