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第一章

イオ

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「すごーい!!」
「ド、ドラゴン……!?」
「すごく大きいです……!」
 
 トーアとセラも驚いている。
 
 それも当然だ。
 ドラゴンは、生き物の原点であり、頂点と言われる存在なのだ。火を吹いて敵を薙ぎ払う強力で広範囲の攻撃力と、頑丈な鱗からなるとんでもない防御力を持ち、騎士たちが百人いても敵わないほど強いらしい。
 
 プライドが高くて人には懐かないと言われているのに、ルーシャスさんはこのドラゴンとお友達のようだ。
 
 もしかして、ルーシャスさんはこの子に乗ってここへ来たのだろうか。最初に彼がすごい衝撃と共に突然現れたのは、この子から飛び降りてきたからだったのかもしれない。
 
「聖女さんは大きいと言ったけど、イオはそれほど大きな種ではないよ。古竜とかになると、コイツの何十倍も体が大きいからね」
「ふわぁ。そ、そうなのですか……」
 
 大きな種ではないと言うが、このドラゴンはわたしたちがいた家よりも、ずっと大きい。近くにある木と、同じくらいの高さに顔があるのだ。今まで見たどの生き物よりも大きなドラゴンは、とても迫力がある。
 
「イオっていうのね! ルーシャスさん、触ってもいい!?」
「あぁ、僕がいるから大丈夫だよ。いきなり触ってみたいなんて、さすが竜人族の子だね。別に人懐っこいヤツじゃないけど、それでも良ければ」
「わぁ、やったあ!」

 ルーシャスさんの許しを得たわたしは、すぐさま駆け出してイオのもとへ向かった。
 
「こんにちは、イオ! わたしはキアラよ。よろしくね!」
 
 そう言って、つやつやした鱗をそっと撫でた。思ったよりもつるつるで、すべすべで、ひんやりとしている。でも筋肉がぎっしり詰まっているかのような厚みと、硬さがあった。とても強そうなドラゴンだ。たぶん、戦ってみてもわたしではまだ勝てないだろう。
 
 イオはわたしをじっと見つめると、長い首をゆっくりと下ろして、すんすんとわたしの匂いを嗅いだ。そして、そのまま地面につけるくらいまで頭を下げた。
 
 わたしに届くところまで顔を持ってきてくれたイオは、まるで「撫でてもいいよ」と言っているかのようだ。表情は変わらないので、よくわからないけれど。
 
「頭を撫でてもいいの?」
 
 そう訊くと、イオは目を閉じた。これはきっと「いいよ」ということだろう。
 
 そっとイオの頭を撫でる。先ほど撫でた足よりも、鱗がきめ細やかで柔らかい感じがした。
 
 ……はわわわわ。わたし、ドラゴンを撫でてる! 小動物に嫌われるわたしだけど、ドラゴンは違うみたい! やっぱり、すごく大きいからかな!?
 
「え……。おいおい、どうしたイオ。お前が初対面の相手に頭を下げるなんて!」

 ルーシャスさんが驚いたような声でそう言って、こちらへ向かってきた。
 
「頭を下げるのに、何か意味があるの?」
「大いにある。ドラゴンが頭を下げるのは、自分の背を許す相手にだけだ。ドラゴンはプライドが高いから、竜人族とはいえなかなか気を許すことはないんだよ。僕だってイオに頭を下げてもらえるまで、ふた月はかかったんだから」
 
 ルーシャスさんがそう言って、不満そうな顔をイオに向けた。けれどイオは知らんぷりで、むしろなぜか呆れたような半目でルーシャスさんを見ている。
 
 ……やきもちを妬くなんて馬鹿だなぁ、なんて思ってるのかしら?
 
「イオはきっと、お友達のルーシャスさんがわたしに良くしているから、自分もそうしてくれたのよ。ね、イオ?」
 
 イオはフンと鼻息で返事をした。ぶわりとなかなか強い風が起こって、びっくりする。鼻息がこんなにすごいなんて、ドラゴンって面白い。
 
「イオ。悪いけど、帰るのは少し後になりそうだ。キアラのお母さんをちゃんとしたところで休ませてやりたいから、ヴェラの街までみんなを乗せてやってくれ」
 
 ルーシャスさんがそう言うと、「いいぞ」というようにイオは大人しく体を伏せた。
 
「ありがとう、イオ!」
「ドラゴンに乗れるなんてすごいね、キアラ。少し怖そうだけど、僕もいつか乗ってみたいな」
「あ、あの、わたしも乗るんでしょうか……?」
 
 トーアとセラがそれぞれの反応を見せる中、クロは相変わらず無言で、じっとドラゴンを見つめている。誰かといる時、クロはほとんど喋らないのだ。
 
 ……あれ? でも、あれって見つめているというより、なんだか睨んでいるような……?
 
 次の瞬間には、クロはフイッとイオから目を背けてしまったので、気のせいだったのかなと、わたしは特に何もクロに尋ねることはなかった。
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