だからっ俺は平穏に過ごしたい!!

しおぱんだ。

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 そんなエリオットの考えが当たっていたようで、あの空き教室からどんどん距離が離れていく。
 自分に危害を加えようとした者はどうでもいいが、それでも風紀委員であるこの男子生徒はあまりにも人の心がないのではないだろうか。
 もちろん頭の方も心配である。

「ラディリアス! いるか!?」

 男子生徒は扉を勢いよく開け放つ。
 清潔感のある白を基調とした部屋に、ベッドや薬品棚やら置かれている。
 言わずもがなここは保健室だ。
 セドリックが運ばれた時に足を踏み入れたが、こうして辺りをじっくり見るのは初めてだった。
 昔は薬師が少なく、薬を一つ作るだけでも手間が掛かり、またそれなりと高額であった。
 回復魔法なんていうものはとっくのとうに存在はしていた。しかし、回復魔法を扱える者は薬師よりも少ない。例え切り傷を治す程度だったとしても、それは薬よりも法外な値段だった。
 貧しい者たちは薬さえ買うこともできない。不治の病に掛かれば待っているのは苦しみの末の死、のみ。
 そんな前世の時代では治すことができなかった病気も現代では薬が存在し、棚いっぱいに様々な薬の常備が可能になったのは……本当に良い時代だ。

「……ん?」

 薬品棚の近くに寄って、エリオットは気が付いた。車輪の付いた椅子に、その近くで横たわるーーーー見知らぬ男子生徒。
 エリオットが近づいてもなお、身動き一つしない。
 数瞬の沈黙の末「うわぁぁぁ!!」叫び声が迸る。
 男子生徒は叫び声に反応を示すことなく、ただ床に横たわっていた。
 一瞬、死体ーーの二文字が浮かび上がったが、魔力の波長が読み取れた。だから生きているのは確かだった。

「どうした!」

 エリオットの叫び声を聞きつけ、少し離れた場所にいた男子生徒は駆け寄る。と、床に横たわっている彼を見てそっと息を吐いた。

「ラディリアス、こんな場所にいたのか。起きろ」
「……ん、んぅ……」

 ラディリアス。そう呼ばれた男子生徒はゆっくり起き上がると「……どうしたの、ジェラール」アイマスクで視界が遮られているが、確実にジェラールという男子生徒の顔を射抜いていた。

「おまんは本当に何時も寝てるな。ほら、車椅子に乗せるから」

 ジェラールはラディリアスを腕で抱えると、車椅子という車輪の付いた椅子へ座らせた。
 ズボンから覗く脚は男にしては細く、筋力という筋力が無いことを主張しているようだった。

「…………脚、悪いんですか」

 エリオットの存在に今気が付いたのか、首をすこし捻ると「うん、そうだよ。昔から悪いんだ」さも当たり前のように言葉を吐いた。

「でもこれ凄いんだよ。魔力を送れば勝手に動く代物。ほら、こうやって回ることだって出来る」

 車椅子は独りでに動き、そしてくるくると旋回する。
 その光景に思わずエリオットは凄いと目を輝かせ、無意識に感嘆の息を吐いた。
 今の車椅子は魔力さえあれば自動に動かすことが可能なのか!?
 昔は脚が悪い人間はベッドの上で過ごす。或いは背負ったり腕で抱えられることくらいしか、外に出ることはできなかった。
 無論、あの時代でも車椅子というのは存在していたが、言わずもがな高額であり姿形は目の前にある物とは違う。
 値段はどれくらい掛かるのかは知らないが、現代はそんな便利な代物があるのかと、技術の発展に純粋に喜びの感情を顕にする。

「ラディリアス。それより、こいつを見てやってくれ」
「……ん? 怪我でもしたの」
「してる可能性があるからだ」

 ジェラールの言葉に、ラディリアスの視線がゆっくりとエリオットの方へ向けられる。
 処置やら診察やらすることもなく、ただじーっと何かを探るように凝視をする。

「……っ!!」

 ーーぞわり。
 視線が交わった瞬間、突如背筋が凍る。ラディリアスの視線は表面ではなく、まるで身体の奥深くまで探るようにじんわりと滲んでいく。
 何だ……これ……。
 身体の中を……心臓を手掴みされているような。それは未知の感覚。透視魔法で見られているような感覚に近いそれは、透視魔法ではないことをエリオットは知っている。
 生唾を飲み込む。
 ……俺が知らない魔法なんて……そうそう無いはず。
 自慢ではないが前世では魔道書を読み漁り、また魔法を作り出していたこともあった。
 多少ながら当時とは一部魔法の仕組み等は変わっているだろうが、本質は変わらない。
 そんな膨大な知識が蓄えられている頭脳をまさぐっても、答えが見付からないーーならーーどう言葉に表していいのか分からない。だけどこれはーー魔法なんかじゃない。

「……特に、異常はないよ」

 ふと、ラディリアスの視線が逸れた途端、違和感も何もかもが霧散した。

「そうか、それなら良かった」

 訛りのあるジェラールの言葉に「何か事件でも巻き込まれたの?」ラディリアスは問い掛けた。
 …………視線が逸れたら、身体の中を見られている感覚が消えた。なら、発動のトリガーは間違いなく眼だ。
 ラディリアスへと視線を向ける。
 アイマスクをし、目元は完全に覆われている。こちらからは確認できないが、恐らく向こうからは何もかもが見えているだろう。
 何か特殊な加工が施されている魔道具ーーそれも一般人では気が付かないような精巧な魔道具だ。
 エリオットの脳裏にふと浮かんだのは、あの広報委員会のーーーー

