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しおりを挟む部屋を出て、財布から黒いカードキーを取り出す。
このカードキーは、生徒会や風紀委員の様に一人部屋の人が持つ代物だ。
一人部屋の人は普通の人と比べて住んでいる階が異なり、尚且つ他の人が誤って来ないために作られたものだ。
フレディはエリオットの様子を見に行くということで、エレベーターのみ使える物を特別に持たされているのだろう。
カードキーで鍵を掛けると、エレベーターへ向かう。
ボタンを押し、エレベーター内へ乗り込み、途中の階で止まることはなく一階へと到着する。
降りて、寮の出口へ向かう途中……。
「おや、エリオット。珍しいね。家に帰るのか?」
「エルヴィンさん」
ここの寮長のエルヴィンに呼び止められた。
出来ることなら誰にも会いたくはなかったのだが、これは仕方がない。
「い、いえ。少し食料を……買いに行きたくて。学園内のお店を使いたくなくて」
そう、学園内には食料を買えるお店が存在している。
ここは食堂というのがあるのだが、食堂を使わない人や自炊する人の為に、学園内に造ったという。
「……そう。気を付けろな」
「はい」
そして寮から出ると、一面に広がる庭園。
整備された道を歩き、学園の外へ向かう。
直ぐ出口へ着くだろうと思ったのだが……どんなに歩いても出口は見えない。
十分程歩いただろうか、漸く大きな門が見えた。
門番へ外に出ると伝えると、機械を操作し、門が開く。
お礼を言い、こうして学園の外へ足を踏み出し、王都へ向かうと急いで店の影に隠れ、カツラと丸眼鏡を魔法袋へ押し込む。
「よし、買い物を楽しむかっ!」
ここはティル・ナ・ノーグ。
王都ならではの物も売っているはずだと、エリオットは喜悦の色を浮かべながら散策をする。
街の風景も昔とは打って変わっており、活気に溢れかえっていた。
そんな時、何やら甘い匂いが鼻腔を掠める。
「ん? いい匂いする」
その匂いを辿ると、何やら棒状のお菓子があった。
水飴のようなそのお菓子、エリオットは暫く眺め、迷っていたが買うことを決心する。
買わないで後悔するより、買って後悔した方がいい。
「すみません。これひとつ下さい」
「100ティルになります」
財布からお金を取り出し、渡す。
商品を受け取ると、かぷりと口に含むと口内に広がる甘み。
蜜の花というこのお菓子は、本物の花の蜜から作り、固めたものだという。
エリオットはそれを食べながら、お目当ての杖を買いに行く。
武器屋へ入ると真っ先に杖へと向かうが、杖でも沢山種類があり、属性によって付属している魔石が違う為、自身の属性と合ったものを買うのが一般的だ。
「……けれど、俺は別に苦手な属性ないんだよな」
手にLv1の魔術を発動させる。
炎も水も風も何もかも普通に発動出来る。
それは希少だという光もだ。
だから杖を選ぶにも悩むのだ。
だが、これから学園に復学した時、自身の得意な属性を決めていなくては後々困るかもしれない。
なら、ここは適当に炎属性を得意としておこう。
炎属性の杖を手に取り、カウンターへ持っていく。
「おじちゃん、これ」
「ん? これは、6500ティルだな」
お金を払い、店を出ると杖を自身の魔力に融合させる。
融合させれば、魔法武器のように顕現することが可能となる。
これで、杖をいちいち持ち歩かなくてもよくなるが、今の時代では魔法武器とか存在しているのだろうか。
いや、もしかしたら既存の武器を魔法武器化する技術とかあるのかもしれない。
街とか見ていると技術が進歩してそうだしな。
街の風景を眺めながら、次は服屋へと向かう。
服屋に入ると様々な衣服が目に入るが、シンプルなデザインの方がいいだろうと、ティーシャツや上着を見繕う。
「魔法を使う時、コートを着てると風でバッサーと靡くのが好きだったんだよなぁ」
これがかっこよくて、エリオットになる前は憧れていて、わざと大きなサイズの上着を買ったりしたものだ。
ロングパーカーを手に取る。
これは黒色の方がいいだろうか……それとも赤色の方がいいだろうか……。
うーんと悩む。
カツラのことを考えると黒は避けた方がいいのかもしれないが、学園では制服がある。
それならカツラをつけてはいないプライベートの髪の色に、服の色を合わせてもいいのではないか。
紅髪に黒い服というのもかっこいいしな。
そんな理由で黒いロングパーカーに決めた。
服を買うと、次は食料を買いに歩き、お店に着くと、様々な食料を物色していく。
あの時代には存在していなかったカップ麺というものや、袋菓子もカゴに入れ会計を済ます。
「んー、今回はこんな感じでいいか」
食料を買い、武器も服も買ったので後は体力作りだけとなった。
けれど体力が無いという割には、それなりに歩いたというのに疲れてはいない。
これはもしかして昔の自分……もとい前世のことを自覚したため、身体能力も格段に上がったということだろうか。
