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そこにあるのに、君には見えてないんだね

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「そこにあるのに、君には見えてないんだね」



「あー今日もバイトだわ、忙しー」
 バイトバイトって周りに自慢して回ってるやつ。
 働いたことないやつのことを寄生虫だと罵ってマウント取って回るやつ。
 でもお前、考えたことあるか?
 お前の人生ン中の大事な大事な一時間の価値、千円以下だって言われてんだぜ?
 金貰える嬉しさにはしゃいで、他の同級生より一歩リード、一人前になったような気がして、浮かれぽんちょで有頂天なって、周りを見下し、迷惑かける。
 そんな奴の価値は、確かに時給千円以下かもしれないな。そこは妥当なのかもしれないが、俺は雇われる側なんつー不条理の塊なんかには絶対にならない。
 いつ役立つかわからないからと、行く先々でニコニコニコニコ。次も仕事したい人だと思われるように、愛想良くして、そして連絡が来るのをひたすら待つ。
 なんじゃそりゃ。実力や相性ではなく、「あいそ」かよ、頼みの綱は。
 そんな不確定なものに頼らなきゃいけないなんて、そりゃあ精神病むわ。どっか居場所見つけて、身を沈めてないと落ち着かないわ。
 中高と副部長を務めてきたけど、まあ大変そうだったなあ部長の方々は。常に顧問のストレスの捌け口にならなきゃいけないなんてさ。部員全員の責任全部おっ被せられてさ。
 じゃあ何か見返りがあるか?
 内申書に一文添えられるのみ。
 割に合わんよな。効率が悪すぎるよ。

 俺の周りにもたくさんいたよ。似たようなこと考えてる奴らはたくさん。
 でもそういうやつらに限って、言うだけでなんもしてない。
 とにかくバイトして、使い道の決まっていない金をひたすら稼いで、ただ貯蓄を増やすのみのやつ。オンラインサロンに入って、それっぽい会話で人生を埋めるのが生き甲斐のやつ。意識高い系発信をしていいねを5、6個集めることだけに執着してるやつ。
 そういうやつらに問いたい。
 君のやりたいことって何?
 世界を変える仕事してますって何ですか?

 ルーティーンの嫌いな俺にも日課はある。
 毎朝の散歩。
 俯き、無の顔で足早に歩いてる人たちを、向かい側からゆったり歩きながら眺める。
 誰も彼もが安く働かされ、およそ人として扱われてないのに、それでも毎日毎日鉄の箱に揺られるために、心と体を切り離して、早歩きしてる。
 今でこそ、簡単に楽して金を稼ぐ人らが注目(目に余る、鬱陶しい)されるようになってきたが、こういう人たちがいるからこそ世の中は成り立っているということを忘れてはならない。本当にそう思う。
 人間なのに、毎日毎日同じ動きを要求されて、それに応え続け、よく壊れないなと思う。尊敬している。これは嘘じゃなく。

 金がなきゃ幸せになれないのでしょうか。
 だとしたら待っているのは絶望だけだね。
 坂下新一郎(さかした しんいちろう)は歩く。
 その表情は、見上げている青空のように晴れやかであった。
 ふと、彼は空を見上げたまま、車道へ飛び出した。
 耳をつんざくような車のブレーキ音が辺り一帯に響き渡った。
 慌てて車から出て来た運転手。近くを通りがかった人が救急車を呼ぼうとしている。そしてなんだなんだと騒ぎ立てる数人。
 そんな人たちに囲まれながら、新一郎は笑っていた。
 既に彼の意識はないはずだが、確かに笑っていた。
 彼の瞼の裏には果たして何が見えていたのだろうか。
 暗闇か。陽の光か。それとも青空か。

「坂下、よかったな滑り止め受かって。俺なんか全落ちだぜ」
「留学すんだって?すげーな、どこ行くの?」
「オンラインサロンってどんな感じなの?」
「動画編集者ってどのくらい稼げるもんなの、実際」
「いいよなー、適当に動画編集して、ベース弾いて、好きな映画観て毎日過ごしてんだろ?」
「人生イージーモードじゃん、うらやま」

「編集に個性とかいらないから。元々のうちらの動画ちゃんと見てきてる?」
「ここ切ったんだー俺は面白いと思ってたんだけどなーうーん」
「言われたことやってもらえないと困るわ。これ君のために怒ってるのわかってるよね?」
「ごめんね、やっぱ君とは感性合わなそうだわ。別の人に頼むことにするわ。縁がなかったってことで」
「ほんとにできるやつは言われたらすぐぱっと直して来るもんだよ」
「代わりはいくらでもいるんだから、その分頑張らないと。ほら、ノルマ倍な。やった分だけ力尽くから、とりあえず信じてやってみ?な?」
「やって来たことは裏切らんから絶対に」
「人はどうかはわからんけどな。ハハ」
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