上 下
63 / 130
第一章

過去編 サーシャ⑤

しおりを挟む
 私は特に何も口に出すことがないまま、皇城を追い出された。
 決して居心地が良い場所ではなかったのでそれは良かったのだが、皇太后の言葉は延々と私の心を締めつけていた。
 
 ……ディオは、本当に皇帝なのかしら?
 
 だとしたら、この先もずっと一緒にいたいという彼の言葉は、嘘だったのだろうか。
 恋人で終わるつもりはない、とは言われたけれど、私たちははっきりと将来のことを約束したわけではない。

 もしかしたら、彼は血筋のしっかりした皇后を別に置いて、私のことは側妃か愛人にするつもりなのかもしれない。
 
 嫌な考えが次々と頭を巡る。ディオはそんな人ではないと思うのに、彼は仕事の話を一度もしてくれたことがないから、私は彼のプライベートな面しか知らないのだ。もしかしたらディオは皇帝としての別の顔を持っていて、その彼は私を愛人とすることも良しとするかもしれない。
 
 ……でも、私にはそんなこと、耐えられそうにないわ。
 
 愛する人が他の女性といる姿を、ずっとそばで見ているなんて辛すぎる。でも、それならば私はディオと別れたいのだろうか。もう、彼がいない生活なんて考えられないくらい、彼のことが好きなのに。
 
「……一人で考えていても仕方ないわ。ディオに、ちゃんと確認してみないと……」
 
 そう声に出してみるけれど、私の胸には、暗雲のように立ちこめる黒い不安が渦を巻いていた。
 
 
 ◆
 
 次にディオが姿を見せたのは、それから二週間後だった。
 その間に、私の胸にはすっかりと、落ちない染みのように疑念が巣食ってしまっていた。
 
「サーシャ! やっと会いに来られたよ。久しぶり、会いたかった!」
「ディオ……」
 
 彼は先触れ通りの時間に私の部屋へ現れると、普段と何も変わらない様子で私を抱きしめて、頬に軽くキスをしてくれた。いつもなら幸せで胸がいっぱいになるはずなのに、今日はまるで穴が空いているかのように、私の胸から幸せがすり抜けていく。
 
「サーシャ? どうかした?」
「ディオ。私、あなたに訊きたいことが……」
 
 言いかけて、言葉に詰まった。
 あなたは皇帝なのかと訊いて、そうだと言われたらどうしよう。彼の口から私を側妃にするつもりだなんて言われたら、きっと泣いてしまうと思う。
 
 そんなことをして、もし、彼に面倒だと思われたら。
 もしかしたら、今ここで、この恋が終わってしまうかもしれない。
 
 ……そんなの嫌!
 
 元々、彼のことは彼が話してくれるまで待とうと思っていたのだ。
 なら、わざわざ今核心に触れて、すぐにこの曖昧で幸せな関係を終わらせる必要はないはずだ。
 
 少しでも長く、ディオといたい。
 
 私はその思いから、彼の正体と二人の未来について、これ以上考えるのを止めた。この夢のような幸せに、少しでも長く浸っていたい。
 
「その、今日の夕食は何を作るか、まだ決められなくて……。あなたの希望を訊きたいなって」
「なんだ、そんなこと? サーシャの作る料理は全部美味しいから、何だって嬉しいのに」
 
