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第一章 離宮の住人

借金ができたようです

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「お、お父様、今なんて……?」
 
 帰ってきた父はすっかり肩を落としていて、暗い雰囲気を醸し出していた。それだけで、何か良くないことが起きたのだと、家族みんなが察することができた。
 
 話を聞きたくないとも思ったが、聞かないわけにもいかない。ほとんどの場合、父の失態は家族の生活に直結するのだから。
 
 覚悟をして家族みんなでダイニングに集まり、話を聞いてみたものの、それはとても信じられない内容だった。だから思わず、私は聞き返してしまったのだ。
 
「だから……その……すまん。友人の借金の連帯保証人になっていたのだが……彼が失踪して、二千万ルラの借金ができてしまったのだ……」
 
 どうやら聞き間違いではなかったらしい。
 父が申し訳なさそうな顔でうなだれている。
 再び聞かされたとんでもない事実に、私はくらりと目眩がした。
 
 母は蒼白な顔で手を震わせ、マリッサとルディオは信じられないとばかりに呆然としている。
 
 今までにもお金を騙し取られたことは何度もあったが、これほど莫大な金額ではなかった。
 
 二千万ルラは、子爵家の十年分の年収にあたる。現在の貯蓄を全部合わせても、返済にはとても足りない。もしかしたら、領地や家を手放さなければならないかもしれない。
 
「すまん! だが……あいつは私に借金を押し付けて逃げるような奴じゃないんだ。きっと何か理由があって」
 
「もう、お父様っ! お父様が優しいことは、素晴らしいことだと思うわよ。でも、万が一のことを考えて行動するようにって、いつもお願いしていたじゃない! 理由があったとしても、その方が消えたことでうちに借金ができてしまった事実は変わらないのよ? マリッサとルディオもまだ幼いのに、二千万だなんて、一体どうするの!?」
 
「す、すまない……」
 
 父が消え入りそうな声で謝罪した。
 それ以上、誰も何も言うことができず、ただ思い沈黙が場を満たした。
 
「……起きてしまったことは、仕方ないわ。これからどうするのか考えましょう」
 
 頭痛がするのか、母が青い顔でこめかみを押さえながらそう言った。
 
「でも、うちにそんなお金はないわよね? 返せないと、私たちはどうなるの?」
 
 マリッサが泣きそうな顔で尋ねた。
 いつもは気が強くて明るい子なのに、こんな顔を見ると胸が痛くなる。
 
「領地を売却して、爵位を返上することになるんじゃないかな。きっと、この家にも住み続けることはできなくなるよね」
 
 ルディオはまだ十一歳で、学園に通ってもいないのに頭がいい。冷静な声で家族の行く末を語った。
 
「じ、じゃあ、学園のことはどうなるの? 来年から、私とルディオが行くはずだった……」
 
 貴族の子供は、希望すれば王都の学園に行くことができる。厳密に言えば誰もが入学できることになっているのだが、金銭面や身分重視の風潮から、平民が通うのは難しいとされている。
 
 私は魔法にも学問にも才能がないため、学費がもったいないので行かなかった。必須ではないし、少しでも余裕があるなら、優秀な妹と弟の学費に回してあげたかったのだ。
 
「諦めるしかないだろうね。高額な入学金や支度金なんて、とてもじゃないけどもう用意できないだろうし。行ったところで没落貴族だって笑われて、周囲に馴染めるとも思えない」
 
「そんな……っ! 嫌よ、私、来年になったら魔法学園に行って、ちゃんと魔法を学ぶんだって決めてたのに! それでいつかは、魔塔を見つけて、一流の魔法使いになるんだって……! ルディオだって、貴族学園でたくさん勉強して、官吏になるんだって言ってたじゃない!」
 
 ついに我慢の限界を迎えたマリッサの目から、ポロリと涙がこぼれると同時に、彼女の体から目に見える魔力が溢れ出した。
 
「ううううう……っ」
 
「マリッサ!?」
 
「いけない、魔力暴走だわ!」
 
 母がガタッと音をたてて立ち上がり、マリッサに手を伸ばすが、次の瞬間「うっ」と苦しそうに胸を押さえた。
 
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