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もっと素直になれたなら【早川雪編】

1.愛しい人

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 俺は中学を卒業と共に家を出た。
 理由は実の母親に愛想を尽かしたからだ。まだ小学校を卒業したばかりの弟を残し、親友と一緒に先輩の家に転がり込んだ。父親は大分前に出て行ったから、実家には母親と弟が二人。本当は弟も一緒に連れて行こうとしたけど、断られたんだ。どうやらまだ子供の弟には母親という名だけの存在が必要みたいだ。


「ゆっきー?どうしたの?ボーッとして」


 リビングに二人、淹れた珈琲を飲んでいたら、隣にいたクッキーを食べてる親友が聞いて来た。
 

「空大丈夫かなって」

「弟くん?まだ小6なんだっけ?」

「ううん。中1になったよ。やっぱり説得してこっちに来させようかな」

「えー、でもそれだと僕達がイチャイチャ出来なくない?せっかく光ちゃんが僕達の為に部屋借りてくれたのに」

「はは、ワタルは可愛い事言うな~♡そうだな。せっかくだからしばらくは二人で過ごそうか♡空がこっちに来たいって言ったら考える事にしよう」

「うん♡ゆっきー大好き♡」


 そしてどちらともなくキスをした。
 俺の親友である東郷ワタルとは周りには内緒で付き合ってる仲でもある。俺達にこのマンションを提供してくれた先輩の光ちゃんしか知らない俺の愛しい恋人だ。
 中学の頃から仲が良くてお互い惹かれあっていつの間にか愛し合う仲になっていたけど、苦痛でしかなかった家庭環境のせいで俺にとってワタルは癒しだった。

 
「えへへ~♪ゆっきーとずっと一緒~♪」

「ずっと一緒にいような♪」


 ワタルは良く笑う男だった。いつもニコニコしていて、人当たりも良いから周りからも好かれていた。運動も勉強も器用にこなす奴で、大手家電メーカー社長の長男で家柄も申し分ない。
 俺には勿体無いぐらいの男だ。

 中学を卒業した後俺は進学せずに光ちゃんが立ち上げたダイニングバーに就職した。ワタルも一緒に出来たらと思っていたけど、やっぱり家の事もあるので進学を選んだ。うん。ワタルは中卒じゃダメだ。もっといろんな事を学んで伸びていってもらいたい。
 この時俺は前向きに考えてお互いの進む道を尊重し合っていた。




 2人の愛の巣が出来てから半年が経った。
 ワタルは実家からこのマンションへ良く遊びに来ていた。ちゃんとワタルの部屋もあって、土日とかは泊まって行った。

 
「でね、小田っちは凄く歌が上手くて~、林くんも張り合うように歌うのがまた面白くて~♪」

「ふーん」


 高校で出来た友達の話だろうか。会う度にいろいろな名前が出て来て俺は覚えるのが大変だった。ワタルの事だからすぐに馴染んで友達も出来るだろうと思っていたけど、こうして楽しそうに話されると何だか寂しい気持ちにもなった。
 俺のワタルが俺の知らない所で知らない人達と楽しんでいる。そう思ったら素直に楽しんで聞いていられなかった。


「ゆっきー、何か元気なくない?何かあったの?」

「別に?昨日遅かったから疲れてるだけ」

「光ちゃんてばゆっきーの事働かせ過ぎ~!ゆっきーはまだ15歳なのに~!」

「一応22時には上がらせてもらってるよ」

「本当ー?それじゃあ僕が疲れを癒してあげる♡僕の部屋行こう♡」

「……うん」


 俺はモヤモヤしたままいつも通りのワタルに手を引かれてベッドに誘われる。
 週末会うと必ず体を重ねていた。
 本当なら嬉しくて仕方ない瞬間なのに、何故か俺は素直に楽しめなかった。

 違う道を歩むワタルの交友関係の事もだけど、実家に残して来た弟の事も気になっていた。
 俺は父親が出て行ってから母親の事を恨むようになった。離婚の原因が母親の浮気だったからだ。
 そのせいで父親には出て行かれたのに、懲りずに職場で出会った男を俺と弟がいる家に連れ込んではそういう行為を繰り返していた。
 初め、父親は長男である俺を引き取ろうとした。が、俺は断った。まだ幼かった弟をあの母親の所に残しては行けなかったんだ。父親とは今でも連絡を取り合っていて、養育費も直接俺が受け取っていた。俺はそれを弟の為に使おうとずっと貯めている。
 弟は何も知らないだろう。さすがに母親の男癖の悪さは分かって来たとは思うけど、きっとあの子は母親を捨てられないと思う。俺と違って優しい子だから。

 俺は自分でも分かるぐらい自分勝手だなと思っていた。
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