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第一章 離宮の住人

閑話 王妃の噂

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 早朝、食料庫で今日持って行く食材を見繕っていると、後ろから声をかけられた。
 
「おはようございます、リーシャ様。今日も早いですね」
 
「あ、おはようございます、セルジュくん」
 
 私より一つ年下で料理人見習いをしているセルジュくんは、厨房の使用人たちの中でも一番早く出勤する。そのため、私とここで顔を合わせることもよくあるのだ。お互い大変ですね、と返すと、セルジュくんは明るい声を出した。
 
「いやぁ、僕はまだ下っ端なので仕方ありませんよ。それより、リーシャ様の方が大変じゃないですか? 誰もやりたがらなかった幽閉……いや、第二王子殿下のお世話をたった一人でこなされてるんですから。正直、みんなすぐに辞めると思っていたんですよ」
 
 ははは、と笑いながら言われた言葉に、思わず苦笑する。彼は幽閉王子と呼ぶのを私が嫌っていることを知っているので言い直したが、普段からそう呼んでいるのが丸わかりだ。
 
「セルジュくん。本来なら王族をそんなふうに呼べば、物理的に首が飛んでもおかしくないのよ。気をつけた方がいいと思うわ」
 
 困ったような表情で注意をすると、セルジュくんは驚いたように目を瞬かせた。
 
「何を言っているんですか、リーシャ様。王妃様がそう呼ぶのを面白がっているから、みんな進んでそう呼んでいるんですよ? 首が飛ぶわけがありません。僕は、むしろリーシャ様の方が心配です」
 
 今度は私が目を瞬かせる番だった。
 まさか、王妃様が幽閉王子なんて呼び方を助長させていらっしゃるなんて。
 
「心配って、どうして?」
 
 たとえそうであっても、まさかそう呼ばないことに対してお咎めがあるわけではないはずだ。私が首を傾げると、セルジュくんはキョロキョロと周囲を確認し、声を落として教えてくれた。
 
「……これはみんなが知っていることなので言いますけど、王妃様は第二王子殿下を疎んでいらっしゃいます。それどころか、お世話をさせる者を積極的に置きたがりませんから、そのまま亡き者にしようとしているという噂もあるんです。だから、甲斐甲斐しく第二王子殿下のお世話をするリーシャ様のことが知られたら、目をつけられるのではないかと……」
 
 私はまさかと目を見張る。
 けれど、心配そうなセルジュくんの表情を見れば、嘘や冗談などではなさそうだ。
 
「……わかったわ、覚えておく。心配してくれてありがとう」
 
 ただ仕事をしているだけの私に何かするとも思えないが、セルジュくんの様子や周囲人たちの状態からして、王妃様が第二王子殿下の存在を良く思っていないことは確かだろう。

 ……王妃様は、どうしてそこまで第二王子殿下を嫌うのかしら。やっぱり、ご自身の息子である第一王子殿下を確実に次期国王にするために……?

 けれど、第一王子と第二王子では、正直立場が違いすぎる。特別何かしなくとも、恐らく王太子は第一王子になりそうなものなのに。
 
 第二王子のもとへ通うのを辞めるつもりはないが、この話は漠然とした不安となって私の胸の中に残った。
 
 私はほとんど一日中離宮にいるので、王妃様に会うどころか見かけたことさえないけれど、これからも関わる機会がなければいいな、と思ってしまったのだった。

 
 
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