だからっ俺は平穏に過ごしたい!!

しおぱんだ。

文字の大きさ
上 下
9 / 76

9

しおりを挟む

 次の日。エリオットは食事を終えると、身支度を始めた。
 今日はフレディが委員会の用事があるため共に登校することは出来ないが、もし何かしてくる輩がいれば撃退すればいいだろう。
 本当は真正面から行くべきなのだろうが、あまり目立ちたくはないので影ながら撃退するしかない。
 しかしこそこそ此方の様子を窺ったり、行動を起こそうとしてやっぱ止めたということを何度も目撃すると逆に苛立ちが募っていく。
 躊躇しているのならば、もう俺のことを放っておいてくれよ。
 この学園で完全なる空気という存在になれば……平穏に過ごせるというのに。
 エリオットは制服に袖を通し、身支度を終えると部屋を後にする。
 鍵を掛け、エレベーターへ乗り込み、寮外へ足を進める。
 季節は五月の上旬でまだ春の気候。梅雨の時期はもう少し先だというのに、そろそろ日中は長袖だと暑くなってしまう。
 が、激しく動かなければいいことだし、上着を脱ぐのも普通に手だ。
 …………そういえば、魔法で体感温度を調整するのもありかもな。
 そんなことを黙考しながら、桜が散った人気がない通学路を歩いていると────

「おいおい、何処に行こうとしてんねん。酷いことはせえへんから!」

 何処からか声が聞こえるが、周りを確認しても声の主の姿を視界に捉えることは出来なかった。
 周囲には俺以外の生徒はいないし……これは気の所為だろうか。
 ……いやもしかしたらストレスで、幻聴まで聞こえるようになってしまったのかもしれない。
 これは少しリフレッシュをするべきだなと、再び足を動かした──その時、突然何かが草むらから飛び出して来る。

「ちょっ!!」

 突然の出来事に驚き、体を大きく反らすがそのままバランスを崩し、地に尻もちをつく。

「いてて……ん、猫?」

 目の前にはちょこんと座っている、一匹の白猫。
 どうやら突然飛び出してきたのはこの白猫のようだ。
 まぁ、猫なら仕方がないかと息を吐くと、白猫はトコトコとこの場を後にした。

「ちょっと、逃げんといて!! 自分はただ触りたいだけねん!!」

 そんな白猫から一歩遅れて人が飛び出して来るが、エリオットの姿を捉えると首を捻った。

「ん? 何や、君は」

 現れた者は水色の髪に蜂蜜色の瞳、左目には眼帯をつけ、両手には包帯を巻き付けていた。
 ……なんだこいつ、俗にいう痛いヤツというものか?
 引き気味に眺めていると、目の前の男子生徒はエリオットの顔を覗き込む。

「なー、聞いとる?」
「きっ、聞いているから近付くな!!」

 立ち上がり、間合いを取る。
 ……なんか、危険な匂いがするような……。
 警戒心を持ち顔を強ばらせたエリオットとは対称的に、男子生徒はへらへらと笑う。

「そかそか。なんかボーッとしとったから、どないしたんかなって思ったんよ。しっかし、君は見たことないな……名は何て言うん? あ! 自分はセドリック・グレイディと言うんや」

 別に名なんて名乗らなくていいというのに。
 だが、流れ的には俺も名乗らなくてはならないのだろう。
 それを証明するかのように目の前の男子生徒……セドリックは、期待を込めた視線を此方へ浴びせてくる。
 あまり知らない者に名を名乗りたくはないが……致し方ない。

