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一章
尊敬する人
しおりを挟む放課後、デートの約束をしていたので俺から美月の席まで迎えに行く。
すると嬉しそうに立ち上がって後をついて来た。
可愛いな。
「壱矢から来てくれるなんて初だなぁ♪」
「付き合っているのだから当たり前だろう」
「なぁ今日どこ行く?まずさ何か食べようぜ」
「食事か。予約は入れてある。だが予約した時間まで少しあるんだ……でも美月が言うなら無理を言ってずらしてもらうか?」
「予約ぅ?一体何食べるつもりなんだよ?」
「フレンチだ。あ、美月はフレンチ苦手だったか?それは迂闊だったな。今からでも店を変えようか……」
「待って待って!それ高校生が学校帰りに寄る飲食店じゃねぇだろ!」
「まぁ一般的には行かないだろうな。ああ、周りの目を気にしているのか?安心しろ。個室のVIP席を取ってあるから問題ないぞ」
「VIP席って……俺そんな金無い!」
「支払いなら任せろ。それは彼氏の役目だ」
「壱矢、マジで言ってんの?てか俺も一応彼氏なんだけど?」
「ああそうだったな。それならば食事の時間までお茶でもしよう。そこで奢ってくれ。それならば平等だろう?」
うんうん。美月も男だもんな。恋人に奢ってやりたいよな。
予約の時間までは近くの店で話でもしていよう。
ちょうど美月の事も色々と知りたかったしな。
美月を連れてカフェに入って紅茶を頼む。美月はアイスコーヒー。ふむ、コーヒー飲めるのか。
「なぁ壱矢って何者?フレンチって冗談だよな?」
「冗談などではない。予約出来る店がそこしか無かったんだ。急だったからな、今度は前もって行く事を決めよう」
「金持ちなの?」
「俺は金は持ってない。親からは必要な分しか受け取って居ない」
「俺はって事は親が金持ちなのか?」
「ああ、二人とも会社をいくつか持っているぞ。今日行くフレンチの店は母さんの店だ。だから変に畏まる必要は無いからな」
「壱矢の母さんの店?それ違う意味で畏まっちゃいそうだけど……」
「ちなみに父さんはデザイナーだ。二人ともあまり家には居ないが、尊敬出来る良い親だ」
「……いいな、壱矢は。俺んちなんて普通だよ。だから壱矢は色んな事に挑戦出来るんだな」
「まぁ家は裕福な方だとは思うが、色んな事に挑戦出来る事とは関係ないだろう。それは本人のやる気次第だ」
「そもそも壱矢は何で色んな事に手出してんの?忙しくない?」
「性格だろうな。何事も出来ないと言うのが自分の中で許せなくて、とにかくやる事にしているんだ。忙しいと感じた事はないな」
「すげぇな壱矢は」
「美月もこれから一緒にやったらいい。まずはテニスだ!一緒にマスターしよう」
「んー、テニスなら出来るよ?一応中学ん時テニス部だったし。ほぼ行って無かったけど」
「何!?何故それを早く言わない!まさか経験者だったとは……頼もしいぞ美月」
「っ……」
それは良い事を聞けた。どうりで運動神経が良い訳だ。ブランクはあるだろうが、美月ならすぐに取り戻し俺にも教えられるだろう。
これで俺の球技大会プランも少し楽になるな。
「壱矢ってさ、かっこいいよな」
「どうしたいきなり?俺はテニスの経験は素人並みだぞ」
「壱矢なら余裕っしょ。何でも出来る壱矢もかっこいいけど、前向きな所もかっこいいと思う」
「そうか?俺もそこは自分の好きなところだ」
「俺も壱矢みたいになれっかなぁ?」
「なれるとも!この俺の恋人なんだ!なれるに決まってるだろう?」
「葉月に聞いたかもだけど、俺って引き篭もるのが癖になってんだよ。ここら辺がモヤモヤってして、人間が嫌だって思うともう外に出れない。今回は壱矢が居てくれたから出れたけどさ」
「そこも大丈夫だ。俺が居る限り引き篭もりなんてさせないからな」
「ん、頼りにしてるぜ彼氏さんよ」
「ああ」
とても楽しかった。その後も美月の話や俺の話、色々な話をした。
そして予約した時間になったので店に向かう。
美月が驚いたのも無理もない。母さんの店は超有名高級フレンチの店だ。平日でも予約がいっぱいなんだけど、特別な個室席がたまたま空いていて、何より母さんの親族だったのですんなり予約が取れたんだ。服装もブレザーだからネクタイをキチンと締めていれば問題ないからな。
美月の緩く締められたネクタイをキュッと付け直してやっていざ店の中へ。
せっかく恋人になった美月には心から満足して帰ってもらいたい。
