28 / 85
第一章 離宮の住人
来訪者
しおりを挟む
「……あら? 誰かしら」
空き部屋のひとつを掃除をしていると、窓の外に、木陰から誰かが離宮を窺うように見ている姿がちらりと見えた。
第二王子の離宮であるこの小さな屋敷では、殿下と自分以外の人間を見ることがなかったので、私は驚くと同時に疑問を持った。
……一体誰が、どんな理由でここへ来たのかしら?
悪い理由でなければいいけれど。
そんな風に不安を感じながら、私は確認のために外へ出た。
現在も、第二王子はまるで危険人物のような扱いを受けている。
魔力暴走は意図的なものではないのに、彼に近づけば命がいくつあっても足りないだとか、少し機嫌を損ねれば攻撃されるとか、なぜか悪意のある噂が止まないのだ。
……殿下はすごく優しい方なのに、噂を鵜呑みにするなんてみんな馬鹿よね。
そんな彼のお世話係を続けている私まで、おかしな人を見るような眼差しを向けられることも、実はよくある。
そんなことは全く気にしていないが、そんな中でこの離宮へ近づく人を警戒しないわけにもいかない。
離宮から出ると、手入れのされていない林がすぐそばに広がっている。人が隠れて近づくのは容易い状態なのだ。
そして、先ほど窓から人影が見えた場所まで行ってみると、そこには先ほど見た誰かが、まだいるようだった。
私と同い年ほどの少年……まもなく青年と呼ばれるような外見の人物が、険しい顔で二階の窓の方を見つめている。表情からして、あまり殿下に良い感情は持っていないのだろうと感じた。
そこはかとなく厄介事の気配がするが、このまま放置しておくわけにはいかない。
意を決して、私は彼に声をかけた。
「あの、何かご用ですか?」
「うわぁっ!?」
私の接近に全く気づいていなかったようで、彼は大げさなほどビクッと体を飛び上がらせた。その様がなんだか面白くて、私は笑いを堪えるのに少し苦労するはめになった。
「い、いきなり声をかけるな! 俺を誰だと思っているんだ!?」
……なんだか、偉そうな人が来てしまったみたいね。
明るい茶髪に紫の目をした彼は、かなり質の良さそうな服を着ているが、一人の従者も連れていないところを見ると、きっと上位か中位貴族の子息なのだろうと思われる。
少なくとも私よりも地位が高いことは確かだろうが、だからといっていきなり横柄な態度を取るなんて失礼な人だなと思う。
ため息を吐きたいのを我慢しつつ、私はにこりと笑みを浮かべた。
「申し訳ございません、不勉強なもので……。それで、どちら様でしょうか?」
「なっ、お、俺を知らないだと!? ……ふん。後ろ盾もないくせに王太子の座を狙っているという、バカで乱暴な第二王子の顔を拝んでやろうと来てみたが、唯一の使用人がこれでは、主人の程度も知れるというものだな。やはり、どうしようもない粗忽者との噂は間違っていないようだ」
……はい!? うちの殿下は、賢くて優しくて素直と三拍子揃った、とってもいい子ですけれど!??
社交界にデビューしていないので、私が貴族たちの情報に明るくないのは確かだ。
だがここで過ごした四ヶ月ほどで、殿下が野心家でもなければ、バカでも乱暴者でもないことを私はよく知っている。
とても王子とは思えないほどの冷遇を受けながらも全く擦れておらず、一人で魔法を覚えてしまうほど賢いし、何かとお手伝いをしたいと申し出てきてくれるし、使用人である私の言うことも素直に受け入れてくれるようないい子なのだ。こんな、何一つ苦労を知らなそうな奴に卑下されるいわれはない。
私はとても腹が立って、つい反論してしまった。
「お言葉ですが、顔を拝んでやろうとおっしゃるということは、第二王子殿下とお会いになったことすらないのですよね? それなのに、そのように断定した物言いをなさるのはいかがなものでしょうか。あなた様がいくら高貴なご身分であられるのだとしても、低俗な言動はご自身の品格を落としかねませんわ。お気をつけくださいませ」
私は無機質な笑みを浮かべながら言い放ってやった。どう見ても怒りを滲ませている私の態度に、少年がグッと言葉を詰まらせた。
「……お前、生意気だぞ!!」
「痛っ!」
激高した少年が、すごい勢いで私の手首を掴んだ。言い過ぎたかと私が若干後悔した時、屋敷の入口から叫ぶような大声が聞こえた。
「リーシャ!!」
空き部屋のひとつを掃除をしていると、窓の外に、木陰から誰かが離宮を窺うように見ている姿がちらりと見えた。
第二王子の離宮であるこの小さな屋敷では、殿下と自分以外の人間を見ることがなかったので、私は驚くと同時に疑問を持った。
……一体誰が、どんな理由でここへ来たのかしら?
