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第一章 離宮の住人

来訪者

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「……あら? 誰かしら」
 
 空き部屋のひとつを掃除をしていると、窓の外に、木陰から誰かが離宮を窺うように見ている姿がちらりと見えた。
 
 第二王子の離宮であるこの小さな屋敷では、殿下と自分以外の人間を見ることがなかったので、私は驚くと同時に疑問を持った。
 
 ……一体誰が、どんな理由でここへ来たのかしら?
 
 悪い理由でなければいいけれど。
 
 そんな風に不安を感じながら、私は確認のために外へ出た。
 
 現在も、第二王子はまるで危険人物のような扱いを受けている。
 魔力暴走は意図的なものではないのに、彼に近づけば命がいくつあっても足りないだとか、少し機嫌を損ねれば攻撃されるとか、なぜか悪意のある噂が止まないのだ。
 
 ……殿下はすごく優しい方なのに、噂を鵜呑みにするなんてみんな馬鹿よね。
 
 そんな彼のお世話係を続けている私まで、おかしな人を見るような眼差しを向けられることも、実はよくある。
 
 そんなことは全く気にしていないが、そんな中でこの離宮へ近づく人を警戒しないわけにもいかない。
 
 離宮から出ると、手入れのされていない林がすぐそばに広がっている。人が隠れて近づくのは容易い状態なのだ。
 
 そして、先ほど窓から人影が見えた場所まで行ってみると、そこには先ほど見た誰かが、まだいるようだった。
 私と同い年ほどの少年……まもなく青年と呼ばれるような外見の人物が、険しい顔で二階の窓の方を見つめている。表情からして、あまり殿下に良い感情は持っていないのだろうと感じた。
 
 そこはかとなく厄介事の気配がするが、このまま放置しておくわけにはいかない。
 
 意を決して、私は彼に声をかけた。
 
「あの、何かご用ですか?」
 
「うわぁっ!?」
 
 私の接近に全く気づいていなかったようで、彼は大げさなほどビクッと体を飛び上がらせた。その様がなんだか面白くて、私は笑いを堪えるのに少し苦労するはめになった。
 
「い、いきなり声をかけるな! 俺を誰だと思っているんだ!?」
 
 ……なんだか、偉そうな人が来てしまったみたいね。
 
 明るい茶髪に紫の目をした彼は、かなり質の良さそうな服を着ているが、一人の従者も連れていないところを見ると、きっと上位か中位貴族の子息なのだろうと思われる。
 少なくとも私よりも地位が高いことは確かだろうが、だからといっていきなり横柄な態度を取るなんて失礼な人だなと思う。
 
 ため息を吐きたいのを我慢しつつ、私はにこりと笑みを浮かべた。
 
「申し訳ございません、不勉強なもので……。それで、どちら様でしょうか?」
 
「なっ、お、俺を知らないだと!? ……ふん。後ろ盾もないくせに王太子の座を狙っているという、バカで乱暴な第二王子の顔を拝んでやろうと来てみたが、唯一の使用人がこれでは、主人の程度も知れるというものだな。やはり、どうしようもない粗忽者との噂は間違っていないようだ」
 
 ……はい!? うちの殿下は、賢くて優しくて素直と三拍子揃った、とってもいい子ですけれど!??
 
 社交界にデビューしていないので、私が貴族たちの情報に明るくないのは確かだ。
 だがここで過ごした四ヶ月ほどで、殿下が野心家でもなければ、バカでも乱暴者でもないことを私はよく知っている。
 
 とても王子とは思えないほどの冷遇を受けながらも全く擦れておらず、一人で魔法を覚えてしまうほど賢いし、何かとお手伝いをしたいと申し出てきてくれるし、使用人である私の言うことも素直に受け入れてくれるようないい子なのだ。こんな、何一つ苦労を知らなそうな奴に卑下されるいわれはない。
 
 私はとても腹が立って、つい反論してしまった。
 
「お言葉ですが、顔を拝んでやろうとおっしゃるということは、第二王子殿下とお会いになったことすらないのですよね? それなのに、そのように断定した物言いをなさるのはいかがなものでしょうか。あなた様がいくら高貴なご身分であられるのだとしても、低俗な言動はご自身の品格を落としかねませんわ。お気をつけくださいませ」
 
 私は無機質な笑みを浮かべながら言い放ってやった。どう見ても怒りを滲ませている私の態度に、少年がグッと言葉を詰まらせた。
 
「……お前、生意気だぞ!!」
 
「痛っ!」
 
 激高した少年が、すごい勢いで私の手首を掴んだ。言い過ぎたかと私が若干後悔した時、屋敷の入口から叫ぶような大声が聞こえた。
 
「リーシャ!!」
 
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