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第一章
諦めない!
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クロの周囲にいるであろう精霊に問いかけてみるが、当然、精霊族ではないわたしには精霊が見えないし、声も聞こえない。
少し待ってみても、何も返事が返ってこなくて、さらに涙が浮かんできた。わたしはクロに駆け寄って抱き上げると、ギュッと抱きしめた。
「やだ、やだ。いなくならないで、クロ!」
《……はは》
「なっ、何笑ってるの!?」
こんな時に笑うなんて、クロは何を考えているのだろうか。わたしが怒っているのに、クロは落ち着いているのも腹が立って、思わず睨んでしまう。
《キアラ。オレさ、消えろって言われたことは数え切れないくらいあるけど、いなくなるなって言われたのは、初めてだ》
「……!」
クロは、母親には捨てられて、父親には疎まれていると言っていた。小さい頃から、世話をしてくれたのは主に精霊たちだったと。
ひどい環境で育ったのは知っていたが、思っていたよりもひどい扱いを受けていたようだ。どうして、何も悪くない彼に、そんなことが言えるのだろう。
溜まっていた涙が、ついにぽろりとこぼれ落ちた。
すると、クロが笑って、それをペロリと舐め取った。
《……精霊たちには、感謝しないとな。オレのために泣いてくれるような存在に、出会わせてくれたんだか、ら……》
「ク、クロ?」
クロの目がだんだんと閉じていく。体も力が抜けていっているのか、ぐにゃりとしてきた。
「クロっ!」
《もしかしたら、精霊たちは、そのために……オレを、キアラのところ、へ……》
「クロ!!」
クロが完全に動かなくなってしまい、思わずクロの本体へ視線を移す。
さっきまではあったはずの右手の先が、今は黒い風に飲み込まれていて、状況が悪くなっていることがわかった。
……どうしたらいいの? このままじゃ、クロが死んじゃう!
戻って助けを呼ぼうかと、わたしは階段へと足を向けた。
「アアアァァァアアアッ!」
「ひゃっ!?」
いつもとは違う叫び声に驚いて再び部屋の中を見ると、先ほどまでは閉じていた、今は片目しかない男の子の目が、うっすらと開いていた。
綺麗な水色の目だった。
辛そうに脂汗を浮かべた彼のその目が、ゆっくりとわたしをとらえる。
「……キア、ラ……」
彼の口から発せられたのは、先ほどまで頭の中だけで聞こえていた声だった。聞き慣れたクロの声は、目の前で今にも消えそうな男の子の声と、全く同じだったのだ。
「ク、クロ、なの……? きゃあっ!?」
男の子へ近づこうと部屋へ入ると、黒い風がわたしに襲いかかった。油断していたせいで、顔を庇った腕に少し痛みが走る。ところどころドレスが裂け、血がポタポタと落ちた。
「クロ……っ、ねぇ! わたし、どうしたらいいの!?」
出会ってから、わたしが困った時はいつもクロが助けてくれた。わたしにはわからない解決方法を教えてくれた。
それなのに、絶対に教えてほしい今回に限って、彼はうっすらと笑みを浮かべてこう言っただけだった。
「危ない、から……もう行きな、キアラ。……今まで、ありがとう」
「クロ……!」
そう言って男の子が目を閉じると、黒い風はさらに激しく暴れ始めた。今にも彼の全てを飲み込もうとしているようだ。
……こんなの嫌! わたし、絶対に諦めないわ!
「待ってて、クロ! わたし、絶対にあなたを助けるから!!」
わたしは、あの夜に誓ったのだ。
絶対にいつか、クロを元気な姿で元の体に戻して、ちゃんと、彼を本当の名前呼ぶのだと。
わたしは動かなくなった小さなプーニャを抱いたまま、片手でグイッと涙を拭うと、前を見据え、階段へ向かって駆け出したのだった。
少し待ってみても、何も返事が返ってこなくて、さらに涙が浮かんできた。わたしはクロに駆け寄って抱き上げると、ギュッと抱きしめた。
「やだ、やだ。いなくならないで、クロ!」
《……はは》
「なっ、何笑ってるの!?」
こんな時に笑うなんて、クロは何を考えているのだろうか。わたしが怒っているのに、クロは落ち着いているのも腹が立って、思わず睨んでしまう。
《キアラ。オレさ、消えろって言われたことは数え切れないくらいあるけど、いなくなるなって言われたのは、初めてだ》
「……!」
クロは、母親には捨てられて、父親には疎まれていると言っていた。小さい頃から、世話をしてくれたのは主に精霊たちだったと。
ひどい環境で育ったのは知っていたが、思っていたよりもひどい扱いを受けていたようだ。どうして、何も悪くない彼に、そんなことが言えるのだろう。
溜まっていた涙が、ついにぽろりとこぼれ落ちた。
すると、クロが笑って、それをペロリと舐め取った。
《……精霊たちには、感謝しないとな。オレのために泣いてくれるような存在に、出会わせてくれたんだか、ら……》
「ク、クロ?」
クロの目がだんだんと閉じていく。体も力が抜けていっているのか、ぐにゃりとしてきた。
「クロっ!」
《もしかしたら、精霊たちは、そのために……オレを、キアラのところ、へ……》
「クロ!!」
クロが完全に動かなくなってしまい、思わずクロの本体へ視線を移す。
さっきまではあったはずの右手の先が、今は黒い風に飲み込まれていて、状況が悪くなっていることがわかった。
……どうしたらいいの? このままじゃ、クロが死んじゃう!
戻って助けを呼ぼうかと、わたしは階段へと足を向けた。
「アアアァァァアアアッ!」
「ひゃっ!?」
いつもとは違う叫び声に驚いて再び部屋の中を見ると、先ほどまでは閉じていた、今は片目しかない男の子の目が、うっすらと開いていた。
綺麗な水色の目だった。
辛そうに脂汗を浮かべた彼のその目が、ゆっくりとわたしをとらえる。
「……キア、ラ……」
彼の口から発せられたのは、先ほどまで頭の中だけで聞こえていた声だった。聞き慣れたクロの声は、目の前で今にも消えそうな男の子の声と、全く同じだったのだ。
「ク、クロ、なの……? きゃあっ!?」
男の子へ近づこうと部屋へ入ると、黒い風がわたしに襲いかかった。油断していたせいで、顔を庇った腕に少し痛みが走る。ところどころドレスが裂け、血がポタポタと落ちた。
「クロ……っ、ねぇ! わたし、どうしたらいいの!?」
出会ってから、わたしが困った時はいつもクロが助けてくれた。わたしにはわからない解決方法を教えてくれた。
それなのに、絶対に教えてほしい今回に限って、彼はうっすらと笑みを浮かべてこう言っただけだった。
「危ない、から……もう行きな、キアラ。……今まで、ありがとう」
「クロ……!」
そう言って男の子が目を閉じると、黒い風はさらに激しく暴れ始めた。今にも彼の全てを飲み込もうとしているようだ。
……こんなの嫌! わたし、絶対に諦めないわ!
「待ってて、クロ! わたし、絶対にあなたを助けるから!!」
わたしは、あの夜に誓ったのだ。
絶対にいつか、クロを元気な姿で元の体に戻して、ちゃんと、彼を本当の名前呼ぶのだと。
わたしは動かなくなった小さなプーニャを抱いたまま、片手でグイッと涙を拭うと、前を見据え、階段へ向かって駆け出したのだった。
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