「あれ、エル?」

 エリオットの思考を遮るようにして、フレディが現れた。

「どうしたの? 何処か……怪我でもしたの」

 一瞬にしてフレディの顔が曇った。
 怪我なんてしていないが、あの空き教室のことについては話す必要がない。というより、フレディに余計な心配なんて掛けたくないのだ。

「いや、特にーー」
「実はな、親衛隊に制裁されそうになっていたんだ」
「はぁ!?」

 何で言うんだよ! 普通黙っておくだろ!! いや、お前は普通の感性の持ち主じゃなかったな!!
 それじゃなければ空き教室にあいつらを置き去りにするわけがない。

「いや、フレ……別に俺は」

 何も無かった。そう言いたかったが、フレディはジェラールの言葉に「…………え」短く言葉を発したかと思えば、ふと表情が消えた。
 それは形容し難いものだった。顔を顰めたかと思えば、薄らと微笑を浮かべた。
 …………なんか、普通に怖いんだが。

「いや、フレ……俺は別に何も無かったし……だから……」
「……で?」
「で、って……心配しなくても大丈夫だってことを言いたくてな」
「…………」
「ほらっ! そこのラディリアスって人も異常ないって言っていたからさ」
「……委員長が?」
「そうっ! だから何も心配しなくても大丈夫だから!!」

 何故、このように言い訳しているのか分からない。しかし、どうしてもフレを止めなくてはならない気がしたのだ。
 束の間の沈黙。脈拍が160を超えるような息苦しさを覚える。
 フレディは考えに耽っている様子を見せると「そっか、エルがそう言うのなら僕は何もしないよ」普段通りに笑った。
 その表情に、ほっと安堵した。

「…………そう、エルがそう言うのなら……僕は害虫駆除もしないよ」

 人知れず呟いたフレディの言葉はエリオットに届くことがなく、そのまま消え去った。

◇◇◇

「さてさ~て、何か良いネタでもないかにゃ~?」

 リルは軽い足取りで廊下を歩く。
 学園内に転がっているかもしれない何か面白い噂話でもないのかと歩いていくと、生徒会室、その文字を目に捉えた。

「ふふん、どうせならあーくんにちょっかいでもしようかにゃぁ」

 くすくすと口元に手を当て怪しく笑うと「やぁあーくん! 調子はどうかにゃ!」生徒会室の扉を開け放つ。
 普段なら一言二言何か言うアランだったが、何かを言うこともなく、リルを射抜いた瞳は疲れを滲ませていた。それだけではない、目元にはクマがあり、また机には大量の書類が積み重なっていた。

「……あーくん、他の役員はどうしたんだい」

 一人では到底捌けない書類の数だというのに、生徒会室にはアランただ一人の姿しかなかった。

「……他の奴らなら今頃次の授業の準備しているだろう」
「……あーくんを一人にして?」
「あいつらはまだ一年と二年生だ。こんな閉鎖的な空間でひたすら作業することよりも、少しでも学園生活を謳歌してほしい」

 アランの言葉の意味を理解出来ないわけじゃない。だとしても、これは些か無視できることじゃなかった。
 クーくんがいないことを顧みると、休憩にでも行かせているのだろう。恐らく、無理やり庭園にでも。だけど……今一番休憩が必要なのはーー間違いなく、あーくんだ。

「言っておくが、他の奴らは何一つ仕事をしていないわけじゃない。各々自室に持ち帰って作業している」
「でも、本来彼らがやる作業もあーくんがやってたりしているんでしょ?」

 リルの言葉に、アランは目を逸らした。
 ……図星、か。あーくんは昔からこうだ。
 他人さえ幸せならば自分はどうなって構わない、なんていう自己犠牲。今も昔もそれは変わらない。まるで呪いのように、彼の中に混じっている。
 あまりにも病的だ。過去の贖罪、なんて彼は思っているのだろうが、あれは致し方ない出来事だった。家柄的にも、それは仕方のないことだというのに。
 ……恐らく、他の役員に回している書類は少なくしている。それを不審に思ったとしても強く出れないだろう。ディアナやクライヴだとしても。
 せめて……あーくんが二人いれば、負担が軽減するというのに……ん? 二人?

「…………リル、用事がないのならーー」
「あーくんっ! 僕に任せてくれ!!」
「……は?」

 そう、あーくんが分裂出来なければ増やせばいい。同じ分類の人間を。

「あーくんのために、僕が人肌脱いでやるにゃ!!」

 リルはそう高らかに宣言すると、足早に生徒会室を去った。

「……どうしたんだ、あいつ」

 アランは唖然と扉に向かって言葉を吐いたが、すぐ書類へと目を向けた。

 そうだそうだ、何故気が付かなかったんだ。
 他の委員会は、生徒会の仕事を手伝えない。風紀委員もそうだが、生徒会は機密情報の宝庫。手伝えるわけがないのだ。
 生徒会役員は全員顔が整っているから誤解されているが、顔立ちなんかどうでも良い。たまたま選ばれたのが彼らだっただけに過ぎない。
 生徒会に属す条件、それはーー頭脳。類稀のない頭脳を持っている。つまり、頭が良い者が選ばれている。
 逆に風紀委員は体術に長けている者がよく選ばれるが、これはこれで色々例外は存在している。フレディが属しておらず、シェリーが所属しているのが明確な答えだ。
 閑話休題。委員会に属しておらず、尚且つ類稀のない頭脳を持っている人物といえばーーーー彼一択だ。

「さて、どうやって彼を引き込もうかにゃ」

 鵜の目鷹の目を見せたリルは、獲物を確実に捕らえるための方法を黙考することにした。
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