上 下
7 / 85
第一章 離宮の住人

伯母を頼りに

しおりを挟む
「ついに来たのね……。頑張るのよ、私。失敗は許されないわ」
 
 私は今、大きなカバンを抱えるように持ちながら、一人で王都にある叔母の邸宅の前に来ていた。
 
 ……大きい。それにしても大きいわ。豪華絢爛とはきっとこのことなのね。
 
 王都に到着してから、私は初めて見る華やかな街並みや邸宅に度肝を抜かれまくっていたが、ここは一段と大きく、豪邸と呼ぶにふさわしい屋敷だった。
 
 私は半ば呆然としながら、叔母の住む邸宅を見上げていた。
 
 ロザリア伯母様は、母であるオリビアの姉にあたる。しかし、私は一度しか彼女に会ったことがない。
 
 それというのも、母は身分も劣る頼りない父との結婚を家族に反対され、逃げるように実家の伯爵家を出たからである。
 
 伯母様は私が十歳くらいの時に、初めてうちを訪ねてきた。自分に伯母がいることを初めて知り、当時はとても驚いた。
 
 彼女は母を攫うように結婚した父を未だに許していないようで、敵対心を隠さなかった。そんな伯母様に、母は怒って二度と来ないでと追い返した。
 
 ……あの時は、マリッサも動揺して魔力暴走を起こしてしまって、大変だったのよね。
 
 そんなことがあってから今に至るまで、二人は仲直りができていない。
 
 けれど、私は一度会っただけの、あの伯母のことが嫌いではなかった。
 
 父のことを悪く言ってばかりだった彼女だが、きちんと筋を通さないまま両親が結婚したことは確かなので間違ったことは言っていなかったし、何より言葉の端々や表情から、母を心配する様子が見て取れたからだ。
 
 それに、私がきちんと挨拶をしたり、お茶を出したりした時に見せてくれた、彼女のかすかな笑顔からは、確かに血縁に対する愛情を感じられた。
 
 これらが彼女を頼ろうと思った理由の一端ではあるのだが、何を隠そう一番の理由は。
 
ーー彼女が、地位とお金を持っているからである。
 
 
「侯爵夫人はまもなく参られます。こちらでもう少々お待ちください」
 
「あ、ハイッ」
 
 緊張で声が裏返ってしまった。
 
 なんと言っても、今から会うのは実の伯母とはいえ、社交界で圧倒的な存在感を持つ宰相の妻であり、王宮で侍女長を務めているというサーヴェル侯爵夫人である。しかも、私は五年前に一度しか会ったことがない。果たして顔を覚えてくれているかどうかもわからないのだ。
 
 ……あと、いまだかつてないほど座っているソファが柔らかくて落ち着かないのですけど。一体どんな素材でできているのかしら、これ。もしかして、王都ではこれが普通なのかしら?
 
 感動と驚きに打ち震えながら、ギュッと膝の上に置いた手を握りしめる。
 
 一応こちらへ伺う旨を伝える手紙を母に書いてもらってから来たものの、急ぎだったので、私は返事が来る前に領地を出発した。そのため邸宅内へ入れてくれるかどうかも正直不安だったが、執事は私が名乗るなり、すんなりと入れてくれた。とりあえずは、一安心だ。
 
 父は伯母に頼ることを最後まで渋っていたし、妹たちは不安そうだった。でも、母だけは背中を押してくれた。
 
『あの人が簡単に手を差し伸べてくれるかどうかはわからないけれど、リーシャなら、あの人を説得できるかもしれないわね』
 
 私では無理だと思うからお願いね、と言ってどこか寂しそうな表情を浮かべていた母を思い出す。
 
 ……お母様もきっと、伯母様と仲直りがしたいのよね。いつか、きちんと話し合うことができたらいいのだけれど……。
 
 そんなことを考えていると、先ほどの執事が戻ってきて、伯母の到着を告げた。
 
「待たせたわね」
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

王命を忘れた恋

水夏(すいか)
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

私を愛してくれない婚約者の日記を読んでしまいました〜実は溺愛されていたようです〜

侑子
恋愛
 成人間近の伯爵令嬢、セレナには悩みがあった。  デビュタントの日に一目惚れした公爵令息のカインと、家同士の取り決めですぐに婚約でき、喜んでいたのもつかの間。 「こんなふうに婚約することになり残念に思っている」と、婚約初日に言われてしまい、それから三年経った今も全く彼と上手くいっていないのだ。  色々と努力を重ねてみるも、会話は事務的なことばかりで、会うのは決まって月に一度だけ。  目も合わせてくれないし、誘いはことごとく断られてしまう。  有能な騎士であるたくましい彼には、十歳も年下で体も小さめな自分は恋愛対象にならないのかもしれないと落ち込む日々だが、ある日当主に招待された彼の公爵邸で、不思議な本を発見して……?

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

処理中です...