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第一章

竜人族の相棒

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「さて、キアラ。君のお母さんの怪我は小さな聖女さんが治してくれたようだが、まだ顔色が良くないようだ。この寝心地の悪そうなベッドに寝かせておくのはいかがなものかと思うのだが、君はどう思う?」
 
 ルーシャスさんが、うちのベッドで横たわる母を見ながらそう言った。
 
 ここで暮らしてもう何年も経つので気にしていなかったが、この家のひとつしかないベッドは干し草に大きな布をかぶせただけの、寝心地が良いとは決して言えないベッドだ。

 母は元々体が弱かったけれど、体調が一向に良くならないのは、この家ではしっかりと休めないから、という理由もあるとわたしは思っている。だから、ルーシャスさんの意見に反対する気は全くない。
 
「わたしもそう思うけど、うちにはこのベッドしかないから……」
「うん。だから、近くの村に宿屋でもあれば、まずはそこに連れて行った方がいいと思う。心当たりはあるかな?」
 
 わたしがよく知っている場所といえば、あのブーゴン男が治めていた近くの村だけだ。領主に脅されて半ば仕方なかったとはいえ、みんなに冷たくされてきた場所なので、あまり居心地が良いとは言えないと思う。それに、そもそもあの村に宿屋はなかったはずだ。
 
 わたしたちが今まで置かれていた状況を簡単に説明し、そう伝えると、ルーシャスさんは眉をひそめてうーんと唸った。
 
「そんなことがまかり通っていたとは。信じがたい愚か者が領主となっていたんだな。あの男に関しては上層部に伝えて詳細に調査し、しっかりと対処するよう約束するよ。今まで大変だったな、キアラ」
 
 そう言って、ルーシャスさんはまたわたしの頭を撫でてくれた。
 
 ……よしよし。これで領主のことはもう大丈夫そうね。
 
 わたしは、ブーゴン男がぜひとも領主から下ろされますように、と願っておいた。できれば何年か牢屋にでも入ってもらって、反省すればいいと思う。
 
 わたしの頭から手を離すと、ルーシャスさんは、なぜかトーアへと視線を向けた。
 
「そういえば、君の家はどうだ? 見たところキアラの友人のようだが、君の家で彼女を休ませることはできるだろうか? もちろん、相応の代金は払うよ」
「えっ!? ぼ、僕の家ですか?」
 
 急に話しかけられたトーアが、おろおろとして困った顔をした。もしかしたら、トーアもうちの家と同じくらい狭い家に住んでいるのだろうか。
 
「……その、やめておいた方がいいと思います。僕の家は、兄弟も多くて狭いし……キアラのお母さんは、あまりくつろげないと思うから……」
 
 言葉を選びながら、トーアが申し訳なさそうにうなだれた。それだけが断る理由ではなさそうだが、もしかしたら、トーアにも何か複雑な事情があるのかもしれない。
 
「大丈夫よ、トーア。いきなりだし、おうちの人たちもご迷惑だよね。ルーシャスさん、ちょっと不安だけど、やっぱりここでお母さんを休ませるしかないみたい」
「しかし、君のお母さんは元々体が弱いんだろう? ひどい目に遭った彼女を、ずっとこんなベッドに寝かせておくわけにはいかないよ。僕が住む帝都まではさすがに遠いが、ここから少し飛んだところにそこそこ大きな街がある。そこの宿なら、僕も近くの部屋を取れるから君のお母さんが目覚めた時に話も聞きやすい。どうかな?」
「……えっ、飛んだところ?」
 
 近くにわたしの知らない大きな町なんてあっただろうかということも気になるが、移動方法を「飛ぶ」と言ったことも気になった。わたしも母も飛べないけれど、ルーシャスさんなら飛べるのだろうか。
 
 わたしはルーシャスさんが背中から羽を生やして空を飛ぶ姿を想像した。
 
 ……もしかして竜人族って、大人になったら空を飛ぶことができるようになるのかしら!?
 
 わたしが目をキラキラさせて見つめたからだろうか、ルーシャスさんは「ぶはっ」と吹き出すように笑って、わたしの考えを否定した。
 
「キアラ、何を考えてるのかすごく顔に出てるけど、残念ながら僕自身が飛べるわけじゃないよ。『飛んで』と言ったのは、僕の相棒に乗ってという意味だ」
「……相棒?」
 
 ルーシャスさんが、首から下げていた小さな笛を吹いた。すると、少しして外が何やら騒がしくなってきた。強い風が吹くような音や、鳥たちが驚いて飛び去ったような音がし始めたのだ。
 
「えっ、何なに!?」
「外へ出よう。僕の相棒を紹介するよ」
 
 ルーシャスさんがドアを開けると同時に、ぶわりと風がまるで体当たりするみたいに吹いてきて、わたしは思わず目をつむった。
 
 ズン、と重いものが落ちたような音が聞こえて目を開けると、ドアの外には、広がっているはずの景色がなかった。まるで何かに塞がれているかのように、壁ができていたのだ。
 
「壁ができてる!?」
「ははっ、違うよ。ほら、外へ出て見てごらん」
 
 ルーシャスさんに言われて、みんなで外へ出た。
 すると、壁だと思っていたのは、なんと見上げるほど大きなドラゴンだったのである。
 
 
 
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