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第二章 魔塔の魔法使い
七年後
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ノラード様が魔塔へと消えてから、七年の月日が経った。
「リーシャ~!」
「ん?」
同僚で友人のモナから名前を呼ばれて、私は籠いっぱいに抱えている綺麗に畳まれたリネンを落とさないよう、そっと振り向いた。
十五歳で働き始めた頃よりも、少し背が伸びた。
体型もあの頃より凹凸がはっきりしてきたし、今は働きやすいよう後ろで綺麗にまとめてあるものの、肩につくほどの長さだった茶色の髪は腰まで伸びている。
貴族令嬢としては完全に行き遅れと言われる年齢になった私だが、むしろあの頃よりもずっと女性らしくなったのではないかと思う。
二十二歳になった今も、私は城で働いていた。
ただし、部署は当然、あの頃とは異なっている。
「どうしたの? モナ」
「王太子殿下が呼んでたよ! ここはいいから、早く行ってきなよ」
「ええぇ……」
……またなのね。今度は一体なんなのかしら?
私はうんざりした気持ちで、籠を受け取ろうと腕を伸ばすモナを見つめた。
仕方なく籠を差し出しながら、私が小さくため息をこぼしたのを彼女は見逃さなかった。
「なによぉ、辛気臭いため息なんて吐いちゃって。みんなが羨ましがってるの、知ってるでしょ? ま、あたしは婚約者がいるから違うけど」
「だからじゃないの……。王太子殿下ったら、誤解を招くから頻繁に呼び出さないでくださいとお願いしているのに」
渋々籠を渡すと、モナは呆れたように私の文句を切り捨てた。
「でも、あなたは殿下の専属メイドじゃない。呼ばれたら行くのが当たり前でしょ?」
「う、まぁそうなのだけど……」
思わずモゴモゴと口ごもる。
「はぁ、仕方ないわね。行ってくるわ。悪いけれど、モナ。それをお願いね」
「はいはい、いってらっしゃーい」
私はモナが来た方向へ、踵を返して歩き出した。気が進まないが、現在の主に呼ばれたならば行くしかない。
私は現在、王太子である第一王子の専属メイドになっていた。
ノラード様の時のように一人しかいない世話係というわけではないので、他の仕事もしているが、それは紛れもない事実だった。それには、彼と別れてから起こった様々な出来事が関係している。
◆
殿下が魔塔へ行ってしまい、私は仕事を失くすことになってしまった。
それも困った事態だが、彼が魔塔へ行ったことを周囲にどう説明すればいいのだろうかと、私は途方に暮れた。
どうするべきか迷った結果、とりあえず報告はするべきだろうと、私は侍女長をしている伯母のもとへ向かった。今後の仕事についても相談をするために、まず彼女へ話をするのが良いと思ったのだ。
しかしその時、本城はちょっとした騒ぎになっていた。ザワザワと騒がしく、人々が慌ただしく動き回っている。
『あの、どうかしたのですか?』
『え、リーシャ!? いた、いたわー!! リーシャはここよー!!』
『えっ、なに? なんなのですか!?』
たまたま声をかけたメイドにそんなふうに叫ばれて、私は困惑した。まるで何かの事件の犯人のような扱いではないか。
聞けば、なんとノラード様の魔塔入りはすでに大勢の知るところとなっていたらしい。
それというのとも、つい先ほど、会議中だった国王陛下の目の前に直接手紙が届けられたのだとか。第二王子は、自らの意思で魔塔へ入ったことを承知おき願うという旨の手紙だったそうだ。
いきなり人がいなくなることになるので、魔塔へ入る者の周囲には、こういったアフターケアがあるらしい。
その確認を行うため離宮へ人を向かわせたら、常に人を寄せ付けないでいた、暴力的なまでに強力な第二王子の魔力が感じられなくなっていた。そこで、唯一の世話係だった者から話を聞こうと捜索していたが、入れ違ったようで、なかなか見つからなかったのだとか。
そこへ、ひょっこり私が現れたということらしい。
その後は、たくさんの人たちから色々と質問をされた。
魔塔からの正式な通知書があったこともあり、簡単な確認程度で済んだのは幸いだった。
そして、魔塔のアフターケアは私にも適用されていたらしい。
しっかりと、伯母へ私の仕事を斡旋するようにという手紙も届いていた。結構な額のお金も一緒に届いていたらしいが、伯母は「舐めないでほしいわね」と怒り心頭だった。
彼女はもし私がノラード様の魔力に堪えられなかったとしても、どのみち城のメイドとして雇ってくれるつもりだったらしい。専属として世話係ができなくても、食事を運ぶ当番の仕事さえすれば認めるつもりだったのだと言う。
いつか魔塔の魔法使いたちに返してやるわと言って、伯母は袋いっぱいのお金を睨んでいた。
そうして私は無事、城のメイドとして働き続けることができたのだった。
すでにメイド寮で暮らして半年経っていたので、モナのようにすんなりと受け入れてくれた人も多く一安心していたのだが、しばらくして事件は起こったのだった。
「リーシャ~!」
「ん?」
同僚で友人のモナから名前を呼ばれて、私は籠いっぱいに抱えている綺麗に畳まれたリネンを落とさないよう、そっと振り向いた。
十五歳で働き始めた頃よりも、少し背が伸びた。
体型もあの頃より凹凸がはっきりしてきたし、今は働きやすいよう後ろで綺麗にまとめてあるものの、肩につくほどの長さだった茶色の髪は腰まで伸びている。
貴族令嬢としては完全に行き遅れと言われる年齢になった私だが、むしろあの頃よりもずっと女性らしくなったのではないかと思う。
二十二歳になった今も、私は城で働いていた。
ただし、部署は当然、あの頃とは異なっている。
「どうしたの? モナ」
「王太子殿下が呼んでたよ! ここはいいから、早く行ってきなよ」
「ええぇ……」
……またなのね。今度は一体なんなのかしら?
