死験場

紅羽 もみじ

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3話 一次試験

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3話 一次試験
「嫌ああああああ!!!!!」
「!?なん、なんだ?!」

 僕は、女性の叫び声で飛び起きた。叫び声を上げたのは瑞稀さんのようで、昨日以上に体を震わせ、顔は青白くなっていた。

「瑞稀さん!!大丈夫ですか?!」
「私じゃないわよ!横を見なさい、横を!」

 ふと左横に目をやると、戸川くんがドアの前で倒れている。僕は頭から血の気がさっと引いたような感覚を覚え、必死に戸川くんに呼びかけた。

「戸川くん!大丈夫!?戸川くん!!」

 僕の呼びかけにも反応しない。瑞稀さんの叫び声に反応した他の人たちも、パニック状態になってしまった。

(もう、試験が行われた?死んでしまった??)

 僕らはまだ、試験がどのように出題されるか、不正解だったときの処遇など、何もわかっていない。もし、戸川くんが死んでいて、それが不正解の結果であれば、夜も眠れず過ごすことになる。僕も半ばパニック状態で、ひたすら戸川くんの名前を呼び続けた。どうか、生きていてほしい、目を覚ましてほしいと願いながら。

「……っ、誰だ、叫んで、いるのは…。」
「戸川くん!」

 横たわっていた戸川くんは、右腕を摩りながら、ゆっくりと起き上がった。その瞬間、全員が心底安心した様子が伝わり、僕も全身の力が抜け落ちたかのように床に座り込んだ。

「良かった…、生きてたんだね。」
「あんた、寝相悪すぎよ!布団からそこまで離れる?!普通!!」
「…話を聞け。寝相の悪さでこうなったんじゃない。」

 戸川くんは、頭が痛いのか額を抑えながら俯いた。何があったのか予想がつかず、全員が戸川くんに注目した。

「試験官が言ってただろう。6時に食料と飲料の配給をすると。昨日夜の配給を受けた時、ドアにある小窓が開いたのを見て、そこから脱出する糸口が掴めないかと考えたんだ。朝、見張っていたら予想通り小窓が開いた。その瞬間、手を入れたら全身に気絶するくらいの電流が走ったんだ。それで気を失っていた、それだけだ。」
「……あんた、無茶するわね…。」

 呆れたように恭子さんがため息をついた。

「少しでも生還できるルートがあると思ったら、動くべきだろう。その線は無くなったがな。」
「でも、良かったよ、戸川くんが生きてて…」
「あーびっくりした。安心したらお腹減ったわ。ご飯食べよ。」

 久美さんはあっけらかんとした様子で、既に置かれている食事に手をつけた。

(……戸川くんも無茶だけど、久美さんの飄々としたところも危なっかしいなぁ…)

 そう思った僕だが、胃が空腹だと音を鳴らしたため、僕も配られた食料を少しずつ食べ始めた。

「それにしても、何をさせる気なんでしょうね…、昨日の夜からずっと考えてたんだけど、何もわからなかった。」

 不安そうに優子さんが呟く。その疑問に答えられる人は、誰もいない。

「試験だか何だか知らねぇが、こんな目に合わせた奴ら、ぜってぇ殺してやる…。」
「鶴本さん、凄むような言い方はやめてあげてください、瑞稀さんが怖がってますから…」
「知ったことか、俺は腹が立ってんだ。勝手に怖がってやがれ。」
「瑞稀、あんなやつ怖がることないってー。あいつが瑞稀の部屋に殴り込みにこれるわけでもないんだし。」
「…お前、俺がこっから脱出できたら、真っ先に殴り殺してやっからな。」
「わー、こわーい!」
「鶴本さん、久美に凄むのをやめてください、久美も彼を刺激するような言い方はやめて。ただでさえ、異様な状況で皆んな気が立ってるんだから…」

 優子さんは、2人に対して諭すように宥める。そう、僕らは衣食住には最低限困るような状況にはないが、試験官から出題される問題は何か、不正解だった時の処遇まで何もわからないまま時間を過ごしている。僕らに今、1番必要なものは、食べ物でも布団でもなく、生き残れるという「希望」だった。
 食事も終わって、一息、というところで、例のスピーカーがジジっと音を立てた。

「皆様、お待たせいたしました。これより、一次試験を開始いたします。開始にあたりまして、試験の流れを説明いたします。一度しか説明いたしませんので、よくお聞きください。」

