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しおりを挟む「……眠い」
つい先ほど職員室に書類を提出し、その帰りである生徒会長アランは欠伸をしながら廊下を歩いていた。
すれ違う生徒達が挨拶してくるのを、軽く会釈しながら足を動かす。
しかし……眠いな。
眠気覚ましに珈琲を何杯か飲んだが、依然眠気は消え去ることがなかった。
……帰ったら仮眠室で休むか?
重くなった瞼を擦っている時……
「きゃ!」
一人の女子生徒とぶつかる。
「すまない。大丈夫か?」
あまりの眠気に思わず舌打ちしそうになるが、アランは尻もちをついた女子生徒に対し手を差し伸べた。
「ありがとうございます、アラン様」
女子生徒こと、アリスティアは差し伸べられた手を取り立ち上がると、スカートの裾を持ちカーテシーをする。
「初めまして。わたくし、アリスティア・グライスナーと申します」
「…………そうか」
突然自己紹介を始めたアリスティアに対し、アランは「……なんだこいつ」と怪訝な視線を送った。
……ん? 待てよ。確かこいつ……転校生か?
全校生徒の顔と名前をなるべく覚えるように努力をしているアランは、記憶の奥底を探り始める。
プラチナブロンドの髪に青い瞳、頭の中で当てはまる者を探していく。
記憶の中で数人当てはまったが、今目の前にいる人物の髪の色は金髪というより白銀に近い。
それに当てはまる者はたった一人……目の前にいる人物は転校生であることが確定する。
他はクライヴと同じように、髪の色の彩度が高めだからだ。
「あの、アラン様っ」
前触れもなく、アリスティアはアランの腕に抱きつく。
突然の出来事によりアランが瞠目していると、アリスティアは口を開いた。
「こうして会えたのも何かの縁ですし……よかったら校内を案内してくれませんか?」
「……は?」
唐突な申し入れに、アランは唖然とする。
一体何を言っているんだ。
俺様は生徒会長で、この学園をより良い環境にしていこうと日々奮闘し、寝る間を惜しんで執務をこなしているのだ。
それに加えて、ここ最近は授業に出る暇がないほど忙しいというのに……。
「お恥ずかしいですが、わたくし方向音痴しでして……。それに季節外れの転校生だからか、未だに親しい友人の方も作れていないのです。なので、これを機にアラン様とお近づきになりたいのです」
「…………」
これは、一体どうしたらいいのだろう。
俺様はこの学園に通う生徒全員に快適に、また楽しく過ごしてもらいたい。
しかし友人がいないとなれば……次第にこの学園に通うことが苦になってしまうだろう。
誰かに転校生を紹介するのも手だろうが、先日ディアナに特定の生徒を特別扱いするなと言われたばかりだからな……。
この俺様が手を差し伸べたことによって、親衛隊が転校生に対して何か事件を起こす可能性も否めない。
「……すまないな。俺様はお前に関わっている時間はないんだ」
これから先に起こるであろうことを考えると面倒である。
ここは突き放しておくのが正解だろう。
アリスティアを避け、廊下を歩き始めたのだが……。
「お待ちください! アラン様!!」
「なっ……!!」
アリスティアは、アランの腕を力強く握りしめた。
……こいつ、見た目とは裏腹に力が強い。
力ずくで振り払うことは簡単だろうが、この転校生は確実に転倒する。
怪我をして、言い掛かりをつけられるのもあまりに面倒臭い。
だとして、このまま放置をするとなると生徒会室には帰ることが不可能であり、またこの状態を親衛隊や他の生徒に目撃されるのも避けたい。
……これは、一体どうするべきなのか。
膠着状態が続いている最中、突如声を掛けられた。
「……君たちは、一体何をしているんだ」
一瞬心臓が飛び上がったが、聞き馴染みがある声だと気付くと、ほっと胸を撫で下ろした。
「ディラン様!?」
突然の風紀委員長であるディランの登場に、アリスティアはアランの腕から手を離すと、頬を赤らめ言葉を発する。
「ディラン様は、何故……」
