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第一章
父と叔父の雑談
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「……はい?」
「いや、心配じゃないか? キアラは可愛すぎる。ルーシャスは唯一、辺境の村にいたキアラたちを知る竜人族だ。その子を連れ帰るのは、もしかして……その子はキアラと、その、特別仲が良かったからなんじゃないかと」
「……はあ」
オルディンは、思わず呆れたような声を出してしまった。キアラは、まだ九歳である。もしそうだとしても、言葉通り、ただ友達だっただけではないだろうかと思うのだが。
それに、そういう心配をするなら、もっと警戒すべき相手がいることも、わかっているはずだ。
「……兄上。ノアルード王子のことは、どうお考えで?」
「言うな。アイツのことは、今は考えたくない」
ノアルードの名前を出せば、ディオルグはガクリと項垂れた。執務机の上で握る手が、ギリッと不穏な音を立てる。
彼が何を握り潰そうとしているのかは、言わずもがなである。
「彼が相手ではご不満ですか。以前は、ずいぶんと彼を買っていらしたように思いますが」
オルディンはそう言って、からかうようにクスッと笑いながら兄を見る。
ノアルードが制御できないほど激しい魔力暴走を起こした時、ディオルグは率先して自ら現地へ赴いた。自分ならば安全だからと理由をつけていたが、皇帝がわずかでも危険な場所へ一人で行く必要などあるはずもない。竜気を扱える騎士は他にもいるのだから、その者たちに任せればいいだけの話だ。
それをわざわざ自分から鎮圧に向かったり、塔へ様子を見に行ったりしていたのは、目覚めてからノアルードに関する報告を聞いて、彼を気にかけていたからではないのだろうか。
「私も当時は、自分の命がもうそれほど長くないだろうと思っていたから、彼に多少共感するところがあっただけだよ。魔法使いたちの報告で、彼の謙虚な姿勢や、才能溢れる努力家だとかいう話を聞かされていたから、気の毒に思って少し気にかけただけだ。別に買っているとかではない」
ディオルグはフンと鼻を鳴らす。
「それに、儀式を許したのはキアラが泣くから仕方なくであって、キアラの相手として相応しいなどとは、私は全く考えていないからな!」
「フフッ、そうですか」
他の国であれば、王族の婚姻は政治的な材料であり、本人の自由など利かない場合が多いだろう。
だがバルドゥーラ帝国は、現在周囲に敵なし状態である。他国へ嫁いで情勢を安定させる必要もなければ、婚姻による金銭等の利益を求める必要もない。
圧倒的な強さを誇り国土を広げてきた竜人族だが、歴史上一度も、自分たちから戦争をしかけたことなどない。向かってくるならば容赦なく叩き潰すが、個人差はあれど基本的には穏やかで、利益よりも愛する者を大切にする種族なのだ。
そしてこの皇帝は、自ら選んだ平民の人間族の女性をつがいと決め、唯一の妻とした。
そんな両親を持つ娘が、相手を自分で選ぶことを止められるはずもないだろう。
そして、その少し考えればわかるはずのことを、ディオルグが理解していないはずもない。
もしかしたら、ただ見ない振りをしているのかもしれないと、オルディンは思った。
そう考えて、彼は薄く笑みを浮かべた。
そんな弟を、ディオルグは何か言いたげに睨んだ。
だが結局何も言うことはなく、「そろそろ仕事に戻るか」と言って、ディオルグはため息を吐いたのだった。
「いや、心配じゃないか? キアラは可愛すぎる。ルーシャスは唯一、辺境の村にいたキアラたちを知る竜人族だ。その子を連れ帰るのは、もしかして……その子はキアラと、その、特別仲が良かったからなんじゃないかと」
「……はあ」
オルディンは、思わず呆れたような声を出してしまった。キアラは、まだ九歳である。もしそうだとしても、言葉通り、ただ友達だっただけではないだろうかと思うのだが。
それに、そういう心配をするなら、もっと警戒すべき相手がいることも、わかっているはずだ。
「……兄上。ノアルード王子のことは、どうお考えで?」
「言うな。アイツのことは、今は考えたくない」
ノアルードの名前を出せば、ディオルグはガクリと項垂れた。執務机の上で握る手が、ギリッと不穏な音を立てる。
彼が何を握り潰そうとしているのかは、言わずもがなである。
「彼が相手ではご不満ですか。以前は、ずいぶんと彼を買っていらしたように思いますが」
オルディンはそう言って、からかうようにクスッと笑いながら兄を見る。
ノアルードが制御できないほど激しい魔力暴走を起こした時、ディオルグは率先して自ら現地へ赴いた。自分ならば安全だからと理由をつけていたが、皇帝がわずかでも危険な場所へ一人で行く必要などあるはずもない。竜気を扱える騎士は他にもいるのだから、その者たちに任せればいいだけの話だ。
それをわざわざ自分から鎮圧に向かったり、塔へ様子を見に行ったりしていたのは、目覚めてからノアルードに関する報告を聞いて、彼を気にかけていたからではないのだろうか。
「私も当時は、自分の命がもうそれほど長くないだろうと思っていたから、彼に多少共感するところがあっただけだよ。魔法使いたちの報告で、彼の謙虚な姿勢や、才能溢れる努力家だとかいう話を聞かされていたから、気の毒に思って少し気にかけただけだ。別に買っているとかではない」
ディオルグはフンと鼻を鳴らす。
「それに、儀式を許したのはキアラが泣くから仕方なくであって、キアラの相手として相応しいなどとは、私は全く考えていないからな!」
「フフッ、そうですか」
他の国であれば、王族の婚姻は政治的な材料であり、本人の自由など利かない場合が多いだろう。
だがバルドゥーラ帝国は、現在周囲に敵なし状態である。他国へ嫁いで情勢を安定させる必要もなければ、婚姻による金銭等の利益を求める必要もない。
圧倒的な強さを誇り国土を広げてきた竜人族だが、歴史上一度も、自分たちから戦争をしかけたことなどない。向かってくるならば容赦なく叩き潰すが、個人差はあれど基本的には穏やかで、利益よりも愛する者を大切にする種族なのだ。
そしてこの皇帝は、自ら選んだ平民の人間族の女性をつがいと決め、唯一の妻とした。
そんな両親を持つ娘が、相手を自分で選ぶことを止められるはずもないだろう。
そして、その少し考えればわかるはずのことを、ディオルグが理解していないはずもない。
もしかしたら、ただ見ない振りをしているのかもしれないと、オルディンは思った。
そう考えて、彼は薄く笑みを浮かべた。
そんな弟を、ディオルグは何か言いたげに睨んだ。
だが結局何も言うことはなく、「そろそろ仕事に戻るか」と言って、ディオルグはため息を吐いたのだった。
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