 とうとう、試験官から試験の開始を告げられた。僕らは閉じ込められてから2度目の緊張感に包まれた。

「まず初めに、こちらで試験の回答者を指名いたします。回答者は、こちらから出題された問題に対し、60秒以内に解答してください。制限時間内であれば、何度でも解答は可能です。ただし、60秒を過ぎた時点で正解できなければ、罰が執行されます。昨日も申し上げたように、罰が執行されることは、つまり死を意味しますので、ご注意ください。」

 試験官は相変わらず、入試の前のようなトーンで淡々と説明をする。

「試験時間は、皆様の窓から見える空間に、カウントダウン式のタイマーを設置いたしますので、そちらをご覧ください。では、試験を始めます。今回の回答者は…」

(回答者…誰だ、誰が指名されるんだ。)

 僕は、早く指名を受けて正解し、ここから出たいと思う一方で、不正解の恐怖から指名を受けたくないという相反する感情で体全体が揺さぶられるような感覚に陥った。

「戸川秀平さんです。」
「…僕か。」

 戸川くんは、相変わらず落ち着き払った様子だ。でも、ここにきてから初めて、表情に緊張感が走っていることも見てとれた。

「では、問題です。あなたはある考えに従って行動した結果、罪を犯しました。さて、その考えと罪とは何でしょう?」
「…は?」

 戸川くんは、訳がわからない、といった様子で動揺していた。僕も同じ気持ちで、こんな抽象的な問題に対して、何を答えれば正解なのだろう、と指名されたわけでもないのに絶望を感じていた。

「カウントダウン、スタート。」

 動揺する戸川くんに構わず、試験官は回答時間の開始の合図をする。目の前のタイマーが1秒、また1秒と減っていく。

「戸川くん!とにかく何か、答えるんだ!思いつく限りのことを!」
「お前に言われなくともわかっている!黙っててくれ!」

 戸川くんは、何かをぶつぶつと呟きながら、答えは何かと逡巡しているようだったが、回答する様子はない。僕を含めた5人も、口々に戸川に回答するよう声を上げる。

「せ、成績だ、学校の成績が優秀であれば、成功者になると考えて、成績の悪いやつを馬鹿にしていた!」
「不正解です。回答を続けてください。」
「じゃ、じゃあ、仕事、仕事の要領の良さが人間の勝ちだと考えて、仕事のできないやつを貶していた!」
「不正解です。回答を続けてください。」
「…なんだ、正解は何なんだよ!」

 戸川くんはカウントダウン開始以降、回答を考えるために時間を使ってしまっていたため、2つ目の答えを言う頃には、すでに20秒を切っていた。もう時間がない。

「ぼ、僕は、誰よりも優秀だ!そう考えて、周りを見下していた!」

 そう答える頃には、タイマーは時間切れを示していた。

「戸川秀平、不正解です。よって、罰を与えます。」

 試験官がそういうと、ビーッ、ビーッというアラームのような音が鳴り響いた。これから戸川くんの身に何が起こるのか、誰にも予想がつかなかった。
 アラームが鳴り響く中、戸川くんの身には今のところ何も起こっていない。だが、異変はすぐに訪れた。

「ぅあああああ、く、苦し…、い、痛い…」
「戸川くん!」
「戸川秀平には、塩素の罰を与えます。超高濃度の塩素が充満していますので、彼の命はあと数分しかもたないでしょう。」

 戸川くんは、苦しみを訴えてすぐ、床に倒れ込んだ。もう、焦点は定まらず、咳をする度に口からは大量の血を吐いていた。僕らは何もできないまま、彼が息絶えるのを呆然と見ているしかなかった。

「戸川秀平の罰執行、終了しました。答えは、『自分はクラスの中で1人で暮らしているが、いじめの標的になっていない、故にいじめはいじめられる側に原因がある、という考えから、クラス内で起こっていたいじめについて、見て見ぬ振りをしていた』でした。」

 スピーカーの声は、淡々と戸川くんが答えるべき回答を述べると、次の指名は夕飯を配給した1時間後に行う、とだけ告げて、音声が途絶えた。
 僕の隣の部屋には、苦しみ抜いて死んでしまった戸川くんの死体と、大量の血液が床を染め上げていた。
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