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第一章

過去編 サーシャ①

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※キアラのお父さんとお母さんの過去のお話です。ちょっと長いです。(15000文字程度、全10話)
悲しい展開です。ご注意ください。




 ◇◇◇◇◇



 私がまだ十六歳の時、人生で一度きりだと思えるような恋をした。
 その相手は私にとって高嶺の花だとわかっていたけれど、本当はそんな言葉では収まらないほど雲の上の人だったなんて、私は思いもしていなかったのだ。
 
 ◆
 
「いらっしゃいませ! 今日も来てくださったんですね、ディオさん!」
「あぁ、サーシャ。ここの料理はとても美味しいからね」
 
 店に入ってきた男の人が被っていたフードを取ると、長くて艷やかな赤髪があらわになった。
 
 金色の目を細めて私の名前を呼ぶその声は、低くて甘い。
 見上げるほど背が高い彼の顔は、十人いれば十人が認めるほど素敵だと思う。
 私は思わず見惚れそうになる自分を叱咤して、彼をいつもの席へ案内した。
 
 私は帝都にある人気の食堂で、女中として働いている。両親は四年前に事故で亡くなり、それ以来ここで働きながら、小さなアパートで慎ましく暮らしていた。まだ幼い私を雇ってくれたオーナーには、とても感謝している。
 
 そして、最近よく店へ食事に来るようになった赤い髪をした男の人に、私は淡い恋心を抱くようになっていた。
 
 彼は竜人族だ。
 それは、立派な角が八本も頭に生えていることや、少し尖った耳の形などからすぐにわかった。普段はこの姿だが、戦闘時には鋭い爪や牙が生えたり、肌に鱗ができたりもするらしい。見たことはないけれど。
 
 帝都にいる竜人族ということは、彼は貴族だ。家名を尋ねたことはないけれど、彼が私には手の届かない人であることは明らかだった。
 
 ……身寄りもない平民の私が、高貴な方に想いを寄せるなんておこがましいって、わかってはいるのだけどね。
 
 身分の違いもあるが、竜人族とは寿命も異なる。彼らは私たち人間族よりも、はるかに長生きなのだ。そのため、竜人族が他種族を伴侶とすることはほとんどないらしい。二十代半ばくらいに見えるディオさんも、もしかしたらかなり年上なのかもしれない。
 
 それでも、私が彼を想う気持ちは止められなかった。
 
 ……こっそりと想っているくらい、私の自由よね?
 
 彼の姿を見られるだけで満足だ。
 貴族というものは時間があるのだろうか、私は街中でも、よく彼に遭遇した。
 その度に嬉しくて、胸がときめいた。いつも少し言葉を交わすことしかできなかったけれど、それだけで幸せな気分になれたのだ。
 
 それなのに、まさか彼も私と同じ気持ちだったなんて、思ってもみなかった。
 
「サーシャ。その、私は、あなたが好きなんだ。私と、交際してもらえないだろうか」
 
 ある日髪と同じくらい真っ赤に頬を染めた彼にそう言われて、私はもらったばかりの花を落としそうになった。いきなり綺麗に包まれた赤い花を一輪渡されたので何事かと思えば、まさかこれは告白なのだろうか。

 ……あのディオさんが、私を好き!?
 
「わ、私は身寄りのない、人間族の平民ですよ?」
「そんなことは全く気にしない。私は、あなた自身が好きなのだ」
 
 彼の真剣な目に、すぐ流されてしまいたかった。
 でも、それはいけないことだと、理性が私に歯止めをかけた。
 
 彼は貴族で、竜人族だ。私とは何もかもが違う。彼の相手が私なんかでいいはずがない。私は天涯孤独の貧しい人間族なのだ。私なんかを恋人にしたら、きっといつか彼が恥をかくことになる。
 
 ……それに、今は好きだと言ってくださっていても、竜人族の彼とずっと共にいることなんて、きっとできないわ。その身に流れる時間が違うんだもの。
 
「……ごめんなさい、ディオさん」
「……っ、そ、そうか……」
 
 受け取れないと言って、彼に花を返す。
 気まずさから顔を上げられず、彼の表情を見ることはできなかったが、いつもは甘い彼の声が、その時だけはとても悲しそうに響いた。
 
 もう来てくれないかと思っていたが、彼は翌日も食堂へ来てくれた。何事もなかったかのように振る舞ってくれる彼の姿に安心して、泣きそうになったのを覚えている。
 
 そうしてひと月ほど経った時、彼から夕食に誘われた。
 
「しばらくここへは来られなくなりそうなんだ。最後の思い出に、一度だけ……ダメかな」
 
 しばらくとはどれくらい、とは訊けなかった。
 きっとそれは建前で、彼はもうここへ来ることはないだろうという予感がした。
 
 もう会えなくなるかもしれないと思うと、断ることなんてできなかった。私も、一度くらいは、好きな人と食事を共にした思い出が欲しかった。
 
 美味しい食事を終えた後の帰り道、彼は悲しそうな笑みで二度目の告白をしてくれた。
 
「本当は、ずっと前から君のことを知っていたんだ。初めて君を見た時、君は黒い服を着て、泣き腫らしたような真っ赤な目をしていた」

 ……それって、もしかして両親を亡くした日のことかしら?

 私は一人で途方に暮れながらも、これから生きていくために働き口を探そうと、街へ出てきた日のことを思い出した。 
 
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