死験場

紅羽 もみじ

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12話 答え合わせ

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12話 答え合わせ
「もう、知っての通りだと思うけど、私は平川頼子。ここに呼んだ人間たちは、西高の2年生のとき、みんな同じクラスだったわ。佐々木くんも含めてね。」
「同じ、クラス…?」
「あら、覚えてない?私、美術部だったのよ。2年生になって間もない頃、1年の時に出した絵が表彰されて、全校集会で表彰台に立ったこともあるわ。」

 平川さんの話を聞いて、僕の記憶の奥底に眠っていた光景が頭をよぎった。確かに、2年に上がったすぐの頃、体育館に集められ、表彰を受けている人が何人かいた。そのうちの1人が、うちのクラスからだと言って騒いでいた生徒もいた。
 そこから、芋蔓式に記憶が蘇ってきたが、少なくとも当時の平川さんは、活発な人柄で、とてもいじめの標的になるような人物ではなかったはずだ。

「…思い出してきたよ。君は、勉強も部活も、何事にも一生懸命頑張ってる、活発な人だったよね。」
「そうよ。勉強も、部活もとにかく手を抜くってことが嫌いだったの。だから、何だって真っ直ぐに頑張ったわ。2年の初めには友人もいたし、ごく普通の生徒だった。…でもね。」

 一息ついた平川さんは、つぶやくように言葉を紡いだ。

「…恭子、私以外にもいじめている生徒がいたの。知ってた?」
「…知らない。接点もなかったから。」
「私は偶然、校舎裏で委員会活動をしていた時に、見ちゃったのよ。恭子と、久美、優子、そして瑞稀が集まって、ある1人の女子生徒をいじめているのをね…。あなたなら、どうする?」
「…どうする、って?」

 平川さんは、まるで僕の心の中を見透かすような鋭い眼差しで睨みつけた。

「…僕は、何もできないと、思う。報復されるのも、怖いから…。」
「ふふ、そうよね。あなたならそう言うと思った。…私は、それができない性質でね。すぐに4人に止めるよう、注意しに行ったわ。恭子や優子は、私に食いついてきた。その日から、いじめのターゲットは、その生徒から私に変わった。でも、初めはこんなものに屈するものか、って耐えてたのよ。恭子も、私を屈服させようと必死だった。」
「そんな君が、どうして…。」
「答えは出てたでしょ。…鶴本よ。おそらく、私が4人にいじめられていることを悟ったんでしょうね。孤立無援な私に対してなら、何をしてもバレないと思ったのか、私を陵辱したのよ。…強姦は、魂の殺人。それをきっかけに、私は立ち上がることができなくなってしまった。」

 僕は、平川さんの高校時代を想像し、胸を刺すような痛みを感じた。

「あら、同情してくれてるの?まぁ、そんなものくれても、意味はないんだけどね。…そこからは、地獄としか言いようのない生活だった。4人から受ける暴力、精神的苦痛、鶴本の強姦。死んでしまおうかと思ったこともあったわ。特に性質が悪かったのは、鶴本はともかく、4人とも教員やクラスの人間たちには、バレないようにいじめるのよ。クラスにいるときは、普通の生徒のように過ごして、特に優子なんかは女子たちから頼られてたわね。でも、一度人の目に触れない場所に入ったら、あいつらは悪魔になる。だから、クラスメイトも、担任も、4人が私をいじめているなんて気付かない…。」
「…ごめん。」

 僕は思わず、平川さんに謝罪の言葉を漏らしていた。その瞬間、平川さんは人が変わったように怒り狂った。

「気持ち悪いわ!今更謝らないでくれる?あなたからの謝罪なんて、1番意味がないのよ!さっき、自分が言ったこと忘れた?もしあなたが、いじめの現場を目撃したらどうする?って聞いたら、見逃す、って言ったわよね?あんたみたいなのが、1番嫌いなのよ!この偽善者!!!」

 僕は、軽々にも謝罪の言葉を口にしてしまったことを後悔した。

(そうだ…、さっき僕は、いじめの現場を見ても、何もできないと、そう言ってしまった…。)

 そう思った時、僕はふと気になったことがあった。

「…平川さんが、いじめの主犯格だった恭子さんや、鶴本くんが許せないって話はわかった。戸川くんに対しても、いじめられる側に問題があるって自論があったから、それが許せなかったんだよね。…ただ、僕が言うのもおかしい話かもしれないけど、僕みたいな偽善者は、他にもいたんじゃないの?何で、僕が選ばれたの…?」
「…だから、それは問題が出れば、わかるわよ。それまで、大人しくしてなさい。」

 怒りで取り乱した平川さんは、少し落ち着きを取り戻したのか、息は上がっていたが、口調は落ち着いていた。

「高校を卒業する頃には、私は以前の性格とは打って変わって、何も主張できない、内向的な性格になったわ。でも、『私は正しいことをしたはずなのに、何でこんな目に遭ってるのか』という疑問は、心の中でずっと燻ってた。そうしたら、今、あなたたちに問題を出してる試験官に出会ったのよ。あなた達の立場で言えば、黒幕という立ち位置かしらね。そして、その疑問を解消するための手伝いをしてくれると言ったの。」
「試験官が…?」
「そうよ。私はその話を持ちかけられた時に、考えたわ。私は正しいことをした、それは間違いない。あんな目に遭ったのは、あいつらが悪いからよ。そして、提案したの。あいつらを断罪する舞台を作りたいって。もし、私へ行ったいじめを悔いて、反省しているようなら生きて帰す、一方で反省の色もなければ、苦しみ抜いて死んでもらう、断罪の場を作りたいってね。あと、その罪を受ける場面を、1番間近で見られるようにしたい、ってお願いもしたわ。そしたら、優子になりすませばいい、って助言をくれたの。」
「…本物の、優子さんは…?」
「久美が言ってたでしょ。優子が、誰かにつけられてる気がする、近所や職場がよそよそしい気がするって相談してたって。優子の周りで、ガスライティングを仕掛けてやったのよ。」

 ガスライティング、という単語を聞いて、僕はゾッとした。一度、大学で社会学の講義をとったときに聞いた単語で、特に印象が残っていた。初めは些細な嫌がらせや、わざと誤った情報を被害者に与え、被害者がどれだけ自分が被害を受けている、と主張しても、周囲は被害者側の考えがおかしい、間違っていると言い続けることで、被害者を追い詰め、最終的に集団から外させる、最悪の場合、自死にまで追い込む、という凶悪な手口だ。

「優子が追い詰められるまでは簡単だったんだけど、死んでくれるまでは骨が折れる作業でね。私は優子に面が割れてるから直接的なことはできないし、後もう少し、ってところで、何とか持ち堪えちゃうのよ。何でかって不思議だったけど、久美と連絡を取ってたからって知って腑に落ちたわ。まぁ、最終的に死んでもらったけどね、ふふ。優子が死んでからは簡単だった。私は顔を優子そっくりに整形して、みんなと一緒に独房に入るだけ。試験官には、前もってそれぞれに出してほしい問題を教えておいたから、私は優子になりきって、目の前で敵が苦しみに苦しんで死ぬ姿を楽しめばいい…。はあ、少し、喋りすぎたわね。」

 その言葉と同じくらいのタイミングで、配給がきた。夕食の配給だ。

「さぁ、最後の晩餐を食べなさいな。…あ、でも正解できれば、生きて帰ることもできるわね。まぁ、頑張って。」

 僕は、どこかに去っていく平川さんの背中を見送ると、無造作に置かれている夕飯の配給を見つめた。
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