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本編
それ貴方の私服なの?
しおりを挟む金曜日。朝も空に起こされる事なく二度寝どころか三度寝が出来て、やっと夏休みが来たって感じがした。
スマホが鳴り続けていたので仕方なく起きて画面を見ると、なんと戸塚からの電話だった。
珍し過ぎる相手だったので、電話を取るのを迷った。
「俺何かしたっけ?」
考えても思い当たるような事も無かったので出る事にした。
「もしもーし?」
『あ、悪いな。今平気か?』
「んー、起きたばかりだからヘビーな話は無理かも」
『と言う事は今日は部活無いのか?他に予定は?』
「え、もしかして鉄仮面が遊ぼうとか言うのか?」
『質問に答えろ』
「ねぇよ。予定は夕方からならある。それまでは寝てる予定だ」
『なら良かった。ちょっと今から会えないか?秋山に会いたがってる人がいるんだ』
「誰?めんどくせーのはお断りだぜ」
『……芽依って覚えているか?俺の従兄妹の』
「芽依だと!?」
一条芽依。戸塚の従兄妹で、桃ヶ丘学園って言う女子校に通うお嬢様だ。美人だけど、気が強くていつも命令口調で話して来る奴。
忘れる訳ねぇよ。あんな将来俺の黒歴史になるような事した相手だ。
ちくしょう、空にもきちんと話してないし、また関わると面倒な事になりそうだな。今回は断ろう。
『その様子だと覚えているみたいだな。実は芽依がこの前の事でお礼がしたいらしくてな。昼食がてら少し会ってくれないか?』
「悪いが断る。礼はいらねぇ」
『そうか……でもな……』
戸塚は最後の方、言いにくそうに言葉を濁らせてた。何だよまだ何かあるのか?
『その、今秋山の家の前にいるんだ。芽依と二人で』
「はぁ!?」
あの鉄仮面が嘘を吐くはずがない!
俺は慌てて窓の外を見る。すると家の前に高級車が一台停まっていて、すぐ近くに戸塚が立っていた。
窓から見てる俺に気付いた戸塚は申し訳なさそうに言った。
『すまない。家は直登に聞いた。少しだけでいいんだ、時間をくれないか?』
「ちっ」
あの女、戸塚を使いやがって!
こうなったらハッキリ迷惑だって言って追い返そう。
俺は寝巻きで着てるTシャツとスウェットのまま外に飛び出した。すると車の中から私服姿の芽依が出て来た。白いヒラヒラのワンピースを着ていて、綺麗な顔とサラサラの黒髪がとても良く似合っていた。悔しいが一瞬目を奪われちまった。
「ごきげんよう、貴哉。急に会いに来てしまって悪かったわね」
「お、おう」
「それじゃあランチに行くわよ♪」
「って待て待て!行かねーから!俺はもうお前とは関わっ……と、戸塚!?」
「本当に悪いな秋山。芽依には逆らえないんだ」
戸塚に無理矢理車に押し込まれて俺は高級車の後ろに転がってしまった。そして隣に芽依が。戸塚は助手席に座った。
「運転手さん、予定していたお店に向かってくれるかしら?」
「かしこまりました」
「ふざけんな!これ誘拐だからな!」
「ところで、それ貴方の私服なの?貴方らしくて良いと思うけど、デートにはちょっとね……先に着替えてから行くわよ。運転手さん、やっぱり行き先をいつも紘夢が行ってるファッション系のお店にしてくれる?」
「かしこまりました」
「これは寝巻きだ!俺はお前と出掛けるつもりなかったんだよ!」
「あら、急だったものね。着替える時間も惜しいぐらい私に会いたかったの?嬉しいわ♡」
ほっぺに手を当てて頬を赤くしてる芽依。こいつ頭いっちゃってんなぁ!てか起きてから顔も洗ってねぇし!寝癖だってすげぇし!いきなり拉致られるし!ほんっと気分悪いぜ!
次に高級車が停まったのはこれまた高そうな服が置いてある店で、しっかり着込んだ二人は堂々と入って行くけど、寝巻き姿の俺は周りの人達にジロジロ見られてとても居心地が悪かった。
「いらっしゃいませ。一条様、戸塚様」
「うん、悪くないお店ね。ほんと紘夢の事、センスだけは認めるわ」
「秋山に似合う服あるのか?」
「馬子にも衣装と言う言葉があるでしょう?貴哉は細いけど、スタイルは良いわ。きっと着こなすに決まってる。手始めにここからそこまでの服を全部試着してみましょう」
「かしこまりました。ではご試着なさる方こちらへ」
芽依に指示された店員が俺を見てクスリと笑った。くそー!恥かかせやがって!戸塚も笑うの堪えてんじゃねぇか!
ここで暴れても勝てる気がしないから大人しく言う事を聞く事にした。さっさと済ませて帰らせてもらおう。
「こちらをお使い下さい」
「へいへい。これ着ればいいんだな?ふんっ」
俺は渡された服を着てやった。青いシャツにテロテロした生地の膝上丈のズボン。銀髪ってばこんな服着るのか?
「貴哉ー?終わった?開けるわよー」
「いきなり開けるなよ変態!」
俺が返事をする前にカーテンを勢いよく開ける芽依。そして試着した俺を上から下まで見て次の服を渡された。
「これじゃないわ!次の服着てちょうだい!」
「はぁ!?面倒くせーな!これでいいだろ!」
「秋山、頼むから芽依の言う事を聞いてくれ」
戸塚の悲痛な声がして俺はイライラを抑え込む。なんだって俺がこんな目に遭わされてんだ!今日はせっかくダラダラ出来る日だったのに!
その後も何度か着替えさせられてやっと決まったのは店に来てから1時間後だった。
「貴哉素敵だわ♡さすが私を射止めた男ね♡貴哉にはこれぐらいカジュアルなのが似合うわ~♡」
「そうですか。お気に召されて何よりです……」
着せ替え人形にされた俺は疲れて反論する気にもならなかった。
結局芽依が気に入ったのは、夏用の薄手のパーカーに、紺色のスキニーとか言う足首が細いズボン。履いてきたサンダルは気付けば無くなっていて、用意されていた靴下と黒い靴を履くしかなかった。
「髪型も無造作でちょっとアレね。次美容室行くわよ」
「てか俺腹減ったんだけど!」
「お嬢様、予約していたお店の時間が迫っております。そろそろ向かった方がよろしいかと」
「あら、もうそんな時間?仕方ないわね。ランチに行くわよ」
ナイス運転手!さっさと用事済ませやがれ!
こうなったらたらふく食ってやる!
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