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本編
あそこまた泳がすとか殺す気かよ!
しおりを挟む佐々先に水着を借りてトイレに駆け込む。他にも忘れた奴がいるのかトイレは混んでた。それにしてもダセェ水着だな。何か中学の時のやつみてぇな。まぁ一万円の為だし履くけどな。
トイレの個室が開くのを待ってると、赤い髪の人気キャラクターが登場した。俺はきゃーってして抱き付いたりしねぇけどな!
でもまぁ今日はやたら気合い入れてね?髪型もワックスで立ててバッチリ決めて、服装も詩音みてぇに大人っぽい感じ。薄い七分丈のカーディガンなんか羽織っちゃってる。
「貴哉♪泳ぐんだって?頑張れよ!」
「おう、お前も去年出て一万円持って帰ったらしいじゃん」
「当たり前じゃん♪だって俺だぜ?」
「あーはいはい。今忙しいんであっち行ってくださいよーっと」
「貴哉、着替えるとこ、ここ以外にもあるんだぜ?しかもそっちはもっと広くてほぼ貸切♪」
「どこだよ?それ早く言えよ」
「ついて来いよ。去年俺もそこで着替えたんだ」
伊織について行くと、どんどん会場から離れて行く。まさか離れたとこにあるトイレかぁ?だったらさっきのとこで待ってた方がマシじゃね?
「ここだ」
「あー!バス!」
伊織がニヤリと笑って指さしたのは俺達が乗って来たバスだった。中には爺さんの運転手がまだ乗っていて、ニコッと笑ってドアを開けてくれた。
「どうしたんだい?忘れ物かい?」
「ちょっと中で水着に着替えたいんですけど、いいですかー?」
「ああいいよいいよ。君達が帰るまで俺はここにいるから好きに使いなよ」
俺に振り返り、「ほらな?」と言った。
冷房も付いててこりゃ確かにトイレよりこっちのがいいわ!さすが伊織だな!何でも出来るスーパーマン!
俺は気分良くバスの中で着替えて水着一枚で飛び出すと、伊織に笑われた。
「ぶは!貴哉可愛いすぎるだろそれ!小学生みてぇ!あはは!」
「だって仕方ねぇだろ!佐々先に借りた水着なんだから!」
まさに子供が履くような黒で無地の、必要な部分だけ隠れるようなピチッとしてる水着だった。賞金が無かったら絶対参加してなかったぜ。
「でもまぁいいんじゃん。夏だし」
「!」
散々笑った後、何も言わずに羽織ってたカーディガンを俺の肩に掛けてくれた。何だ!?さり気ない出来る男自慢か!?
俺のドキドキ収まれ!
「山は少し冷えるからな。終わったらすぐ着替えろよ」
「わ、分かってるし!」
俺は伊織のカーディガンを羽織ったまま一年が集まる場所まで行く。前に茜が紹介してくれた時に見たけど、結構いるんだよな。でもまぁ演劇部だしいけるだろ。
俺はガキの頃に川で溺れた事がある。今の父ちゃんに助けてもらったんだけど、その後父ちゃんに泳ぎ方を教わってそこそこ上手くなった筈だ。中学までは水泳の授業は出てたし、当時の水泳部には勝てなかったけど、一般の奴らよりは速く泳げる自信はある。
「はーい!一年生達ぃー!一斉にスタートするから岸に並んでー!」
佐々先の掛け声でみんなが位置に着いてスタンバる。どれもインドアな感じの奴らばかりだな。こりゃ余裕だな♪
「ヨーイスタート!」
とうとう始まった演劇部の夏休み恒例一年生だけの水泳大会!俺は合図と共にまだ浅瀬なので素足でパシャパシャと川の中央に向かって歩き出す。が、水が想像以上に冷てぇんだ!外は暑いから今はいいけど、ずっと浸かってたら凍えるんじゃねぇか!?てっきり緩いかと思ってたけど、山ってこえーな!
「冷てー!」
「貴哉ファイトー!」
「秋山!急げ!ライバル達はどんどん進んでるぞ!」
伊織と茜の声がして俺も進むけど、冷た過ぎてこれに体を付けるのがすげぇ嫌だった。
そこへ、横から次から次へと悲鳴が聞こえて来た。
「ぎゃ!」
「うわぁ!」
見てみると、先に進んでた一年達がいなくなっていて、俺は不思議に思っていると、バシャっと川から顔を出して泣きそうになっていた。
あ、そう言えば深くなる所があるんだっけ!じゃないとこんな浅瀬じゃ泳げねぇもんな!
先に見といて良かったぜ♪これなら俺はああならなくて済……
「っ!?」
余裕ぶっこいて進むと右足を踏み込んだ瞬間急に無くなった足場に、俺はズボッと川に沈んだ。
これ聞いてたより深くね!?流れはそんな急じゃねぇけど、ここ泳いでいいとこなのか!?
頭まで川に沈んでそんな事を考えるけど、それよりも一万円だ!もうどっぷり浸かっちまったから全てどうでも良くなって、俺はそのまま川の中を泳いで進んだ。
少し進んで地上に顔を出してクロールに切り替えてどんどん進んで行くと、案外早く向こう側に岸に到着する事が出来た。
どうやらライバル達はまだ中央付近にいるらしく、俺の圧勝らしかった。
「いいぞー!秋山ー!」
「貴哉かっけー♪」
「ふんっこんなのら、く……しょ……あー!さみぃなちくしょう!」
すぐに寒気が俺を襲う。えっとなんだっけ?どっかに名前書くんだったな?
震えながら探すと、大きな岩の上にノートが置かれていて、側にいた三年だか二年だかに指示された。
ペンを持ってノートに名前を書こうとするけど悴んで書くどころじゃねぇ!仕方ねぇからノートいっぱいに平仮名で名前を書いてやった。
「はいオーケー。んじゃ戻ってねー♪」
「またあそこ泳がすとか殺す気かよ!」
震える体に鞭を打ち、もう一万円の事だけを考えて再び泳いで来た川に浸かる。体が冷えてるからかさっきよりはマシだった。
向こう岸からいろんな声が聞こえて来たけど、そんなの聞いてる余裕も無くその後俺は全力で泳いでいた。
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