死験場

紅羽 もみじ

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13話 最終試験

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13話 最終試験
 僕は、配給された食料を無理矢理にでも口に運び入れながら、平川さんの話を頭から最後まで、何度も繰り返して思い出した。

(僕に残された時間は、あとわずかだ…。死んでしまったみんなには申し訳ないけど、僕は、死にたくない…!)

 僕の罪は何なのか。いじめを見逃したことか、平川さんを救えなかったことか、いじめを止めるための勇気を持てなかったことか…。思いつく限り考えるが、同じような答えしか出てこない。

「ふふ。顔色、悪くなってるわよ。」

 平川さんは、どこから戻ったのか、部屋の中心にある椅子に座っていた。何かが開く音もなければ、人が入ってきた気配もわからなかった。それほど、考え込んでいたということか。

「…たくさん、考えたよ。僕の罪は、何なのか、って。」
「そう。答えは見つかった?」
「…わからない。けど、僕は生きたい。だから、考え続けるよ。」
「偽善者らしい答えね。まぁいいわ。あなたの最期を、ここで見届けてあげるから。」

 不敵な笑みを浮かべた平川さんは、タイマーに寄りかかり、ひたすら逡巡する僕を愉しそうに見ていた。そして、その時はやってきた。

「皆様、こんばんは。これより、6人目の試験を行います。試験の流れ、注意事項に変更はありません。今回の回答者は…」

 言われずともわかっている。僕は覚悟を決め、立ち上がった。

「佐々木浩文さんです。」
「さぁ、試験の始まりよ。あなたが選ばれた理由も、問題を聞けばわかるわ。よく聞くことね。」
「では、問題です。あなたは高校時代、平川氏がいじめられている現場を目撃したにも関わらず、その場を立ち去り行動を起こしませんでした。その現場とは、どのような現場だったか述べよ。では、カウントダウン、スタート。」
「…え…?」

 僕は、頭の中が今まで思考でいっぱいになっていたのにも関わらず、一瞬で真っ白になってしまった。

(僕が、いじめを…?目撃…?)

「さぁ、佐々木くん。答えられるかしら?」

 平川さんがいじめを受けていた時期は、高校2年時、それも初期の頃からだ。いじめていた人は、恭子さん、久美さん、瑞稀さん、優子さん、鶴本くん。ここまでヒントが出ているのに、僕の記憶からは問題に答え得る光景が一向に出てこない。

「あら?死にたくないんでしょう?もう、時間も折り返しよ。」
「…くそっ!!僕は、何を…見て…」

 そう思った時、高校時代に仲良くしていた友人達の顔が思い浮かんだ。あの頃は、受験もまだ先、そして高校生活に馴染んで青春真っ只中。本当に、楽しかった。楽しかった、はず…

(…確か、あの時…)

 僕は、とある日の帰り道を思い出した。友人の1人が、校舎から出る時、あ、と声をあげたんだ。

『どうしたの?』

 そう僕が問いかけると、友人の目線の先には、4人の女子生徒に囲まれた、1人の女子生徒。

『あれ、いじめ…?』
『女子のいじめは陰湿でやだね、ああやって、一目につかないところで追い込んで。男なら殴って喧嘩して終わりなのにな。』

 友人は、軽く笑っていた。でも、僕はその現場から目を離せなかった。そしたら、合ったんだ。平川さんの、助けを訴える目が、僕の目と。でも、僕は、何もできなくて。

『おい、浩文、何してんだよ、いくぞ!今日こそ負けねぇからな。』

 そう声をかけられて、目線を外した。何も、見ていないフリを、したんだ。

「…こ、校舎裏で!平川さんが、殴られ…」
「佐々木浩文氏、時間切れにより失格です。」
「あら。…もう少しだったのに。惜しかったわね。」

 僕は、必死に窓を叩いた。僕は、僕の罪を思い出した。平川さんに偽善者と罵られるのも当然だ。実際に、いじめられている現場を見たのに、何もしなかった。先生に伝えることすら、しなかった。今の今まで、記憶の底に押し付けて思い出さないようにしていたんだ。

「平川さん!!ごめん、本当に!!だから、」
「殺すのはやめて?…偽善者らしい最期ね。あの時、あなたが少しでも動いてくれてたら、状況は変わっていたかもしれないのに。あなたには、死んでもらうわ。他の人たちと同じようにね。」

 僕は、吐き捨てるように言い放つ平川さんに、まるで神に祈るように懇願したが、叶わなかった。

「あなたにはね、とっておきの罰を用意しておいたの。今までは神経毒ガスや、循環器に影響を出すガスで死んでもらってたけど…。あら、もう始まってるわね。」

 僕は、両壁から出てきた拘束具で縛り付けられ、身動きが取れなくなっていた。そして、右側の壁から2本の注射器が出てきた。

「注射器の中身はね。先の戦争があった頃、外国の貧困層で流行ったドラッグで、『クロコダイル』っていうの。身近なもので作ることができるんだけど、強烈な幻覚症状、そして身体中の皮膚や血管が壊死して死亡する。…あなたには、何が見えるのかしらね?」

 もう、平川さんの言葉も聞こえない。皮膚が、体が、痛い。焦点が合わない。体が、言うことを、きかない…

「さようなら。佐々木くん。」









__________________________
「やっと、終えた。」

 私は、目の前で事切れた佐々木くんの死体を見て、達成感のようなものを感じ、その場に座り込んだ。
 私をいじめていた人間、私を見捨てた人間、全員に、罰を下してやった。私は、あの頃の正しさを、やっと証明することができた。

「…試験官、もういいわ。これで、私の目的は達成できた。十分よ。」
「佐々木浩文氏が見ていたいじめの現場は、平川氏が校舎裏で殴る、蹴るの暴行を受けている現場、でした。」
「もう、いいって言ってるでしょ。私は、もうここから出るわ。あなたも引き上げて。」

 私は、6人に見えない扉から外に出ようと、ドアに手をかけたが、開かない。鍵が、かかっていた。

「ちょっと、どう言うつもり?」
「まだ、試験は終わっていません。最終回答者は、平川頼子さんです。」
「…私?私が今更、何を答えるっていうの!」
「試験の流れ、注意事項に変更はありません。では、問題です。あなたは、罪を犯しました。その罪とはなんでしょう。では、カウントダウン、スタート。」

 私の言葉に耳も貸さない試験官、そして、試験官の合図でカウントを始めるタイマー。私は混乱していた。

(私の罪!?私は一つも罪を犯していない!!)

「ふざけないで!!早くここから出しなさい!!!手助けをするって言ったのは、あなたでしょう!?」
「残り、30秒です。」
「何よ…、私の罪って…。」

 私は、あいつらにいじめられた。その報復をした。これは、正しい報復なのだ。いや、それ以前にも悪いことなんてしていない。そう逡巡していた、その時。

「平川頼子氏、時間切れにより失格です。よって、罰を与えます。」

 試験官の無機質な声で、時間切れを告げられた。

「ね、ねぇ…、冗談、よね?ここから、出して…」

 そう言い切る前に、上から大量の液体が降ってきた。鼻を突くような強烈な匂いに、思わず顔を顰める。

(こ、これ何…、灯油!?)

 ドアは開かない。私の体は灯油まみれ。上を見上げると、一つの赤い光が降りてきた。

「…嘘…。」

 次の瞬間には、私は全身火だるまになっていた。全身が痛い。熱さも感じる間もなく、強烈な炎が私の体を侵食していた。…私が最期に聞いた声、それは。

「復讐という名を借りて、殺人を行った。それがあなたの罪です。」
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