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第一章

尖塔

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「きゃあっ!?」
 
 地面を揺らすような低い叫び声が、会場内に大きく響いた。
 これは、初めてこの城へ来た時にも聞いた、獣のような声に違いない。でも、あの時よりももっと大きくて、苦しそうな声だ。
 
「この声、なんだかいつもと違わないか……?」
「ああ、まるで断末魔のようで、気味が悪いな……」
 
 ザワザワと聞こえてくる声も、やはりわたしと同じようなことを感じたらしい。
 
 不穏な空気が満ちる中、聞き慣れた声がわたしを呼んだ。
 
《キアラ》
「……クロ?」
 
 いつもの、クロの念話だ。
 クロはパーティに出られないからお留守番のはずなのに、どうして声が聞こえるのだろう。
 
 わたしはクロの姿を探して、キョロキョロと周囲に視線を巡らせる。階段の下に、父の側近たちと共にいる怯えたような様子のセラを見つけたが、その近くにもクロはいない。
 
《キアラ。出入り口だよ》
 
 その言葉に、先ほどルイーダが連れて行かれた出入り口を見れば、そこにクロはいた。遠いので豆粒ほどにしか見えないが、確かにクロだった。
 わたしの他には、誰も小さなプーニャの存在に気づいてはいないようだ。
 
《キアラ、パーティ中にごめん。すぐに、一緒に来てほしいんだ》
 
 そう言われ、わたしは一も二もなく頷いた。クロが、意味もなくこんなふうにわたしを呼ぶわけがない。きっと、何かあったのだ。
 
「お父様、お母様、ごめんなさい。わたし、行かなくちゃ!」
「キアラ!?」
 
 ダンッ!
 
 わたしは勢いよく床を蹴り、壇上から飛び降りた。
 階段をすっ飛ばして一階に下りると、また床を蹴って出入り口へと向かう。
 
「きゃっ!?」
「こ、皇女殿下!?」
 
 わたしのいきなりの行動に、みんなが驚いている。
 幸い、先ほど連れて行かれたルイーダのおかげで道は空いていた。
 
 ……もう! このドレス、可愛いけどやっぱり動きにくいわ!
 
 心の中で文句を言いながらも、わたしは出入り口に到着した。
 
「クロ?」
《こっち》
 
 でも、クロはすでに移動していた。
 廊下のずっと先に姿が見える。
 
 ……とにかく、追わなくちゃ!
 
 何があったのかはわからないが、クロはわたしをどこかへ連れて行きたいらしい。
 わたしはクロが導く方へと向かうべく、迷わず足を動かした。
 
 ようやくクロが足を止めて、わたしを振り返った。
 そして、その場所がどこであるかに気がついて、わたしは息を呑んだ。

「……っ、クロ、ここって……」
 
 わたしは、高くそびえ立つ塔を見上げた。
 そこは、初めてこの城へ来た日、ロドルバンさんに近づくなと言われていた尖塔だったのである。
 
「クロ。ここには近づくなって、ロドルバンさんが……」
《わかってる。……でも、もう時間がないんだ》
 
 苦しそうにそう言うクロを見れば、わたしの心はすぐに決まった。
 
「よくわからないけど、わかったわ。行こう、クロ!」
 
 わたしは塔へ向かってダッと走り出した。でも、なぜかクロはついてこない。
 立ち止まって振り返ると、クロは驚いたようにわたしを見ていた。
 
「どうしたの? 行かないの?」
《……いや、だって、いいのか? 言いつけを破ることになるのに》
 
 確かに、わたしは進んで言いつけを破りたいわけではない。
 でも、クロがそれをわかった上で来てほしいと言うのなら、わたしの優先順位は決まっている。
 
「ロドルバンさんの言いつけより、クロの方が大事だもの。わたしは何があってもクロの味方だし、何でも力になるって、あの夜に言ったでしょ! ほら、早く行こう!」
《……ああ、そうだったな》
 
 フッと笑うと、クロはわたしを誘導するように塔の中へ入っていった。すれ違いざまに、小さく「ありがとう」という念話が聞こえたような気がした。
 
 
 
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