悪い理由でなければいいけれど。
そんな風に不安を感じながら、私は確認のために外へ出た。
現在も、第二王子はまるで危険人物のような扱いを受けている。
魔力暴走は意図的なものではないのに、彼に近づけば命がいくつあっても足りないだとか、少し機嫌を損ねれば攻撃されるとか、なぜか悪意のある噂が止まないのだ。
……殿下はすごく優しい方なのに、噂を鵜呑みにするなんてみんな馬鹿よね。
そんな彼のお世話係を続けている私まで、おかしな人を見るような眼差しを向けられることも、実はよくある。
そんなことは全く気にしていないが、そんな中でこの離宮へ近づく人を警戒しないわけにもいかない。
離宮から出ると、手入れのされていない林がすぐそばに広がっている。人が隠れて近づくのは容易い状態なのだ。
そして、先ほど窓から人影が見えた場所まで行ってみると、そこには先ほど見た誰かが、まだいるようだった。
私と同い年ほどの少年……まもなく青年と呼ばれるような外見の人物が、険しい顔で二階の窓の方を見つめている。表情からして、あまり殿下に良い感情は持っていないのだろうと感じた。
そこはかとなく厄介事の気配がするが、このまま放置しておくわけにはいかない。
意を決して、私は彼に声をかけた。
「あの、何かご用ですか?」
「うわぁっ!?」
私の接近に全く気づいていなかったようで、彼は大げさなほどビクッと体を飛び上がらせた。その様がなんだか面白くて、私は笑いを堪えるのに少し苦労するはめになった。
「い、いきなり声をかけるな! 俺を誰だと思っているんだ!?」
……なんだか、偉そうな人が来てしまったみたいね。
明るい茶髪に紫の目をした彼は、かなり質の良さそうな服を着ているが、一人の従者も連れていないところを見ると、きっと上位か中位貴族の子息なのだろうと思われる。
少なくとも私よりも地位が高いことは確かだろうが、だからといっていきなり横柄な態度を取るなんて失礼な人だなと思う。
ため息を吐きたいのを我慢しつつ、私はにこりと笑みを浮かべた。
「申し訳ございません、不勉強なもので……。それで、どちら様でしょうか?」
「なっ、お、俺を知らないだと!? ……ふん。後ろ盾もないくせに王太子の座を狙っているという、バカで乱暴な第二王子の顔を拝んでやろうと来てみたが、唯一の使用人がこれでは、主人の程度も知れるというものだな。やはり、どうしようもない粗忽者との噂は間違っていないようだ」
……はい!? うちの殿下は、賢くて優しくて素直と三拍子揃った、とってもいい子ですけれど!??
社交界にデビューしていないので、私が貴族たちの情報に明るくないのは確かだ。
だがここで過ごした四ヶ月ほどで、殿下が野心家でもなければ、バカでも乱暴者でもないことを私はよく知っている。
とても王子とは思えないほどの冷遇を受けながらも全く擦れておらず、一人で魔法を覚えてしまうほど賢いし、何かとお手伝いをしたいと申し出てきてくれるし、使用人である私の言うことも素直に受け入れてくれるようないい子なのだ。こんな、何一つ苦労を知らなそうな奴に卑下されるいわれはない。
私はとても腹が立って、つい反論してしまった。
「お言葉ですが、顔を拝んでやろうとおっしゃるということは、第二王子殿下とお会いになったことすらないのですよね? それなのに、そのように断定した物言いをなさるのはいかがなものでしょうか。あなた様がいくら高貴なご身分であられるのだとしても、低俗な言動はご自身の品格を落としかねませんわ。お気をつけくださいませ」
私は無機質な笑みを浮かべながら言い放ってやった。どう見ても怒りを滲ませている私の態度に、少年がグッと言葉を詰まらせた。
「……お前、生意気だぞ!!」
「痛っ!」
激高した少年が、すごい勢いで私の手首を掴んだ。言い過ぎたかと私が若干後悔した時、屋敷の入口から叫ぶような大声が聞こえた。
「リーシャ!!」
10
お気に入りに追加
209
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
王命を忘れた恋
水夏(すいか)
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
【完結】今夜さよならをします
たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。
あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。
だったら婚約解消いたしましょう。
シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。
よくある婚約解消の話です。
そして新しい恋を見つける話。
なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!!
★すみません。
長編へと変更させていただきます。
書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。
いつも読んでいただきありがとうございます!
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
私を愛してくれない婚約者の日記を読んでしまいました〜実は溺愛されていたようです〜
侑子
恋愛
成人間近の伯爵令嬢、セレナには悩みがあった。
デビュタントの日に一目惚れした公爵令息のカインと、家同士の取り決めですぐに婚約でき、喜んでいたのもつかの間。
「こんなふうに婚約することになり残念に思っている」と、婚約初日に言われてしまい、それから三年経った今も全く彼と上手くいっていないのだ。
色々と努力を重ねてみるも、会話は事務的なことばかりで、会うのは決まって月に一度だけ。
目も合わせてくれないし、誘いはことごとく断られてしまう。
有能な騎士であるたくましい彼には、十歳も年下で体も小さめな自分は恋愛対象にならないのかもしれないと落ち込む日々だが、ある日当主に招待された彼の公爵邸で、不思議な本を発見して……?
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。
梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。
ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。
え?イザックの婚約者って私でした。よね…?
二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。
ええ、バッキバキに。
もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる