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しおりを挟む「おい、離れろっ」
「きゃっ!」
アランは半ば強引に、アリスティアを引き離すと、歯軋りをしながら持っていたフォークを今まさに投げ飛ばそうとしている親衛隊の一人を手で制止させる。
だが、アラン一人では全ての親衛隊メンバーを制御させることは出来ない。
アランは周囲を窺う。
幸い今は風紀委員長であるディランがそばにいるからか、行動に移そうとしている者は過激派として一度停学処分を下した者くらいしかいなかった。
ひとまず安堵の息を吐く。
「……アラン、これはまずいことになりそうだな」
「クソっ。俺様が後で親衛隊全員に言うが、もし止めることが出来なければ……」
「分かってる。その時は俺ら風紀に任せろ」
「……頼む」
こういう時、本当ディランは頼りになる。
一年の時デュオであったからか、生徒会の仕事以外は全て任せられるといっても過言ではない。
それほどアランはディランを信用し、信頼していた。
しかし、ディランにはディランにしか出来ない仕事も存在している。
だから出来る限り親衛隊を制御し、風紀委員に迷惑を掛けないようにしなくては……。
「静粛に」
たった一言。一言だったというのに、まるで一縷の雷が落ちたことにより会場はが静謐に包まれた。
副会長であるクライヴはマイクを持ち、壇上の上に上がっていた。
クライヴを始め、他の生徒会役員と風紀委員達が壇上に並ぶ。
アランとディランも壇上の中央に備え付けられていた階段を上がり並んだ。
その一連の流れを見ていたエリオットは、フレディに向かって小声で言う。
「何するんだ?」
「当たり券引いた人に対してのお願いを聞くんだよ。だから、ああして集まっているんだ」
「……そうか」
エリオットは壇上に顔を向ける。
見たことのない人がちらほらといるが、不意にセドリックと視線が交わる。
セドリックはふにゃーと笑いながら手を振ってきた。
一応手を振り返す。
壇上に上がっている者は生徒会と風紀委員ということでいいんだよな。
向かって左側に生徒会、左側に風紀委員。
ゆっくりスライドをするように見ていくと、あのエドワードのような黒猫が風紀委員にもいることを知る。
……女の子? 小さい子だな。
周りの生徒より約頭2個分ほど小さい女の子。
緩い三つ編みをしているクリーム色の髪に、蜂蜜色の瞳は伏せられていた。
人見知りする子……かな。
なら、あの子は無害そうだな。
エリオットはつい頷いてしまう。
「では今から当たり券を入手した方のお願いを訊きたいと思います。当たり券を入手した人、壇上下に集まってください」
クライヴの言葉により、四人の生徒が集まる。
その中にはプラチナブロンドの髪のアリスティアもいた。
……アリスティアは一体何をお願いするんだ?
これ以上、問題を起こさなければいいんだが。
「では、一番最初の貴方。どうぞ上がってください」
一番先頭にいた女子生徒が壇上に上がる。
「では、お願いごとを」
「そ、その……クライヴさんにお願いごとを……」
「私ですか? 何でしょうか」
女子生徒は恥ずかしそうに顔を紅潮させ、目線をあっちらこちらと動かし、深呼吸をすると口を開いた。
「そのっ一度私とお茶をしてくれませんかっ!?」
女子生徒の精一杯の一言。
それに対しクライヴは笑顔で答えた。
「はい、いいですよ。日時は後ほどお伝え致しますね」
女子生徒は未だ顔を紅潮させたまま、壇上を降りた。
次に上がってきたのは男子生徒。
「では、お願いごとをどうぞ」
「俺はディアナさんにお願いごとをします」
「ん、ボク? いいよ、何かな?」
にんまりと人懐っこい笑みを零しながら、首を傾げた。
「……実は、一度デートをしてほしくて」
デートという単語を聞いたことにより、レインはガタガタと体が揺れた。
そして、怨み……怨嗟がこもった瞳を男子生徒へ向け、ブツブツと何やら呟き始めた。
それを横にいるシドが呆れた顔で息を吐いた。
「んーデート? 具体的には何するの?」
「それは……一緒にカフェで食事をして、露店で食べ歩きしたり、買い物をして、あ、後……お揃いのアクセサリーを買いたいな……と」
「やることたくさんだね~。んーまあでもいいかな。デートに誘うくらいなんだから、ちゃんとボクを楽しませてよね!」
ディアナは腰に手を当てウインクをした。
胸が痛いのか、男子生徒は胸を押さえながら壇上を後にした。
次に上がってきたのは、小柄な女子生徒。
「では、お願いごとをどうぞ」
「わたしは……ディラン委員長さんにお願いがあります」
「俺?」
ディランはきょとんと表情を見せた。
俺じゃなくてアランに行くと思っていたが……今年はアランの親衛隊は当たり券を手に入れることが出来なかったのか?