よくよく考えれば、確かエリオットは魔法も特に得意というわけではなかった。
これは黙示録も扱え、前世のステータスも現在のステータスに受け継がれたと思ってもいいのだろうか。
それならすぐさま復学しても大丈夫だろう。
なら早急に帰宅し、復学した時何をしたいか考えよう。
物陰に隠れカツラと丸眼鏡を着用すると、学園へと帰路を歩いた。
◇
学園の自室へと戻ると服を仕舞い、食料を冷蔵庫へと仕舞う。
顕現させた武器を部屋へ立てかけ、カツラと丸眼鏡を取りデスクの椅子へと腰を掛ける。
「さて、学園に復学した時、どうするか考えよう」
紙とペンを取り、何をしたいかどう過ごしたいか書いていく。
学園生活は、デュオであるフレディと平穏に過ごしたい。
生徒会や風紀委員とは関わりたくないのが本音だ。
平穏に過ごす為には、どうすればいいだろうか……。
先ずはいじめの件についてだ。
いじめは、はっきりいって面倒臭い。
だが、真正面から返り討ちにするとら後々面倒事に巻き込まれる可能性があるので、陰ながら返り討ちにするべきだろう。
Lv2くらいの魔法ならば、人間にぶつけたとしてもそこまで害はないはずなので、適当に魔法をぶつけていけば、次第に離れていくと信じよう。
いじめの件は適当に返り討ちにして、皆が自然に離れていくように誘導するということで決定だな。
次は役員についてだ。
学力一位であるエリオットは、生徒会か風紀委員のどちらかに所属するはずだった。
これはきっと容姿のせいで所属しなかったと仮定しよう。
なら、本来の容姿を晒さなければ大丈夫ということだ。
他の委員会についても容姿を晒さないのと、拒否をし続ければ大丈夫だろうか。
他は……と考えるが、他の考えは浮かばない。
なら、生徒会や風紀委員に関わらず、いじめを適当に返り討ちをして、フレディと兎に角平穏に過ごす。
これだけだな。
「あ、そうだ」
思い立ったようにデスクから立ち、部屋の中心へ行くと足を大きく蹴り上げたり、拳を突き出したりする。
「昔の記憶では全く運動は出来なかったが……動きにキレがある。これは前世のステータスが受け継がれたと本格的に考えても良さげだな」
これなら直ぐ復学出来る。
復学の意向を学園長に伝えようと、魔力を込められた紙とペンを取る。
内容は一週間後に復学したいということだ。
手紙を封筒に入れ、学園長室の住所を書き、窓を開け息を吹きかけると手紙に翼が生え、空高く飛んで行った。
「復学に関してはこれで大丈夫だな。学園の授業が終わった後、フレに電話して復学すると伝えるか」
窓を閉めると、深々と椅子に腰掛け時間が経つまで読書に耽ることにした。
◇
『え!? 復学するの!?』
「ああ、復学する。学園長からも返事が来て、一週間後復学することになった」
学園長からの手紙を見る。
一週間後の復学を許可するという内容で、きちんと印も押されている。
『そっか、またエルと一緒に通えるんだね』
「ああ、通えるよ。教室も一緒だから、それだけは嬉しいよ」
『うん! 僕も嬉しい』
「じゃあ、それだけだからまたな」
『うん、またね』
通話を終了させ、携帯電話を閉じる。
これで復学は決定したので、次は学園に通うための準備を始める。
教科書を鞄に入れ、制服に消臭スプレーを掛ける。
制服は青を基調とし、ネクタイは赤色。至って普通な制服だ。
エリオットになる前にも学校というのはあったが、ここまでの規模の学園というのは存在していなかったはずだ。
前世は制服というのに手を通したことがなかったからか、今から着るのを密かに楽しみにしている。
「そろそろ夕飯にするか」
台所へ行き、今日買ってきた食材を手に取るが、本音は自炊するのは面倒臭い。
「カップ麺というやつにするか」
お湯を入れて三分後に食べれるという画期的な食べ物。
嬉々の思いでかやくやスープの粉を入れ、ポットのお湯を入れる。
そして三分後、麺をかき回し、箸を使って食べる。
「んー上手いっ! 前世もこんなのがあったら、楽だったんだけどなぁ」
噛み締めながら、うんうんと頷く。
簡単に作れるため、味はイマイチかと思ったが、これはなかなかの味だ。
自炊するのが面倒臭い時や、時間が無い場合には重宝するだろう。
食事を終えると、湯船に浸かる。
前世ではなかなか風呂に入る機会がなかったのだが、この時代は毎日入れるのか……。
これは嬉しいものだ。
肩まで湯に浸かり、腕を伸ばす。
来週からは学園生活に戻るから、今のうちにたっぷり休みたいものだ。
風呂から出て、自室に戻りベッドへ座る。
「さて、そろそろ寝るか……。他にやることはないだろうし」
欠伸をし、布団へ潜り込む。
目を瞑り、次第に眠気が襲ってくると、そのまま眠りについた。
◇
次の日の昼、エリオットは学園の教科書の内容を眺める。
基本的には授業内容は魔法陣を描く魔法式のことや、詠唱を覚える程度だろう。
昔のエリオットは運動が出来なかったため、授業内容はフレディとは真逆の魔法を選択していた。
