上 下
129 / 130
第一章

父と叔父の雑談

しおりを挟む
「……はい?」
「いや、心配じゃないか? キアラは可愛すぎる。ルーシャスは唯一、辺境の村にいたキアラたちを知る竜人族だ。その子を連れ帰るのは、もしかして……その子はキアラと、その、特別仲が良かったからなんじゃないかと」
「……はあ」
 
 オルディンは、思わず呆れたような声を出してしまった。キアラは、まだ九歳である。もしそうだとしても、言葉通り、ただ友達だっただけではないだろうかと思うのだが。
 
 それに、そういう心配をするなら、もっと警戒すべき相手がいることも、わかっているはずだ。
 
「……兄上。ノアルード王子のことは、どうお考えで?」
「言うな。アイツのことは、今は考えたくない」
 
 ノアルードの名前を出せば、ディオルグはガクリと項垂れた。執務机の上で握る手が、ギリッと不穏な音を立てる。
 彼が何を握り潰そうとしているのかは、言わずもがなである。
 
「彼が相手ではご不満ですか。以前は、ずいぶんと彼を買っていらしたように思いますが」
 
 オルディンはそう言って、からかうようにクスッと笑いながら兄を見る。
 
 ノアルードが制御できないほど激しい魔力暴走を起こした時、ディオルグは率先して自ら現地へ赴いた。自分ならば安全だからと理由をつけていたが、皇帝がわずかでも危険な場所へ一人で行く必要などあるはずもない。竜気を扱える騎士は他にもいるのだから、その者たちに任せればいいだけの話だ。
 
 それをわざわざ自分から鎮圧に向かったり、塔へ様子を見に行ったりしていたのは、目覚めてからノアルードに関する報告を聞いて、彼を気にかけていたからではないのだろうか。
 
「私も当時は、自分の命がもうそれほど長くないだろうと思っていたから、彼に多少共感するところがあっただけだよ。魔法使いたちの報告で、彼の謙虚な姿勢や、才能溢れる努力家だとかいう話を聞かされていたから、気の毒に思って少し気にかけただけだ。別に買っているとかではない」
 
 ディオルグはフンと鼻を鳴らす。
 
「それに、儀式を許したのはキアラが泣くから仕方なくであって、キアラの相手として相応しいなどとは、私は全く考えていないからな!」
「フフッ、そうですか」
 
 他の国であれば、王族の婚姻は政治的な材料であり、本人の自由など利かない場合が多いだろう。
 だがバルドゥーラ帝国は、現在周囲に敵なし状態である。他国へ嫁いで情勢を安定させる必要もなければ、婚姻による金銭等の利益を求める必要もない。

 圧倒的な強さを誇り国土を広げてきた竜人族だが、歴史上一度も、自分たちから戦争をしかけたことなどない。向かってくるならば容赦なく叩き潰すが、個人差はあれど基本的には穏やかで、利益よりも愛する者を大切にする種族なのだ。
 
 そしてこの皇帝は、自ら選んだ平民の人間族の女性をつがいと決め、唯一の妻とした。
 
 そんな両親を持つ娘が、相手を自分で選ぶことを止められるはずもないだろう。
 
 そして、その少し考えればわかるはずのことを、ディオルグが理解していないはずもない。

 もしかしたら、ただ見ない振りをしているのかもしれないと、オルディンは思った。
 
 そう考えて、彼は薄く笑みを浮かべた。
 そんな弟を、ディオルグは何か言いたげに睨んだ。

 だが結局何も言うことはなく、「そろそろ仕事に戻るか」と言って、ディオルグはため息を吐いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。

クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」 パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。 夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる…… 誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...