「わたしのお願い事は一つです。初めて見た時から思っていましたっ!」
「……そうか。それは一体なんだ?」
「それはっ、ディラン委員長さんの笑顔を見たいんですっ!!」
女子生徒の言葉に、風紀委員達がザワついた。
セドリックは「え、マジ?」と言葉を零し、頭を掻いていた。
……何だ? 何か、まずいのか?
エリオットは首を傾けた。
……もしかして、意識すると笑顔を見せれないタイプとか?
まあ、もしかしたら俺も意識すると笑顔を見せれないタイプかもしれないが……でも気合いでいけば大丈夫だと思うし、きっと風紀委員長もーー。
ぱっと顔を上げ、ディランの方へ視線を向けた。
だが、ディランの表情はこれでもかという程曇り、目線を明後日の方向にずらしていた。
あ、これ何がなんでも駄目なパターンだな。
心の中でご愁傷さまですと拝む。
「……そうか、俺の……笑顔が見たいのか……」
顎に手を当てて擦る。
笑顔なんて……俺じゃなくてアランにでも頼めばいいというのに……。
いや、この生徒は俺だから見たいと言うことか?
……だが俺は……十年以上笑っていない。
そんな俺が笑うことなんて……果たして出来るのだろうか。
そもそも需要なんてないだろう。
あ、いや、この生徒には需要があるのか。
グルグルグルグルと脳内で思考が混濁していく。
ま、まさか、普段笑わない……というか感情表現が乏しい俺に一度でもいいから笑えよということなのかっ!?
自らのコンプレックスに銃弾を撃ち込まれふらつく。
か、関わったことがない生徒からこんなことを言われてしまうということは……全校生徒も思っていると言うことだよ、なっ。
も……もしそうなのであれば……俺はこれからどう過ごしていけばいいんだ。
全校生徒はおろか、女子生徒も特に感情表現が乏しいことは気にしていないというのに、ディランのネガティブ思考は止まらなかった。
次第に正常な思考は、異常に侵食されていくと爆発するかのようにショートする。
そんなディランに追い討ちが迫る。
「ディランさんっ是非おれも笑顔が見たいですっ!! さぁっ天使のようなお顔を見せてくださいっー!!」
ダニエルが半ば絶叫しながらそう言う。
「委員長。男気見せましょう!! 妾、男気MAXの委員長見たいぞー!!」
ダニエルに続くように、レティシアが茶化す。
「ディランさん。ぼく、ママに手紙を書きたいから早く済ましてねぇ」
マザコンで、辛いものが好きなクロード・バークスも続くように言う。
胡桃色の髪と瞳が微かに揺れた。
「あわわわ、ディランさん……」
シェリーはどうしようかと、口元に手を当て体を左右に揺らしていた。
「んーこれはちと、まずいねゃ」
ジェラールは惻隠の眼差しをディランに送った。
願いごとには絶対的な権限が述べる者にある。
だからこちら側が拒否する権利は、犯罪や心身共に被害が及ぶ……まあいじめに近い行為とかならば拒否することは可能だが、逆にそれ以外の願い事は叶えなければならない。
でも、これも或る意味心に被害が及んでゆう。
「あっ……もし不可能であればーー」
「いや、大丈夫だ」
…………大丈夫、じゃない。
内心冷や汗をかき、心臓は警告するかのようにどくどくと鼓動を奏でる。
口から短い息が何度も漏れる。
大丈夫…………じゃないが、大丈夫と思わなくては。
ここで願いごとを破棄するわけにはいかない。
例え、この女子生徒が嫌がらせでこの願いごとをしたとしても、叶えなくてはいけない義務が俺にはある。
咳払いする。
落ち着くんだ。そうすれば自然な表情になるはずだ。
伏せ気味であった顔を上げる。
