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「さあっ! たこパするで!!」
「……どうしてもしないといけないのかよ」
出来ることであれば、今すぐ帰りたい。……のだが、逃げたとしても確実に部屋まで追いかけて来るだろう。
そして、出てくるまで扉を叩く。
その光景が鮮明に脳裏に浮かび上がる。
「エリオットっ! 何でや、一緒にたこパしようや!! はよ扉を開けてくれや!!」という、ドアノブをガチャガチャと動かし、扉をダンダンと叩くセドリック。
それに加担するかのように、アリスティアの甲高い声。
……確実に近所迷惑だ。
そもそもアリスティアが男子寮にいる時点で問題なのだが。
思わず頭を抱えてしまう。
今はとにかく耐えて、隙があればフレディと共に一瞬にしてこの場から逃げる。
……しかし、魔法を一切使わずに逃げることは果たして可能であろうか。
いっその事、バットか何かで頭をぶん殴って記憶を抹消すべきか。
「でもわたくし、男子寮に来てよかったのでしょうか」
「ええんやで? 帰りも自分と一緒に出れば大丈夫や」
いや、絶対大丈夫じゃない。確実に二人はただらなぬ関係だとか、噂がたつと思うぞ。
無意識に二人を案じてしまったが、突如脳内に閃が降りてくる。
これは或る意味好事なのでは?
この二人がお付き合いしているという噂がたてば、フレディと恋仲になる確率も下がるのではないだろうか。
そしてこの先本当に二人が恋仲になれば、二人の時間を大事にしなよと二人を退けることが可能である。
あの攻防戦の結果、無理矢理セドリックの部屋に押し込まれたエリオットたちはテーブルを囲むように座っていた。
目の前にいるセドリックはたこ焼き器というのをコンセントに差し込むと、生地を作り始めた。
アリスティアはそんなセドリックに顔を向けると、何やら言葉を掛けていた。
自然と二人は会話を始め、此方を気にしてはなさそうだ。
——今なら逃げれるのでは?
部屋だって、何号室なのか知られていなければ押しかけてくることもない。
閃光のように部屋を飛び出しエレベーターへ乗り込み、自室へ飛び込む。
…………うん。行けそうな気がしてきた。
「なあ、フレ。一緒にトイレに行こうか」
さりげなく横にいるフレディへ声を掛ける。
どうかこの意図に気が付いてくれっ!!
「え? ……あ、うん。そうだね」
フレディに意味深な視線を送ると意図が解ったのか、頷いた。
立ち上がり、トイレ……と見せかけて玄関の方へ向かおうと————したのだが……
「ちょっと、お二人さん」
「……っ!!」
セドリックに呼び止められ、身体が釘に打たれたかのように硬直する。
…………まさか、バレたのかっ!?
能天気なセドリックに何もかも見透かされているとは考えられないが、可能性がないわけではない。
振り向くべきなのか、それとも何も言わずに一目散に走るべきなのか……駄目だ最善策が思いつかない。
が、警告かのように速足の心臓と、己の第六感を信じるとなれば逃げてはならない。
この場から逃走を図れば、如何なる手を使ってでも追いかけてくることに相違に違いない。
そこまでたこ焼き……というか、たこパに心血を注いでいることに或る意味感嘆してしまう。
二人はゆっくりと壊れたロボットかのようにギギギとゆっくり振り向く。
「逃げたら……許さへんで?」
そこには暗黒微笑を浮かべているセドリックがいた。
口は確かに笑っているというのに、目が全く笑っておらず、またそのせいなのか、手に持っている泡立て器がどうにも包丁に見えて仕方がない。
息が一瞬止まりそうになる。
「い、いやだなぁ。俺ら、本当にただトイレに行くだけだってば。なぁ、フレ」
「う、うん。そうだよ。一緒にトイレに行くだけだよ?」
二人の言葉に、セドリックは訝しげに目を細める。
「……ほんとかぁ?」
「うん。本当、本当だって!」
二人が否定し続けると、暫く沈黙していたセドリックは満面の笑みを浮かべ
「そうかぁ。なんや、お二人さん仲良く連れションか。でもな、トイレは一つだけだから順番にするんやで」
と言うと、生地作りに戻った。
誤魔化すことが出来、ほっと安堵するが……この場から逃げることは不可能と思った方がいいのかもしれない。
だが、そうだとしてもトイレに行かないのは不自然なので、とりあえず二人でトイレに入る。
「……逃げるの、無理そうだな」
「だね。でも彼、毒とか入れそうにないから大人しく食べた方がいいかもしれないね」
フレディは無理に抵抗しない方がいいと、明言は避けているが先ほどの言葉からその意味をすくいとれる。
……確かにフレディが言った通り、まさかセドリックが毒物を入れるわけはないだろう。
「……そうだな。その方がいいな」
やむを得ない。今回はセドリック主催のたこパに参加するのが最善策だ。
魔法を使いセドリックをどうにかすることも可能だが、魔法の出力を間違えれば生命を奪いかける可能性もある。
また、動きを封じたとしても、後日恨み言ばかり言われそうだ。それも何十日も何ヶ月も事ある毎に。
あの見た目だ。きっと呪いだって、意図も簡単にかけそうだ。
ふと脳内には呪いの人形を作り上げ、釘を打ち込むセドリックの姿が浮かび上がる。
この想像が現実に起こるとは到底思えないが、面倒事になるのは間違いなさそうだ。
やはり、大人しく参加するのが得策だ。
そう結論付けトイレを後にすると、セドリックは生地を焼き始めていた。
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