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夕暮れ時。夕陽が差し込む廊下を、エリオットは一人で歩いていた。
思い返せばそれなりと当たり障りのない日を過ごしていた。極力関わりたくない人物と出くわしてしまうが、それでも今は乗り越えることが容易い障害みたいなものだ。
だけど……エリオットには何処か腑に落ちないことがあった。
前の自分──本当のエリオットがいじめられていたという事実そのものが少しずつ消失しているようにしか思えないことに。
復学した直後では些細な嫌がらせが存在していたというのに、今や教室では浮くこともなく。ちょっかいを出されることなんて無くなっていた。事件といえば新入生歓迎会やアリスティアの巻き添えで親衛隊に呼び出されたことのみ。…………多分。
以前生徒会長のアランは何だかいじめの事情知っているような口振りをしていたが正直な話、学園のトップにでさえ知られていたであろういじめを改善することもなく現状維持であったことが不思議でしかならない。
誰かが意図的に……なんて、そんなこと誰も得なんてしない。
そもそも学園全体を掌握するなんて……一体誰がそんな権力を持っているんだ。
日記には依然としていじめの確たる証拠は現存している。だからこの世界を構築している世界式の改変されたわけでもない。──それ以前にそんなことが出来る人間なんていないのだ。
いや確か、世界式の改変は出来なくとも……似たようなことが出来たような……。
そこまで考えてエリオットは頭を振った。
あまりにも荒唐無稽な考えだ。そっと息を吐き出す。
正直、そんなことよりも気掛かりな事がある。
思い出すのは食堂での出来事。
何かに抗っているような──それからマナの歪み。気休め程度ではあるとはいえ、あの魔法はそう簡単に破壊なんて出来ない。
アリスティアの魔力の暴走。その結果か、魔力の残滓が微かにセドリックの周辺に漂っていた。だからあの日、ほんの気まぐれと題して保護魔法を掛けたが──
「……いや、待て。その魔法……」
足を止め。
──効力が弱まっていなかったか。
あの時は突然の奇行によりそれどころではなかった。だが思い出してみれば……弱まっていた、気がしてならない。
だが、仮に弱まっていたとしても理由が不明瞭だ。
何らかの理由で魔法というものが昔よりも衰退している世界で、効力を弱めてしまうほどの技量を持つ者はエリオットが知る限りの人物で思い当たるといえば──広報委員長のリル・ロンズデール、のみ。
しかし彼女がそんなことをする意味なんて全くもってない。
とはいえ、リル自体もどのくらいの技量の持ち主なのかはエリオットは知る余地もなければ、唐突に質問なんてしてしまえば此方の足元を掬われる。
セドリックに関してははぐらかされた以上、問い詰めても無駄だ。
「…………考えても答えなんて出ないし」
……変に考え過ぎだと帰路へと足を踏み出した刹那ーー「エリオット、少し手伝ってくれないか?」言葉に釣られて振り返る。
「……オスカー先生?」
言葉を掛けた張本人であるオスカーはエリオットの担任の先生であり、尚且つ生徒会顧問だ。そもそも何故責任が一番重い生徒会顧問なのだろうという疑問がふっと湧き上がる。
これも自覚する前のことだから確証は無い。オスカーは生徒会顧問でありながら、胸元を開けているという一風遊んでいるように受け取ってしまうような風貌。そんな教師らしさというのもが少々欠けている彼は意外と性格は繊細だという。
先程も思った通り確証はないが本当だというのなら、人はどうやら見掛けによらないようだ。
「手伝い、とは?」
言葉を返す。
「あ、あぁ俺としたことが提出予定の書類の提出期限日が今日でな。エリオットにはその手伝いを頼みたくて……」
不思議だ。普段は毅然と振る舞い、書類も数日前には全て作業を終わらしているというのに。
きっと生徒会やら、職員会議やらで時間が取れなかったんだろう。
そう思ったエリオットは「大丈夫ですよ」そう言葉を返した。心做しか安堵していたオスカーには一切気が付かず、校舎の方へと踵を返した。
場所を移して4階の空き教室。人が寄り付かないような端っこにあり、物で溢れかえっている。
「少し窮屈で申し訳ないな。そこにある椅子に座っていてくれ」
オスカーに促され椅子へ腰を下ろす。
……もしかしてここは俗に言う研究室、という場所なのだろうか。
四方八方本に囲まれており、それでも収まらないものは乱雑に床に置かれている。本はどれも何度も読み返した形跡が存在しており、オスカーはどうやら読書家のようだ。それも思入れがある同じ作品を何度も読み返してしまうほどに。
オスカーも向かいの椅子へと腰を下ろし、こうして作業が始まった。
作業は実に簡単なものだ。──書類整理、ただそれだけ。種類別にファイリングし、物によってはホッチキスで止めるという簡単な作業。
……と言うより、機密事項が書かれてる書類なんて俺に渡すわけないよな。とエリオットは黙々と作業を進めていく。
「え、と……これで最後かな?」
最後の書類をファイリングし終わり、ほっと息を吐く。二人がかりでも時間は掛かってしまったが、このくらいの時間ならまた適当にインスタントで食事を済ませようか──なんて考えていると、
「エリオット。そういえば見てほしいものがあってな」
「見てほしいもの?」
一枚の紙を手渡される。
それに目を通すと魔法式やら、法律のことについての問題が書かれていた。
答えの欄は勿論空欄。流石にテスト用紙……というわけではないだろうしと、エリオットは首を捻る。
「エリオットは暫く授業休んでいたからな。一度テストを受けてほしくてな」
つまり補習みたいなものか?