私はうんざりした気持ちで、籠を受け取ろうと腕を伸ばすモナを見つめた。
仕方なく籠を差し出しながら、私が小さくため息をこぼしたのを彼女は見逃さなかった。
「なによぉ、辛気臭いため息なんて吐いちゃって。みんなが羨ましがってるの、知ってるでしょ? ま、あたしは婚約者がいるから違うけど」
「だからじゃないの……。王太子殿下ったら、誤解を招くから頻繁に呼び出さないでくださいとお願いしているのに」
渋々籠を渡すと、モナは呆れたように私の文句を切り捨てた。
「でも、あなたは殿下の専属メイドじゃない。呼ばれたら行くのが当たり前でしょ?」
「う、まぁそうなのだけど……」
思わずモゴモゴと口ごもる。
「はぁ、仕方ないわね。行ってくるわ。悪いけれど、モナ。それをお願いね」
「はいはい、いってらっしゃーい」
私はモナが来た方向へ、踵を返して歩き出した。気が進まないが、現在の主に呼ばれたならば行くしかない。
私は現在、王太子である第一王子の専属メイドになっていた。
ノラード様の時のように一人しかいない世話係というわけではないので、他の仕事もしているが、それは紛れもない事実だった。それには、彼と別れてから起こった様々な出来事が関係している。
◆
殿下が魔塔へ行ってしまい、私は仕事を失くすことになってしまった。
それも困った事態だが、彼が魔塔へ行ったことを周囲にどう説明すればいいのだろうかと、私は途方に暮れた。
どうするべきか迷った結果、とりあえず報告はするべきだろうと、私は侍女長をしている伯母のもとへ向かった。今後の仕事についても相談をするために、まず彼女へ話をするのが良いと思ったのだ。
しかしその時、本城はちょっとした騒ぎになっていた。ザワザワと騒がしく、人々が慌ただしく動き回っている。
『あの、どうかしたのですか?』
『え、リーシャ!? いた、いたわー!! リーシャはここよー!!』
『えっ、なに? なんなのですか!?』
たまたま声をかけたメイドにそんなふうに叫ばれて、私は困惑した。まるで何かの事件の犯人のような扱いではないか。
聞けば、なんとノラード様の魔塔入りはすでに大勢の知るところとなっていたらしい。
それというのとも、つい先ほど、会議中だった国王陛下の目の前に直接手紙が届けられたのだとか。第二王子は、自らの意思で魔塔へ入ったことを承知おき願うという旨の手紙だったそうだ。
いきなり人がいなくなることになるので、魔塔へ入る者の周囲には、こういったアフターケアがあるらしい。
その確認を行うため離宮へ人を向かわせたら、常に人を寄せ付けないでいた、暴力的なまでに強力な第二王子の魔力が感じられなくなっていた。そこで、唯一の世話係だった者から話を聞こうと捜索していたが、入れ違ったようで、なかなか見つからなかったのだとか。
そこへ、ひょっこり私が現れたということらしい。
その後は、たくさんの人たちから色々と質問をされた。
魔塔からの正式な通知書があったこともあり、簡単な確認程度で済んだのは幸いだった。
そして、魔塔のアフターケアは私にも適用されていたらしい。
しっかりと、伯母へ私の仕事を斡旋するようにという手紙も届いていた。結構な額のお金も一緒に届いていたらしいが、伯母は「舐めないでほしいわね」と怒り心頭だった。
彼女はもし私がノラード様の魔力に堪えられなかったとしても、どのみち城のメイドとして雇ってくれるつもりだったらしい。専属として世話係ができなくても、食事を運ぶ当番の仕事さえすれば認めるつもりだったのだと言う。
いつか魔塔の魔法使いたちに返してやるわと言って、伯母は袋いっぱいのお金を睨んでいた。
そうして私は無事、城のメイドとして働き続けることができたのだった。
すでにメイド寮で暮らして半年経っていたので、モナのようにすんなりと受け入れてくれた人も多く一安心していたのだが、しばらくして事件は起こったのだった。
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