 なんとか笑顔を作り、そう誤魔化して、私は結論から逃げた。
 けれど、逃げ続けることさえ許されないのだと、私はすぐ知ることになった。
 
 
 ◆
 
「サーシャさん。あのお方が再びあなたをお呼びです」
「……はい……」
 
 私は皇太后から再び呼び出しを受けた。行きたくはないが、私の身分を考えれば、断ることなどできるはずもない。
 
 しかし、まだディオの口から彼の正体について聞けていない。彼からきちんと話してくれるまで、私は皇太后から何と言われようとも、別れるつもりはなかった。
 
 ひどい言葉で罵られることを覚悟して赴いた皇城で待っていたのは、気味が悪いほど綺麗な笑みを浮かべた皇太后だった。
 
「今日は、あなたにいいものをお見せしようと思って呼んだのよ。こちらへいらして」
 
 皇太后に連れられて向かった先で、私は信じられないものを見た。
 
「……ディオ……?」
 
 いつもの過度な装飾のないラフな服ではなく、仕立てのいい豪奢な服を着て、悠然とお茶の席についている、彼の姿だった。

 周囲に大勢の使用人を侍らせて、慣れた様子でティーカップを口に運んでいる。その姿の、なんと自然なことだろう。
 
 見たことのない彼の姿に肩が震えた。皇城の庭園であんなふうに振る舞える人は、きっと一人しかいない。
 
 ……ああ。やっぱり、彼は皇帝だったんだわ。
 
 こんな形で知りたくはなかった。きちんと彼の意思で話してくれるのを待っていたかった。けれど、私をここへ連れてきた女性は、それを許してくれなかったらしい。
 
「あの二人、とてもお似合いでしょう? 彼女が息子の婚約者なのよ」
「……婚約者?」
 
 ディオにばかり目が向いてしまっていたが、確かに、彼は一人ではなかった。
 眩しくきらめく豊かな金色の髪を持つ、美しい竜人族の女性が、彼の隣で幸せそうに微笑んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?

田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。 受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。 妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。 今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。 …そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。 だから私は婚約破棄を受け入れた。 それなのに必死になる王太子殿下。

十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~

氷雨そら
恋愛
幻獣を召喚する力を持つソリアは三国に囲まれた小国の王女。母が遠い異国の踊り子だったために、虐げられて王女でありながら自給自足、草を食んで暮らす生活をしていた。 しかし、帝国の侵略により国が滅びた日、目の前に現れた白い豹とソリアが呼び出した幻獣である白い猫に導かれ、意図せず帝国の皇帝を助けることに。 死罪を免れたソリアは、自由に生きることを許されたはずだった。 しかし、後見人として皇帝をその地位に就けた重臣がソリアを荒れ果てた十三月の離宮に入れてしまう。 「ここで、皇帝の寵愛を受けるのだ。そうすれば、誰もがうらやむ地位と幸せを手に入れられるだろう」 「わー! お庭が広くて最高の環境です! 野菜植え放題!」 「ん……? 連れてくる姫を間違えたか?」 元来の呑気でたくましい性格により、ソリアは荒れ果てた十三月の離宮で健気に生きていく。 そんなある日、閉鎖されたはずの離宮で暮らす姫に興味を引かれた皇帝が訪ねてくる。 「あの、むさ苦しい場所にようこそ?」 「むさ苦しいとは……。この離宮も、城の一部なのだが?」 これは、天然、お人好し、そしてたくましい、自己肯定感低めの姫が、皇帝の寵愛を得て帝国で予定外に成り上がってしまう物語。 小説家になろうにも投稿しています。 3月3日HOTランキング女性向け1位。 ご覧いただきありがとうございました。

拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。

香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー 私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。 治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。 隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。 ※複数サイトにて掲載中です

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

婚約者の浮気をゴシップ誌で知った私のその後

桃瀬さら
恋愛
休暇で帰国中のシャーロットは、婚約者の浮気をゴシップ誌で知る。 領地が隣同士、母親同士の仲が良く、同じ年に生まれた子供が男の子と女の子。 偶然が重なり気がついた頃には幼馴染み兼婚約者になっていた。 そんな婚約者は今や貴族社会だけではなく、ゴシップ誌を騒がしたプレイボーイ。 婚約者に婚約破棄を告げ、帰宅するとなぜか上司が家にいた。 上司と共に、違法魔法道具の捜査をする事となったシャーロットは、捜査を通じて上司に惹かれいくが、上司にはある秘密があって…… 婚約破棄したシャーロットが幸せになる物語

処理中です...