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第一章

過去編 サーシャ⑧

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「オイ、聞いたか!?」
「あぁ、皇帝陛下が結婚なさるって話だろ。めでたいよなあ!」
「相手は竜人族の見目麗しい姫君だそうだ。まぁ、皇后になられる方なんだから、当然だろうけどな!」
 
 先日の彼女の言葉は本当だった。
 ディオの婚約者の来訪から数日後、皇帝が結婚するという噂が広く語られ始めた。ディオからは、何の連絡もない。毎日のように届いていた手紙さえ来なくなっていた。
 
「ディオ……」
 
 私は、抜け殻になったような心地で毎日を過ごしていた。
 
 ……連絡をくれなくなったのはどうして?
 本当にあの人と結婚するの?
 私のこと、もうどうでもよくなったの……?
 
 そんな答えのない疑問が、次から次へと頭の中に湧いてきて、勝手に涙が出てきてしまう。
 
 ディオが本当に結婚するのなら、私はその前にここを離れた方がいいのかもしれない。彼の結婚式を、端から見ているなんて辛すぎるから。
 ディオとちゃんと話をしてから結論を出したかったけれど、私には彼と連絡を取る方法がなかった。
 
 彼と会う時は、いつも彼から会いにきてくれた時だけだったのだ。
 皇太后に教えられるまで、彼の家名もどこに住んでいるかも知らなかったのに、彼がいつも優しいから、私は勘違いしていたのかもしれない。
 
 彼の一番近くにずっといられるのは、きっと自分なのだと。
 
 
 ◆
 
「サーシャ! 久しぶり。なかなか会いに来られなくてごめん」
「……ディオ?」
 
 約ひと月ぶりに、ディオが突然私の部屋へやってきた。
 
「その、ちょっと理由があって、仕事が山積みでね。手紙を書く時間さえもらえないものだから、部下の目を盗んで出てきたんだ。……ねえ、入ってもいい?」
「……ええ、もちろん……」
 
 ドアの内側へ招き入れると、ディオは後ろに回していた手を前に持ってきた。その手には、大きくて立派な花束があった。
 
「サーシャ。これ、良かったら」
 
 ディオが私に、その花束を手渡してきた。私は反射的に手を伸ばし、抱えるほど大きな花束を受け取った。爽やかな甘い香りに、動揺していた心がだんだんと落ち着いてくる。
 
「あ、ありがとう。でも、どうして……?」
「サーシャ。私は、君にずっと言わなければと思っていたことがあるんだ」
 
 そう言って、ディオが何やら言い辛そうに目を逸らす。
 気まずそうなその様子から、この花束はお詫びの品であり、今から彼の婚約者のことを告げられるのかと思った私は、とっさに話を逸らした。
 
「せっかく来てくれたんだし、何か食べる? ありあわせのものしか作れないけど」
「あっ、食べるよ! やった、サーシャの作る食事は久しぶりだ。嬉しいな」
 
 そう言うディオの笑顔はいつもと変わらない、私への愛情に溢れたものだった。
 まるで、ここ最近の出来事が全て嘘だったかのような気がした。彼が皇帝だなんて、やっぱり何かの間違いだったのではないかとさえ思えた。
 
 私の作った食事を美味しそうに食べる彼を、じっと見つめる。
 
 彼といるとやっぱり幸せで。
 ずっとこのままでいたいと願うけれど、何も聞かないでいられる時期は、もう終わってしまったのだ。
 
「ディオ……さっきの、私に言わないといけないと言っていた話のことだけど」
「えっ、う、うん?」
 
 彼と一緒にこうして時間を過ごすのも、これが最後になるかもしれない。
 
 そう思いながら、私は話を切り出した。
 
「もしかして……皇帝陛下が、ご結婚の準備を進めているという件についてなのかしら?」
「えっ!?」
 
 ここまで来ても臆病な自分に、嫌気が差す。
 あなたはあの人と結婚するのかとはっきり訊けばいいのに、つい言葉を濁してしまった。
 
「どうして、サーシャ……知っていたのか?」
「……っ、じゃあ、本当、なの?」
 
 ディオが否定してくれなかったことで、嫌な考えが頭を占める。見たくない現実を目の前に突きつけられたような気がした。
 緊張と不安で、心臓が壊れてしまいそうだった。

 それ以上何も言うことができず、私がただうつむいていると、言葉を探している様子だったディオがついに口を開いた。
 
「……サーシャ、もしかして君は……いや、その……あぁ。本当なんだ。ごめん」

 ディオは申し訳なさそうに、小さくそう答えた。
 
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