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第一章
わたしの半分は
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「あら、この匂い……キアラ、もしかしてまた何か動物や魔獣を狩ってきたの?」
母にそう言われて、わたしはハッと思い出した。
「あっ、そうなの。わたしね、今日はクレーターベアを獲ってきたのよ!」
「えっ? く、クレーターベアですって?」
母がぎょっと目を剝いた。
わたしは今までにも、食べるためにたくさん狩りをしてきたが、クレーターベアのような大物は初めてだったので驚いたようだ。
母が信じられないというような顔をするので、わたしは一旦外へ出て、置いてきたままだった獲物を母に見せた。
「ほら!」
「きゃああ!? あ、あんなに大きな魔獣を!? キアラ、あなた怪我はしなかったの?」
母が青い顔でわたしの体を確かめるので、わたしは、むんっと力こぶを作ってみせた。
「なんともないよ! 一発では倒せなかったけど、二発目で倒したもん!」
「た、たった二回の攻撃で、クレーターベアを……?」
母が呆然としながら、わたしが作った力こぶに触れた。力こぶは、ぷにぷにと母に押し潰されている。
「……どうやったら、こんなに柔らかくて小さな腕でクレーターベアを倒せるのかしら? キアラは本当に不思議な子ね。でも、とてもすごいわ」
よしよし、と褒められて、わたしは満足の笑みを浮かべた。
「でも、誰にも見られなかった? クレーターベアを倒したり運んだりできるなんて知られたら、あなたが獣人族の血を引いているって、すぐにわかってしまうわ」
「……あ」
しまった。クレーターベアとの格闘中、周りに注意しておくのをすっかり忘れていた。初めてのクレーターベア狩りだったから、集中しすぎていたのだ。誰にも見られないよう、気をつけないといけなかったのに。
「えっと、でも、結構森の奥の方だったから、たぶん誰もいなかったと思うわ!」
わたしがしどろもどろにそう言えば、母は困ったようにため息を吐いた。
「キアラ。あなたは見た目こそ普通の人間族と変わらないけれど、獣人族の力を使う時は気をつけてといつも言っているでしょう。都会ではそうでもないけれど、獣人族は差別を受けるのが当然という風習が、この辺りはまだ根強いのよ。人さらいに捕まりたくないでしょう?」
「捕まる前にやっつけるから大丈夫! ……あ、でも、気をつけます。ごめんなさい」
ギロリと母に睨まれて、わたしは反射的に謝った。母は怒ると怖いのだ。
会ったことのないわたしの父は、どうやら獣人族らしい。
獣人族への差別は昔からあって、今は禁止されているのに、なかなかなくならないそうだ。こんな田舎では特に、わたしが半分獣人族だとバレたら大変だと、母はいつも口を酸っぱくして言っている。
だから、わたしは全力で走ったり跳んだり、殴ったりするのを人に見られてはいけないのである。
……さっきはちょっと忘れちゃってたけどね。失敗、失敗! 気をつけなくちゃ。
「あっ、そうだ。忘れてたといえば、ちゃんと血抜きもできたのよ! 危なく忘れかけてたんだけど!」
大物を仕留めた喜びで浮かれてしまい、しばらく引きずってから思い出したのだが、家の周囲が血生臭くなるのは嫌なので、森の中で気づけて良かった。獲物を仕留めるのはいつも素手だけど、血抜きのためのロープとナイフは、いつもきちんと持っている。
「そう。偉いわね、キアラ」
母に頭を撫でられて、えへへと笑う。
母は料理上手だ。
女中だったとはいっても、料理の下ごしらえはいつも手伝っていたようで、わたしが狩ってきた動物はいつも母が解体してくれている。
「でも、さすがにクレーターベアの解体なんてしたことがないわ。あんなに大きくては、私には難しいかもしれないわね」
母が困ったように腕を組んだ。しかし、わたしはニコッと笑ってみせる。
「大丈夫! 斧があるし、たぶんなんとかなるよ!」
斧は、この小屋に元々あったものだ。
本来は、薪を割るのに使うものである。
わたしは斧をしっかり持つと、大きく振りかぶった。
「……キ、キアラ!? 何を……」
「よっせーいっ!」
クレーターベアに向かって勢い良く斧を振り下ろすと、ドォン、というものすごい音がして、土煙が大きく舞った。
「……」
「よーし!」
土煙が収まると、そこには上下でまっぷたつになったクレーターベアがいた。ついでに地面も少しえぐれているけれど、たいした問題ではないだろう。
母がポカンとした顔で口を開けたまま、なぜか動かなくなってしまったので、わたしは首を傾げた。
「お母さん?」
「えっ? あ、ああ、大丈夫よ。お母さん、娘のすごさをまだ理解できていなかったのねって、反省していただけ……」
額を押さえながら、母はなぜか軽くため息を吐いたのだった。
……よくわからないけど、褒められたってことでいいのよね?