「……エリオット・オズヴェルグ」

 ため息混じりに名を名乗ると、セドリックは驚倒した。

「あー、君がエリオットかぁ」
?」
「だってエリオットというやつは、いじめられっとると聞いたねん」
「……まあ、間違ってはいないな」

 今は返り討ちにしているが。
 セドリックはうんうんと一人納得した様子を見せると、人懐っこそうな笑みを見せた。

「そかそか。なら自分、そのいじめ無くして見せるで。なんだって自分、風紀委員やねん」
「…………は?」

 自分で何とかしているため、第三者の助けは今のところは必要ない。
 だから断ろうと思っていた矢先に、セドリックは爆弾を投げてきた。
 会うことなんて、そうそうにないと思っていた風紀委員。
 それが今目の前にいて、しかもいじめを無くそうとしている。
 ……ハッキリ言って迷惑だな。
 学園内では、比較的に地位が高い生徒会と風紀委員。
 双方だろうが片方だろうが、そんな人達が底辺の俺に手を差し伸べたら……確実に目を付けられる。
 特にあの、親衛隊というやつらに。
 ……これ以上、面倒事に巻き込まれるのは御免だ。

「……なんや、乗り気じゃないようやな」
「まあ、今はいじめなんて無いに等しいからな。結構だ」
「そ、そうなんや?」

 悲しそうに眉を顰めるセドリック。
 昔のエリオットならば喜んだのだろうが、今のエリオットにとっては余計なお世話である。
 とにかく平穏な日々を過ごし、のんびりスローライフを楽しみたい。
 そのためにはどうするべきなのか……いや、そんなことは既に決まっているではないか。
 自らのことをヒロインと呼ぶ頭の中がお花畑の転校生と、生徒会役員に風紀委員を関係を持たないことだ。
 なら、今やるべき事は……とにかく他人のフリ。
 エリオットは無視するようにセドリックの横を通り抜ける。

「ちょっ!! 待つんや!! お話しようや!!」

 話すことなんて、何一つない!!
 エリオットが歩くと、それを追いかけるセドリック。
 足を速めると同じように足を速め、走るとまた同じように後ろから走って追いかけてくる。
 なんなんだこいつはっ!!
 何故俺に付きまとうんだっ!!
 エリオットは振り切ろうと、全速力で通学路を駆け抜ける。

「ちょっと待ってや~!! なんで逃げるんよ~」
「いや、ついてくんなよ!!」

 流石風紀委員というべきなのか、振り切ることが出来ない。
 これでは校舎に逃げ込んだとしても、捕まってしまう。
 ならその前に撒けばいいんだと、エリオットは通学路から外れ、木が生い茂っている場所へ身を隠した。

「あれ~、何処に行ったん?」

 エリオットの姿が突然消えたことを不思議がるセドリックは、ガサゴソと草木を掻き分ける。
 ……どうか、見つかりませんように。
 エリオットは息を潜め、セドリックが去ることを祈るのだが、諦めが悪いのか立ち去る様子は微塵も無い。
 何度もエリオットの名を呼び、草木を掻き分けていき、遂にエリオットのすぐそばまで迫っていた。
 だが流石に諦めたのか息を吐くと「仕方ないなぁ」セドリックはこの場を離れ、校舎の方へ足を進めたのであった。
 ほっと、息を吐く。

「……やっと、諦めてくれたな」

 荒い呼吸を整えるとその場から顔を出し、誰もいないことを確認すると通学路へ戻り、校舎へと歩き始めた。



「あーもうっ! なんでいないのよ!!」

 アリスティアは、怒気を含んだ声を上げた。
 現在セドリックとの出会いイベントを遂行するために通学路で待機していたのだが──一向に現れる気配がない。
 それはそのはずだ、少し前にエリオットを追いかけていったのだ、現れるわけがない。
 そんなことを知るはずもないアリスティアは、その場をウロウロと歩き回っていた。

「……おかしいわ。アラン様の時といい、本来起きるはずのイベントが起きなくなっている。……これは、バグ? いいえ、もしかしたら、日にちや時間によっては起きないのかしら」

 うーんと考えに吹けるが、今は一人の攻略対象で手こずっている訳にはいかない。
 なら、今日は別の出会いの場を行ってみることにしよう。
 答えを出したアリスティアはその場を離れ、校舎へと歩き始めた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

処理中です...