「気分転換のついでに見回りだ。で、君ら二人は廊下の真ん中で何をしていたんだ」
「それは……戯れていただけですわ」
……何を言っているんだ。
戯れてなんかいない。
断ったら無理矢理腕を掴んできたんだろう。
アランは怒気を含んだ視線をアリスティアに浴びせる。
嘘を言うとは……唾棄すべき行為だな。
アランの好感度が大下がりしたことをつゆ知らず、アリスティアは言葉を続けた。
「あ、後……実はアラン様に校内を案内してもらおうと思いまして……良かったらディラン様もーー」
「すまないな」
ディランはアリスティアの言葉を遮ると、アランの手を掴む。
「俺達は、これから仕事の話があるんだ」
繋いだ手を、まるでアリスティアに見せるかのように自身の顔の近くに添えると、うっすらと微笑を浮かべた。
「じゃあ、アラン行くか」
「……ああ」
戸惑いつつ、アランはディランと共にこの場を後にする。
二人の姿を見送ると、アリスティアはグッと手を握りしめた。
「もうっ!! 全然上手くいかないわ!!」
ダンっと廊下を思いっきり踏みつける。
今回発生させようとしたイベントは、たまたま生徒会長のアランと遭遇し、友達がいないというヒロインの身を案じるアラン。
そんなアランは、気分転換にと校内を案内してくれるというイベントだ。
しかし寝不足であったアランはふらりと倒れそうになり、それを抱き止めるヒロイン。
それを親衛隊の一人に見られたことにより、ヒロインは親衛隊から執拗以上に嫌がらせを受けるようになるのだが……。
「やはり……出会いのイベントを発生させてないからなのかしら。……けれど、そのイベントはどう頑張っても発生させることが出来ない。これは出会いのイベントは諦めて、どうにか好感度を上げるしかないのかしら」
ため息をつく。
「このゲームには、悪役令嬢の立場であるキャラクターはいない。だからそれを利用することは出来ない。……となると、地道に距離を詰めていくしかないのね」
両頬を手で叩き、一人意気込むと、次の攻略対象に会うために歩き出した。
◇◇◇
アリスティアから離れ、手を離し、廊下を歩いているとディランが口を開いた。
「そうだ、アラン」
「んだよ」
あまりの眠さに、ため息混じりに言葉を漏らす。
一方のディランは一瞬口を噤んだが、顔をアランの方へ向けると言葉を発した。
「こう言うのもなんだが、アリスティアには気をつけた方がいい」
「アリスティア? ……ああ、あの転校生か。何故だ」
「……いや、その……目が怖い」
「目?」
アランは考えに耽るが、どちらかというと目より執拗さの方が怖いと思うのだが。
少し言いにくそうにしていたが、ディランは再度口を開く。
「それに……その、やたらと体をベタベタ触ってくるんだ」
「……マジかよ」
思わず眉を顰めた。
転校生に会ったのはあれが初めてだが、まるで顔見知りのように馴れ馴れしかった。
それが何処となく、慄然としてしまう。
「後、俺は兎も角。……アランお前の立場上、先ほどの戯れが親衛隊に見られていたら……」
「あぁ、確かにめんどくせぇことになる。だが、俺様は別に戯れていた訳ではないからな」
そこだけは訂正をさせてもらう。
欠伸をした時、不意にアランはあることに気がつく。
「……ん? お前、あの転校生と顔見知りの様だったが……」
「転校初日に中庭にいる所を見かけてな。職員室まで送り届けたんだ」
ディランの言葉に、アランは首を捻る。
「は? 分かりやすいように、敷地内と校内の地図を事前に送り付けてやったというのに……」
「大方忘れたか、地図が読めなかったんだろう」
そういえば方向音痴とか言っていたな。
思わず知らずアランはため息を吐くと、髪を掻き上げた。
「……まあ俺様自身も、あの転校生には気をつけるさ」
「……そうしてくれ」
四階へ着くと、アランは生徒会室の扉に手を掛けた。
「じゃーな」
「ああ」
アランが生徒会室に入ったのを見届けると、ディランは風紀委員室へ向かうため、足を動かした。
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