だからっ俺は平穏に過ごしたい!!

しおぱんだ。

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 セドリックはベッドへ寝っ転がる。
 授業に出なくていいのはある意味嬉しいが、まさか風紀委員の仕事まで駄目になるとはなぁ……。
 怪我をしたと聞いて、一目散に来たディラン委員長の慌てていた姿が先ほどかのように鮮明に脳裏に映る。
 まあ、ちょっとした休暇を楽しむのもええやんな。

 コツ……コツ……

 静寂に包まれていた保健室に鳴り響く音。

 コツ……コツ……コツ

 ゆっくりゆっくりとこちらへ向かって歩く音。
 保険委員長であるラディリアス、というわけでもなさそうだ。彼は一日中別室で寝ているからだ。
 だからといい先ほど保健室を後にしたあの三人、というわけでもなさそうだ。

「なんや? 自分に何か用が――」

 カーテンに手を掛けた数瞬、全身に虫が蔓延ったかのような悪寒と鳥肌。
 開けてはいけない。本能がそう危険信号を出している。
 ひゅっと喉がなる。何だ、何が……何かがソコにいる。得体の知れない何かが。
 開けてはいけない。でも確認しなくては。もし敵意を持つ不審者ならば対処……いや、助けを呼ばなくては。
 少しだけ、ほんの少しならば覗いても大丈夫だ。
 ゆっくりゆっくりと、カーテンを捲る。
 心臓の音が周囲に漏れているのではと思うほどに鼓動が早まる。
 蛍光灯が微かにカチカチと点滅する。
 しかし、カーテンの先には何もない。怖いほど無であった。
 ほっと安堵――したのも束の間。

「――っ!!」

 視線を戻した先に謎の人ならざる者が、全身漆黒に包まれユラユラと漂う謎の生物がセドリックの真後ろに佇んでいた。
 魔法を――しかし体が金縛りにあったかのように動かない。
 ……くそっ、なんやっ。なんで身体が動かないんやっ!!

 漆黒に浮かぶ紅い目がセドリックを見据えていた。

「ミツ……ケ、タ……ミツケタ」

 謎の生物は金切り声のような笑い声を出すと、セドリックの顔を見据えた。

「あ、あんたは一体――」

 紅い眼、それを間近で凝視した時セドリックは思い出した。

「そうか、あんたはっ――」

 あの時――あの場所で――
 自覚した時、まるで自分自身が黒く塗り潰された感覚に襲われる。
 自尊心、記憶、精神。過去までもが、クレオンでぐしゃぐしゃに塗り潰されていく。

「――って!! このままやられるわけにはいかんやろっ!!」
『――願ったのに?』
「……っ!!」

 息が詰まる。確かにそうだ、自分が
 あの日、あの場所で願ったんだ。
 漆黒の手が身体にまとわりつく。
 自分の身体に沈むように、為す術なく漆黒の手が胸郭の中へ入る。
 不快感と痛みで顔を歪める。
 依然身体が動かず、抵抗すら出来ずにいた。
 だけどーー

「自分は、まだ渡す訳にはいかんのや!!」

 刹那。バチンっと何かが破裂するかのように、セドリックは弾き飛ばされた。
 床に叩きつけられ、横腹の痛みで呻く。
 あかん……これは最悪折れたかもしれん。
 額に脂汗をかきながら確認するかのように横腹に手を添えた時、身体が動くことに気が付いた。
 痛みが走る身体を起こすと、漆黒の彼女が依然ゆらゆらと漂っていた。
 ーーが、様子は先程と違っていた。

 『……ナゼ?』と一言呟いたかと思えば、壊れた機会のように『ナゼナゼナゼ!!』と幾重にも言葉を繰り返した。

『コ、コノチカラ……マナハ……アノ、オトコノ……』

 ?とセドリックは首を傾げる。
 一瞬自分の先祖の事かと思ったが、この目の前の彼女には既に周知の事実であるはず。
 いや、考えに耽る前に……と、セドリックは立ち上がったーーが。

「がぁっ!!」

 瞬間、再度身体が床に叩きつけられる。
 横腹を起点に痛みが全身に走り呻き声を上げる。

『ヤクソク……ヤクソクヤクソクヤクソク!!』

 馬乗りにひたすら約束という言葉を繰り返す。
 蛍光灯がチカチカと激しく点滅を繰り返し、空気中に存在しているマナがザワザワとざわめく。

「んでっ!! 自分にそこまでご執心なんや!!」

 約束したのは確かにセドリック自身。
 しかし、セドリックにはここまで目の前の彼女が約束……自分に固執している理由が分からずにいた。
 次第に彼女は息の根を止めようとしたのか、セドリックの首に手を掛ける。

「ーーっ! いい加減にーー」

 彼女の腕に触れた瞬間ーーずるっと何かが入り込む。
 「……ぁ」と情けない声が零れると、じわじわと絵の具が広がるように漆黒に侵食されていく。
 それを自覚した時にはもうどうすることも出来ず、侵食を続ける漆黒を受け入れることしか出来なかった。
 彼女は笑う。金切り声のような不快感を覚える声で。

『ザンネンザンネン』

 カラカラと笑う。笑い続ける。まるで自分の勝利を確信したかのように。
 だからせめて、これは最期の抵抗だ。
 目の前の彼女の表情が変わる。

「……残念なのはあんたの方や」

 この際力を手放すのは仕方がない。
 だが、身体を易々と明け渡す訳にはいかない。

 スヴェントヴィトを司る我が命ずる」

 最早手遅れに近しいが、これは時間稼ぎだ。

「彼女との約束を破棄をしろっ」

 数瞬、金属を引っ掻くようなけたたましい音が耳を劈く。
 蛍光灯の点滅を激しく繰り返し、窓を閉めているというのに風が吹き荒れる。
 プツンッと蛍光灯の明かりが消え、再び光を取り戻した時には既に漆黒の彼女の姿は消えていた。

「……はぁ~もう、びっくりしたわぁ」

 脅威が消え去ったことを認識すると、セドリックは力が抜けたようにその場に大の字になる。
 一先ずこれで大丈夫。だけど……

「一時的、やな。やっぱり約束の破棄は出来なかったかぁ~」

 完全には持っていかれなかったようだが、それでも力は失った。
 彼女がまた接触してきたら、次こそ完全に何もかも持っていかれるだろう。

「……まぁ、自分がまいた種やな。受け入れる、しかないんや」

 ……そう頭では解っている。だけど、どうしてこの現状を受け入れることが出来ないのだろう。
 その理由の答えを導き出すことが出来ず、セドリックは大きくため息を付いたのであった。
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