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第二章 魔塔の魔法使い

ピンチ

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 頭が痛い。
 
 ズキズキするような、ガンガンするような、鈍い痛みで目が覚めた。
 
「い……た……っ」
 
 なぜこんなに頭が痛いのだろう。
 そう考えて、ハッと気づく。
 
 街中、宿屋の前でマリッサたちと別れてすぐ、私は誰かに視界と口元を覆われ、意識を失ったのではなかったか。
 
 ……何か薬でも嗅がされたのかしら? ずいぶん副作用の強いものを使われたみたいね。
 
 ガンガンする頭を押さえようとして、手足が縛られていることに気がついた。ロープで後ろ手に縛られているので、手首も結構痛む。
 
 床に寝転がされていたようだが、なんとか起き上がり周囲を確認すると、そこは見知らぬ山小屋のような、小汚い部屋の中だった。
 
 窓にはカーテンがかかっていないが、外はずいぶんと暗い。今は真夜中のようだ。
 襲われたのは月が出始めた頃だったので、恐らく寝かされていたのは数時間といったところだろう。
 
 ……でも、なぜ私が攫われたのかしら?
 
 身代金目的の誘拐だろうか。
 でもそれなら、私みたいな大人ではなくて、もっと幼い子供の方が良さそうなものだ。身なりだって特に良いものではないので、目をつけられそうな要素はないと思う。
 
 ……というかむしろ、ウチは借金持ちなんですから、身代金なんて払えませんし!
 
 幸い、服を脱がされたり暴行されたりした跡もない。私を攫って、誰にどんな利益があるというのだろう。
 
 そんなことを考えていると、後ろからガタンという音とともに、一人の男がドアを開けて現れた。
 
「よぉ、起きたのか、嬢ちゃん。いや、オヒメサマか?」
 
 ゲラゲラと下品な笑い声が、とても耳障りに響いた。思わず顔をしかめる。
 
 何なのだろうこの男は。
 大きな体に髭面で、ボサボサの髪は清潔感などまるでない。まるで山賊のような風体だ。
 瓶を片手に持っているが、漂ってくる臭いからして、酒を飲んでいたようだ。
 
「お姫様とは、どなたのことでしょう? 全く心当たりがありませんが、人違いではないでしょうか?」
 
「あぁん? いーや、間違いねぇはずだ。おめぇだろ? 魔塔の魔法使いである第二王子のお気に入りってのは」
 
 ……ノラード様のこと!?
 
「なぜ、私を……」
 
「なぜってそりゃあ、ヤツに言うことを聞かせるためさ。要は人質ってこったな」

「……! そんな……」
 
 確かに、私はノラード様が唯一そばに置くお世話係だ。人質にするなら、私以上の適任はいないだろう。
 
 ……私、普段からもっと気をつけていなければいけなかったんだわ。
 
 自分の考えの至らなさに歯噛みする。
 私が捕まったと聞けば、優しい彼はきっと助けようとするに違いない。私のせいで、彼が何か理不尽な要求を呑まざるを得ない状況になったらどうしよう。
 
「……あなた、殿下をどうするつもりなの? 殿下と知り合いには見えないけれど」
 
 会えなかった七年で知り合った可能性もゼロではないが、彼のような人物がノラード様と関わりがあったとは考えにくい。私を人質にして、彼に何をさせたいのだろうか。
 
 キッと男を睨みながら質問すると、男はなぜか片眉をピクリと動かし、ニヤリと口端を上げた。
 
「さぁな? お察しの通り、俺ぁただの雇われだから、そんなもん知らねぇよ。言われた通り、オヒメサマを見張ってるだけなもんで。でも、ま……」
 
 男が、おもむろにこちらへ近づいてくる。
 
「な、何……?」
 
「いやぁ、俺は気の強え女が好みなんだよ。あんた結構可愛いしな。やっぱり偉いヤツのお気に入りになるだけあるっつーか……」
 
 舐めるような気持ちの悪い視線が、私の体中に注がれる。
 悪寒が全身を駆け巡った。
 
「生きてさえいりゃ、ちょっとぐれぇ味見しても問題ねぇよな?」
 
 ……大いにあると思いますけど!?
 
「こ、来ないで……!」
 
「いいねぇ、抵抗されんのもまた燃えるぜ」
 
 男が近づいてくるごとに、酒臭いにおいが強くなる。
 ヒュッと喉が鳴った。
 
 怖い。
 気持ち悪い。
 
 恐怖と嫌悪がごちゃまぜになって私の頭を埋め尽くした。じわりと目の奥が熱くなる。
 
 すぐそばまで来た男の手が、私に触れようと伸ばされた。
 
「ノラード様……!」
 
 思わず彼の名を呼んだ時、聞き覚えのある可愛い声がすぐ近くから聞こえてきた。
 
『リーシャに触るんじゃないわよ、このヒゲヅラデブ!!』
 
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