今から変えることが出来るのならば剣術に変更してもいいのだが、折角杖を買ったことや黙示録のこともあり、魔法を選択したままでもいいのかもしれない。
そして黙示録を顕現させる。
黙示録は俗にエリオットの魂から形成されていると言っても過言ではない代物だ。
壊れる可能性は殆どないと思われるが、もし破壊されたらどうなってしまうのだろうか。
前世でもかなり酷使していたと思うが、こうして今も扱えることから壊れないと考えてもいいのかもしれない。
「はぁ、なんだが暇だなぁ」
これといって、やることがないのだ。
部屋の中で動き回ったり、魔法を発動させるわけにはいかない。
黙示録を体の中に戻すと、机の上からお菓子を取る。
「あっそうだ。浮遊魔法使って散歩するのもいいな」
お菓子を咀嚼しながら、独り言を呟く。
「今の時間帯なら皆授業を受けているだろうし、散歩くらいならしてもいいだろう。今すぐ行くか!」
エリオットは窓へ足を掛け、魔法を発動させると体は宙に浮き、空を舞う。
「あー、風が気持ちいいなぁ」
心地よい風を感じながら空を舞い、そして噴水がある場所へと降り立った。
「ここは、校舎から近いな……」
周りを見ると少し先に校舎が窺える。
もしかしたら中庭という立ち位置なのだろうか。
だがエリオットはそんなことを気にせずに、花壇の花を眺めていた。
あ……この花、綺麗だ。
目の前には赤色と紫が混ざった花。
これは一体なんという名前の花なのだろうと、考えていると……。
「……おい」
「……え?」
不意に声を掛けられ、声の主の方へと振り向く。
白を基調とした軍服の様なものを羽織っている茶髪の髪に紅い瞳の少年は、エリオットのことをただ眺めていた。
「お前……こんな所で何をしている」
「何をって、散歩だけど……」
そこまで言ってハッとする。
今は授業中で、そんな最中に散歩なんて普通しないだろう。
……まずい、これは失言だ。
「ほう、散歩か……。制服も着ずに授業中に散歩だとは、いい度胸だな」
「え、あ……」
どうしよう……復学する前に目をつけられてしまった。
これでは、平穏に過ごすという計画が崩れ去ってしまう。
「……それにしても、お前見たことないな。特徴的な紅い髪に、なかなかの顔立ちしているというのに……」
「へ?」
今、なんて言った? 紅い髪? 今は黒髪じゃ……。
「あああーー!!」
しまったっ!! カツラも丸眼鏡も身に付けていない。
……いや、これはある意味良かったのでは?
いやいや、良くない。
素顔を晒してしまったのだ。
これは今すぐ逃げるべきだ。
「なあ、お前」
一人慌てているエリオットに向かって、少年は爆弾発言を噛ました。
「……好きな人はいるのか?」
「いるわけねぇだろっ!! くそっ、消えろ!!」
消えろ、そう大声を出すと、エリオットの姿は一瞬にして消え去る。
少年は吃驚し、右往左往と辺りを見回すが、透明化したエリオットの姿はそう簡単に見つけられるわけがない。
エリオットは浮遊魔法を使い、すぐさま自室へと向かった。
「……くそ、やってしまった」
自室に戻るやいやな、頭を抱えた。
まさか人とばったり会ってしまうとは思ってもいなかった。
しかも、素顔を晒してだ。
姿を消すことが出来たから逃げれたが、またあの少年に会ってしまったら逃走することが不可能に近いかもしれない。
だが、或る意味素顔だったから良かったかもしれない。
いや良くはないのだが、カツラと丸眼鏡を着用している姿だったら復学した際に捕まる可能性もあったからだ。
流石に尋問はされたくない。
「……復学するまでは外に出ない方がいいな」
そう心に決めたのであった。
「あ、そういえば……あの少年、どこかで見たような……誰だ?」
黙考するが、名前が出てこない。
だが確実にどこかで見たことがある。
しかし考えても仕方がないなと、エリオットはベッドへ身を沈める。
後々あの少年の正体は明らかになるのだが、それが関わりたくない人物だったということに気付くのはもう少し先のことであった。
◇
時間というのは、進むのが早いものだ。
あっという間に復学する日となり、制服へ手を通すと鞄を持つ。
そして、玄関の扉を開く。
「おはよう、エル」
「おはよう、フレ」
部屋の前にフレディが待機していた。
今日から復学をするのだが、果たして平穏に過ごせるだろうか。
フレディは目を伏せると、エリオットの腕を掴んだ。
「僕も出来る限り、エルの傍にいるから……何かあったら頼ってね」
下がり眉で笑うフレディに、エリオットは大丈夫だと言う。
「確かにフレに迷惑というか世話を掛けるかもしれないけれど、俺も出来る限りは頑張ってみせるから」
「……そっかぁ。じゃあ行こう」
「ああ」
こうして学園という名の戦場へ、足を進めた。
これから、巻き起こる数々の問題に自分が巻き込まれるということを知らないエリオットは、ただ平穏に過ごしたいなとしか考えていなかったのであった。
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