大丈夫。一瞬だけでも笑えばいい。
笑顔に見えればいいはずだ。
生唾を飲み込む。
そしてーー
「ブッ!! 」
笑顔を見せた……はずだった。
が、謎に笑顔を見たセドリックが盛大に吹き出した。
それが引き金のように、風紀委員メンバーは皆笑いだした。
「い、委員長。それは、笑顔じゃないって!」
「そうですよっ。それは笑顔じゃなくて、変顔ですって!」
「へ、変顔……」
グサッと槍が心臓に突き刺さる。
ディランは咄嗟に自分の顔を引っ張った。
自分なりには笑顔を見せているはずだったのだが……信じられないかのようにぱちくりと何度も瞬きをした。
だが、他の風紀委員たちの表情を見てディランは明後日の方向に視線を向ける。
……へ、変顔。……俺の精一杯の笑顔は変顔か……。
穴があったら入りたい。
この場に蹲りそうなのを抑え、顔を手で覆った。
「でも、おれはそんなディランさんが大好きですっ!!」
咄嗟に抱きつこうとしたダニエルを、左隣にいたジェラールが制止する。
「ディラン委員長さん」
笑いに包まれている会場で、女子生徒が声を出した。
ディランはゆっくり顔を覆っている手を外すと、女子生徒は満面の笑みを見せた。
「ディラン委員長さんなりの笑顔見れて嬉しかったですっ!」
そう言い残し、女子生徒は壇上を後にした。
……変顔だと言われたというのに、あの生徒にとっては良かったのか?
ディランは首を傾げながら、腕を組んだ。
そして、次に上がってきた生徒は……。
「っ!!」
「…………」
思わずディランは息を飲み、アランは視線をずらした。
プラチナブロンドが特徴的な生徒……アリスティアは、壇上に上がると笑みを見せた。
「では、お願いごとをどうぞ」
「はい。わたくしはアラン様、貴方にお願いごとをしたいと思います」
「…………は?」
アランは怪訝な面持ちを浮かべた。
……何故、俺様なんだよ。
思わずため息を零してしまう。
アランを正視し、ニコニコと笑みを浮かべているアリスティアを見て……。
すまない、アラン。
指名されなくて安堵している俺がいるんだ。
お前に被害がいってしまうというのに……本当にすまない。
と、ディランは心の中で懺悔をしていた。
「…………で? 俺様に何を願うんだ」
早く終わらせようと言葉を吐く。
どうせ抱きつきたいとか、握手をしてくれとかそんなもんだろ。
と、思っていたアランだったが、アリスティアの願いごとはそんなものではなかった。
「アラン様。わたくしは転校生だということはご存知ですよね」
「……あぁ」
そもそも転校生の対応をしていたのは生徒会だ。
その会長である俺様が知らぬことはないだろう。
一体何を言っているんだと眉を顰める。
「わたくし転校生なので、一年生だというのにデュオの方がいないんです」
「…………」
嫌な予感がする。
もじもじと顔を赤らめているアリスティアをよそに、アランは顔を青くする。
……まさか、まさか……な。
自分の思い間違いだろうと、アランは微かに頷く。
「一年ではデュオの方と行う授業もありますので、既にデュオがいる方に頼むわけにはいきませんの。なので……」
い、いや……違うよな。
俺様の頭の中に浮かんでいる言葉とは違うよな。
先程あのようなことをして、さらに問題を起こすわけないよな。
心の中で全力否定をする。
アリスティアは胸元で手を組むと、子供のような無垢な笑みを見せた。
「一年間だけ、アラン様にはわたくしのデュオになってほしいのです!」
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