クレーターベアは、わたしと母の二人がかりでなんとか解体できた。
すぐに食べきれない分は、床下の保存庫に入れたり、母が保存のきく干し肉にしてくれたりする。
「……そろそろ塩がなくなりそうだわ。このお肉と交換で、塩を手に入れることができればいいのだけど……。キアラ、お願いできる?」
「うん。ついでに他のものも交換してもらえないか、村で聞いてみるね」
「……無理しないでね。ありがとう、キアラ」
聞いてみるとは言ったものの、もしかしたら難しいかもしれないなと思いながら、わたしは肉の塊をいくつか持って、村へと向かったのだった。
母にそう言われて、わたしはハッと思い出した。
「あっ、そうなの。わたしね、今日はクレーターベアを獲ってきたのよ!」
「えっ? く、クレーターベアですって?」
母がぎょっと目を剝いた。
わたしは今までにも、食べるためにたくさん狩りをしてきたが、クレーターベアのような大物は初めてだったので驚いたようだ。
母が信じられないというような顔をするので、わたしは一旦外へ出て、置いてきたままだった獲物を母に見せた。
「ほら!」
「きゃああ!? あ、あんなに大きな魔獣を!? キアラ、あなた怪我はしなかったの?」
母が青い顔でわたしの体を確かめるので、わたしは、むんっと力こぶを作ってみせた。
「なんともないよ! 一発では倒せなかったけど、二発目で倒したもん!」
「た、たった二回の攻撃で、クレーターベアを……?」
母が呆然としながら、わたしが作った力こぶに触れた。力こぶは、ぷにぷにと母に押し潰されている。
「……どうやったら、こんなに柔らかくて小さな腕でクレーターベアを倒せるのかしら? キアラは本当に不思議な子ね。でも、とてもすごいわ」
よしよし、と褒められて、わたしは満足の笑みを浮かべた。
「でも、誰にも見られなかった? クレーターベアを倒したり運んだりできるなんて知られたら、あなたが獣人族の血を引いているって、すぐにわかってしまうわ」
「……あ」
しまった。クレーターベアとの格闘中、周りに注意しておくのをすっかり忘れていた。初めてのクレーターベア狩りだったから、集中しすぎていたのだ。誰にも見られないよう、気をつけないといけなかったのに。
「えっと、でも、結構森の奥の方だったから、たぶん誰もいなかったと思うわ!」
わたしがしどろもどろにそう言えば、母は困ったようにため息を吐いた。
「キアラ。あなたは見た目こそ普通の人間族と変わらないけれど、獣人族の力を使う時は気をつけてといつも言っているでしょう。都会ではそうでもないけれど、獣人族は差別を受けるのが当然という風習が、この辺りはまだ根強いのよ。人さらいに捕まりたくないでしょう?」
「捕まる前にやっつけるから大丈夫! ……あ、でも、気をつけます。ごめんなさい」
ギロリと母に睨まれて、わたしは反射的に謝った。母は怒ると怖いのだ。
会ったことのないわたしの父は、どうやら獣人族らしい。
獣人族への差別は昔からあって、今は禁止されているのに、なかなかなくならないそうだ。こんな田舎では特に、わたしが半分獣人族だとバレたら大変だと、母はいつも口を酸っぱくして言っている。
だから、わたしは全力で走ったり跳んだり、殴ったりするのを人に見られてはいけないのである。
……さっきはちょっと忘れちゃってたけどね。失敗、失敗! 気をつけなくちゃ。
「あっ、そうだ。忘れてたといえば、ちゃんと血抜きもできたのよ! 危なく忘れかけてたんだけど!」
大物を仕留めた喜びで浮かれてしまい、しばらく引きずってから思い出したのだが、家の周囲が血生臭くなるのは嫌なので、森の中で気づけて良かった。獲物を仕留めるのはいつも素手だけど、血抜きのためのロープとナイフは、いつもきちんと持っている。
「そう。偉いわね、キアラ」
母に頭を撫でられて、えへへと笑う。
母は料理上手だ。
女中だったとはいっても、料理の下ごしらえはいつも手伝っていたようで、わたしが狩ってきた動物はいつも母が解体してくれている。
「でも、さすがにクレーターベアの解体なんてしたことがないわ。あんなに大きくては、私には難しいかもしれないわね」
母が困ったように腕を組んだ。しかし、わたしはニコッと笑ってみせる。
「大丈夫! 斧があるし、たぶんなんとかなるよ!」
斧は、この小屋に元々あったものだ。
本来は、薪を割るのに使うものである。
わたしは斧をしっかり持つと、大きく振りかぶった。
「……キ、キアラ!? 何を……」
「よっせーいっ!」
クレーターベアに向かって勢い良く斧を振り下ろすと、ドォン、というものすごい音がして、土煙が大きく舞った。
「……」
「よーし!」
土煙が収まると、そこには上下でまっぷたつになったクレーターベアがいた。ついでに地面も少しえぐれているけれど、たいした問題ではないだろう。
母がポカンとした顔で口を開けたまま、なぜか動かなくなってしまったので、わたしは首を傾げた。
「お母さん?」
「えっ? あ、ああ、大丈夫よ。お母さん、娘のすごさをまだ理解できていなかったのねって、反省していただけ……」
額を押さえながら、母はなぜか軽くため息を吐いたのだった。
……よくわからないけど、褒められたってことでいいのよね?
クレーターベアは、わたしと母の二人がかりでなんとか解体できた。
すぐに食べきれない分は、床下の保存庫に入れたり、母が保存のきく干し肉にしてくれたりする。
「……そろそろ塩がなくなりそうだわ。このお肉と交換で、塩を手に入れることができればいいのだけど……。キアラ、お願いできる?」
「うん。ついでに他のものも交換してもらえないか、村で聞いてみるね」
「……無理しないでね。ありがとう、キアラ」
聞いてみるとは言ったものの、もしかしたら難しいかもしれないなと思いながら、わたしは肉の塊をいくつか持って、村へと向かったのだった。
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