上 下
98 / 130
第一章

バルディオスの心境

しおりを挟む
 ……くそっ! くそくそくそ!! どうしてこうなった!?
 
 バルディオスは、心の中で激しく悪態をついた。
 自分の思惑とはまるで異なる展開に、プライドと頭がついていかなかった。
 
 初めは、娘のルイーダとディオルグを結婚させ、次期皇帝の祖父となり、自分が当然享受すべき皇族としての権威と権利を取り戻そうと考えていた。
 
 しかし、それはなかなかうまくいかなかった。
 ルイーダの何が気に入らないというのか、ディオルグは、よりによって人間族の、平民の女に執心し始めた。
 
 ディオルグが、人間族の女をつがいになどするはずがない。
 確かに、それは不可能ではない。
 竜人族が生涯でたった一度だけ使える、自身の生命力を分け与える儀式を行えば、寿命の短い人間族と共に生きることも可能ではある。
 
 だが、それは諸刃の剣である。
 
 分け与えるということは、即ち自身の寿命を削るということなのだ。
 
 そうまでして、人間族をつがいに選ぶ必要などないではないか。
 皇帝という、全てを手に入れた立場だからこそ、少しでも長く生きたいと望むのが当然だろう?
 
 だからバルディオスは、入れ込んでいる平民の女をディオルグがつがいにする可能性など、全く考えていなかった。
 それゆえ彼は、一時的な恋に溺れ、ルイーダをないがしろにする皇帝に怒りさえ覚えていたのだ。

 だからこそ、一日でも早く二人を引き離したくて、皇太后と共謀し、あの女を遠ざけたというのに。
 
 その時皇帝は、すでに彼女をつがいと認識していたというのか?
 身分もなく、政治の役にも立たず、共にいるためには自身の寿命を削らなければならないような女を?
 
 バルディオスは理解できなかった。
 
 すでに人間族の人生三回ぶんの長さを生きている彼だが、常に権力のことで頭がいっぱいだったせいか、未だにつがいを得ていなかった。妻とは完全に政略結婚だったし、妻は子供を二人産むと、役目は果たしたとばかりにつがいという名の愛人を囲った。それをどうでもいいと思えるほどには、バルディオスも彼女に興味がなかった。
 
 竜人族は皆愛妻家だと他国では言われているらしいが、利益を理由に結婚すれば、当然このようなことも起こり得る。
 そのため、政略結婚の際には結婚した後に別の相手をつがいと認識した場合について念書を交わしておくのが一般的だった。
 
 バルディオスもそうだった。
 だから、妻がつがいを囲おうと、何も口出しするつもりはなかった。過去に交わした念書の通り、婚姻を継続し自分の立場を脅かさないのなら。
 
 バルディオスは、年若いつがいに夢中になる妻を軽蔑さえしていた。
 金も身分もなく何の役にも立たない相手に、なぜ情を抱けるのかわからなかった。
 だから、皇帝がまさか平民の女をつがいだと認識するなんて、考えもしなかったのである。
 
 ディオルグが姿を見せなくなったのは、初めは少し落ち込んでいるだけだと思ったし、それが長引くようになってからは本当にただ具合が悪いのだろうと考えた。
 
 そして、それをチャンスであると考えたのだ。
 
 さすがに口には出せないが、彼がこのまま没する可能性があるのなら、早めに跡継ぎを決めなくてはならない。
 しかしディオルグはまだ未婚のため、跡継ぎがいない。皇弟であるオルディンは、皇位継承権を放棄している。

 ならば、現状一番濃い皇族の血を持つ男児である、自分の息子が後継者になり得るのではないか?
 
 そう考えたバルディオスは、さり気なく皇帝の側近たちに息子の売り込みを始めた。
 竜人族は寿命が長いが、成人年齢は人間族とさほど変わらない。去年ようやく二十歳の成人を迎えた息子のマルティネスは、まだ若いせいか臆病なところがあるが、間違いなく皇族の血を引く、皇位継承に一番近い男なのだ。
 
 だから今日の発表は、体調が回復したという皇帝とルイーダとの結婚か、跡継ぎをマルティネスと定めるか、どちらかであると考えていたのに。
 
 ……まさか、あの時の人間族の女が皇帝のつがいとして再び現れ、しかも、すでに皇女まで存在しているとは!

