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しおりを挟む「クライヴ様、わざわざすみません」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
ティーカップを二つ並べ、茶菓子を置く。
正直アリスティアには驚いた。てっきりアランに会いに来たと思えばーー自分に会いに来たというのだから。
事の発端は生徒会室を訪れたアリスティアは、何処で知ったのかクライヴが好きで取り寄せている茶葉を持ってきたことからだ。
厚意を無下にすることーーというより上手く断ることが出来ずこうしてお茶をしている状況だ。
アリスティアを一瞥すると、にこりと笑う。そんなそこらの女子生徒より整っている顔立ち。これまでの面倒事を起こしていなければ、それなりとモテていただろう。
アリスティアは謎に庭園に行きたがっていたが、人に見られては面倒であるため生徒会室に招き入れた。アランが仮眠室から出てこないことを祈りながらティーカップを手に取る。
「わたくし、一度クライヴ様とお話してみたかったのです」
「……私、と?」
思いもしていなかった言葉に目を大きく見開いた。アランではなく、何故自分なのかと。
もしかして……外堀から埋める魂胆、ですかね。
才色兼備であるアランは昔から面倒事に巻き込まれているというのに、学園でも逃れられないのですね。と、クライヴは少々同情の色を見せる。
「いつも遠くから見ていました。クライヴ様はとてもお優しいのですか、たまに笑顔が曇ってしまう時もありましたので……」
「…………」
「もしかしたら疲れてるのかと思い、少しでも疲れを取れるように茶葉を取り寄せたんです」
……何故だろうか。何処か違和感を感じた。記憶を掘り起こしても、クライヴはアリスティアと同じ空間にいたことは数えられる程度。無論言葉を交わしたこともない。
だというのに、何処から此方を見ていたのか。
「……そう、ですか。ありがとうございます」
そんなことを訊くのは野暮だと、紅茶を飲み込む。
視線に気が付かなかったのなら、きっと教室やら廊下の窓から此方を見ていたに違いない。そう結論付けた。
会話に花を咲かしたーーわけでもないが、言葉を紡いでいく。最初に訊いたのは茶葉のこと。クライヴがダージリンという紅茶を嗜んでいるのは周知の事実と言って過言ではない、がーーーーその茶葉は市場にはなかなか出回らない特殊な茶葉である。
名前こそはそんなそこらで買えるものと同じ。しかし、ラートルメデアという立ち入ることが出来ない地方でしか栽培されていない茶葉。それをどうやってアリスティアは手に入れーーーーいや、何故自分がそれが好きだということを知っているのか。クライヴには検討も付かなかった。
「此方の茶葉ですか? それはお父様の知り合いの方から譲り受けたものなんです。お父様は世界各地回っている旅行商の方と旧知の仲らしく、その伝手で譲り受けました」
ころころと鈴を鳴らすような声に微笑。声色から察するに、どうやら嘘はついていないようだ。
碧色の瞳をスっと細め、探るような視線に気付かないところから根は悪いわけではないーーーー相当な鈍感の可能性も無きにしも非ずだがーーーーだがどうにも腑に落ちない。
形容しがたい違和感に、クライヴは静かにため息を吐いた。
…………一番好きな紅茶を嗜んでいるというのに、楽しくない。
以前彼ーーエリオットと飲んだ時はそんな思いは沸かなかったというのに、一体何故なのだろうか。
そういえば彼もーー私の笑顔についてーーーー
「クライヴ様?」
名を呼ばれハッと目を見開いた。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません」
頭を軽く振り思考していたことを霧散させ、クライヴは普段通りの笑みを見せる。
「その……先程も言いましたがわたくし、クライヴ様と仲良くなりたくて……」
アリスティアはもじもじと恥じらいを見せ、頬には紅葉を散らす。含羞を帯びたその顔は、とても可愛らしいもので不覚にも心臓が飛び跳ねそうだ。
だけどーーーー
「なので、良かったらこれからもーー」
「申し訳ございません」
クライヴは別にアリスティアに対して好感を持っていなければ、仲を深めたいなんて思ってもいない。
「普段から生徒会の仕事で忙しく、お茶をしている時間はないんです。それとこうして招き入れるのも今回だけの特別です」
クライヴの言葉に、アリスティアはわかりやすく肩を落とした。
何故そんなにも残念がるのか分からない。アランに近付きたいのなら自分ではなく、本人に直接行けばいいのに。……いや、行って駄目だったから此方に来たのだろう。だけどアリスティアとの会話の中で、アランの話題はこれといって出なかったのはあまりにも不可思議であった。
「なら……もし、もし機会がありましたら、その時はまたお茶をしませんか?」
眉を下げ、静かに笑うアリスティアにクライヴは
「…………そう、ですね。機会がありましたら」
当たり障りのない言葉を返した。
生徒会室がある場所は、本来一般生徒が立ち入ってはいけない階。しかも現在地は生徒会室。本当ならば真正面から拒絶しなくてはいけないが、疲労感がある今は小言の一つさえ言う気も起きない。
アリスティアを見送った後、「……確かに面倒臭い人ですね」一人きりになった生徒会室でそっと言葉を吐いた。
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