「もちろん、今日ではなく──」
「あー、そういうことなら今すぐ書きますね」
今すぐという言葉にオスカーが「は!?」と驚きの声を上げていたが、その声はエリオットの耳に届くこともなく、黙々と問題を解いていく。
この魔法式……術を完成させるのならば火のルーン文字ではなく、氷のルーン文字を入れて……。でもそれだけだと完成はしない。他の補助のルーン文字……この場合だと攻撃力を上げるのが最適解か。
ん、これは通貨──いや、税金とか奢侈税のことか?
昔の時代。領主や市民は土地に対しての金銭だけではなく、作物などの特産品を国に税として納め。しかしそれはあくまで上記のみ。貴族たちには税を納める義務なんて存在していなかった。
無論税を納めている者たちは憤慨する。そして凶作も重なった。
その年、凶作の予兆を見逃さなかった一人の伯爵が腰を上げ、金が有り余ってる貴族たちには贅沢品──貴金属などに対しての税金。奢侈税を課したんだっけな。
それを標榜したのが、あの如何にも偉そうにしていたアゲイン・ダーディヴァルだったはず。金に関してはがめついが、あの時代では意外と話が通じる男だったなぁ……。口が達者で他の貴族たちを上手く丸め込んでいたし……にしても後世に語り継がれてるとは……。
頭の中で念仏を唱えるようにして、スラスラと問題を解いていく。
あまりの躊躇のない筆の進みにエリオットの学力1位という称号は伊達ではないと、感嘆な息をこぼした。
──そして、オスカーは今更ながら己の犯した過ちに気が付いてしまった。
ペンをことんっと置き、オスカーに紙を手渡す。
「オスカー先生、これで大丈夫ですか?」
「え、あ、あぁ大丈夫だ。書類の手伝いだけではなく……本当に申し訳ない」
「…………? いや、別にこれくらいなら大丈夫ですよ。では」
失礼します。エリオットは言葉を残してその場から立ち去った。
「……本当は別の問題用紙を解いてもらうつもりだったんだが……」
エリオットが立ち去ったあと、オスカーの言葉は無意識に落ちる。
「……まさか、三年生で習う問題を解くとは……」
オスカー自身、エリオットが解いた問題紙はただ見せるだけで、解かせるつもりはなかった。
本当にただ見せるだけ。それ以上に意味なんてない。
──強いて言えば明日補習をするから心構えをしておいて。余裕があったら勉強もしておいてと……言うつもりだった。……言う前にエリオットが解き始めてしまったが。
だからオスカー本人にとっては近くに置いてあった問題用紙を渡しただけ。それがたまたま三年生で習う問題用紙であったことも、完全なる偶然。
それから次の日に補習と題して、まだ習っていない一年生の範囲から問題を出すつもりだった。
だというのに、用紙には空欄の部分なんて存在していなかった。それどころか事細かく書いてある。まるで見てきたかのように
念の為に答え合わせをしてから今回の立案者であるリルに手渡すために、オスカーは答えが書かれている答案用紙へと手を伸ばした。
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