 皇后と跡継ぎ。
 彼は、狙っていた立場を、両方とも奪われた形になってしまった。
 
 しかも、十年前の件に関与した者は厳罰に処すという。
 愚かにもルイーダは、勝手にあの女に直接対峙して、自分がディオルグの婚約者だと宣言しているのだ。しかも、間もなく結婚するとまで告げて。

 報告を受けた時は思わず頭を抱えたが、バレなければ問題はないはずだと考えていたのに。
 
 あの平民の女がそれをディオルグに話していないわけがない。ルイーダは、確実に罰を受けることになるだろう。
 
 だとしても、自分はどうだ。
 皇太后と会話する際は、念のため、誰にも見られないよう細心の注意を払っていた。
 罪を逃れられる可能性は、まだ残っているのではないか?

 ルイーダの父親としての責任は取らされるだろうが、多少の罰金や、数年間の謹慎などで済むかもしれない。なにしろ、こちらはあの女がつがいだなんて知らなかったのだ。娘の恋心が暴走した結果だと言えば、情状酌量の余地はあるはずだ。
 
 ……そうさ。証拠はないんだ。白を切り通せばいい。この私が、元皇族であるこの私が、こんなことで失脚するなど、あってはならんのだからな!
 
 バルディオスはそう結論づけて、冷や汗をそっと拭いながら挑むように前を向いた。
 
 その時、隣にいる娘から、信じられないような言葉が飛び出した。
 
「恐れながら、陛下。それは、そちらの方を側妃とする、ということですの?」
 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。

クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」 パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。 夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる…… 誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

完結 嫌われ夫人は愛想を尽かす

音爽(ネソウ)
恋愛
請われての結婚だった、でもそれは上辺だけ。

【本編完結】実の家族よりも、そんなに従姉妹(いとこ)が可愛いですか?

のんのこ
恋愛
侯爵令嬢セイラは、両親を亡くした従姉妹(いとこ)であるミレイユと暮らしている。 両親や兄はミレイユばかりを溺愛し、実の家族であるセイラのことは意にも介さない。 そんなセイラを救ってくれたのは兄の友人でもある公爵令息キースだった… 本垢執筆のためのリハビリ作品です(;;) 本垢では『婚約者が同僚の女騎士に〜』とか、『兄が私を愛していると〜』とか、『最愛の勇者が〜』とか書いてます。 ちょっとタイトル曖昧で間違ってるかも?

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

【完結】お前を愛することはないとも言い切れない――そう言われ続けたキープの番は本物を見限り国を出る

堀 和三盆
恋愛
「お前を愛することはない」 「お前を愛することはない」 「お前を愛することはない」  デビュタントを迎えた令嬢達との対面の後。一人一人にそう告げていく若き竜王――ヴァール。  彼は新興国である新獣人国の国王だ。  新獣人国で毎年行われるデビュタントを兼ねた成人の儀。貴族、平民を問わず年頃になると新獣人国の未婚の娘は集められ、国王に番の判定をしてもらう。国王の番ではないというお墨付きを貰えて、ようやく新獣人国の娘たちは成人と認められ、結婚をすることができるのだ。  過去、国の為に人間との政略結婚を強いられてきた王族は番感知能力が弱いため、この制度が取り入れられた。  しかし、他種族国家である新獣人国。500年を生きると言われる竜人の国王を始めとして、種族によって寿命も違うし体の成長には個人差がある。成長が遅く、判別がつかない者は特例として翌年の判別に再び回される。それが、キープの者達だ。大抵は翌年のデビュタントで判別がつくのだが――一人だけ、十年近く保留の者がいた。  先祖返りの竜人であるリベルタ・アシュランス伯爵令嬢。  新獣人国の成人年齢は16歳。既に25歳を過ぎているのに、リベルタはいわゆるキープのままだった。

処理中です...