「いらっしゃいませ白崎様。お待ちしておりました。ご案内致します」
「今日はよろしくお願いします」
子供の頃から年に数回通っているから店の人達に顔は覚えられている。
俺も丁重に挨拶をして席に着く。
礼儀やマナーなどは母さんに躾けられた。
「美月、苦手な物はあるか?」
「えっと、生の魚と、苦い野菜かな」
「分かった。予めでコースを頼んである。他に食べたい物があったら言ってくれ」
「分かったー」
机の上に綺麗に並べられたいくつもの食器達を面白そうに見ている美月が可愛いくてまた胸がおかしくなった。
これだけでも連れて来て良かったと思える。
本当は母さんに会わせたかったんだが、今日は別の店にいると言っていたので、またの機会にするつもりだ。
そして料理が次々に運ばれて来て一つ一つ片付けて行くが、美月には量が多かったみたいで残す事が増えて来た。
昼にあまり食べないと言っていたのは本当だったのか。量を減らして出してもらうようにしてもらうんだったな。これは反省だ。
「美月、無理をするな。あとはデザートだけだから」
「もうお腹いっぱーい!でもどれも美味しくていつもより食べちゃった♪」
「それなら良かった」
喜んで貰えて良かった。美月の笑顔を見るとそう思える。
最後のデザートと飲み物が運ばれて来た時、まさかの人物が現れて驚いてしまった。
「母さん!」
「お食事は満足頂けましたでしょうかお客様♪」
「はい、とても美味しかったです。母さん、今日はここに居ない筈では?」
「壱矢が来るって聞いて飛んで来たのよ。お友達を連れて来るって言ってたからまさかと思ってね」
母さんはデザートをテーブルに並べながら美月を見てニコッと笑った。
そうか、来てくれたのか。
「え、壱矢のお母さん?」
「ああ、俺の母だ。母さん、お話した黒田美月です」
「あ!初めまして!黒田美月です!料理全部美味しかったです!」
あの誰にでもタメ口の美月が慌ててる。可愛いな本当に。
そんな美月に母さんは歩み寄り、顔を覗き込んだ。
「まぁ本当に綺麗な子ねー!こんな綺麗な子を落とすなんて流石私の子ね壱矢!でかした!」
「え?」
「母さん、美月が引いてます」
「あらごめんなさいね。初めまして美月くん。私は壱矢の母の白崎礼子。美月くんの事は壱矢から聞いたわ。私の息子って変わってるけど、よろしくね」
「えっと、はい!こちらこそよろしくお願いしますっ」
「それじゃあ私は戻るから。ゆっくりしていってね」
「はい。ありがとう母さん」
ああ見えて母さんは忙しい人だ。何件も店を抱えているから、だからこそ来てくれたのには驚いたし、嬉しかった。
何より美月の事を紹介したかったからな。
「な、なぁ壱矢、俺の事話したって?」
「昨日電話で話したんだ。恋人が出来たって。そしたらどんな人だ今度連れて来いって色々聞かれてな」
「はぁ!?付き合ってるって言ったのか!?」
「そうだが、ダメだったのか?」
大きな声を出して驚いている美月。
なんだ?親に話してはいけなかったのか?
「ダメじゃないけど、普通言わないってか言えないだろ」
「普通が分からないが、俺は何かをしたりする時は親に話すぞ。隠すのは嫌いだからな。今回は美月とテニスの事を話した。それが俺の普通だ」
「俺は親に言えねぇよ」
「……美月に言う前に言ってしまった事は謝る。だが、俺は間違った事はしていないと思うぞ。基本的に俺がやる事に反対しない親達だが、美月の話をした時は何故だか妙に根掘り葉掘り聞かれてな。今まで俺がやる事に口出しして来なかった二人が珍しくて面白かったぞ。そうそう、あの通り反対なんかしてないからな。むしろ美月に会いたいと言っている。母さんは美月を気に入ったようだが、今度は父さんにも会ってくれないか?」
「壱矢って、ほんとすげぇわ」
「凄いのは美月だ。この俺の恋人になれたんだからな」
「!」
美月には言わなかったが、正直言って親に美月の話をして受け入れて貰えるとは思ってなかった。
男同士の交際が難しい事だと言う事は俺でも分かる。最悪勘当される覚悟でいた。
それでも俺は美月の事を話した。
心のどこかで俺の親なら理解してくれると言う気持ちもあったから話せたんだと思うけど、やはり大切な人に隠し事をするのは俺の性格が許さない。
結果的にどう転んでも話す事に変わりはなかったので話した訳だ。
美月を好きになってしまった俺を理解して受け入れてくれた両親に、俺は改めて尊敬した。
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