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第一章

母の危機

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 家が近づいてくると、わたしたちはだんだんと歩みをゆるめた。家にいるだろう領主と、その周囲にいるはずの領主の護衛たちに気づかれないようにするためだ。
 
 母のことが心配で逸る気持ちを抑えつつ、こっそりと様子を窺うため、なるべく音をたてないように草の生い茂る道を進んだ。
 
「……見えたわ。でも、特に物音はしないみたい」
 
 視力と聴力を強化して、まだ遠くに見える家の様子を見てみるけれど、特におかしなことはないようだ。家はわたしたちが出てきた時と変わらない状態でそこにある。
 
「えっ。キアラ、ここから家の様子がわかるの?」
 
 視力を強化していないと、まだ豆粒ほどの大きさにしか見えない距離だ。トーアたちには、ほとんど様子なんてわからないだろう。
 
「うん。わたし、わりと目と耳がいいの!」
「す、すごいね」
 
 わたしが強いということは知っているはずのトーアだが、視力を強化できることなどは知らないので、驚いたようだ。わたしはふふんと口元に笑みを浮かべながら、もう一度家のほうを良く観察してみた。
 
 すると、ある違和感に気づく。

「うーん。さすがに家の中の様子まではわからないけど、なんだか不思議なくらい静かな気がするわ。……もしかして、今日は領主が来ていないのかしら? そういえば、周囲に領主の護衛の人たちもいないし」
 
 でも、なんというか、そもそも人の気配がない気がする。母がいるはずなので、そんなはずはないのだけれど。そう言うと、トーアがサッと顔色を変えた。
 
「え、それって……」
「トーア?」
「……キアラ、家の様子をちゃんと見てみよう。嫌な予感がするんだ。もしかしたら、急いだ方がいいかもしれない」
「えっ、う、うん。わかった!」
 
 真剣な表情をしたトーアにそう言われて、わたしたちは足を速めた。嫌な予感がするという言葉が、わたしの心にも不安をもたらす。
 
 ……まさかね? 嫌がらせをしたり会うことを強要したりはしてたけど、今までずっと、無理矢理連れて行くようなことはなかったもの。お母さんは、ちゃんと家にいるわよね?
 
 そう自分に言い聞かせていたけれど、悪い予感は当たるものらしい。開け放たれたままのドアを見れば、それがすぐにわかった。
 
「お母さん!」
 
 わたしは明らかに何かあったと思われる家の中へ勢いよく飛び込んで、視界に広がった光景に息をのんだ。
 
「これは……」
「そ、そんな……」
 
 家の中には誰もおらず、そして荒れていた。
 母が用意したと思われる二つのカップは中身とともに床に散らばり、椅子は横に倒れていた。
 
 母は、すでに領主に無理矢理連れて行かれてしまったあとだったのだ。
 
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