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第二章 魔塔の魔法使い

言いがかり

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「あなた、ちょっとよろしいかしら?」
 
 王城の広い廊下を掃除していた私は、近くから聞こえた声に振り向いた。
 すると、険しい表情でこちらを睨む、三人の令嬢たちと視線が合う。
 
 なんだか厄介なことになりそうな気配しかしなかった。
 
 軽く周囲を見回すも、立ち位置からして彼女たちが声をかけたのは間違いなく私のようだ。共に掃除をしていたメイドたちは、運の悪いことに、それほど親しくない人ばかりだった。触らぬ神に祟りなしとばかりに、サッと私から彼女たちの視線が逸らされる。
 
 なんなら、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる人までいた。
 彼女は私が身の程を弁えず王太子を誘惑しているに違いないと誰彼かまわず吹聴していた人物なので、それも当然だが。
 
 私はため息をつきたいのをグッと堪え、にこりと笑顔を作って返事をした。
 
「わたくしに何かご用でしょうか?」
 
「ええ、そうよ。あなた、一体どういうつもりなの? ただのメイドのくせに、恐れ多くも王太子殿下をたぶらかしているんですってね?」
 
「王太子殿下にはアイリーゼ様という素晴らしい婚約者がいらっしゃること、ご存知ないのかしら?」
 
 ……いいえ、誰よりも知っていますよ。
 
 私はそう思いながらも、「そのようなつもりは全くございません。とんでもないことです」と言うだけにとどめた。
 
 彼女たちは、アイリーゼ様の取り巻きたちだ。私は誰かさんのせいで、彼女の情報だけはよく知っていた。
 
 彼女たちはみんな年下だが、いずれも伯爵家以上の、高位貴族のお嬢様たちだ。そして、美しく気高いアイリーゼ様を崇拝している。
 
 少々妄信的とも言える彼女たちの目は、憤怒と嫌悪の色に染まっていた。
 
 ここで、メイドであり弱小貴族である私が何を言っても信じてもらえるとは思えないし、口ごたえをしたとさらに責められる可能性が高い。
 
 しかし、反論しないと認めたことになるので、否定はしなければならない。私はできるだけしおらしく見えるようにうつむきながら、悲しげな顔をした。我ながら、なかなか王宮でのこういった駆け引きに慣れてきたなと思う。
 
 恐らく、彼女たちは独断で私に突撃しているのだろう。アイリーゼ様は正義感の強い性格で、浮気相手を裏で攻撃するくらいならばキッパリと婚約を解消するだろうということを、私は以前の出来事からきちんと学んでいた。
 
 本意でないとはいえ誤解させるような行動をしていたのは事実であるし、苦言だけならば甘んじて受けようと思うが、彼女たちの怒りはそう簡単に収まらないようだ。
 
「まぁ! 言い逃れをするなんて見苦しい女ね!」
 
「あなたみたいな行き遅れが、殿下に目をかけてもらおうだなんて図々しい!」
 
「恥を知りなさい!」
 
 令嬢の一人が、そばに置いてあった掃除用のバケツを乱暴に掴んだ。
 
 ……えっ、まさか、それをかけるつもり!?
 
 汚水を浴びるのはさすがに抵抗があったが、想定していなかった事態に驚いて、私はとっさに動けなかった。ギュッと目を瞑り、ただ衝撃が来るのを待つ。
 
 バシャッ!!
 
「きゃあっ!?」
 
「いやぁっ!」
 
「な、なんなの!?」
 
 しかし、覚悟していた冷たさや水のぶつかる衝撃はなかったのに、水のかかる音と令嬢たちの驚いたような声が聞こえてきた。
 
 私がそっと目を開けると、そこにはずぶ濡れになった令嬢三人が、呆然と佇んでいた。
 
 
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