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第一章 離宮の住人

田舎暮らしの子爵令嬢

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 眩しい朝日に照らされた一軒の家の庭先では、今日も鳥たちが競うように鳴き声をあげている。
 
 そこで飼っている鶏たちもまた、うるさいほど元気いっぱいに朝を告げていた。
 
 そんな姦しさなど気にすることなく、私は庭に作られた畑で収穫時の野菜を吟味していた。 
 
「まぁ、食べ頃のトマトがこんなにたくさん! 籠に入り切るかしら?」
 
 私は近くに実る、赤くて大きなトマトをひとつ手に取った。
 ずっしりとした重みのある実は、みずみずしくてとても美味しそうだ。私は天の恵みに感謝しながら、ひとつひとつ丁寧に籠に入れていく。
 
 毎朝こうして野菜の収穫に精を出しているわけだが、別に私は農家の娘というわけではない。
 
 これでも、れっきとした貴族令嬢なのである。
 
 ……ただし、「片田舎の小さな家に住む、ド貧乏な」という前置きはつくんですけどね!
 
 私の名前は、リーシャ・ラフィスト。一応、子爵令嬢だ。
 
 一応、という言葉をつけたのは、ウチは全くもって貴族らしくない生活をしているからに他ならない。
 
 物心ついた頃から、自分が貴族だなんて思ったことさえなかった。
 だって、家は広めではあるものの屋敷と言えるような規模では到底なく、使用人だってもちろんいない。
 
 父と母はやたらとマナーにうるさくて、その辺りは厳しく育てられたが、その生活ぶりはまさに質素倹約。庭にある畑で育てた野菜中心の食生活に、服は必要最低限。みすぼらしいわけではないけれど、領民たちとそれほど装いは変わらない。
 
 生まれた時からずっとこんな環境で過ごしてきて、自分が特権階級の人間だなんて思うはずもなかった。
 
 貴族なのに、なぜこれほど慎ましやかな生活をしているのか。
 
 それは、子爵家が持つ小さな領地にはたいした特産品もなく、わざわざ訪れる人はほとんどいないので、収入は雀の涙。
 それなのに、貴族であるというだけで、毎年莫大な税金を国へ納めなければならないからだ……というのは、父の言。
 
 ……でも、本当の理由はもっと別のところにあるんじゃないかって、どうしても考えてしまうのよね。
 
 真っ赤に熟れたトマトをたっぷりと籠へ入れた私は、どんな料理を作ろうかと悩みながら玄関へ向かった。
 
 家事は家族みんなでやるもの、という我が家の家訓から、うちの家族はみんな、貴族でありながらひと通り家事ができる。まだ十一歳の、妹や弟も然りだ。
 
 その中でも私は、料理が得意な母の影響もあり、料理をするのが好きだった。
 
 ……うーん。朝はやっぱりそのままサラダにするのがいいわよね。今日は暖かいし、お昼は冷製のトマトパスタにするのはどうかしら。それで、夜は奮発してハンバーグにしてもいいかもしれない。トマトソース煮込みにすれば完璧だわ。ふふ、今日は完熟トマト祭りよ!
 
 一日の献立を頭の中で決めてしまうと、思わず笑みが浮かんだ。
 
 今日も素敵な一日になりそうだ。
 
「あ、お姉様!」
 
「姉上、おはよう」
 
 たくさんの野菜が入った籠を引っ提げてダイニングへ入れば、愛する家族たちが出迎えてくれた。真っ先に声をかけてくれたのは、双子の妹と弟だ。
 
「おはよう、マリッサ、ルディオ。いい朝ね!」
 
 ありふれた私の茶髪なんかよりも、明るくて素敵なクリーム色の頭をした可愛い二人に笑いかける。

 髪の色は違うけれど、目の色はみんな同じ水色だ。
 
「お母様、見て。今日はこんなにトマトが採れたのよ!」
 
 挨拶を交わす私たちの様子を愛情の籠った目で見ていた母へ、野菜がたっぷり入った籠を持ち上げてみせる。
 
「まぁ、美味しそうね。ありがとうリーシャ。さっそくサラダにしてもらってもいいかしら?」
 
「もちろん。任せて!」
 
 パンを作っていた母が、古い薪オーブンの蓋を開けながらそう言ったので、私は籠を持ったまま母のいるキッチンへ向かった。
 
 母のオリビアは、私と同じ茶色の髪をきちんと朝から結い上げている。家族で一人だけ茶色い目は、いつも温かな雰囲気をまとっていた。
 
 パン生地をオーブンへ入れると、母は手早く魔法で火を入れて火力を調整した。
 毎日見ている光景だが、やはり羨ましさを感じてしまう。
 
「はぁ、私も魔法が使えたらよかったのに。どうして神様は、私に魔力を与えてくださらなかったのかしら?」
 
 
 
 
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