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もっと素直になれたなら【早川雪編】
4.雪の涙
しおりを挟む「あはははは!何だよお前~!この世の終わりみたいな顔して入って来たかと思えば、弟がグレたって!そんなの思春期なら誰でも通る道だろー!」
店に駆け込んで光ちゃんに縋り付いて空の異変を伝えると、豪快に笑い始めた。
光ちゃんてばあの変わり果てた空を見てないからそんな呑気な事言ってられるんだ!
俺は何とか一大事を伝えようと努力した。
「笑ってる場合じゃないだろ!あの天使だった空が!まるで堕天使のようになっていたんだぞ!光ちゃん助けてよ!」
「まぁ落ち着けよ。元気に生きてたならそれでいいじゃねぇか。それに女にも困ってねぇとか羨ましい話じゃねぇか♪」
「もう!それが問題なんだろ!絶対母親の影響だよ!こうなったら空をあの家から連れ出すしかない!」
俺が一生懸命に空を救い出す方法を考えていると、カランカランと音を立てて店のドアが開いた。
まだ準備中だし、今はそれどころじゃないと、勝手に入って来た来訪者を追い出そうとドアの方を見ると、俺の頭はフリーズした。
そこには変わらない笑顔のワタルが立っていた。
凄く久しぶりに会う恋人。それなのにすぐに言葉が出て来なくて、俺より先に光ちゃんが反応していた。
「おう、ワタルじゃねぇか♪久しぶりだな~」
「わー♪二人共久しぶり~♪まだ営業前だよね?ちょっとお邪魔してもいいかな?」
そんな風に言って俺の隣に来てカウンターの椅子に座るワタル。今までそんな事言った事なかったのに、何か他人行儀じゃないか?俺は何とか感情を取り戻して声を掛ける事にした。
「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「うん。元気っちゃ元気~。ゆっきーも相変わらずかっこいいね♪」
「ご馳走様!ワタル何か食ってくか?」
俺達を見てニヤニヤしている光ちゃんはワタルに言った。いつもなら喜んで食べたい物をリクエストするけど、今日のワタルはどこか違った。
「ううん。すぐに帰るから。あのね、二人に話したい事があるんだ」
久しぶりに店にやって来たかと思えば俺と光ちゃんを交互に見てそう言った。そして落ち着いた様子で、いつもの笑顔で話し始めた。
「僕、家を継ぐ事にしたんだ。父さんがどうしても俺にやってもらいたいらしくて断れなかった」
「…………」
「そっか。ワタルも腹を決めたか」
その話は前から聞いていた。でも、当時は継ぐ気はないって言っていたんだ。俺と一緒にいたいからって。
俺はワタルの言葉を黙って聞いていた。
「うん。その、だからって訳じゃないけど、僕もっと勉強しなくちゃいけなくて、二人との時間も少なくなっちゃうと思うんだ」
「だろうな。家業を継ぐのは立派な事だ。俺は応援するぜ。困った事があれば何でも言えよ?」
「光ちゃん!ありがとう!……あの、雪?ずっと黙ってるけど、話聞いててくれた?」
「……聞いてたよ。ワタルが決めたならいいんじゃない?頑張れよ」
「雪……」
前向きな言葉を選んだつもりだったけど、態度には出てしまったようで、ワタルは悲しそうな顔をしていた。そんな俺を光ちゃんはやれやれと言った感じで見ていた。
「雪ぃ~!ワタルと全く会えなくなる訳じゃねぇだろ?元々そう言う話は出てた訳だし、そんなしょげるなって~」
「そうだよ♪僕はゆっきーの事ずっと……」
「うるさいな!光ちゃんには分からないよ!ワタルもワタルだよ!一ヶ月以上も連絡すらよこさなかった癖に、突然そんな事言うなんて勝手過ぎる!」
「ゆっきー……ごめんね。怒らないで?」
「怒ってない!でも、もうワタルとは話したくないっマンションの荷物まとめて出てけよ」
「雪!言い過ぎだ!」
「光ちゃん、いいんだよ。ずっと連絡すらしてなかった僕が悪いんだ。そろそろ帰るね。ゆっきー、いろいろごめんね。荷物まとめたら連絡するから」
つい勢いで言ってしまったけど、もう遅い。ワタルは笑顔だったけど、最後に見えたのは泣きそうな横顔だった。
ワタルが店から出て行った後、光ちゃんは俺を見てため息をついていた。
「はぁ、お前どうしたんだよ?ワタルが可哀想だろ」
「光ちゃんは、俺の事は可哀想じゃないの?」
「へ?」
「だって、ワタルは俺じゃなくて家を選んだって事だろ?あいつ俺にはずっと俺と一緒にいるって言ってたんだ!なのに、いきなりあんな事……」
「お前達が相思相愛なのは分かってるよ。だからって自分の気持ちを相手に押し付けるのはどうかと思うぜ?ワタルにはワタルの考えがあって選んだ選択なんだから、本当に好きなら応援してやるべきだろ」
「俺は気持ちを押し付けてなんかないよ。むしろあいつが連絡くれなくても勉強の邪魔になると思ってしつこくしたりしなかったし、俺だって我慢してるんだっ」
「それはワタルも一緒だろ。お前が遅くまで働いてるの知ってるから邪魔したくなかったってのは考えられねぇか?あいつあれでも結構鋭い勘してんだ。正直生きていく上で不自由のない性格してんのはワタルの方だよ」
「何でそんな酷い事言うんだよ?光ちゃんのバカっ」
「はぁ~!お前のそういう所をもっとワタルに見せるべきだったな!お前ワタルより上に立とうとしてるだろ?何のプライドか知らねぇけど、本当に失いたくないならそんなもん捨てちまえっ!相手を対等に見れねぇと、愛想尽かされるぞ」
光ちゃんに叱られた。普段はあまり怒らない人だったから、少し驚いたけど、俺の図星を突くようで自分が不甲斐なくなり、俺は泣いた。
人前で泣いたのなんていつ振りだろう?
物心ついた頃から弟を守らなくちゃと思って強くいようと心掛けていたからもう何年も泣いていない気がする。
それはワタルに対してもそうだった。好きだから、嫌われたくないから、頼りにされたいから。ワタルを想う気持ちと欲で俺は光ちゃんの言う通り、ワタルより上にいて支配していたかったのかもしれない。俺が側にいて守ればいい。ワタルは俺に付いてくればいい。そんな驕りが良くなかったのかもしれない。
「うわぁん!光ちゃーんが怒ったぁ!」
「あーもう、これから店開くってのに……まぁいい!泣け!もっと泣いてスッキリしちまえ!ほら胸貸してやる!」
「いらないっ裏で泣いて来る!」
「んなっ!可愛くねぇなぁ!」
なんだかんだ言っても光ちゃんは俺を大切にしてくれてると思うんだ。出会った頃からずっと、俺を一人にしないようにしてくれていたんだと思う。
だから、俺が泣くのは光ちゃんの前だけでにしようと思う。
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